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神囲護に命がやってきた②


 【神囲護に命がやってきた】

 


 翌日。

「あたしは霹靂命!将来の夢はミュージシャンだ!みんな、よろしく頼むぜぇ!」

「ちょっと霹靂さん!なんでギターを持ってきてるの!?」

 教師の狼狽もクラスメイトの呆然も目にくれず、挨拶代わりにジャガジャガとギターを鳴らし、命は用意された窓側端っこの空席へと向かった。

(はぁ~、勉強とかめんどくせぇぜ……)

 座って見るのはただひたすら窓の外。そこには真っ白と真っ青のハイブリッドな空が広がっていて。

(3階じゃなきゃあ逃げ出すんだけどなあ)

 命の故郷の学校では彼女の脱走は日常茶飯事だった。彼女は退屈な授業を抜け出し、裏山にある彼女の『秘密基地』でギターの練習に明け暮れていた。

(あぁあぁ、早く学校終わんねぇかなクソが)

「霹靂さん!ギターを鳴らさないでください!」


 休み時間、命はクラスメイト達に質問攻めに遭っていた。

「ねぇねぇ霹靂さん、歌が好きなの?」

「おぅ!」

「好きなアーティストは?」

「ヨシペリオンだ!」

「むっちゃ渋いやん!」

「そのギターって高いの?」

「オヤジにもらった!」

 命は言われるがままに答えた。クラスメイト達はこれは通過儀礼ですよと言わんばかりに、幾つかの質問をしただけであとはすぐに自分たちのグループへと戻っていった。

 そんな中、一人の女子生徒だけが命の傍に残っていた。サイドテールがアクセントの、テレビに出てきそうな可愛らしい容姿だった。

「ねぇねぇ、メイちゃんって呼んでいいかな?わたし、苗字呼びがあんまり好きじゃないの」

「ん?いいぜ、あたしはどっちでも」

質問に若干疲れた命は気怠げに机に伏して、気の抜けた返事で返した。

「やったー!ありがとね、わたしはサイノメだよ。よろしくね」

「サイノメ?イカした名前だな」

「ちがうちがう!本名じゃない、ソウルネームってやつだよ。今流行ってるんだよ」

「そうるねーむ!!すげぇカッコよさそう!!……ってなんだ?ソウルネームって」

「そのまま『魂の名前』だよ。よくわかんないけど」

「でも何かカッコいい!あたしもソウルネームつけよっかなー。いやでも、あたしはあたし自身の名前で勝負するってオヤジに大見得切っちゃったし……」

「あはは、メイちゃんはメイちゃんでいいと思うよ~」

 妙に盛り上がる二人。あっという間に時間は過ぎ、チャイムの音が流れてくる。

「あ、もう授業かぁ……ねぇメイちゃん」

自分の席に戻ったサイノメは思い出したように踵を返し、命だけに聞こえるように囁いた。

「つまんないよね、授業って」

命は直感した。

(サイノメ……こいつはいいやつだぜ!)


「よっしゃあああああ!帰ったるぜぇぇ!!」

ホームルームが終わるやいなや、命は一目散に教室から飛び出そうとする。

「ちょっと霹靂さん!学校の案内をしてあg」

「んなことより、歌だ歌ぁ!!!こんなところなんてとっととエスケープするさ!!!」

疾風のように下校する命。速い、速い、なんて速さか。

「えぇ、霹靂さんってマジでストリートミュージシャってるの?」

「おかしくない?ストリートミュージシャっちゃうなんて絶対補導されちゃうよ!てかもうされてんじゃない?」

「サイノメはどう思う?止めたほうがいいよね?」

サイノメはクラスメイトの何となくな心配に、微笑んでこう返す。

「だいじょぶだよー。メイちゃんは止めたって止まらなそうだもん」

「えー。なにそれー」

クラスメイトはサイノメのよくわからない返しに苦笑した。そのまま話は終わってしまった。

 所詮はよくわからない転校生の奇行である。異常だと思ったところで、こちらが不快に思わなければただの話のタネに過ぎないのだ。

(メイちゃん……ほんと、おもしろそう)

サイノメは期待の目を、最早そこにはいない小さな少女に注いでいた。


 早々に学校を出た命は、昨日歌おうとした商店街や駅とは反対側……自分が住むアパートの近くで歌おうとしていた。

「こっち側はダメだな。また捕まるかもしれねぇし」

 グリッピに気圧されたのか、霹靂命は慎重になっていた。次捕まったら、殺されると思ったのだろうか。自分は伝説のミュージシャンになるのだから1つくらいこういった伝説があってもいいだろう、と思っていたのだが、それでもグリッピは怖かった、ひたすら怖かったのだ。

「なるべく人のいないところで……」

歌を披露するため閑散とした場所を探すという、矛盾した行為を行う未来の伝説ミュージシャン。その姿に疑問を一切抱かないのも命の若さか。

 ビル群の壁を触りながら人のいない場所を探していると、あるビルとビルの間に人一人がやっと通れるような隙間があった。命は好奇心か、まるで可愛いハムスターのごとくその隙間に入り込んでいった。



「おぉっ、なんだこれ、スゲースゲー!」

その狭い隙間の先には、命の実家の居間ほどの空間が広がっていた。土の上に朽ちた鉄の資材が少し置いてあるくらいで、あとは何もない、四方をコンクリートで囲まれた空間。まるで秘密基地みたいだ、と命の気持ちは昂ぶった。

「うはぁっ!もしかしてあたし、すげぇ発見しちった?ここで歌いっぱい歌えるじゃんか!」

歓喜のあまり壁伝いに回る命。制服が土埃で汚れることも気にせず、歌を歌いながら自分の手でコンクリートの壁に『マーキング』していく。

「へーい!マシュマロさんだーぼるとっ!へいへいへいっ!!」

と、命は壁の端に謎のマークを発見した。


(___)(___)

U`>____/O=[]


 本当はもっと複雑に線が絡みあっていたのだが、命にはだいたいこれくらいの形としか認識できなかった。自分の顔より小さい形だったが、赤黒い線で書かれたそれはこの空間において異彩を放っていた。

「んー?なんだこれぇ?」

それは気にするかどうか、違和感を僅かに与えるだけ、言うならば人によっては気にならない程度の印である。ただ命はそのヘンテコな文様が気になって仕方なかった。しばらくそれが何であるかじぃっと見つめていたのだ。


――なんだ、これ。まるで壮大な儀式でも行うかのような――。



「おい、小娘!」

突然、後ろで声がする。ハムスターと化していた命はビクッと跳ね上がってしまう。

「ふぁ、ふぁふぁふぁふぁいっ!?」

女性の声だった。昨日のグリッピの制裁もあったためか、命は声が思わずファルセット。

(やっべぇ、殺し屋かっ!?)

 命は恐る恐る振り返る。もしそいつが物騒なものを握っていたら、親父直伝のレスリングのタックルをかまして一目散に逃げる!それしか考えていなかった。

「何をしている!あちきの『印』に狼藉を働くかこのコネズミ!」

「あっなんか握ってる!ちくしょー、くらえこのヤロー!!!」

そのベレー帽の女は右手に何かを握って……持っていた。だが命は最早止まらぬ。やるしかなかった。やらねばこちらがやられる!

「おおりゃあああああああ~~~!!!」

刹那、命の渾身のタックルが目の前の女に土手っ腹に炸裂した。

「がふっ……!って何すんねや」

しかし女は痛がらず、それでも尚自分を突き破らんと前へ前へ進む命の頭を両手で抑えた。

「ったく、なんですかこのお子様はっ!そいやっさ!!」

そのまま投げ飛ばした。命は軽かったためか、少女の細腕でも投げ飛ばせた。

「うわあああ!!!」

命は転がり、丁度印がある壁の反対側まで飛ばされてしまった。



 満ち満ちた時は沈黙を携える。人は満たされれば何も主張しなくなる。

 つまり騒音は張り裂けそうな程の『主張』である。

 わたしは沈黙で語るほどの芸術家ではない。その役目は老兵に託せばいい。

 つまりは主張だ。何はなくとも主張しなければ、満たされぬ。

 満たされるとは何なのだろう。

 この儀式を終えれば、満たされるのか。

「っと。こいつをどうするか、だな」

目の前に横たわる小さな子ども。さっきまでけたたましく歌っていた『騒音』だ。

 こいつも何かを主張したいのだろうか?

 私――イヴ・フランソワは最大限の警戒を払いつつ、ミニマムな少女に近づいた。




「おい。目を覚ませ」

しばらくの間、気絶していた命が目覚めた時、視界には女の子の顔があった。

 ややのっぺりとしてはいるが、顔立ちが整った美少女だった。ただ髪の色はえらく個性的……緑のベレー帽とコントラストを形成するかのような真っピンクであった。

「うわっ!緑でピンクのお化け!」

命は視界を覆うお化け少女に驚き手を動かそうとするが、

「落ち着け。あちきはお前の敵じゃあない」

お化け少女は命の手を組み敷いており、命は身動きが取れずにいた。

「いだだだ!いてぇって!離せバカ!」

「じゃあもうあんなフザケた攻撃をするなよ」

「わかった!わかったから離せボケ!」

罵詈雑言を躱し、緑とピンクのお化け少女は組み敷いた手を離した。自由になった腕を後ろに動かし、仰向けの姿勢のままで少女と距離を取ろうと横に動く。

「ったくよぉ!なんなんだよアンタは!緑にピンクってやばすぎだろ!」

「お前さんの髪もオレンジ……橙色じゃないですか。子供なのにそんな染め方して、だいぶすごいっすよそれ」

「これは地毛だボケ!そもそも誰だよお前!」

「そっちから名乗るのが常識っすよオチビちゃん」

「チビ言うな!こちとらもう高校生だ!」

「こっちは独立したハイパークリエイターだぞ。まいったか」

耳を塞ぎたくなるようなすさまじい低レベルの口論が繰り広げられる、都会のビル群の中にある中庭。

 オレンジ髪のチビが霹靂命と名乗るまで。

 真っピンク髪のベレー帽がフランソワと名乗るまで。

 少しばかり、時間がかかったのだ。

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