ボタンは一体なにを見る?
あーー癒しだ。ギスギスしてなくていい。
「おはようイリナ。」
勇者領で待ち合わせをしていると、ミフィー君が走ってやって来た。
今日はこれといって何かあるわけではないのだけれど、せっかくの土曜日だ。一応集まって何か会話しときたかった。
「いやーー驚いた。あっちで宏美がのんびりと寝ててさ、本当驚いたよ。」
ミフィー君は振り返り、指差した。
………ん?
私は何か彼の背中に違和感を感じたから、凝視した。
……………ボタン?
[押してください]と、赤色の字で書かれた真っ白なボタン。なにこれ………
「…………ちょっとミフィー君。最近イメチェンでもしたの?」
「お、気付いちゃった?」
彼は自分の背中を指差した。
「新しいパーカー。背中のナスビみたいな柄がオシャレでしょ。」
いや!そこじゃなくて!まぁナスビの方にも最高に突っ込みたいのだけれど、それよりも違う!ボタン!ボタンの方!
「フリマで買ってしまった……ファッションに疎いこの俺なんだが、こう、ビビッと感じちゃってね………」
このおニューの服を買ったプロセスを嬉しそうに語るミフィー君。
そこじゃない!そこはどうでもいいんだよ!ボタン!ボタン!
「まぁ、立ち話もなんだし、宏美がいた風通しの良い丘にでも行こうぜ。」
私の疑問は解消されることなく、その、風通しの良い丘とやらに来た。
「しっかしあれだよな、イリナちゃんと出会ってからまだ1ヶ月ちょっとしか経ってないんだもんなぁ。長いよなぁ。」
丘に備え付けられた、辺り一面を展望できる椅子に座って3人で会話していた。
といってもミフィー君は背中を向けて空を見上げながらだけれど。本当に彼は空が好きなようだ。
「………ねぇ、ひろみん。」
隣にいるひろみんに小声で耳打ちする。
「ん?どうしたのイリナちゃん。」
「なんか今日のミフィー君変じゃないですか?」
「………確かにそう言われてみると変だな。」
ひろみんはミフィー君の服をチラッと見た。
「ハンカチを常備しているのに、今日に限って持ってないな。」
そこじゃない!そこじゃないんだけどそうなんだ!いつも持ち歩いてるんだハンカチ!てか傍目で良く分かるねそんなこと!
「いや、あの………もっとこう視線を上の方にもっていってもらえれば………」
「うーん?………うわ、ナスビじゃないか。センスなさすぎだろ。」
「センスがないだとぉ!?ナスビ美味しいだろ!おひたし最高だろうが!」
ミフィー君はこっちを振り返り、ひろみんをまくしたてる。
「はいはい、黙れ黙れ。」
ドブン!!
ひろみんの重たい一撃がミフィー君のお腹に炸裂し、ミフィー君は倒れた。
「な、なんでだ……俺、勇者のはずなのに………なんで魔王の物理攻撃でノックダウンされてんだ…………」
ピクピクとミフィー君は痙攣する。
「格が違うからな。万能ナイフと牛刀みたいなものさ。どんなに[ちょこっと切れていろんなことできますよー。]ってわめいても[はいはい、粉々に叩き割ってやんよ。]って力には敵わない。」
「………ぐっ、俺の力をなめるな!!」
シャワーー………
ミフィー君の手から丁度良い水圧でシャワーのように水が流れ出す。
「俺なら水道代なしで花を育てることができる………どうだ?俺と一緒に花屋でもやらないか?」
ペチン!
ひろみんの腕から出てきた木の蔦に、ペチン!とミフィー君は頭を叩かれた。
「私がいれば育てることなく花が勝手に成長するぞ。お前いらない、クビだ。」
「そ、そこをなんとか頼みますよー。我が家には子供が………」
2人とも楽しそうに、楽しくもなさそうなことを題材にして楽しんでいる………じゃなくて!
私は2人の姿を見ていて悶々としていた。
なぜだ、なぜなんだ。なぜ誰もミフィー君の背中によく分からないボタンが付いていることを突っ込まないんだ。いつも付いてないよ?あんなよく分からないの………
「本当、シャンプーの腕凄いですからー。どうか解雇だけは………」
まだ続いてるし………
しかし一体なんなんだあのボタン………
ソワソワ
私は少し興味が湧いてきてしまった。押してくださいと書かれているボタン。誰も気にしていないボタン。そして、私だけが気にしているボタン。それが気にならないわけがないのだ。
押してみたい………
「………どうしたイリナ。俺の胸ばかり見て。」
どうやら私の興味が膨れ上がりすぎて、ミフィー君の背中をずっと凝視してしまっていたらしい。気づかなかった。完璧に思考にハマってた。
「まさかお前………男の乳首をこね」
ガン!!!
私は思いっきり彼の脛を蹴り飛ばした。
「はぁ………しかしのんびりとした時間だったなぁ。」
3時間ほど経って、昼となった。
これからミフィー君はスカラさんのところに行って魔法の勉強をしなきゃならない。こんな世界にまで来て勉強とは大変だね。
「それじゃあ宏美、また月曜日な。」
「お、そうだな。私も勉強しなきゃなぁ。」
2人ともが立ち上がった。
………チャンスだ。
ポチっ
私は、ミフィー君の背中についていたボタンを勢いよく押した。
「……………」
バタン……
すると、ミフィー君はゆっくりと顔面から倒れた。
………え?
「コショウ、コショウ、イイダカコfaultゴウ、ハソン、ハソン。ケイネンレッカニヨリアタマにジュウダイナケッカンガ…………」
背中から機械のような音が流れ出す。
………え?なにこれ?ちょっと………嘘でしょ?え?
「……今回もダメだったか…………」
ひろみんは頭を掻きながら、ミフィー君の身体に歩み寄る。
「外部からの衝撃に強い狩虎を作り出そうとしても、どうしてもこの[DONTBE回路]で不具合が生じてしまう。」
ゴゴゴゴ………
ひろみんが地面から巨大な木を出現させる。
「103号………こいつはオシャカだな。次のを作るか……………」
ガバっ!!
木が勢いよく開かれると、その中には大量の動かないミフィー君が……………
「い、いやぁぁああ!!!」
イリナは絶叫しながら走って逃げて行った。逃げ足の速いこと速いこと………目で追うのがギリギリレベル。
「………ぷっ、あははははは!!!」
バンバンバン!!
俺は地面を叩きながら大いに笑った。
いやーー面白い。本当に面白かった。
「いやーー宏美、協力ありがとう。まさかこんなにも面白おかしく騙せるなんてな!」
あーーお腹痛い!腹筋がよじれてはちきれそう!
俺は背中に取り付けられていたボタンを取り外す。
そこから、さっき流れていた音声が絶え間なく流れ続ける。これは魔法だ。音声を録音する魔法。予め魔法でボイスチェンジャーで変化させた俺の声をこのボタンに内蔵し、ボタンを押したら音が出る仕組みにしておいたのだ。
木の中の大量の俺は木で作った彫刻だ。昨日のうちに宏美に作ってもらった。
「………しかしなんでこんなことをやろうと思ったんだ?お前らしくないな。」
宏美は苦笑いをしながら聞いてくる。
「まぁあれよ。イリナってさ、多分、いままでこういうドッキリってものを経験してこなかったんじゃないかなって思ってさ………そう思うとなんか、悲しくなったんだ。」
俺はドッキリで幼馴染に誕生日を祝ってもらったり、イタズラされたりしたことはある。その時は嬉しかったり憎らしかったり、なんというか複雑な心の変化ってものがあった。
………でも、多分、イリナはいままでそういうものがなかったような気がする。知らない敵からのびっくりはあっただろうけれど、見知った仲間からのサプライズ………そんなもの、俺の夢の中ではなかった。
「余計なお世話かもしんないけど、俺達と関わってしまった以上、彼女には沢山のことを経験してほしいと俺は思ってる。いままで手に入れられなかったものほぼ全てをあげたいんだ。」
幸福ばかりじゃないかもしれない、怒りや哀愁、別れ………でもそれって大切なことじゃないか。いろんな感情が、人一人を形成する。友として、色んなものを彼女に見せたいんだ……………
「まっ、明日謝っておくからさ。宏美は気兼ねなく勉強しておいてくれ。それじゃあな、また。」
翌日
「ミフィー君んん!!あんたは一体何回私を心配させてイラつかせれば気がすむんだぁあ!!!」
イリナに関節技のフルコースをいただきました。はい、度が過ぎたイタズラはやめようね!後悔でいっぱいだ!
それでも、イリナが少し笑っていたのが嬉しかったりなんだったり………