マーブル模様の妖精
規則にとらわれたこの世界で
自由がどれほど素晴らしいことなのか
僕は忘れていた。
ぽちゃん、ぽちゃん、と一定のリズムに合わせて雫が泉へと溶けて行く。
そこから広がる波紋は決められた規則に従って広がり、ゆっくりと消えてしまった。
暗い洞窟の奥にある泉は青白く光り輝き、辺りを照らしていて神秘的な風景を作り出していたが
それを眺めることになんの喜びも見出せない。
その空間は規則性に満ちているのだ。
音も、見た目も、匂いさえもが何かの規則に従って動いている。
まるでこの世界を象徴しているようだ。
規則にとらわれ、各々がするべき事のためだけに生きる、見た目は綺麗に回っているようでも
その中身なんてものは存在しない。
洞窟の隅に座り込み膝を抱えて目を閉じる。
ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん、変わることのない音が洞窟内に反響する。
ぽちゃん、ぽちゃん……、不意に音が止んだ。
いや、音だけでなく、その場の全てが動くことをやめた。
顔を上げて泉に目を向けると、そこには先程とは違った光景が広がっていた。
ぽちゃん、ぽちゃん、となる音は音楽を奏で、光っていた泉はダンスステージのように
より一層光を増し、花からは彼女を歓迎する胞子が飛ばされた。
彼女、そう、突然一人の女の子が洞窟に現れたのだ。
青い髪に、白い肌、背中から生えている羽根は透明に透き通っていて
光を反射し体全体を輝かせている。
泉の上に足を乗せると、波紋を広げながらその上を滑り始めた。
彼女の規則などない美しい踊りが、その場の全ての規則を壊して行く。
なんて美しい光景なのだろう。
己を表現するためだけに、心の赴くままに創り上げられるその踊りは
全てから解放された自由があった。
スケートのように滑りながら回転して見せたり、ふわりと飛ぶように宙返りして見せたり、
水をすくい上げて辺りに撒いてみたり、何一つ予測できない。
自分にもあんな踊りが出来たなら、どんなに気持ちが良いだろう。
突然、ぴたりと彼女の動きが止まった。
そして、僕を見る。
スーッと泉の上を滑って僕の元へと近付いてくると、手を差し伸べて笑顔を作った。
僕を、誘っているのか?
握れば折れてしまいそうな細くて白い腕を恐る恐る掴むと、予想していなかった
強い力で泉の上へと引っ張り上げられた。
そのまま、彼女の踊りに引き込まれる。
手を添えて、肩を抱き、心の赴くままに泉の上を滑りだす。
規則に囚われ続けていた僕には、どう踊れば良いのか分からなかったが
彼女と踊って行くうちに、分からなくても良いのだと気付いた。
僕も、彼女と同じように、心の赴くまま……
目を閉じて、体の力を抜く。
すると、風に流されるような感覚が全身を包んだ。
なんて気持ちが良いんだ!
自由に、自分のしたいようにするということがこんなに素晴らしいことだなんて!
これが僕が求めていたもの、ようやく掴んだ自由なんだ。
時間も忘れ踊り続けていたが、ふと、目を開けて見ると
僕は泉の上ではなく洞窟の入り口に立っていた。
少女の姿は見当たらない。
急いで洞窟の奥へ戻ったが、そこには規則的に動く泉があるだけで
ぽちゃん、ぽちゃん、という一定のリズムだけが響き渡っていた。
でも、あの感覚はちゃんと残っている。
自由に、自分のしたいようにするあの感覚。
もう一度、泉の横で踊ってみた。
あまり上手くいかない、けれど、初めはそういうものなのかもしれない。
徐々に上手くなるはず。
だって、僕は自由なのだから。