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雨と心

作者: おむらいす


 ついに独り立ちの日を迎えた。朝早く起床し、母に軽く別れを告げ玄関の扉を開けた。夏の終わり、秋の陰りを感じる肌寒さに身を震わせた。あいにく天気は雨であった。

 普段は車を使うから傘は必要なかったのだが、今日の移動は電車での移動になるため予め買っておいた新品の傘を開く。使い慣れない傘というのはなんとも心許ない。不安を感じた。

 駅に着き電車の時刻を確認する。もう10分もすれば電車は来るであろう。その前に慣れない傘のせいで濡れた体を拭かねば。そう思って持ってきていた小型のバッグからタオルを取り出す。先に体を拭き、次に引っ張ってきたキャリーバッグを拭き、最後に小型のバッグを拭いたところで気づいた。濡れたタオルをしまうところが無かった。

 仕方なく僕は少し湿ったタオルを首にかけることにした。

 冷たいな。

 電車を待つ間、愛用のミュージックプレイヤーから伸びたイヤホンを耳に当てる。いつもは激しい曲を聴いている僕だが、駅内に人はいないのと雨の打ち付ける静かな騒がしさを感じた所為なのか、柄にもなく静かな曲を選択した。

 どうも気分が高揚しない。夢にまで見た新生活がこれから始まる。嫌いだったあの街からようやく離れることができる。なによりもう五月蝿い親と話すことは無くなる。だが、僕の気分は落ち込んだまま、雨は降り続けている。

 駅構内にアナウンスが流れ、電車が僕の目の前で止まる。周りを見ても乗り込むのは僕だけのようだった。

 晴れない気持ちのまま住んだ街を背に座席に座る。

 車掌さんが声をあげ電車の扉が閉まる。扉が完全に締まりきると、外の世界とは分断され電車内は別の世界となる。その感覚を感じ取りふと、後ろを振り返る。

 僕の生きた街が泣いていた。電車の窓に当たる雨粒は絶えることなく地面に落ちていく。

 濡れた街を眺めながら電車は動き出す。車輪の駆動する音。聞き慣れた甲高いギーッギーッと音とともに景色は動き出す。

 途端に込み上げて来るものがあった。もう戻ることは無いと思っていた大嫌いな街なのに。今はとても切ない。

 見送る人など居ない。やり残した事など無い。この街に未練など無い。でも、雨は止んではくれなかった。タオルは更に湿る。


 憧れていた街に着いた。

 何回か居眠りを繰り返し、気付いた時にはすでに最寄りに居た。降りるべき駅の名前を確認し、下車の準備をした。そして下車。

 あれほど降っていた雨はすっかりと止んでいた。夏がまた起きてきたかのような日の照りを感じる。暑い。

 ふと首にかけていたタオルを握った。まだ湿りは残っていて、泣いたあの街を思い出した。

 僕はまだ心の準備など出来ていなかったようだ。だけどこの忙しない街は僕の準備体操など待ってはくれず、せかせかと背中を押してきた。

 嗚呼、なんとも落ち着きのない街だろう。

 憧れた街。だけど、きっと誰もが不満を抱える街。

 夢にまで見た新生活。だけど、きっと誰もが苦労を感じる。

 そんな忙しなさに慣れた頃、僕はまた泣いた街のことを思い出す。

 あの街に出迎える人はいない。やりたい事もない。だけど僕のために泣いてくれる。

 泣いた心が足跡となって帰り方を教えてくれる。

 タオルはまだ湿っている。けどとても暖かくなっていた。


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