劫「ラストマッチ=りこむぅ(網橋理子+秋村柑奈)×輝かしい未来」
最終回です。
「……なんだこのガキ。ここがどこだか分かって入ってきてるのか」
「はぁ……うるさいうるさい。打ち合わせの邪魔するんだったら出てってよ。ここは関係者以外立入禁止なんだから」
そう言ってどかっと椅子に腰掛け、カバンからタブレットを取り出す女の子に知戸さんは手を震わせていた。柑奈とは違う感情から来た震えだ。
「関係者ってなァ、俺はこいつの……」
「あとこれ、見せてって」
女の子から先ほどのタブレットを視線を合わせずに渡され、知戸さんは不満そうな顔をしながらそれを操作していた。
「……PDF? 誰からだよ」
「……」
「無視かよ。……手紙かこれ? ……………………………………………………はァ!?」
驚く知戸さんからあっさりとタブレットを奪い取ると、女の子はそのデータの内容を音読し始めた。
「拝啓、知戸光助様」
「読むな! ぐはっ!」
躊躇なくタブレットを入れていたカバンで殴られ尻餅をつく知戸さんには目もくれず、女の子は続ける。
「『気温も上がり、春の到来を感じるこの頃、いかがお過ごしでしょうか。まさかとは思いますが、会社の大切な商材であるピンクマの声優さんとその彼女さんにトラウマを植え付けてはいませんか。何歳も年上の人間に不条理に怒鳴られることがどれほど恐ろしいか、今一度想像してみてはいかがでしょう』。……『さてこの度、天寿の社員名簿からあなたの名前が消える運びとなりました。あなたの醜く傲慢な心が、この状況を生んだのです。深く反省し、二度と彼女達に関わらないでください。会社の机の中に入っていた私物はきちんとご実家に送りつけておきました。引き出しから、ポ○シェやらなんやら書いてある雑誌を見つけました。残念ですね。そんな収入はもうありません。それと新入社員研修の際に教えていたはずですが……この社内にいる限り、いつでも私は見ています。防犯カメラ越しに。ご安心ください。あなたの後任として最適な方を私は知っています。どうぞ心置きなく、田舎へお帰りください。敬具』。……『追伸。すみませんね。社会のしゃの字も知らないような人間で』」
「……あの時、あそこに社長居たのかよ…………」
「さ、気が済んだら早く関係者以外は出てってよ」
「……くっ」
部屋の天井に設置されていた監視カメラを睨み付けてから、知戸さんはわざとらしく大きく足音を立てて退室していった。
「……物分かりの良い愚民でよかったよ」
「……東雲さん……よね?」
気だるそうに吐いた女の子に、柑奈が問いかけた。
「柑奈、知ってるの?」
「同級生」
「……あぁ、どうりでさっき静かに驚いていたんだね」
「もういい? 早く話を始めたいんだけど」
「あ、えっと、それはいいけど……しののめさん、だっけ。どうしてここに?」
「……物分かり悪いなぁ。これだから愚民は。さっきから言ってるじゃん。『関係者だ』って。……誰がここに呼んだと思ってるの?」
「それは……開発部門の担当者の人が…………って」
「もしかして、東雲さんが……!?」
◆◆◆五年後◆◆◆
『おいでよ!』
『ピンクマ・リョクシャケ・ルホタル・ダイラス 森でみんなが暮らしてる』
『タンバリン鳴らしくるりと踊るよ ベアっとベアるるベアりターン!』
ステージの中央でくるりと一回転。マイクを持っていない右手を高く突き上げ、ポーズを決めると、客席から一斉に拍手が鳴り響いた。
ステージを降りて、スタジオのいわゆる「雛壇」の最前列に座る。次は、番組の司会者とのトークの時間だ。
「髪結った?」
「いえ結ってないです」
「そうそう、スタッフから聞きましたよ。あーた、自分のマネージャーの女の子とデキてるって」
「そんなにストレートに言うんですね……」
「あーたのファンはみんな知ってるって聞きましたけど」
「いえ、そうなんですけど……」
「そんなことよりあーた、お知らせがあるそうですね」
「あ、はい。私、Nebburicoが声優を務めさせてもらっています、アニメ『もりっぱらのピンクマくん』は毎週金曜、夜七時五十四分から七時五十九分までの五分間、絶賛放送中です。この『ミュージック・イノベーション』の前に放送しているので、ぜひ観てください! また『もりっぱらのピンクマくん』の主題歌であり、私の六枚目のシングル『ベアっとベアるるベアりターン!』も発売中です! さらに、カップリング曲であり、この『ミュージック・イノベーション』の第三期エンディングテーマの『Dear Bear』と一緒にお聴きください!」
「あーたは何役なんですか?」
「私は、主人公の『ピンクマ』という、ピンクの熊のキャラクターの役ですね。好奇心旺盛で、困っている人を仲間と一緒に助ける優しい熊です」
「なんか決め台詞とか言って頂戴よ」
「えーっとそうですね……。……はい、いきます。……んんっ! ……『あ! ベアっとひらめいたベアー!』」
私がピンクマを演じると、客席から「ピンクマだー!」「あのお姉さんからピンクマの声が聞こえるー!」と喜んでくれている子ども達の声が聞こえてくる。
「子ども達に愛されているんですね。今日はどうもありがとうございました」
「ありがとうございました」
「今日の『ミュージック・イノベーション』はここまで。司会は、あなたのお側に盛り蕎麦掛け蕎麦、モリカケおそばでした。また来週」
私達に注目していたクレーンカメラが、徐々に遠ざかっていく。
「……これから、ディアベア流れるんでしょ?」
「オンエアではこのタイミングで流れてますね」
カメラに手を振りながらモリカケおそばさんの質問に答えていると、視界の隅、スタジオの幕の近くに、私の大切な人の姿が見えた。
しばらく空白の期間がありましたが、なんとか完結させることができました。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。




