奪う。
与える。を読んでくださった皆様、ごめんなさい。まさかの、王子視点です。
なぜ王子が変わってしまったのか、そこら辺の妄想が思いのほか捗ってしまいました。
森の、木々の間から降り注ぐ木漏れ日を受けて佇む女神に、俺は罪深くも手を伸ばしこの地に縛り付けた。
俺はある大陸のそこそこ強い国の王子として生を受けた。国は資源に富んでいなかったが神話の女神と悪魔の守る土地と言われ、強い魔力を持つ者が多くおり、魔法技術が発達している。戦争の事しか頭にない父上を見ると悲しくなるが、夜になれば街を優しく照らす街灯や魔法で流れを作りいつも清潔に保たれた水路はこの国の誇りだ。
そんな俺は、この国の神話に憧れる。この国の神話は正反対だがどこか同じところがある女神と悪魔が恋に落ち、次の世で救国の聖女と英雄として活躍するものだ。
グレイの髪に空色の瞳は、黒髪青目の英雄と似ているだろう? 女神のような、金の髪に赤い瞳の、俺のことを思ってくれる女が隣にいたら、それほど幸せなことはない。断言できる。赤い瞳を持つ者は異能を持っていて恐れられているけど俺はむしろ歓迎するし、だからと言って無闇に乱用しようとも思わない。ただ2人で幸せに国を守れればとそんな夢を見てしまうんだ。
気晴らしに遠駆けをしに郊外の森へ行った日、景色がいつもと違って見えた。
その日、森は木漏れ日を受けてキラキラと、まるで宝石を散りばめたかのように暖かく輝いていた。
その奥に佇む、金髪の少女は。
速まる心臓、馬を走らせ近寄る。
もしかしたら、もしかしたら!
期待に震える。しかし、冷静に見えるように取り繕い、声をかける。
「ここで何をしている?」
「さあ?気がついたらここにいたわ」
まっすぐにこちらを見上げる赤い瞳。
歓喜した。
俺の理想がここにいる!
「異能持ちのようだが首輪はどうした?」
「異能持ち? 首輪?」
異能持ちはその能力ゆえに恐れられ人に避けられる事が多々ある。そのために己の無害を示すために国の紋章が刻まれた忠誠の首輪をはめる。それすら、知らないなんて。
「まさか、何も知らないのか?」
「ええ、だって、ここまでの記憶がないもの」
それから保護という名目でこの子を城に連れて行く。純粋に赤い瞳を持つ異能持ちという事で家族にも恐れられていたのだろうその子は本当に記憶がないらしいことも話していくうちにわかった。
「王子様だったのですか!?」
「ああ、一応ね。けど気軽にレオンハルトと呼んでくれると嬉しい。もしこれからどうするか決まっていないのなら、城で働いてもらえないか父上と掛け合ってみるがどうだろう?」
その子は少し考えた後に言った。
「レオンハルト様… はい、そうしていただけると有難いです」
その子を俺の宮殿の来賓室に連れて行き、俺付きの執事に世話を頼んでから父上に報告をしに行った。
「何!? 完全な金髪赤目だと!?」
「ええそうです。父上、 彼女は可哀想な事に恐れられ、庇護するものも仕事もないそうです。魔術院か教会で働いてもらうのはいかがでしょう? 我が国の一層の繁栄にも繋がるはずです」
「いや、それはできぬ」父上はさも困ったように眉間を指で擦りながらそう言う。
「なぜです!? 彼女は、」
「そもそも、女神と同じ容姿をしたバケモノに忠誠の首輪の力を使えると思えぬ。国の中枢で謀反でも企てられたら国はひとたまりもない」
父上はその子を化け物のようにそう言う。
「そんなっ! しかし、」
「そんなに側に置いておきたいのなら、お前に侍らせておけばいいだろう?」
そうして、その子は俺付きのメイドとなり、思ってもみなかった程近くに転がり込んでくることになった。もし名前がなかったら女神アーリアからとってリアとしよう。マナーは少しずつ俺が教えるとしよう。
「リア、食べカスが付いてる」
そう言ってリアの口元に手を伸ばす。リアは食べカスを拭うフリをする俺の手を心地好さそうに受け入れる。リアが好きなあんずのジャムが塗られた焼き菓子を用意し、こっそり俺の執務室で食べさせるのが最近の楽しみになっていた。
俺が王の座を継いだら戦争なんて必要最小限にして魔法技術の発展に力を入れよう。それで女神の加護を受けた者としてリアを公表して王妃になってもらおう。
焼き菓子を美味しそうに食べるリアを見て頰が緩む。
「ああ、幸せだ…」
「ふふ、私も幸せです」
リアもそう言って微笑んだ。
「なぜ戦争にリアが行かねばいけないのですか!?」
「なぜ、か。お前が戦争に行くのだから当然だろう?それ以外何のために異能持ちをお前につけておいたと言うのだ」父上は当たり前のようにそう言う。
「俺が戦争に行くのは納得できます!それでもリアは!戦いに慣れてなどいる訳ないではないですか!!」
「戦いなど出来ずともあれ程の異能持ちなど願えば全て叶うだろう?」そこで一呼吸置
いてから父上は言い放った。
「レオンハルト、今は何も解らないであろうが、お前のためだ。もう下がりなさい」
「数が…」
高台から、国境付近の平原を見下ろすとそこは敵の軍勢で溢れていた。出立前に言われていた情報と違う。こちらの軍の規模では太刀打ち出来そうもなかった。
父上はこれを知っていたのか?
リアの力を使えと言うのか?
考えろ、リアに負担にならない方法ならいくらでもあるはずだ。リアにお願いして軍に超回復の能力だけつけてもらうとか…
「王子、私が何とかいたします」
「リア?」
「失礼します」
リアが俺の前に立ち、平原を見下ろす。
リアがする祈るような仕草。
やめてくれ!そんな事してしまったら、
そして平原は血の海になった。
「リア!」急いで馬上から降り、リアを抱きしめる。やってしまった事に震え上がるリアは消えてしまいそうで。
兵が、リアを化け物だと言っているのを振り払うように俺は進軍を進めた。
国を1つ落とし、城に帰還した俺たちを待っていたのは俺が金髪赤目の化け物を飼っていると言う噂だった。
リアは化け物なんかじゃない。
俺だけがそう思っていてもリアはどんどん噂を気にしてやつれていく。その間にも父上は何度も戦争に行くよう俺らに命じて。
「レオンハルト様、私は…化け物なんでしょうか?」
ぽつりとリアが呟く。
「違う!リアは少し特殊な力が使えるだけだ!」
こんな事も出来たんです、なんて言って俺に花が咲く様子を見せてくれた。
大切な母の形見が壊れた時は治してくれた。
戦争で力を振るうのだって俺を守るためで…
「次はリドアルド国だ。あと少しで大陸が統一できる。」
「父上、なぜです?なぜそんなに大陸の統一に拘るのですか?この国は充分豊かでしょう?」
「豊か、か。魔石の輸入経路を作らねばこの国はじきに滅びるだろうよ。魔石の輸入権を囲い込んでいる西を統一せねば…」
「なぜそんなに…」
そして父上は壁際に立つ異能持ちではないが忠誠の首輪をつけた執事を見やる。
「バケモノも居ないし、ちょうどいいだろう。アルベルト、鍵を持って来なさい」
「よろしいのですか?」
「ああ。レオンハルト、お前が次の戦争から帰ってきたら、お前は王になっているだろう。本当は私が墓場に持って行きたかったが出来そうもないみたいだ」
いつ、息子に打たれるか分からないしな。と冗談めかして言う父はいつになく小さくなったようにみえた。
父に連れられ行った地下牢の、隠し扉の奥は異様な雰囲気に包まれていた。檻の中に繋がれているのは赤混じりの目を虚ろにさせた異能持ちで。
「ここは…」
「この街のエネルギー源だ。魔石に困った先代達が遺してくれやがった」父はやけくそになったように言う。
「そんな… 魔力は貴族達の寄付で成り立っていたのではないですか?それほどこの国の魔法技術はすごいと…」
「表向きはな。確かに魔法技術は優れている。ただ、貴族達の寄付だけで街の装置全てを動かせる訳がないんだ。ここに敷かれている陣は異能持ちのつける首輪だけに反応して生命力を吸い取る。魔力など比べ物にならない力だ。陣はこの部屋のみに効力をもつから外から分かる事もない。それで、今まで隠せてきてしまったのだがな。だからと言って、街の民に今さら不便な生活をしろと言っても…お前ならわかるだろう?」
「だが、一旦これが外に暴露てしまったら終わりだ。お前もこの国に異能持ちが多いことは知っているだろう?それにお前が好いているあの子にここを知られてしまったら、その時こそ国は終わる」
だからこそ、お前に魔石の輸入経路を遺して逝きたかったんだかな、
すまない。
地下牢から出たとき、今までの景色が全く変わってしまったようにみえた。
「王子!どうしたのです?顔が真っ青ですよ。」
リアが俺の頰に手を伸ばす。それがいつものことだった。それくらい、俺らの距離は近かった。
そのとき俺は、それを振り払ってしまったんだ。
そしてーーー
「リア、次はミナビア国を。」
王の座に就いた俺は大陸の統一を進めるため、リアに1人で国を落としてくること命じるようになった。占領させる軍は別行動で行かせる。世継ぎも居ない俺は戦争に行く事ができない。リアが俺の見えないところで悪意に晒されるのも、リアが俺以外に支えてくれる人を見つけるのも耐えられなかった。
それももう、あと1国で終わる。
「王様、何故です?王子だったころはそんな肯定した事なかったではないですか。何故前王と同じことを」
リアが俺に疑問をぶつける。
俺が誤魔化すためにしてしまった言い訳は最低なもので、
「必要だからだよ。他の国に君の様な化け物が居るかもしれないなら、攻め込まれる前に早く大陸を統一するべきだろう?」
「私のリア。やってくれるね?」
嫌なら抵抗して、もういっそのことこの国を滅ぼしてくれと首輪が反応するように出した命令を、リアはまた悲しそうに受け入れた。
大陸を統一し、隣の大陸と交易を始めても、街の魔力不足は解決しなかった。魔法技術の切り札も魔石を安く譲ってもらうために使ってしまった。
異能持ちを解放する事ができない。
もう、どうすればいいか解らなかった。
ふと、中庭の木陰を見やるとリアが佇んでいた。
初めて会ったときの夢を見ているようだった。
俺はそっと手を伸ばし、それが振り払われた事で夢から覚める。
そうだ、俺はリアから沢山のものを奪ってきたんだ。自由も、自尊心も、幸せも、全て。
もう、終わりにしよう。リアが居なくなれば、この国はじきに滅ぼされるだろう。
「も、申し訳ございませ…」
「リア、この国から出て行くか?」
「え、王様…?」
「隣の大陸は、異能持ちの事に疎い。ここにいるより、ずっと自由だ」
「レオンハルト様、何を言っておられるのですか!」
「生活する為の金が無いのなら国庫にある品をいくつか持って行くといい」
俺がそう言っても、リアは嬉しくなさそうで。
崩れ落ちてゆく、リアの首輪。
「レオンハルト様は私から居場所までも奪うのですね。わかりました。そのお話、お受けします。そのかわり、全部奪い返させていただきます。私の居ないところでこの国が繁栄して、レオンハルト様が王妃を娶るところなんて、考えたくもない」
リアはそう言うと祈りの言葉を紡ぐ。
ーーーーー嗚呼、世界よ
私の声が届くならどうか叶えてくれ
この愛しい、どうしようもない国を
水底へ
「レオンハルト様、ずっとお慕いしておりました」
ああ、俺もリアの事愛していたよ。
そして俺は神々しい輝きの中にいるリアを目に焼き付け、これから来る崩壊を受け止めるべくそっと目を閉じた。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。