お正月百合(仮)
「年明けの瞬間くらい炬燵から出ようとか思わないのかい。」
「いやー寒いしー。なんで暖房弱いのー」
「炬燵つけてるからね。電気代の都合上仕方ないじゃない。」
「暖房弱いから炬燵に入るんだー。美樹はわかってないなー」
「あーほらほら潜らない。ちょ、机揺れる!お茶こぼれるから!」
炬燵の中に入ろうとする炬燵の虫、高校のクラスメートの明美を無理やりに引きずり出す。明美の抵抗によって炬燵の上に積んであったみかんが一つ転がった。拾い上げてピラミッドの1番上に積み直す。
「ほら〜美樹が暴れるから〜」
「明美のせいでしょ。大体なんでうちに来たのさ。新年くらい自宅にいればいいじゃない。」
「だって一人寂しいし〜。なんとなく美樹といたかった様な気がしてさ〜」
そういうと明美は再び炬燵に潜り込もうとする。明美の膝が炬燵の脚を蹴飛ばし、またもみかんが転がった。
なんとなくって、なんだ。なんだか仕方なく来たみたいな雰囲気に腹がたつ。転がったみかんをもう一度拾い上げ、炬燵から頭だけ出した明美の頭にのせる。
「寂しかったなら私じゃなくても他の子がいるでしょ。」
そうだ。いつも教室で固まってる連中はどうした。部活の仲間は。確か中学の頃の友人とも親しくしてるだろう。知ってるんだからな私は。
それなのにどの口が一緒にいたいなどと言うのか。
「やーなんか違うんだって。安心するっていうかさ。実家、みたいな?」
「そりゃどうも。」
明美は男女問わず、多くの人に好かれる。友人としても恋愛対象としても。その理由はなんとなくわかる気がする。
明美は自分に足りないものを補ってくれるのだ。欠けた部分にぴったりとくっついて、欠陥品を一つの完成されたものにする力がある。
それは人に対する接し方であったり、行動の一つであったり、人によって様々に変わる。
その器用な生き方がどうしようもなく人を惹きつけるのだろう。決まった形を持たない水の様な……
いや、そんな上品なものじゃない。明美は……
「粘土……かな。」
「ん?粘土がどうかした?」
「いや、別に。」
「変な美樹〜この木、なんの木、変な美樹〜」
妙な節回しで歌いつつ、明美は頭の上に乗ったみかんをとってむき始める。明美はいつも周りについている白い筋まで取ってからでないと食べない。小学校の頃からずっとそうだった。
「はい美樹の分〜」
「ん。ありがと。」
そしていつも半分を私にくれるのだ。給食の冷凍みかんが懐かしい。
「昔……小学校の頃さ、給食のみかんとか半分こにしたよね。」
「あ〜したね〜。美樹も私に半分くれてさ。結局意味ないっていうね。」
結局なんで半分をくれたのかは高校生の今でもわからない。ただ小学生の時はそれがとても楽しかった。それまではたったそれだけでよかった。
貰った半分のみかんを一つ食べる。ふわりと甘酸っぱい香りが口の中に広がる。筋がなく、とても口当たりが良い。
「なんかさ、こうして二人でいると昔に戻ったみたいだよね。あの頃は」
明美の言葉を遮る様に壁掛け時計が安っぽい音楽を奏でた。テレビもラジオもつけていない部屋の中が沈黙に包まれる。窓の外からどこかの寺で鐘を鳴らしているらしき音が聞こえてくる。
「うん、あけおめ〜」
「あけましておめでとう。あの頃はなんだったのさ。」
しばらくの沈黙を破って明美は言葉の先を濁らせてしまった。
「うーん、あたしらしくないなーって思ってさ。忘れて。」
「なんだいそれ。らしさなんて自分で決めるものじゃないでしょ。」
「まぁ、そうか。」
明美はしばらく迷った末、少し声のボリュームを落として呟いた。
「あの頃は悩みとかさ、何にもなくって。ただ自由に毎日を過ごしてれば良かったなって。」
「別に、私からすれば今でも自由に振舞ってる様に見えるよ。」
悩みなど何もなさそうな明美に少し皮肉っぽく言ってやる。しかし明美は、うん、と呟いたきり黙ってしまった。いつもの明美なら冗談めかして反論してくるはずなのに。
「何、どうしたのさ。らしくないな。」
「だかららしくないっていったじゃんか……」
明美はそう言うと炬燵の外に出ていた頭を引っ込める。数秒した後にまた頭だけを出した。
「何を遠慮してるんだか知らないけどさ。明美と私の仲なんだし、相談なら乗るよ?」
こちらとしても、らしくない友人を見ているのはあまり良い気分ではない。
「……誰にも言わない?」
「私はそんなに信用ない?」
「……わかった。話す。」
明美は炬燵から這い出て、私の前に体育座りで座る。これもらしくない。いつもなら乙女のくせに胡座をかいて座るのが明美という人間だ。
「最近さ、自分がわからないっていうか……あたしは何がしたいんだろうとか、考えちゃうんだよね。」
指先を弄りながら、こんこんと話す明美。明美は真面目な話をするときは人と目を合わせない。小学生の頃からそうだった。
「なんか、人から求められてる明美という人間を、自分が演じているだけなんじゃないかって……あたしの中にあたしがいない、みたいな……」
明美の言葉は私にとって衝撃とも言えるものだった。
水の様な、粘土の様な。そんな人間が明美で、それが明美の魅力だった。
「美樹はらしくないって言ったよね。……実は違うんだ、それ。私らしさなんて、元々ないんだよ、私には。」
明美はそれきり頭を埋めたまま黙ってしまった。窓の外の鐘の音が再び沈黙を強調する。
掛ける言葉が、見つからなかった。
私の知っている普段の明美、楽天家で気分屋で、でもしっかりと人のことを見ている明美はそこにはいなかった。
「……そんなこと、ない。」
言葉に詰まった挙句、出てきたのはなんの根拠もない否定の言葉。
違う、明美が求めているのはこんな薄っぺらな言葉じゃない。そんなのわかっている。
わかっては……いる。
「……ごめんね、変なこと言って。今日は、帰るね。」
明美はコートを持って立ち上がる。反射的に私はその腕を掴んでいた。
「明美は……明美だよ。上手くは言えないけれど、私の中では明美は自己を持ってる。」
言葉で自分の考えを伝えるのが、これほどまでに難しいと感じたことは、今までにあっただろうか。頭の中では整理されているのに、口では説明できない。そんな自分がもどかしい。
「美樹の中の私も、きっと美樹に求められてる私を演じているんじゃないかな。それが自己に見えるのかもね。」
明美は完全に自分に自信が持てなくなってしまっているのだろう。だからありもしない事を想像して、自分で勝手に悪い方向へ考えを進めていってしまうのだ。
「でもね、美樹といる時は、何故か自然と自分が自分自身の意思で行動してるなって思えるんだ。気を使わなくていい……というのとは違うのかもしれないけど、なにか安心するんだよね。」
明美は、もしかしたら今日来たのも、美樹に甘えるためだったのかも、と続けると寂しそうに笑った。
「それで、いいよ。」
「え?」
寂しそうに笑う明美の顔を見た瞬間、するりと言葉が流れ出た。
「私といて、明美が安心するならいくらでも甘えていい。」
「明美が自分を探すなら、私もいくらでも手伝う。」
「明美が自分の魅力がわからないなら私がいくらでも教えてあげる。」
「だから」
「そんな顔、しないで。」
飾らない、素直な気持ちだった。恥ずかしさなんて微塵も感じなかった。
ただ、明美の元気のない姿なんて見たくなかった、それだけ。
明美は腕を掴まれたままの姿勢でしばらく立っていたが、不意に背中を向けてしゃがみこんだ。
「……美樹は、優しいね。そんなだから……甘えたくなるのに。」
その背中は、少し震えていた。
「いいよ。いくらでも、甘えて。いつだって、私の側にいればいい。」
後ろから明美の背中を軽く抱きしめる。
「……なにそれ、告白……?」
すすり泣きながら明美が笑う。
「さぁね。ほら、新年早々、なに泣いてんのさ。」
「うん……ごめん。」
「顔洗ってきなよ。お汁粉食べる?」
「……食べる。」
明美の自分探しは高校を卒業しても続いた。
勿論、手伝うと言った手前、私も付き合わされている。
「年明けの瞬間くらい炬燵から出ようとか思わないの?」
「いやー寒いしー。美樹もおいでよー。おひざのうえー。」
「炬燵を出すといつもこうなんだから……」
「寒いから炬燵に入るんだー。美樹もおいでったらー」
「あーほらほら潜らないの。いくから。」
「えへへー。美樹あったかいー。」
「本当に……明美は仕方ないな……」
自分を見つけられたのかは未だに教えてもらえてないが、最近はそれでもいいかと思い始めている私がいる。
きっとそれは、私の足りない部分を明美が補ってくれているから、なのかもしれない。
お正月の記念になにか書こう、と思い立って書いてみたものです。
お話もなにも練ってないので色々変な部分や言い回しがあるかもですがご容赦下さい。
もう少し百合成分多めでもよかったと後悔。というか百合成分皆無…
今後もなにかあれば短編で書いていくかもです。その時は是非ご一読下されば幸いです。