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SCENE 02:コスプレ少女降臨

 翌日、ユウジがメインストリート広場のベンチに座って次の授業までの空き時間をぼんやりと過ごしていると、柚木がパックの牛乳を飲みながらやって来た。

「昨日はあれから最悪でしたよ」

「悪魔でも出たか?」

「コーラ買おうと思って自販機の前でポケットから金出そうとしたら」

「ぶ、ははは」

「いや、まだ言ってないですから」

「ほんと運勢最悪だったな」

「……そうなんですよ」


 夕刻、ユウジがサークル会館三階にある邦研ほうけん練習室に行くと、何やら騒ぎがおきていた。他のサークルの奴らも野次馬で集まってきている。

「おい、どうしたんだ?」

 ユウジが人ごみを掻き分けながら言った。

「なんか殺人事件らしいぜ」

「うっそ」

「いや、殺人事件じゃなくて宇宙人が降りてきたんだろ」

「いやいや、宇宙人じゃなくて天使だろ、天使」

「かなりの美少女らしいぜ」

「マジかよ」

「なんだ、コスプレかよ」

 野次馬の先頭ではアニ研の奴らとギャルゲー同好会の奴らが鼻息荒くポジションを確保していた。

「おい、どけよ。何でカメラなんか持ってんだよ」

「あー、ユウ君!」

「ユウ君……?」

 見ると開け放したドアの向こうには昨日の夜真奈美とすれ違った高等部の女子生徒が、かなり露出度の高い真っ白な天使のコスプレを身にまとってユウジのほうに手を振っている。

「うわ……」

「おーい、どうした」

 ケイスケが後ろのほうから野次馬を蹴散けちらしながらやって来た。

「なんだ? またお前のファンか? それにしても、なんかすごいな」

「いや、うん、ていうか……」

「とりあえずこいつら追い出してドア閉めようぜ」

 ケイスケは暴力的な手段で野次馬を追い出し、

「どうしても撮影したい奴は一人一万円な」

 と言ってバタンとドアを閉めた。

「さて」

 バタンとドアが開いて男が入ってきた。

「ぼ、僕はアニ研の部長の木村だ。ほら一万円払うから……うげッ」

 ケイスケの蹴りがいい具合に入り、そいつはドアの外に転がっていった。バタンとドアを閉める。

「で、あんた誰?」

と、コスプレ少女に向かってユウジ。

「えと……誰にも内緒だけど、実は私、天使なの」

「えと、あはは……ここ、笑うとこ?」

「なーんてね」

と、少女は舌を出してウィンクした。


 自称天使はいつの間にか高等部の制服に着替えていた。名前は『りん』といい、高等部の一年生だそうだ。

りんちゃん、勝手にサークル会館に入ってきちゃだめよ、変なお兄さんたちいて危ないから」

 あとからやって来た真奈美が少女を優しくなだめる。

青海苔あおのり女」

 喧嘩を売っているのか、りんは真奈美を指差してにやりと笑った。

「ぶは……ぐわッ」

 とばっちりを受けたユウジの死体が床に転がる。真奈美はこぶしを握りしめてぴくぴくしている。

「まあまあ、せっかく来たんだから、練習でも見ていったら」

と、ヤジさんが言った。ヤッターと言ってりんはヤジさんに抱きついた。

「なんかまるで親子だな」


 ヤジさんがスティックでカウントを取り、ドラムからイントロに入る。真奈美がチューニングを済ませたおNEWの――中古だが――白のストラトでコードをバッキング、ケイスケがそれにかぶせてギターソロをかなでる。

「お、なんか今日調子いい」

 ケイスケの指はいつもの二割増しくらいにスムーズな動きだ。自然とアドリブもえる。

「速えー、ケイスケ走っとるな」

 ドラムのヤジさんが即座に反応する。つられるようにベース、キーボードがグルーヴをかもしだし真奈美のボーカルが気持ちよく乗っかる。


「俺たち最高」

「ていうか今日のケイスケすごすぎ」

 練習を終えた五人と女子生徒一人は、サークル会館から裏門を抜けて、飲食街へ向かう道に出た。

「なんか今日みんな調子よかったですよね」

と、柚木。

「ほら、やっぱり地獄屋閉まってるから」

「天国堂はいっつも開いてるけどな」

 地獄屋と天国堂は隣同士で建っている。

「天国堂は仏具店だから、常に開いてないといけないんだな。俺らにゃ関係ねーけど。……でも天国堂のおばちゃんキレイだよなー」

「マジで? 俺見たことないや。ていうか入ったことすらない」

「天国堂のおばちゃんは地獄屋のおじちゃんのことが好きって知ってる?」

と、りんが会話に混ざる。

「うっそー?」

「逆じゃね?」

「あのきれいなおばちゃんがあの極悪狸のことを? ありえねー」

「ほんとは地獄屋のおじちゃんもおばちゃんのこと好きなんだけど、おばちゃん、筋金入りのドSだから、おじちゃん、ひーひー言って逃げ回ってるんだよ、きっと」

「あはは、なんて言うかたくましー」

「だよねーたくましいよねー」

「いや、りんちゃんの想像力が」

「……想像じゃないもん」

と、りんは一瞬シュンとする。

「あ、でもこれは購買部のお姉さんが言ってたことだけどね、高等部の湯川教頭が……」

 どうやらこの女子高生、話し出したら止まらない性質たちらしい。


 五人と一人はなぞなぞ亭で腹を満たし、飲食街の出口で別れてそれぞれの家路についた。方向が同じ真奈美とユウジと凛は公園を突っ切る近道をとぼとぼと歩く。

「ギターって結構重いよねー」

「シンセのほうが重いぞ」

「シンセはかついで歌わないでしょ」

 などとどうでもいいことをしゃべりながら歩いていると、凛がいつの間にかコスプレの格好をしていた。

「おいおい……」

「しっ……なんかくる」

 凛は真剣な表情で辺りをうかがっている。

「どうした? 凛。何かいるのか?」

「あ、あれ何?」

 真奈美が指差した先には、街灯の下にうずくまる黒い影があった。三人がそっちを注視していると、

「うひひひひひひひ」

と、反対側の茂みから何かが飛び出してきた。

「隙ありいいいいい」

「いやああああああ」

 一瞬の出来事だった。振り向きざま真奈美は悲鳴をあげながら、迫ってくる何かにギターを振り上げ、そして振り下ろした。ボコっという鈍い音がして、それは地面に倒れた。

「な、なんだ?」

 バサリ、と凛が降りてきて、

「真奈美ちゃんすごい! 初めてなのに完璧に使いこなしてる!」

 ユウジがうつ伏せに倒れている『それ』を足で仰向あおむけにさせると、『それ』は夕方騒ぎがあったときのアニ研の部長だった。凛は自分の頭の上で光るリングを取り、なにやらぶつぶつ唱えながらアニ研の部長の腹上に乗せた。うぎゃああという断末魔とともに部長の口から黒い煙がすうっと立ち上がりちゅうに消えた。

「いったいどういうことだ?」

「つまりこういうことね。あそこの黒い影に私たちの注意を向けといて、こっちの茂みからいきなり襲おうとして、失敗したのね」

「いやそれは説明されなくてもわかるから」

 放心して固まっていた真奈美が、チンと音が鳴ったように活動再開した。

「痴漢! 死んじゃえ、このこの」

 真奈美は伸びているアニ研部長の腹を蹴りまくっている。いつのまにか制服に戻った凛も、一緒になって蹴っている。

「なんか気持ち良さそうに蹴ってるけど、その辺にしとこうぜ、真奈美、凛」

 ユウジは真奈美と凛の襟首えりくびを引っ張って、部長から引きがした。


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