58 歴史が動いて、異世界へ
村長の急な話に蓮人はついていけない。
「え、ええ? でもそんなことしたら人族が押し寄せてきて、大変なことになるんじゃ……」
タロと初めて会ったときに聞いた話を思い出す。
「うむ、今まではそうじゃった。じゃが既に人族が襲ってきておる。
それなら大々的に発表して友好的な関係を持った方がいいとは思わんか?」
その村長の言葉に蓮人は頷くことしか出来なかった。
今のままでは情報の早い裏組織だけがどんどん押し寄せてきて荒らすだけ荒らし、正当な組織とは関わることも出来ずに滅ぼされる可能性が高い。
「じゃから、お主にはその手伝いをしてもらいたいのじゃ? 頼まれてくれんか?」
蓮人は少し考え込むが、すぐに心を決める。
「分かりました、そういうことなら俺も全力で手伝いますよ」
「ふぉっふぉっふぉ、お主ならそう言ってくれると思っておったのじゃ。これからよろしく頼むぞ」
村長はそう言って蓮人に手を差し出す。蓮人はその手を握り返した。蓮人はこの瞬間、歴史が動き出したような気がするのだった。
「ところで、具体的に何をしたらいいんでしょうか?」
「そうじゃのう。ワシが手紙を書くから人族のお偉いさんにそれを渡してきて貰えんかのう。
手紙だけじゃ信じてもらえんじゃろうから。ポチをまた連れて行っておくれ」
「分かりました。でもポチでいいんですか? やっと親に会えたのに」
村長はその蓮人の問いはもっともだという風に頷いているが、否定された。
「確かにお主の考えならばそう思うのも無理はない。じゃが一番人族を知っているのはそこで少しでも暮らしていたポチなんじゃ。
それに、ワシがその話をポチにしたとき、蓮人とリーと一緒に行きたいと言っておったぞ」
またふぉっふぉっふぉと笑い声を上げている。
蓮人もポチがそう考えてくれていたことに笑いがこぼれてきた。
「まあそういうことじゃから安心してくれて構わん。じゃあ皆のところへ戻るとしようかのう。そこで発表せにゃならん」
そう言うやいなや立ち上がった。蓮人もそれに続いて立ち上がり、後をついて皆の元へ戻る。
相変わらず獣人族達は酒や料理を楽しんでワイワイ騒いでいた。
リーはポチと一緒にご飯を食べながらハチやシロと話をしていたが、蓮人に気づいたリーはこっちへ手を振ってきた。
「ただいま」
蓮人はそう言ってリーの横に座った。
「何の用だったんですか?」
リーに尋ねられたが、蓮人はお楽しみと言ってはぐらかすのだった。リーはブーブー文句を言っているがそんなことは無視してまた料理を食べ始める。
(うん、やっぱり米はうまいなぁ)
それらの美味しさを噛み締めながら料理を楽しむのだった。そうして各々楽しみながら夜が深けていく。
「おーい、ちょっと聞いとくれ」
そろそろお開きになりそうな雰囲気の中、村長が声を上げた。
全員の注目が村長に集まる。
先程までベロベロに酔っていた獣人族達も村長の声を聞いた瞬間切り替えていた。獣人族は全員お酒がかなり強いみたいだ。
そんなことを思っている間に村長は口を開く。
「1つ重大な話がある。心して聞いてくれ」
そう言って村長は1人1人の顔をぐるっと見渡して表情を確認する。
「ワシは獣人族とこの村が存在することを人族へ発表し、友好的な関係を築くことを決めた。
今までは女神様からの言い伝えを守り、ひっそりと暮らしてきた。じゃが、次のステップへ進む時が来たのじゃ。
ここに人族の蓮人とリーがおる。2人はポチを保護してここに連れてきてくれるだけでなく、命をかけてこの村も守ってくれた。こんな人族もおるのじゃ。
じゃから、人族を信じ、この決断をすることにした。
これが気に食わない者もいるじゃろう。だがワシを信じてついてきてほしい」
そう言って村長は頭を下げた。
周囲は沈黙したままで、リーですら状況を飲み込めていないようだ。
そんなとき、蓮人の横から声が上がった。
「俺は賛成だ。
確かに、今まで聞いていた話だと人族は野蛮な奴らだと思っていた。実際今日の事件を引き起こしたのもそうだった。でも、蓮人やリーみたいないいやつだっているって分かったんだ。
だから、俺は村長についていくぜ!」
そう言ったのはタロだった。そんなタロに続いて周囲からも賛成の声が上がった。
「皆、ありがとう。
そして蓮人よ、これからワシ達獣人族をよろしく頼む」
また村長から頭を下げられてしまった。
「俺達人族もこれからよろしくお願いします!」
蓮人も獣人族達に向かって頭を下げるのだった。
蓮人はこの瞬間、歴史が動いたのを確信した。
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