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仄暗い夜明け前。
煌びやかだった街は、朝を迎える準備を始めようとしている。
銀座の並木通り。
襟を深く抜き、牡丹の絵が美しい着物を粋に着こなす美女に連れられ、私は歩いていた。
なんでなの。
なんでこんなことになってんの。
自問自答は繰り返される。
「あの、いいです、その、ご迷惑だと思いますので、別にその…」
「何言ってんのよ。あんた学生でしょ?暮らしてけんの?」
消え入りそうな声を頑張って絞り出し、彼女に訴えてはみたものの、酒で焼けてしまったのか元々なのか、ドスの効いた声を聞いて黙りこんでしまう私。
彼女はタクシーを素早く捕まえ、私の腕を引いて乗り込み、
「品川。急いで。」
とぶっきらぼうに運転手に伝えた。
「…品川の、そのー、駅の方で、よろしいですか?」
「そうよ、いいから早く出しなさいよ!」
「は、は、はい、すみません…」
運転手は目を泳がせながらそう言って車を出した。
私の腕は掴まれたままだ。
「あんたねぇ、甘いのよ。銀座なめんなって感じよ。」
眉間に皺をよせ、彼女はそう言った。
甘いかもしれない。
舐めているかもしれない。
でもしょうがなかったのだ。
唯一の肉親である母が亡くなったという知らせが大学に届いて、二週間前、発達心理学のの授業中だった私は学務のおばさんに呼び出された。
「深瀬さん。…落ち着いて。」
落ち着けるわけないじゃない。
呆然として、どこで何があったのか、必死に問いかける私を見て、おばさんは言った。
「交通事故だったみたい…さっき運ばれた病院でね、その…」
あぁ、もう言わなくていい。
聞きたくないから言わないで。
だって先週、電話したんだってば。
夏休みは帰ってくるのかって。
帰ってきたら久しぶりにゆっくり旅行でも行こうねって。
そのまま大学の授業を早退し、一人暮らしの家に帰った私は、簡単に荷物をまとめ羽田空港に向かった。
空港に着いた瞬間に、ディズニーランドの買い物袋を持った家族連れを見て、そこからはひたすら泣いていた気がする。
スーツケースを転がし泣いている私を、一体何事かとすれ違う人は見ていたかもしれないが、誰にどう思われようと、どうだってよかった。
泣きながら航空会社のカウンターで、直近で乗れる便を探してもらったら5時間後に出発の便だった。
5時間もなにしてろって言うの、今すぐに帰らなくてはいけないの、観光客を降ろして私を乗せて、だって母が死んだのよ?
そんなことを考えながらも、口には出せるはずもなく、黙ってその便のチケットを購入して、近くにあったカフェに入った。
「だから、それは予算を出してもらわなければ困るんだよ」
珈琲が飲めない私は、紅茶とサンドイッチを頼みカウンター席に座った。
と同時に隣の男はiPhone片手に怒鳴りはじめた。
「そんなのそちらの都合ですよ。こっちは頼まれた通りにやりました。監督の了承も出てる。」
見てくれは金持ちのサラリーマン、いや、サラリーマンではないか。
顔は恐ろしいほどに整った、中年の男。
よく見ると男は楽譜のようなものをカウンターに広げていた。
Metamorphosen、
そう書いてあった。