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「君はなんなんだ。」
電話を終え、隣の席に座る見ず知らずの私に目をやった彼は、iPhoneをカウンターに置きそう言った。
思えば空港に着いてからずっと泣いている気がする。とめどなく流れる涙を一度も拭わずひたすら泣いていた。化粧なんて剥がれ落ちてしまったのだろう、マスカラが目に入って痛いことにも今気が着いた。
「失恋でもしたのか。」
なんなのこいつ。
見ず知らずの隣に座った女子大生が、いくら泣いているからと言って、人のプライバシーにズケズケと。
失恋なら、どれだけマシなことか。
「…違いますけど。」
「では何故そんなに泣いているんだ。」
違うなんて言わなきゃ良かった。
答える義理なんてないのですが。
このカフェは泣いている人間は立ち入り禁止なのだろうか。
「答えたくありません。」
「教えてくれ、なんで泣いている。」
もう、なんなのこの人。
俳優のように整った顔立ちの中年男性は、眉間にシワをよせて私に問いかけ続ける。
「悲しくて悲しくて、心が潰れて、死にたいくらい辛いから。あなたにはわからないでしょうけど。」
私はとても面倒になって、見ず知らずの彼に涙を流しながらそう伝えた後、食べ終えていないサンドイッチと、飲み終えていない紅茶を残し席を立った。
お会計をしてカフェの外に出ると、空港内の色んな音が聞こえてくる。
子供の泣き声、恋人を呼ぶ声、友達同士の会話、グランドホステスのアナウンス。
全てが知らない国の言語に聞こえた。
違う世界に来てしまったような、取り残されたような違和感。
母が亡くなったなんて嘘に決まっているんだ、そう言い聞かせ歩き始めた瞬間に、目の前は真っ暗になった。
私は横になっていて、目を開くと見覚えのある中年男性が座っていた。
「なんで。」
「君が急にカフェを出て倒れた。貧血のようだったから、グランドホステスを読んで空港内の救護室に連れてきた。良かったな、泣きやめて。」
あぁ、もういっそこのまま目を覚まさなければ良かったのに。
そしたら母の元に行けたのに。
「君は死にたいほど辛いと言ったが、死にたいほど辛いこととはどんなことだろう。」
なんなの。ねぇ、なんなの。
見ず知らずのあなたに何で言わなきゃいけないの。なんでそんなに知りたいの。
「関係ないじゃありませんか。」
わたしがそう言うと、彼はすかさずこう言った。
「悲しい気持ちがわからない。死にたくなるほど悲しい気持ちとはどんなものなのか。僕にはそれが必要なんだ。」
なんなの、気持ち悪いんだけど。
ベッドから出た私は、この顔だけ整った気持ちの悪い男と目も合わせずに、荷物をまとめて救護室から出た。
「必要なら代わってよ。」
ぼんやりと呟いた言葉は空気にかき消されてなくなった。