黄色い羽根ツアーへようこそ
――神様。オレ、異世界に行きたいです。もうこんな世界はイヤです。
少年は布団の中に潜ったまま、恨めしそうに窓の外を見ていた。冬休みも終わり、登校日だった。
「セイジ、起きてるの? 早く起きなさい!」
少年の母親の声が、時計のアラームの代わりのように響いた。セイジと呼ばれた少年は、のろのろとベットから起き上がり、学校へ行く準備をする。
「はいはい。分かってるよ」
どうにかして宿題をやり終えたのは良いものの、徹夜になり充分な睡眠が取れていなかった 。まだ寒さが残る季節。身体を震わせて、必要なものを鞄に入れていく。階段を降りると母親がいた。
「登校日でしょ。シャキッとしなさい、シャキッと」
小柄な母親がセイジの背中を何度も小突き、少年は半ば追い出されるようにして家をあとにした。
眼をこすりながら、いつものバス停へと急ぐ。バスの扉が閉まろうとしたギリギリの所でバスに乗り込んだ。なんとか間に合ったと、近くの開いている席に着いた。鞄から水筒を出してお茶を飲み、胸を撫で下ろす。
いつもより少し時間が経ってから、バスが次のバス停に到着しドアを開ける。乗りこんできた人を見てセイジは、お茶を噴き出した。機関銃のようなものを持ち、肩にはその弾のようなものをかけている。まるで、どこかに戦争しに行くような恰好だった。改めて周囲を見渡すと、似たようか格好の人ばかりだった。
「それ、コスプレですよね?」
恐る恐る前の席に坐っている客に訊いてみると、客の男は何を言ってるんだという顔でしかめた。しかしすぐに男は、何かに気づいたようだった。
「お前、そんな装備で大丈夫か? これをやるよ」
少し憐れんだ様子で気遣うように言った。手渡されたのは、拳銃。ずっしりと重たく、いくら寝不足のセイジでも、それがおもちゃの類ではないとすぐに分かった。
困惑したままでいると、いつもはいないのに、なぜかバスガイドさんがいた。
「みなさま、ようこそ。栄光の『黄色い羽根ツアー』へ」
そこでようやく、セイジはバスを乗り間違えたことを確信した。
「あの、……すみません」
バスガイドさんに事情を説明してなんとかしてもらおうとするセイジ。
「危ないですよ、お客様。席にお戻りください」
言うより先に押し留められた。セイジは、バスガイドさんは思った以上に腕力があるのにやや驚きつつ、半ば無理やり席に座らされた。
「分かります。武者震いですね」
バスガイドさんは、ほぼほぼ尊敬の眼差しを向けて、にこやかに応えた。何かとんでもない勘違いをしているらしい。と、バスガイドさんの胸ポケットに入っている携帯が鳴る。
「失礼します」
携帯を取り出して、誰かと話しだすバスガイドさん。しばらく何か話した後、その表情が険しいものになった。
「大変です!敵に気づかれました。皆さん、速やかに戦闘の準備に入ってください」
「何だって!?」「やってやろうじゃねーか」「倒す!倒す!」
今までの静けさが、まるで嘘のように騒ぎ出す客たち。
「それではみなさん、ご武運を祈ります」
バスガイドさんも、いつの間にか拳銃らしきものを持っていた。 その時だった、大きな爆音とともにバスが大きく揺れた。
「ひ、ひぃいいいっ!!」
セイジは持っていた鞄を投げ捨てるように手放し、すぐさま両手を頭に乗せて伏せた。
「かかれー!」
乗客たちは、いっせいに各々が持っている武器で反撃にかかった。瞬く間に青い閃光がバスの中を埋め尽くした。
夢なら早く醒めて欲しい。できるだけ低い体勢になろうとうつ伏せになるセイジ。そんなセイジをよそにバスの乗客たちは、次々と倒れていく。
音が少しづつ鳴りやんでいった。
「動くな‼」
乗り込んできた男に、すばやく銃口を向けられる。
「は、はい。だから助けてください」
何が何やら全く状況が分からないまま、セイジは両手を上げた。
「貴様、本当に黄色い羽根か?」
「ち、違います! 本当に違います!!」
「そうか、レジスタンスの人間なら殺さねばならないが、運のいい奴」
意地悪くニヤリと笑った男は、セイジを銃で殴った。セイジの意識が遠のいていった。
どのぐらいの時間が経っただろう。目を開けると、見知らぬ市場で両手を縛られていた。
「ど、どういうことですか」
「いちいち、さわぐな。お前は売られたんだよ」
近くにいた男が言う。
「そんなー」
まだ実感が湧かないセイジ。いろんな人がこちらをじろじろ見ている。まるで動物園の猿にでもなった気分だなと苦笑した。
「あなた、いい顔してるわね」
じろじろ見ている群衆の中で、ひときわこちらを見ている少女は、美女だった。
「名前は?」
「セイジっていいます」
「どうして、こんなところにいるの?」
「それが……」
セイジは、これまでの経緯を話した。
「ふふ。何それ、そんなことあるの。災難だったね」
聞き終えた少女は、さも可笑しそうに笑った。
当の本人からすると、笑いごとではないので、セイジは少しムスッとした。
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」
少女は、少し慌てた素振りを見せる。主と召使という関係であるが、こんな美女が主ならば、それはそれで悪くないと思うセイジ。
「幾多の苦難を乗り越えて、やがては恋に……ぐふふ」
ゲスい顔をするセイジ。これから始まる生活に夢想する。
「何か言った?」
「いえ、何も……」
すぐに元の顔に戻る。気が緩むと、すぐにニヤけてしまいそうになる。
「……そう。単刀直入に聞くけれど。あなた、そこから出たい?」
「出たいです!」
間髪入れずに応えた。セイジの心からの声だった。
「いいわ。買ってあげる」
「やったー!」
小躍りするセイジ。それを見て、何だか少女も嬉しそうだ。
「きっと、彼も喜ぶわ」
「……ん、彼?」
ピタッと、セイジは動きを止めた。嫌な予感がする。
「あら? ちょうど、やって来たわ」
「ごめんなさい。待った?」
そこに現れたのは、細身で黒い肌をした背の高いオカマだった。
「いいえ、良さそうなのを買っておいてあげたわよ」
「あら、やだぁ。ありがとね。助かったわ」
「どういたしまして」
「……あのー」
たまらずセイジが横から割って入る。
「あら、聞いてなかった? どうしても外せない用があって、この子に頼んでたのよ」
「ということは……」
「これからは私が主よぉ。私のお店で、たっぷり働いてもらうわぁん」
笑顔のオカマ。表情が曇るセイジ。
「やだぁ、緊張してるの? 変なこと想像した? 普通のお店よ。普通の」
そういって、パンパンと軽くセイジのお尻を叩いた。ますます表情を曇らせるセイジ
「まぁ、ちょっと変わってるって思うかもしれないけれど……」
新たな恐怖に直面して、セイジは願った。
――神様、オレ、やっぱり元の世界がいいです。