While there’s life there’s hope.(
「この世界は退屈になったよ。悲しむ事も他人を羨む事もしない。人間らしさを失っている。辛い感情でも無くなっていい訳が無いんだ……ねぇ、そう思うでしょ」
廃墟の一室で黒いコートに身を包む男は、椅子に深く腰をかけて項垂れている
悲しそうな目を向けるその先には手足を拘束され、身動きが出来なくされている男がいた
「なんだい?その羨むとか悲しむってのは」
男は不思議そうな顔をして黒コートの男を見つめる。
「…やっぱり知らないのか…貴方程の歳なら言葉位は知ってると思ったのに。」
黒コートの男。(イル)はがっかりした様子でため息をついた。
「なら、もういい。リリッシュ。」
「はーい!」
リリッシュと呼ばれた少女は奥から小走りで走って来ると、笑顔でイルに詰め寄り
「何!何!もうこの人いいの?!」
「あぁ。好きにしてくれ」
そう言われるとリリッシュは新しい玩具を買って貰った子供のようにぴょんぴょん跳ねると、再び奥の部屋に走っていった
「…?何をするのかい?」
「なに、すぐに済むよ。貴方は今からあの娘に希望を与えるんだ。」
ー希望ー
今この世界を支配している言葉だ。2058年に日本政府が実装したシステム
「強制的希望推奨システム」
これにより日本国民の希望実現は保証された。誰もが希望を叶えられる世界…まさに夢の国だった。
そして2075年までの17年間で日本全国の表向きの犯罪数は0になった…。
そうした幸せの日々の中。ある感情が欠落した。怒り・悲しみ・嫉妬・憎悪……これらを総称し「負の感情」という。人間は僅か17年間でこの感情を失った…。
「お待たせイル!今回はこれ使うね!」
そう言ってリリッシュが差し出したのは、大きなノコギリだった。
「それは…ノコギリ…かい?何をするのだい?」
男の声は少し震えていた。それを聞いたイルは…笑った
「…そうだ。それは不安だ。貴方は今、禍々しい物を目の前に本能が不安を感じたんだ。やはり人間の本能にはしっかり刻まれているんだ…その感情を…ッ!」
「あー!イル嬉しいそう!なになに?これが負の感情って奴?へぇーこの間の人は泣いちゃってたけど、色んなのがあるんだー!面白いね!!」
リリッシュが嬉しそうにノコギリを振り回す。
「あ…あんたらは一体何者なんだ…?ぼ、僕をどうする気なんだ…!?こんな事をすれば国際希望管理局が黙って…」
「僕達はただ人間らしさを取り戻して欲しいだけだよ。国際希望管理局にも邪魔はさせない…。これ以上人間が変わる前に終止符を打たないとダメなんだ…残念ながら貴方はゲームオーバーだ。」
「や、やめてくれ!まっ……」
それ以上喋る前にリリッシュのノコギリが喉に突き刺さる。
突き刺したままリリッシュは男を中心にノコギリごと周りをくるくると回り出す。
2~3週した後にノコギリを思いっきり横に振る。
「おぉー!飛んだ飛んだ!」
男の体は首から上を綺麗に無くし、その場に倒れ込んだ。
「はは。このおじさんは惜しかったね。もう少し早ければ助かったのかも知れなかったのに」
「リリッシュは助ける気無かったもんねー!」
そう言いながら嬉しそうに血のついたノコギリを見つめている。
「おーい!へームー!終わったよー!」
リリッシュがノコギリを吹きながら呼ぶのはもう一人のメンバー(ヘム)だ。
「へいへーい……うぉ!今回も派手に散らばしたなー」
ヘムはリリッシュの殺した死体を片付ける、処理班の班長だ。数人の部下を呼ぶと、手早く死体を包んで、部下に奥に運ばせた
「今回はどうだったんだよイル。」
タバコを吹かせながらイルの隣に立つ。
「今回もダメだ。殺される直前じゃないと思い出さないようだ。」
「そっか…早く出会えるといいな。仲間に」
今この国で、負の感情を持っていると確認されているのはイルだけだ。そのイルに賛同した仲間は沢山いるが、同じ負の感情を持っている者は一人もいない。
「ねぇー!イル!私ね!やっぱり気になる!負の感情を持つのがどんな気持ちなのか!楽しいだけって楽しいけどつまんない気がするんだ!私にも見せてよ!その感情を!!」
リリッシュは綺麗に片付いた部屋を踊っていた。月明かりに映るその姿は誰もが見惚れる物だった。…手にノコギリを握っていなければ
「つまんないって思えるならすぐに見つかるさ…。みんなにも…。だから急がないとな。これ以上人間らしさを失う訳には行かない…」
これは希望の物語。
これは絶望の物語。
これは虚無の物語。
「さて…次のターゲットを探しに行きますか。」
これは殺戮の物語。