来訪者 1
『結論はひとつでも、行き方はいくらでもあるのです。その中で、最良の道を選ぶべきでしょう?』
時に強く、時に優しく、時には諭すように。ノエルの耳の中で、きっぱり言い切ったドロシーの言葉が響くことがある。
彼女の声がよみがえると、無性に会いたくなる。顔を見て、声を聞いて、かすかだがさまざまに変化を起こす表情を、ただひたすらジッと眺めていたくなるのだ。
「おい、キース」
「何でしょうか、殿下」
「ケチケチしないで、もっとドロシー嬢の情報を寄越せ」
よほど思いがけない言葉だったのか、キースがあからさまに驚く。
「そんなに、ドールが気に入りましたか? まあ、知的なことへの好奇心は旺盛なんで、殿下と話もよく合うでしょうし」
ニヤニヤと笑うキースに、ノエルは露骨に鼻白む。
どんな話でも、ドロシーは彼女なりに考えて、きちんと受け答えをしてくれる。
姉妹でありながら、リリアンは聞いていないか、聞いていても「殿下って、たまにおかしなことを言いますよねー」とあっけらかんと答える。
いつも華やかに着飾ってはいたが、褒める気にもなれなかった。言葉を交わすことも、かなり少なかっただろう。
正直馬鹿らしくなって、城へ呼ぶこともなければ、来ても短時間で別れていた。
そもそもの姿勢が違うのだから、扱いも興味の湧き方も別物になって当然だ。
「あ、そうそう」
ひと言何か言ってやろう。そう思ったノエルが口を開きかけたところで。キースはさも今思いつきました、という顔で、左の拳で右手のひらをポンと叩く。
「今朝、タイン辺境伯宛てに、シプリー子爵とドールの婚約を白紙に戻す旨を伝える手紙を出しました。ドールを、ちゃんと支えてあげてくださいね」
「そうか。では俺も、ヘイデン辺境伯に宛てて、正式に出さなければならないな」
すぐさまドロシーとの婚約とはならなかったため、今までのんきに放っておいた案件だった。しかし、ドロシーの婚約者が空白となったなら、こちらもまっさらな状態に戻さなければならない。
感情の起伏は、決して激しくない。かといって、感情がないわけではない。きちんと見ていれば、喜怒哀楽がはっきりと示されている。特に目と口元は、言葉よりも多くを語ってくれた。
ただ、そういった性格ゆえか、知らず知らず我慢に我慢を重ねているようだ。ある日突然ポキッと折れて、バラバラに壊れそうで怖い。
ドロシーを見ていると、時折そんな感覚に襲われる。
人に言わせると、姉のリリアンは『様々なものから守ってあげたい』と思わせる少女らしい。そんな気にはまったくならなかったが。しかしドロシーは、『そばで支えることで、壊れることから守りたい』と思ってしまう。
「……書けたら、お前に預ける。ヘイデン辺境伯に渡してくれ」
「のんびり待ってますよ、殿下」
笑みを浮かべたキースは、するりと滑るように部屋を出ていく。
芯の強さは、外見の冷ややかな印象をより強める。まったく笑わないのかと思いきや、面白いと感じれば笑みを見せた。自己主張は控え目だが、譲れないものは譲れないと、きっぱり言い切れる。
キースやリリアンに似ているところはあれど、全体的には似て非なるものだ。
仕事上でつき合うならば、キースがいい。時間つぶしの話題には、リリアンのような娘がピッタリだ。だが、長い時間をともに過ごすなら、一緒にいて疲れない、心地よくて時間を忘れる相手がいい。
そう、たとえば、ドロシーのような。
「……俺には、少しばかりもったいない花だな」
持って生まれた資質と、キースの『育て方』がよかったのか。彼女はきっと、いい王太子妃になれるだろう。
(……だが俺は、彼女にふさわしくあれるだろうか)
彼女は、徹底的に庇護され続けることをよしとはしない。自分の力が及ぶ範囲なら、自力でどうにかしようとするだろう。
ただし、その結果が悪い方向へ転がりそうな時は、きちんと誰かに頼る少女だ。
(今のところ、キースの方が頼られているんだろうが……)
いつか、彼女に助けを求められるようになるのか。
王子と呼ばれ、王太子となってから初めて、ノエルは自身に対して不安を感じた。




