欲「映×翡翠=ベストマッチ!」
それから、わたしは住み込みで執事としての技術を仕込まれながら、お嬢様に仕えることになった。
正直言って以前より快適にはなったが、決して楽なものではなかった。
一人になる時間など、まったく無かった。
食事の時も、お嬢様と共に。
着替えの時も、お嬢様と共に。
お風呂の時も、お嬢様と共に。
寝る時も、お嬢様と共に。
学校でもお嬢様のお側にいるために、小中高全ての教員免許を取らされた。もちろんそれだけに時間は取れないため、厳島家から出された特殊な方法で、二年でこれら全ての資格を手に入れた。
お嬢様はわがままばかり言っていた。
あれは嫌だ。
これも嫌だ。
あれがしたい。
これを見たい。
振り回されてばかりだった。
そんなとき、お嬢様は言った。
お嬢様が、十歳の頃だった。
「ふふん、私の目は間違っていなかった。やっぱり翡翠は最高の執事ですわ!」
「…………お誉めに預り、光栄でございます」
「ありがたく思いなさい!」
「……お嬢様」
「なにかしら?」
「……なぜお嬢様は、わたくしにだけ『拒否権は無い』や『嫌だとは言わせない』などと、否定させないような言い方をされるのですか?」
「……不思議に思う?」
「……はい」
「……なにか勘違いをしているのなら、教えてあげますわ」
「……」
「いいこと? 貴女は、これからずっと、私と一緒にいるの。たとえ死が私達二人を別つことがあったとしても、貴女は永遠に私の隣にいないといけないんですの」
「……はい」
「常に私の隣にいないといけない貴女には、いつも気持ちよく仕事をしてもらいたいんですの。だから、貴女はいつでも絶好調でなければならない」
「……それと、どのような関係があるのでしょうか…………?」
「……いつも絶好調なら、私が何を言っても嫌だとは言わないでしょう? 私がどんなことを言っても拒否しないくらい、貴女には幸せでいてほしいんですのよ?」
「……お嬢様…………」
「……貴女を幸せにしてみせますわ。私といる限り」
「お嬢様……!」
あれは、お嬢様による一種の洗脳だったのかもしれない。
……ただそれでも、あの言葉に救われた自分がいたのは、紛れもない事実だった。
◆
「……あれから、いろいろなことがありました」
「そうですわね。……翡翠」
「なんでしょうか、お嬢様」
「……今、貴女は幸せ?」
「はい、お嬢様」
「そう。それはよかったですわ」
「……ところでお嬢様。どうぞ、食後のサプリメントでございます」
「気が利きますわね。……はむ。…………で? 一体どんな効果があるんですの?」
「お嬢様の全身の感覚が敏感になります」
「ぶほっ! な、なんてもの飲ませるんですの!?」
「なんの疑いもなく飲んだお嬢様にも非はあるかと」
「余計なお世話ですわ!」
それでもお嬢様は、笑っていらっしゃいました。
「……お嬢様」
「なんですの?」
「……大好きです。愛しております」
「な、なんですの突然……。……ふふん、当然ですわ! なんたって私は絶世の美少女、厳島映なんですもの!」
「熱い自己肯定感でございますね」
「……とはいえ翡翠、貴女がどれほど私のことを好きでいようとも、私の意中の相手が秋村柑奈であることは変わりませんわ。それはよろしくて?」
「はい、お嬢様」
「もしそれでも貴女が私のことを好きであるなら……」
「………………」
「……私のことを落としてご覧なさい」
「……承知しました、お嬢様。……では早速ですが、お嬢様には今からこの◯薬入りのお水を一気に飲み干していただきたく…………」
「そういう方法はナシの方向でお願いしますわ!」