SCENE 01:呪われた白いフェンダー
「Bメロ入るとこの『長い〜』のとこ、FじゃなくてB♭がよくね?」
「こうか?」
「そうそう。んで、そこにスネアでおかず入れてさ」
「うむ」
タカタンッ――
「あーそれいいね。さすがヤジさん。ちょっと感動。さっすが八年生は違うよね、笑うなそこ」
といいつつケイスケも笑う。
「じゃさちょっとそこんとこもう一回やってみようよ。真奈美、オケー?」
「オケオケー」
ケイスケはドラムのヤジさんのほうを向いてうなずく。ヤジさんがスティックでカウントを取るとスネアの8ビートからBメロが始まる。切ない、張り詰めたような真奈美の唄声。ギターのくぐもったバッキングとシンセの哀愁の音色が絡まる。同時に勢いを増して盛り上がっていくベースライン。スネア、タム、ハイハット、シンバルが絶妙な刺激と高揚を与え、曲は一気にサビへと向かう。
「最高」
「ていうか俺ら天才じゃね?」
練習を終えた五人は、サークル会館から裏門を抜けて、飲食街へ向かう道に出た。
「もうすでに大学のサークルの域を超えてるよな、俺ら」
「ほんとに。プロレベルですね、息もぴったしだし」
自画自賛。
「来月の合音、先輩たちを越えるな」
「いやそれは間違いないっしょ」
「ていうかヤジさんは先輩だしー」
「あー忘れてたよ」
「うむ」
笑い声が響く。この五人、いや、四人プラス一人、今年の春に城見ヶ丘学園大学の音楽系サークル『邦楽研究会』略してホーケンに入った新人、プラス、留年を繰り返してとうとう八年生になってしまった寡黙な助っ人ドラマーだ。新学期始まった当初からまるで十八年来の付き合いのように妙に馬が合っている。
「ねーねーねー」
紅一点、まだ若干あどけなさを残すこの将来が楽しみなかわいい系美少女はボーカルの真奈美。見た目とは裏腹にその歌唱力の高さは誰もが目を見張るものがある――と本人たちは思っている。
「みんなでなぞなぞ亭にお好み焼き食べに行かない?」
「いいですねーお好み焼き」
これはベースの柚木。真奈美よりちょっと背が高いくらいの小柄な好青年だ。これも見た目とは裏腹にベースのテクニックは誰もが目を見張るものがある――と本人たちは思っている。
「マヨネーズかけるとおいしいですよね、青海苔と」
ついでに言うと柚木はマヨラー。常時マイ・マヨネーズを携帯している。
「うまいけど、コレステロール高くね?」
これはギターのケイスケ。的確なつっこみを――特に楽曲に対して――するので五人の中ではなんとなくリーダー的な存在になっている。そしてギターのテクニックは誰もが目を見張るものがある――と本人たちは以下略。
「持参してますから。コレステロール、ゼロのやつ」
「マジかよ」
「うぜー」
「オヤジくさー」
「ていうかコレステロール高くね?とかいうヤツの方がオヤジくさくね?」
「俺かよ!」
キーボードのユウジはニコニコしながら後ろからついていくタイプだ。長身のイケメンで入学後一ヶ月もたたないうちに高等部女子のファンがついた。たまーに突っ込みいれたりしている。そしてキーボードのテクニックは誰もが目を以下略。
「うむ」
んで、わりかし無口なひげ面のこのおっさんが、ヤジさんだ。ドラムのテクニックは掛け値なしのプロ級だが、プロになる気はないらしい。
「あー地獄屋が開いてる」
「ほんとだ。やだなあ」
「え、なんで? 柚木君」
「僕、地獄屋やってる日の運勢って最悪なんですよね。この前犬のうんこ踏んだし」
と、柚木は顔をしかめる。
「きたねッ」
「アタシの中では地獄屋が開いてるの見たらいいことあるってなってるよ」
「性格の違いだな」
「だな。真奈美はかわいい」
「ちょっと寄ってみっか」
ヤジさんの提案で五人はぞろぞろと店の中に入った。この地獄屋、大学の裏道にあってめったに店を開けない。どんな店かというと骨董品とリサイクル品とカウンターの奥には怪しい漢方薬が置いてあり左奥にはジャンク品が並んでいる。黒の皮のつなぎを着たちょい悪親父、いや極悪狸の経営する店だ。
「ギター見っけ」
「おお、フェンダーだな」
「本物?」
「わかんねー」
「三千円だしニセモノだろ、どう考えても」
「ボディーが真っ白でかわいい」
「ネックはメイプルか。あ、シリアルナンバーがついてる。……54年製フェンダー・ストラトキャスターだな」
「凝ったニセモノですねー。それって本物だったらいくら位するんですか?」
「億いくだろ」
「ぶ」
「アタシこれ欲しいかもー」
真奈美はギターを手に持ってかわいらしくポーズを取った。
「ど?」
「いい!」
声をそろえる四人。
「そいつはやめといたほうがいいかもな」
カウンターの奥から極悪狸がのっそりと出てきた。
「はあ?」
極悪狸は極悪な目つきで五人を見回し、苦苦しげに言った。
「そいつはやめといたほうがいい。実はな、そいつは……呪われたギターだ」
「……」
五人は三秒間固まって、それから爆笑した。
「ぶははは」
「やばいおもしろすぎ」
「その顔でそれはありえなさすぎるー」
「腹痛てー腹痛いてーひっひっふー」
「ちっ」
舌打ちして極悪狸はのっそりと奥へ引っ込んでいった。
「あれじゃね、もしかして本物かもと思って惜しくなったんじゃね?」
「ありえねー」
結局、真奈美はその白いギターを三千円でゲットした。ケイスケはジャンクコーナーのギターピックを三つ買い、ユウジは骨董品コーナーに置いてあった十五センチくらいの黒のリングを買った。
「ていうかユウジ、その輪っか、何?」
「わかんね」
「買うなよ!」
お好み焼き屋『なぞなぞ亭』はサークル会館を出て十分ほど歩いたところにある。腹ごしらえをすませ店を出た五人は、満足顔でそれぞれの家路についた。辺りはすっかり暗くなっていた。
「真奈美ってさ、曲作るとき、アコギ使ってるんだろ?」
「うん、コード押さえるくらいしか出来ないけどね」
「じゃあエレキは初めてだよな?」
「うん」
「一応言っとくけど、エレキってアンプないと音出ないからな」
「知ってるよ!」
「夜中に、音が出ないって電話かけてこられるのは勘弁だからな」
「夜中にギター弾かないって! ていうかユウジ、アタシのこと馬鹿にしてるでしょ、完全に」
お好み焼き屋を出たあと、帰り道が同じユウジと真奈美がそんな話をしながら歩いていると、道端でうずくまる白い影が目に入った。
「なんだろう、あれ」
影はすっと立ち上がると、二人のほうに歩いてくる。よく見ると高等部の制服を着た女の子だった。
「ファンの子じゃない?」
「うーん……紺色だよなあ、うちの高等部の制服。さっき一瞬白っぽく見えたんだけど」
「あーそういえばそうよね、光の加減?」
女の子はすれ違いざま、真奈美に何かをささやいて、ごきげんな様子で走り去った。真奈美は呆然と立ち尽くしている。
「どした、真奈美。いまの子、なんか変なこと言った?」
「うん」
「なんて?」
「誰にも内緒だけど、実は私、天使なの……って」
「へ?……マジかよ」
「あと」
「あと?」
「青海苔が歯にくっついてるって」
「ぶ、はははは」
「笑うな!」
「ぐわッ」
真奈美の拳がユウジのみぞおちに突き刺さった。