SCENE 03:エコだろ?エコ (前)
翌日、ユウジはすべての授業をサボることに決め、朝からアイマスクとペットボトル持参で邦研部室に引篭もった。
ユウジがアイマスクを付け長椅子に横になって暗闇を楽しんでいると、真奈美と真奈美の友達の伊集院加奈が弁当を片手に部室にやって来た。
「あれえ、めずらしいわね、ユウジ。何してるの? 天使ごっこ?」
「ああ、もう昼か。しまった食いもん買っとくんだったな」
「どうも、お邪魔いたします、真奈美さんの友人の伊集院加奈と申します。……あの、これ、そこのコンビニエンスストアで買ってきたものですが、よろしかったらどうぞ」
加奈は天使のような可愛らしい微笑みでユウジに挨拶をすると、マイ・エコバックからサンドイッチを取り出した。
「あ、どうも」
「だめよ、加奈。捨て犬に餌をやっちゃいけないって言われたでしょ? 結局、ついてきちゃった仔犬を連れてかれて、一日中泣いてたことあったじゃない」
「うふふ、真奈美さんそれはもう十年以上も前の話ですわ。それに、ユウジさんが連れて行かれても、私、泣いたりしませんわ」
「うーん、……それもそうね。じゃあ加奈、私とお弁当、半分こする?」
「はい、よろしければ!」
と、加奈はこぼれるような笑み。
「…………つ、つっこみどこが」
ユウジは二人の会話に参加するのをあきらめ、再びアイマスクを付けて寝る体勢に入った。
「で、相談って何? 加奈」
「ええ、相談ってほどのことではないのですが、実は私、茶道部から門限をしようと思いまして」
「それは大変ね」
つまりこういうことだ。城見ヶ丘学園大学サークル会館三階西側に部室を持つ茶道部は、最近まともな活動をしておらず、サークル活動と称しお菓子を持ち寄ってお茶を飲みながら喋っているだけなのだそうだ。まあそれはそれで楽しいのだが、加奈は最近体重のほうが気になる。それでいっそのこと茶道部を辞めてしまいたいが、辞めてしまうと部員経由で御両親に知られてしまい、門限が早くなってしまう。門限が早くなるのも嫌だし、体重が増えるのも嫌だ。一体どうすればいいだろう、という相談だ。ちなみに加奈の実家は厳しく、サークル活動は茶道部以外認めてもらえないらしい。
「お菓子我慢して、お喋りすればよくね?」
なんとなく会話を聞いていたユウジがアイマスクのまま口を挟んだ。
「それが出来れば辞めようなどとは思いませんし、それに、どうしても茶道部でお喋りしたい、というわけではないんです」
「だよな……」
真奈美が何かをひらめいたように顔を輝かせた。
「門限を、無視しすればいいのよ! ついでにサークルも好きなのに入れば!」
「あーそれいいかもです!」
「じゃあ、加奈は今日から邦研のマネージャーね」
「はい!」
「……」
――こうして邦楽研究会に、伊集院加奈が加わった。めでたしめでたし。
女の子二人が授業に戻り、退屈したユウジが一人でキーボードを弾いていると、ヤジさんが入ってきた。
ヤジさんはユウジの頭を指差して、
「光っとるな」
「そうなんです……」
ヤジさんはユウジに近づくと、まじまじと観察した。そして、まぶしく光る輪っかの見えない紐を、――カチャ、カチャ、カチャ――と、引っ張った。光は一度目で半分になり、二度目でオレンジの豆球になり、三度目で消えた。
「エコだろ、エコ」
と、言うと、ヤジさんはニヤっと笑って去っていった。いったい何しに来たのだろう。
「ていうか蛍光灯かよ! クソ、凛のヤツ、絶対殺す」