後
山田さんとの『ドキドキ☆屋根の下での同居生活!』も1年半が経過した。
山田さんは相変わらずのニートっぷりであるが、山田さんには隠れた才能があった。
「山田さん、この問題分からない」
大学受験を控えた高校3年の夏休み、今が一番重要な時期である。
「えーっと、それはこっちの数式を代入します」
「あーなるほどー」
山田さんは頭が良かった。
これなら私の家庭教師として脱ニートができるレベルである。
給料は母お手製のレモンタルトでいいですか?
そんなくだらないことを考えながら、参考書を片手にカルピスをだらしなく飲む。
同じようにカルピスを飲む山田さんは変わらずイケメンだ。
山田さんがうちに滞在するとなった時、恋に落ちたらどうしようとか考えたりもしたが何もなかった。
女子高生と毎日一緒にいて山田さんは何も思わないのだろうか。
ジッと山田さんを見つめてみる。
あ、まつ毛超長い。
ダメだ。暑過ぎて思考が変なところへ持って行かれていた。
山田さんとか正直どうでもいいよ。
自分は魔法使いだとか言ってるダメ人間だし。
「暑い。山田さん魔法使いなんでしょー?涼しくして」
「小さな氷が限界です」
「役立たずー!」
朝から図書館にでも行けば良かった。
クーラーが壊れて扇風機しかない我が家は信じられないほどに暑い。
母は節電が出来て丁度良いじゃないとか言って修理してくれない。
日本の夏を舐めているのではないか。
ジメジメとした暑さにも関わらず、涼しそうな顔をしている山田さんを見ていると何となく涼しくなった気がする。
そんなふうに私が現実逃避に努めている横で、山田さんは難しい顔でブツブツと何か呟いている。
正直怖いが、これは山田さん曰く魔法の研究をしている姿である。
見慣れた光景に最早家族の誰も突っ込まない。
しかし、今回だけは違った。
山田さんが光輝いているのだ。
あ、彼の名誉の為に言うが別に山田さんはハゲてない。
ぺカーッと光に包まれてている山田さんを見て、驚くよりも先にホタルを思い出した。
あれ近くで見るとただの虫で、昔泣いた記憶がある。
うわ、どうでもいいことを思い出してしまった。
しかし次の瞬間ドゴォという鈍い音と共に視界が開けた。
いや、本当に視界が開けた。
なんていうかね、さっきまであった窓とかがなくなって庭が見えるわけですよ。
もう壁って何?ぐらい開けた。
その時セミの鳴き声だけが家に響いていた。
山田さんは何とも言えない顔をして庭を見ている。
私と目を合わせたくないだけだろう。
「えっと、課題だった大きな魔法が使えるようになったみたいです」
いやぁ良かったぁと言う山田さんは目線を全くこちらに向けようとしない。
「本当に皆さんにはお世話になりました…あの時私が落ちた先がこの庭で良かったと思っています。皆さんは私の家族よりももっと近い存在でした。私は一生忘れません」
山田さんは涙を流してやっとこちらを向いた。
「いやいや、待って。感動系に持っていこうとしないで。逃げんな、とりあえず家直してから帰れ!」
確かにいつ帰るのかと尋ねたのは私だが、今この状況で帰らないでほしい。
「あらぁなんだか見晴らしがいいわねぇ」
玄関から買い物に行った母が庭から帰って来た。
見晴らしがいいどころではない。
どうするんだ。
「あ、荷物持ちます」
山田さんはナチュラルに母から買い物袋を奪い、無事だったキッチンへと歩いて行く。
「ちょっ!荷物とかいいから早く戻して!」
私の言葉に、山田さんはまるで出来ない生徒を見るように言った。
「無理に決まってるじゃないですか」
さっきのはたまたま出来た魔法ですよ?と言う山田さんは最早輝かしい程の笑顔である。
「ふざけんなー!こっちは受験生なんじゃー!!」
山田さんの両肩を掴み、ガクガク揺する私に「卵入ってるから気をつけてねぇ」という母の言葉が聞こえた気がした。
山田さんが本物の魔法使いだと判明した日、それは我が家が半壊した日でもあった。