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窓の外は、どんどん明るさを増していた。
「そこ、右。」
「は、はい!」
気怠そうにスマートフォンを見る彼女は一体いくつなのだろう。
「なに、なんか言いたいことでもあんの?」
「い、いえ、別に…」
「なによ、あんなら言いなさいよ。そんな見られたら気になんじゃないのよ。」
「い、いや別に、その、何歳なのかなって。」
私が怯えるようにそう言うと、彼女は口を大きく開けて笑いはじめた。
「なーに、あんた。何歳に見えんの?あたし。」
「そう、ですね、その、35?とか?」
「あらーやだわ、この子ほんとに言ってる?わたし今年で50になんのよ?あんたの死んだママと同い年。」
「…。」
「泣きそうになってんじゃないわよ、ほんとにいい加減にしてよね。だから今連れてってるんじゃない。もう、ほんと泣かないで。」
母の話題を出されると、途端に泣きそうになる。母が死んでから、私はずっとこうだ。
「着いた、ほら。これで銀座で働かなくても食いぶちには困らないでしょ。」
品川のタワーマンションの前でタクシーは停まった。
「まゆみ。わたし今日も同伴あるから、さっさと開けてくんない?」
まゆみさんって言うんだ。
エレベーターで25階までのぼった後、奥の部屋のインターフォンを鳴らし彼女は部屋の主にそう言った。
「帰れ。仕事中だ。」
どこかで聞いたことのある男の声を完全に無視し、まゆみさんはエルメスのバーキンからカードキーを取り出してドアを開ける。
草履を脱がずにそのまま部屋にズカズカ入って行くと、靴を脱ごうか脱ぐまいか玄関で迷っているわたしに聞こえるほどの大きな声が聞こえた。
「あんたどこのホステスよぉ、この子!枕?!汚いやり方で売上取ってんじゃないわよぉ!」
そう言えば、玄関に置かれているこの高そうなハイヒールは誰のものだろうと思った。
「勝手に入るなといつも言っているだろう、まゆみうるさいぞ。」
「まさかうちの店の子じゃないでしょうね?!ちょっと顔見せなさいよ、あんた!」
「お前の店のホステスじゃない、新宿だ。」
「あら、あんたギャル好きだったの?知らなかったわー。」
そんな声を聞きながら、玄関でおどおどしていると茶髪の若い女の子が走って部屋から出てきた。
「なによ。まゆみママだって枕させようとしてんじゃない。」
眉間にシワをよせ、彼女は私を一瞥しそう言った。そして玄関にある高そうなハイヒールを履いてドアから出て行った。
枕。
私はそのためにここに来たのだろうか。
「ちょっと、陰気くさいのもここまで行くと病気にでもなってんじゃないの。玄関にカビ生やさないで。さっさとこっち来なさいよ。」
まゆみさんにそう言われた私は、
「あ、の、靴って…」
とおどおどしながら言った。
「海外が長かったから脱がないでそのまま上がって構わない。」
そう言って部屋から姿を現した、整った容姿を持つ男性を、私は知っていた。
「…え。」
「君は…」
「なーに、あんたたち知り合いなの?なら話は早いわよ、この子、真琴さんの。」
真琴。母の名前。
名前を聞いたら涙がまた出そうになった。
「君が真琴の娘なのか…」
目の前で母のことを呼び捨てにしている人は、母が亡くなったと知らされた日の羽田空港で出会った、とても顔の美しい中年男性だった。