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狸憑き 下 




「とりあえず、お掛けになって?」


 そう言って踵を返し、山村千里やまむら・せんりという女生徒はそそくさと背後の戸棚の鍵を開け始めた。

 そんな彼女の後姿を宗像瑞紀の姿に化けた宗太が、引きつったような作り笑みを浮かべ眺めている。

 ワンテンポ遅れ宗太とは対照的に満面の笑みを浮かべたのは、隣の席に座った貫田智子(に憑いた“狸”)。

 場には三者三様の空気が入り交じり、間の抜けた混沌が生み出されつつあった。

 生まれて初めて女の身に扮し、本人の名誉の為にもボロを出さないようガチガチに緊張している、立花宗太。

 思いがけず校内でも有数の“有名人”と知り合いになる機会を与えられ、浮き足立ち、やや冷静さを欠いているように見える、山村千里。

 先程から大小様々なポカをやらかしつつも、自分では完全に貫田智子になりきれていると信じて疑わない、憑きものの“狸”。

 彼らが居るのは、三門女子高等学校の校舎の一室。

 目的地である文芸部の部室だった。


 宗太と“狸”が剣道場の脇にある、合宿などで使用される宿舎を出てより数十分後での事だ。

 目的物であるコックリさんの紙が存在するであろう文芸部の部室を目指す運びとなった後。

 校内に点在する案内板を頼りに部室の前までたどり着いたまでは良かったのだが、そこから妙な事になった二人(?)である。


「……あの、え? 宗像、様?」


 宗太が部室の入り口である引き戸の扉に手をかけた所で、二人に声をかけた者が居た。

 山村千里である。

 背は貫田智子と同じ位か、髪は長くおさげに纏められてどこか大人しそうな印象を抱かせる少女であった。

 その時間帯は授業が行われているはずであり、故に宗太と“狸”は誰の目にも触れぬまま、文芸部の部室前までたどり着けていたのだったが。


「え?! あ、えっと、その……」

「貫田さんも……一体どうしましたの? こんな時間に。授業中ですよ?」

「山村千里さんこそ、どうしたんですかい?」


 ボロが出るとまずいと気を利かせた“狸”が、相手の名を宗太にも聞こえるよう不自然にフルネームで呼び、早速墓穴を掘った。

 山村千里さん、と口にしながらちらりと宗太の方を見てこれ見よがしに目配せを行う辺りなど、実に腹立たしいドヤ顔に見える。

 勿論、そのような態度と三下口調の貫田智子に何も感じない程、山村千里も抜けてはいない。

 彼女は怪訝な表情を浮かべ、“狸”に何か質問を投げかけようとするそぶりを見せた。

 慌てたのは宗太である。

 彼は山村千里のお嬢様言葉に面食らいつつも、宗像瑞紀の美貌を遺憾なく発揮しニコリと笑みを浮かべ、山村千里の発言を間一髪遮る事に成功した。


「ああ、山村さん良い所に。実は……その、こっ、こちらの貫田さんからコックリさんの話を聞きまして」

「コックリ、さん? えっと……」

「その、昨日! 昨日話を聞いたんですが、どうも、ずっと気になってまして。どうしても見てみたくなって、貫田さんにお願いしてコッソリ見せて貰おうと……」

「こんな、授業中に?」

「やっ、山村さんこそ、授業中になぜここに?」


 しかし、残念ながら宗太のアドリブ力は、“狸”とそう変わりないようだ。

 ギリギリの所で支離滅裂に聞こえないが、宗太の誤魔化しは理路整然からは遥か遠い。

 一応は強引に誤魔化しを押し通したものの、宗太が掘った墓穴は先程“狸”が掘ったものとそう変わらない深さであろう。

 加えて、宗太が扮する宗像瑞紀の手には“傾国”が収められた竹刀袋。

 どこからどう見ても怪しい人物である。

 だが、それでも山村千里にはある程度の意味が通じたのか、幸運にも彼女は宗太が持つ場違いな品には触れず、律儀にも質問に答えてくれた。


「忘れ物ですわ」

「忘れ物?」

「ええ。昨日、部活の後そのままここで宿題をやりましたの」

「ああ、そう、なんで……なんですの」

「次の現国の授業で提出する必要があるのですけれど、運良くこの時間の授業が自習になりましたので、コッソリ取りに伺った次第です」

「そいつぁ、丁度良いや。ねぇ、山村さん。ちょいと、ここにいる宗像の姐さんとコックリさんをやってみません?」


 おいバカ。

 思わず口にしそうになった言葉を、宗太は辛うじて喉の奥に押し込める。

 どうやら“狸”は空気も読めないらしい。

 へへ、どうですか? おいらの話術は。と言いたげに送ってくる目配せは、先程と同じくらいに得意げである。

 いや、今回はまるで自分の才能が怖いとばかりに自画自賛の色も見えて、大いに宗太を苛立たせた。

 が、山村千里の心情の方はというと、少々赴きが違うらしい。

 彼女は“狸”の提案にぽっと頬を染めながらも、それはいい提案ですね、とあっさり同意したのだった。

 どうやらこの山村千里も宗像瑞紀が言っていた、彼女を慕う女生徒の一人であるらしい。

 先程から宗像瑞紀(の姿をした宗太)の顔をチラチラと盗み見るその表情は、端から見てもわかる恋する乙女のソレである。

 送られてくる熱の篭もった視線など、どのような言い訳を考えた所で同性を見るようなモノではない。

 宗太は百合の花が周囲に咲き散らかす幻覚を見た気がしながらも、“狸”と山村千里に促されるまま、文芸部部室に足を踏み入れる事になった。


 部室内は暗く、山村千里が照明のスイッチを入れるまでは中の様子はまるでわからない有様だ。

 照明のスイッチが入ると、窓にはカーテンのように暗幕がかけられているのが見て取れて、宗太は何故そちらを開けないのか怪訝に感じた。

 その表情を山村千里は目ざとく見て取ったらしく、日光は本を傷めますから、と聞かれもしない問いに答えるのである。

 有数のお嬢様校であるからか、部室は例えば図書準備室などのあり合わせの教室が宛がわれたのではないらしい。

 校舎の建築段階からそのように利用出来るよう作られている事が伺えて、言われてみれば成る程、文芸部らしく一方の壁は全て立派な建付式の本棚となっていた。

 棚には様々な本が几帳面に整理され所狭しと並んでおり、どれも年季が入っているように見える。

 かと思えば、部室の中央に置かれたテーブルを挟み反対側の壁には、資料などを収める戸棚や洒落たデザインの机が設置されていた。

 机の上にはデータベース用なのだろう、一目で最新型とわかるデスクトップ型のパソコンが鎮座しており、宗太は思わず見とれてしまう。

 パソコンは今話題の最新型で、宗太がここの所バイトでもして買おうかと悩んでいた品であったからだ。

 また、女子生徒ばかりの学校で、しかもお嬢様校であるからか室内には良い匂いが漂っていた。

 香水や制汗スプレーの香りでは無いと宗太にも嗅いでとれて、恐らくは少女の甘い体臭と、日々彼女らが使用する恐らくは高級なシャンプーやボディーソープの匂いではなかろうかと思われる。

 或いは、定期的に香やアロマキャンドル等を焚いているのかも知れない。

 何にせよ、部室は宗太が知る高校の部室や大学のサークル部屋とはまったく別物であった。


「とりあえず、お掛けになって?」


 そう言って踵を返し、山村千里やまむら・せんりという女生徒はそそくさと背後の戸棚の鍵を開け始めた。

 宗太ははっと我に返り慌てて目の前のパイプ椅子を引いて腰掛け、作り笑いを浮かべる。

 男の身で宗像瑞紀を模した女体を操る事に未だ慣れていないのか、座った拍子にやや短めのスカートがぺろんとめくれてしまった。

 見下ろす股間に見えた色は白。

 慌てて隠した宗太は、邪念と宗像瑞紀に対する申し訳なさに作り笑いを更に引きつらせてしまうのである。

 一方で遅れて隣りに貫田智子に憑いた“狸”が座り、こちらは妙な自信がそうさせたのかやけに腹ただしい満面の笑みを浮かべていた。

 貫田智子の愛嬌のある笑みがそう見えるのは、“うまくいきましたね”“いいもの見ちゃいましたね”とばかりにテーブルの下で肘をクイクイと当ててくる為である。

 衝動的に“傾国”からサツキヒメを呼び出して“狸”を喰らわせようと考えた宗太であったが、ここまで来てそれを行うのも癪だったのでぐっと我慢する。

 代わりに足でも踏んづけてやろうかと考えたが、“狸”の肉体は貫田智子という女生徒の物である為、そちらも断念しただストレスを溜め込む宗太であった。


「これですわ」


 やがて戸棚の奥から一枚の紙と小さな桐箱、マッチ箱に蝋燭とその燭台を取り出した山村千里は、二人(?)の目の前にそれらを置いて目を細めた。

 それから、部室の入り口の方へ歩いて行き徐に鍵をかけてカーテン代わりの暗幕を引く。

 以上の行為をもって文芸部は外からは完全に密室となり、照明さえ落とせば漆黒の闇が狭い世界を覆うだろう。

 宗太は不思議と息苦しさを覚えて、たまらず山村千里に尋ねた。


「どう、して鍵を閉めるのですか? 山村さん」

「ふふ、邪魔が入らないようにする為です」

「じゃ、邪魔?」

「だってわたし達、授業を抜け出してしまっていますのよ?」


 成る程。

 暗幕は外に照明の光が漏れたり、窓から人影が確認出来ないようにする為か。

 宗太が一人納得した所で山村千里は宗太の目の前に座り、徐に小さな桐箱を手に取って蓋を開いた。

 中から出て来たのは何の変哲も無い、黒ずんだ十円玉である。


「ではご説明しますわね。“コックリさん”の手順はご存じでしょうか?」


 想い人に自分の知識を披露する心地は、甘美であるらしい。

 やや上気しながら尋ねかけて来た山村千里に、宗太は努めて素っ気なく貫田さんから聞いて知っている、と答えた。

 瞬間、ギっと敵意の篭もった視線を貫田智子に向ける山村千里。

 一瞬の事であったが、憎悪すら垣間見えたその表情に宗太は戦慄した。

 女の生々しい裏の部分を初めて見たのもあるが、それ以上に何か背筋が氷るような恐ろしいモノを見た気がしたからだ。

 ――そんな宗太の心情が、顔に出たらしい。

 山村千里ははっとしたような表情を刹那浮かべた後、取り繕うような笑みを浮かべた。

 宗像瑞紀に己の醜い部分を見られたかもしれないと、焦ったからなのだろう。


「そ、そうですか。そう言えば、宗像様」

「は、ひっ?!」

「いつもしていらっしゃる、メガネはどうしましたの?」

「あ、ああ、メガネ、メガネね。実はその……コンタクトにしているんです、よ」

「そう、ですか。成る程、コンタクト……ああ! そうですわ。宗像様には特別、貫田さんも知らないとっておきの情報をお教えしましょう」


 誤魔化すように当たり障りの無い会話の途中、唐突に山村千里はとある“話”をはじめた。

 それは何時の頃からか、三門女子高等学校の文芸部に代々伝わる“話”であるらしい。


「本当は部外の方に教えてはいけない決まりなんですが……実は、私達が日頃行う“コックリさん”は他とは違いますの」

「違う?」

「ええ。本来“コックリさん”を行った後、使用した紙は破いて捨てて、十円玉は数日以内に使うのが決まりなのですが、我が文芸部では違うのです」

「違うって……もしかして」


 言って、宗太は眼前に置かれた紙と十円玉を見下ろした。

 蝋燭と燭台は真新しかったが、対照的に文字が書かれたA3程の大きさの紙と十円玉はやけに古めかしく見える。

 特に紙は端々がボロボロで、黄ばんで痛んでいるのが見て取れ、文字もかすれて消えかかっていた。

 “狸”の話によれば、この紙を破れば貫田智子は憑きものから開放されるはずである。

 宗太にはいきなり眼前の紙を奪い取り、そのまま破り捨てる選択肢もこの時はあった。

 が、宗像瑞紀の姿に化けている以上、そんな事をすれば後々彼女彼女が何か不利益を被るかも知れない。

 そう考えたが為、極力穏便に解決できるようつい“静観”し、山村千里の話に付き合ってしまったのである。

 ――今正に怪異が隣りに存在し、眼前にその原因が鎮座する、他ならぬ己自身の“難行”に挑んでいる事も忘れて。


「そうです。この十円玉と紙は代々、我が文芸部に伝わってきたモノですわ」

「でも確か、コックリさんの最後は紙と十円玉は破棄しなくちゃならない、んじゃ?」

「伝えられた話に因れば、最初の一回で“何か”を呼び出してしまい、ただならぬ事件が起きたのだとか。結果、その“何か”を帰還させないよう、紙と十円玉は破棄せず現在にいたります」

「どうしてまた……ただならぬ事件って?」

「わかりません。ただ、その時に呼び出した“何か”を帰還させると、とても恐ろしい事になるとだけ」

「そう、なんですか」

「もう一つ」


 そこで台詞を切って、山村千里は真新しい蝋燭を燭台に挿し、マッチで火を灯す。

 その後ゆっくりと立ち上がったかと思えば、もう一度入り口の方へ歩いて行き照明のスイッチを切った。

 室内の空気はそれだけでガラリと変わり、真昼だというのに部室はたちまち薄暗くなり、一本の蝋燭の火が怪しく揺らめく。


「呼び出した“何か”を繋ぎ止める為、四年に一度この紙と十円玉で“コックリさん”を行わなければならない、と代々伝えられているのです」


 元いた自分の席に座りながら、山村千里はそう説明したのだった。

 ぼぼ、と蝋燭の火が揺らめく。

 当然室内に微風が吹き込むはずは無く、恐らくは山村千里が席に座った拍子に動いた空気が蝋燭の火を揺らしたのだろう。

 揺らめく火に合わせ、蝋燭の灯りによって映し出された山村千里の背後の影が、ゆらゆらと不気味に蠢いた。

 何故だろうか。

 蝋燭に照らし出されているはずの山村千里の顔が、闇に覆われて見えない宗太であった。

 隣りに座る“狸”もそんな不気味な雰囲気に飲まれてか、先程から無言で心なしか体を硬くして成り行きを見守っている。


「どうして、四年に一度だけ?」

「どうしてって、三年以下だと“アレ”が二度、同じ願いを叶えるかもしれませんもの」


 闇の中、確かに山村千里はニタリと笑った。

 白い歯と赤い口内がやけにハッキリと見える。


「“アレ”?」

「そう、“アレ”。“アレ”は“コックリさん”で呼び出した“エサ”と引き替えに、ある特殊な願いを叶えてくれますのよ」

「特殊な、願い?」

「ふふふ、そう、特殊な……願い」


 ギロリ、と山村千里の両の眼が貫田智子へと向けられた。

 血走ったような目は、何時の間にか人のそれとは思えぬ程獰猛な光を宿している。

 何時の間にか、あの良い香りは消え失せて生臭い臭いが部室に充満していた。


「……おかしいと思ったのよ」


 ボッと小さく音を立て、蝋燭の火が一瞬だけ燃え盛った。

 低く、背後の壁に落ちる山村千里の影から発せられたような声に宗太は強ばった。

 そして、気が付く。

 先程から漂う生臭い臭いに、覚えがある事に。


「待てども待てども、瑞紀様は一行に私の想いに応えてはくれないもの」

「ひっ、な、なんでそんな目でおいらを見るんですか?!」

「当然よね、まだ“そんな所に”居ただなんて。さっさと憑いた人間を祟れば良っかったのに。何の為に貫田さんに憑かせたのよ、グズ」

「や、山村さん?」


 貫田智子へと向けられていた視線が、今度は立花宗太へと向けられた。

 表情は目を細めた笑みに変わっていたが、揺らめく蝋燭に照らし出された陰影は鬼女のようにおどろおどろしい。

 否。

 確かに鬼女のような表情が、山村千里の顔に浮かんでいた。

 まるで薄い和紙に描かれた二つの顔を重ね合わせたかのような、不気味な光景である。


「ひぃ?!」


 たまりかねてガタン、と音を立てながら貫田智子が立ち上がるのと、山村千里が彼女に飛びかかるのは同時であった。

 少女の細腕の何処にそのような膂力があったのか、山村千里は貫田智子の首を右手で掴み、そのまま壁際の本棚に押しつけながら上へと持ち上げる。


「やめろ!」


 何が起きたのか理解が追いつかぬまま、咄嗟に宗太は山村千里を取り押さえるべくつかみかかった。

 が、宗太の手が彼女に触れるより早く、山村千里は蠅でも払うようにして左手を振る。

 仕草そのものは無造作であったが、横撃をまともに喰った宗太は派手に吹き飛び、尻餅を突いた。

 そんな宗太を睥睨しながら、山村千里の顔が“一つ”だけこちらを向いた。

 奇妙な事に、山村千里の顔は未だ貫田智子に向いて、彼女に重なっていた鬼女のような顔だけが宗太を睥睨したのである。


「な……なんだ、お前!」

「動くな。ここは既にわたしの領域よ」


 声色は女のまま、しかし山村千里のそれではない。

 そこではじめて宗太は認識する。

 先程から漂う生臭い臭いは、その鬼女の口から発せられているのだと。

 臭いはつい先日、たっぷりと嗅いだばかりの血の臭いだった。

 ――まずい!

 慌てて床に転がっていた、“傾国”が収められた竹刀袋に手を伸ばそうとする宗太。

 殴られた拍子に転がっていたのだろう、“傾国”は運良くすぐ側に転がっていたが、しかし宗太の体は動かなかった。


「無駄。ここはわたしの領域、と言ったでしょう」

「ぐ……」

「そこでわたしがこの化生を喰うのを見ているが良いわ。その後で“あなたの”も喰べてあげる」

「く、そ……おい、サツキヒメ! なんとかしろ、おい!」

「無駄と申したでしょうに。この場は既にわたしの腹の中とも言える結界、あらゆる怪異はその力を使う事はできないわ」

「ちょ、おいマジかよ! サツキヒメ! おい!」

「ふふ、廊下でその怨霊刀を見かけた時には肝を潰したけれど、良い塩梅に弱ってくれてて助かったわ。お陰で今日は思いがけずご馳走にありつけるもの」

「やめろ!」

「心配しないで? “あなた”はこの女の想い人故、何もしない。食べる物を喰べれば、わたしの力で心を陵辱するけれどね。それこそ、この女のモノになるまで」

「おい、“狸”! なんとかしろ、おい!」

「ひっ、お、おたすけ!」

「なんともならない。狐狸の精ごとき、わたしの結界が破れるはずないじゃない。……しかし、美味しそうよね。畜生霊や怨霊はともかく、若い女の肉は……ふふ、久しぶり」


 そう言いながら、山村千里は貫田智子の頬に舌を這わせた。

 赤くぬめる彼女の舌はまるで蛇のように伸びて、ちろちろと味見をするように何度も貫田智子の顔をなめ回す。

 その様を宗太は歯がみしながら見つめて、一か八かサツキヒメの“名”を呼ぼうと考えていた。

 目の前の鬼女のような怪異の話によれば、サツキヒメはこの場では力を振るえないはずだ。

 その証拠に、このような状況となっていても一向に姿を現さないあたり、鬼女の言葉は本当であると見て間違いないだろう。

 しかし、そうであってもこのまま手をこまねいて見ているわけにもいかない。

 “名”を呼び、寿命と引き替えにしてでも力を得る事ができれば、少なくともこの場の窮地を抜け出せる。

 逆に言えば、宗太に残された抵抗する手段はもはやそれだけとなっていた。

 見上げる山村千里は、既に大きく口を開け押さえつけている貫田智子の喉元に喰い付こうとしている。

 最早猶予もない状況だ。


「――っ、来い! タ」


 言い終わらぬ内にバカンと大きな音。

 宗太のすぐ横にあった部室の入り口の引き戸が室内に向かって吹き飛んだのだ。

 同時に、宗太にかけられていた金縛りが解ける。

 何が起きたか確認するように宗太が入り口の方を向くと、廊下側からにゅっと白く細めの足が真横に伸びていて、それがゆっくりと降りていくところだった。


「な、誰!」

「っぷぁ、やっとでてくれたわ。こりゃ宗太! 迂闊に妾を手放すではないわ!」

「気持ち悪い。まさか、このような低妖に殺されかけるなんて、立花様は本当にどうしようもない方ですね、気持ち悪い」


 足の主は吐き捨てるようにそう言って、スタスタと無造作に室内へ入ってくる。

 人物は宗像瑞紀であった。

 体育の授業でも行っていたのか体操服を纏い、ただでさえ細い体躯はいつもよりもよくわかるという出で立ちだ。

 見上げる美貌はすっかり見慣れて、うっすらと赤く光る瞳は油断無く山村千里に向けられていた。

 また、その手に握られているのは、どこに用意していたのか黒い色の刀身を持つ日本刀である。

 黒色はよく見ると、赤さびたが為にそのような色になっているようだ。


「え? 宗像瑞紀が……二人?」

「間違えないでください、気持ち悪い。本物は私。この、“赤目”が顕現している方が本物。こっちの気持ち悪い方が偽者」

「……もうちょっと、マシな言い方は無かったのか?」

「こりゃ! 宗太、聞いておるのかや!」


 突如現れた宗像瑞紀の凛々しい姿に、不覚にも見とれてしまっていた宗太の顔を、ぐいと正面に引き戻す者がいた。

 目に鮮やかな緋の着物を纏う童女、サツキヒメである。


「まったく、肝を冷やしたわ! よもやこのような低妖に殺され掛けるなど、たるんでおるぞ宗太」

「サツキヒメ様の言う通りです。それに……」

「うっ……」


 ここで初めて宗像瑞紀の視線が宗太へと落とされる。

 ジロリ、と睨むその赤瞳には明確な怒りが滲んでいた。


「コレくらいなら、と思いお任せしてみればなんですか、その姿は。気持ち悪い、本当に気持ち悪い」

「いっ、いや! コレはだな……」

「こーりゃ! 妾の話をきかぬかたわけ! おい、コラっ、宗太! そーた! 無視するでない!」

「姐さん!」


 一人騒ぐサツキヒメはさておき、瑞紀の態度はガチでドン引きという奴であったが、宗太の弁明が始まるより早く“狸”の叫びが二人の注意を現実へ戻した。

 見ると、正に山村千里が床を蹴り、宗像瑞紀に襲いかかって来ていたのだ。

 ――危ない!

 宗太がそう口にしようとした刹那、ダン! と瑞紀は力強く床を踏み一歩前に出て、握っていた日本刀を縦に振る。


「がぁ!」


 斬撃は間に合った。

 しかし山村千里は“赤目”の斬撃を受けて両断されるでもなく、先程吹き飛んだ引き戸と同じく、宙を舞い部室の奥へと吹き飛んでゆく。

 幸い窓では無く壁に叩きつけられた為、校舎の外へと飛び出る事は無い。

 しかしその衝撃はけっこうなものであったようで、僅かに室内を揺らし、壁の本棚からいくつかの本が転がり落ちてきた。


「お、おい」

「大丈夫です。殺してはいません」

「大丈夫なわけねぇだろ! お前、刃物で人を斬っ――?!」


 台詞が途中で引っ込んだのは、不意にぬっと黒い刀身を眼前に持って来られた為だ。

 言葉を飲み込みながら思わず注視すると、成る程、刀身は酷く錆びていて黒色は錆の色であるらしい。

 錆びているから斬れない、と宗像瑞紀は言いたいのだろうか。

 宗太の考えはしかし、微妙に違っていた。


「拵えは打刀ですが中身は“鉄刀”です。早い話が、鉄の棒みたいなものですよ」

「いや、それでもだな……」

「ええい、こっちを見ぬかそーた! 怒るぞ! この……怒るとゆうとるのだぞ、この妾が!」

「仮初めとはいえ、山村さんはナニカに“憑かれ”、その怪異を結界まで作って色濃く顕現させていましたから。この位なら骨にヒビが入るか折れる程度で済みます」

「いや、折れちゃ拙いだろ。ソレ、何だかんだ言っても鉄の棒だろ」

「かまいやしませんよそれより、さっさと済ませてください」

「なぬ?」

「おぬれぇ、どうあっても無視するか。泣くぞ! こうなったら、泣くぞ! これで最後じゃぞ!」

「もたもたしてると襲ってきますよ、“アレ”が。私には雑魚ですけども、立花様にはどうでしょうか」


 どこか無機質にそう言いながら、瑞紀はすっと部室の奥を指差した。

 宗太はよろと立ち上がりながらも、瑞紀が指差した方を見る。

 そこには鉄刀の一撃を浴びせられ倒れる山村千里の姿があったが、丁度彼女の体から魂でも抜け出して行くように“なにか”が立ち上がる所であった。

 ――女である。

 それも瑞紀達と同じ年頃であろう、やけに古めかしいセーラー服を着ており妖怪の類というよりも幽霊かなにかに見えた。

 その顔は先程から宗太が見ていた恐ろしい鬼女のそれで、どうやら“彼女”が山村千里に憑いていたらしい。


「おのれ……」


 まるで、地の底からしみ出してくる怨嗟が込められたような、声だった。

 宗太は慌てて床に転がっていた“傾国”を拾いあげ、柄に手をかける。


「こうなれば呪ってやる。ここにいる者すべて、この学校に関わる全てを呪ってやる!」

「……“お前”は、なんだ?」

「死ね! 皆死ね! わたしの無念を糧に全てを呪殺してやる! 死ね! 死ね死ね死ね!」


 劣勢と見て取ったのか、それとも他の理由があるのか。

 山村千里に憑いていた“なにか”は会話もままならぬほど取り乱し、錯乱したように叫びはじめた。

 いよいよ宗太は覚悟を決め、己の“難行”を果たすべく手にしていた日本刀の唾に親指を宛がい、鯉口を斬ろうとした。

 ――しかし。


「があああああああああ!」


 突如“なにか”が絶叫したかと思えば、そのまま霞のように消え去って行った。

 いきなりの事に呆気にとられた宗太であったが、何があったのかと瑞紀の方を向くと彼女は呆れたように部屋のある部分を指差している。

 そこは先程まで山村千里が座っていた辺りで、転がっていたパイプ椅子の脇でサツキヒメが仁王立ちしていたのだった。

 彼女は幼い顔を忌々しげに歪め、宗太を睨みつけしかし、その片頬はソフトボール大に膨らんでいる。

 もっちゃもっちゃと咀嚼している所から、何かを口に含んでいるらしい。


「ああああああああ!」


 今度は貫田智子(に憑いた狸)が声をあげた。

 “狸”は叫びながら、サツキヒメに駆け寄り縋るようにして跪く。


「お、おっかない姐さん! それだけは、それだけは勘弁してください!」

「もご、ひひゅか! ひょーひゃがひゃるい!」

「そいつを破くんじゃなしに姐さんが喰っちまったら、おいら帰るに帰れなくなっちまう!」

「おい、サツキヒメ? お前、まさか……」

「んぐ、ぷう。……おのれ、雑魚め。腹のタシにもならんかったわ」

「わああああ! 姐さん、“コックリさん”の召喚紙、喰っちまったあ!」

「お、おい、大丈夫なの、か?」

「ふん! 何時までも妾を無視するからじゃ! このたわけ! 修羅場になる前に紙を破けば万事解決する事を知っておりながら、場に飲み込まれおって! あろうことか、その上妾を無視するなど言語道断じゃ!」

「い、いや、だって、なあ?」

「私に振らないでください」

「あああ、門が……姐さん、門まで喰っちまった……」

「ふん、このようなアホらしい“難行”などやってられるか! もー宗太など知らん!」


 そう言い残し、今度はサツキヒメが霞のようにかき消えて行く。

 後に残されたのは、宗太と宗像瑞紀、そして“狸”につかれたままの貫田智子と気を失い床に倒れたままの山村千里の四名。

 文芸部の部室は猛獣でも暴れたかのようにすっかり荒れ果ててしまっていた。

 場には何とも言えない沈黙が残って、それぞれに心地悪い脱力感が湧いてきたのである。


 宗太が挑むべき今回の“難行”は、こうして終わりを告げたのだった。



 その日の夕刻。


 立花宗太が住む安アパートに訪問者があった。

 立花瑞紀である。

 彼女は学校帰りなのだろう、二本の竹刀袋を肩にさげる制服姿のまま宗太の部屋のドアをあけて、いつものように土足で中に入って行った。

 ガッゴッ、とローファーの靴が床を蹴る音が狭い室内に響く。

 しかし部屋の主はおらず、彼女を出迎える者は居ない。

 瑞紀は構わず部屋の奥へと進み、そのまま手に持っていた竹刀袋を床に置き、それから徐に荷物の中から一冊の本を取り出した。


「つきましたよ、立花様」

「……ありがとうよ、みずきたん」

「気持ち悪い、なんですかその呼び方。辞めてください、気持ち悪い」

「だったら、中身を読むんじゃネエ!」


 奇妙な光景だった。

 美少女が、汚らしい部屋で手にした本と会話を行っているのだ。


「別にいいではありませんか、減るものでもなし。下手なノン・フィクションより余程面白かったですよ? ちょっと、気持ち悪いですけれど」

「それ、ぜーんぶ俺のプライバシーだからな! あのクソ狸、ぜってぇサツキヒメのエサにしてやる!」

「しかし興味深いですね。あの後、騒動から逃げ出す為に、まさか立花様を本に変化させるとは。しかも、ちゃんと中身が読める品とは恐れ入りました」

「わー! だから、読むなって! わかるんだぞ、俺の思考を読まれてるみたいな感覚がするんだから!」

「大丈夫ですよ、記憶の項目しか開きませんから。ちょっと、私にかんする部分にケシゴムをかけるか墨塗を行うだけです」

「やめろ! サ、サツキヒメ! 助けてくれ!」


 宗太の悲鳴に応える者はいない。

 サツキヒメは未だふて腐れているようだ。


「本当、気が気ではなかったんですよ? グラウンドで体育の授業を受けていたら、廊下に立花様――私の姿に変化した人物が見えるではないですか。慌てて腹痛を理由に抜け出しましたが、もし間に合わなかったらどうするつもりだったんですか」

「仕方ねぇだろ。そうでもしないと、どうやって俺が校内をウロつくんだよ」

「私じゃ無くてもいいじゃないですか、と言いたいんですがもしかして伝わっていません?」

「わ、わ、わかった! 謝る! 謝るからもうページを開くのはやめろ! な? 宗像さん!」


 必死に訴える宗太の要求が通ったのか、宗像瑞紀は小さくため息をついて手にしていた本を閉じた。

 サツキヒメが散々荒らした室内、背筋を伸ばしつつも気怠げに項垂れる彼女の姿はどこか疲れている風に見える。


「ともかく立花様におかれましては、これはいよいよ本格的に鍛えなくてはならないでしょう」

「鍛える……って、そんな簡単に言うけどさ。アレ、明らかに“コックリさん”じゃなかったろうが」

「ええ。典型的な“文車妖妃”でしたね」

「ふぐるまようひ? なんだそれ」

「女性の想いが込められた手紙などに宿る付喪神……というか、神威や妖怪の一種ですね」

「あー、あれか。あの“コックリさん”で恋占い見たいな事を繰り返してる内に妖怪が憑いたってわけか」

「ま、そんな所でしょう。詳細は折を見て調査しますが、問題は“文車妖妃”なんて本来なら素人にでも撃退出来る程度の強さなのに、立花様が遅れを取りかけていたという事です」

「ぐ……だってよぅ、アレ、すっげえ腕力だったんだぞ?」

「“狸”から最初に聞いて居ませんでしたか? 紙を破ればいいと」

「そりゃ“コックリさん”の話だろ」

「同じですよ。紙は“コックリさん”における異界との門ですが、“文車妖妃”にしてみれば本体そのもの。体裁など気にせず、さっさと破ればよかったのです」

「……あのなあ。俺、お前の姿格好に化けてたんだけど? 後々騒動になると困るだろうな、とこれでも気を使っていたんだぞ」

「気持ち悪い、辞めてくださいそんなの、気持ち悪い。どうせ私に化けて下着やら裸やらをコッソリ見るつもりだったんでしょう」

「見るかっ!」

「ウソ。助けに入った際、パンモロしてましたし」

「あ、あれは不可抗力だ! ちゃんとめくれても速攻で元に戻してたぞ!」


 沈黙。

 宗太は墓穴を掘ってしまったらしい。


「……っ、ふっ。やっぱり」

「あ! いや、その、な? 違うんだ! ソレも不可抗力で……」

「色々と前準備したり、鉄刀をこっそり学校に持って行ったり、あの後もフォローするのが大変で、立花様の為にそれはもう、尽力したのですが」

「い、いや。あの、な?」

「そうですか。立花様は私の身体の方を優先していらしたのですか」

「言ってねえ! そんな事、言ってねえ!」

「またまた~、兄さんも満更でもない顔、してたじゃないですかぁ」


 聞き覚えのある間の抜けた声は、果たして玄関の方から聞こえて来た。

 玄関ドアは先程の宗像瑞紀の入室により開け放たれたままである。

 そこから一匹の子狸が現れて、とててと小さく音を立てながら宗太の部屋に入って来た。


「お前……」

「流石に貫田智子さんをそのままにしておけないので、“抜いて”おきました」

「最初からそうしろよ!」

「ああ、ちょっと待って下さい。今術を解きますんで」


 言うや、ぽわん、と宗太の部屋に煙が立ち上る。

 煙はすぐに晴れて、果たして宗太は元の姿を取り戻したのだった。

 そんな宗太を見上げながら、宗像瑞紀は肩をすくめてみせる。


「まだ日も浅く、緊急性もありませんでしたから。それに立花様の“難行”のタシにして貰おうと思っていた、とご説明したはずです」

「おいら、タヌ吉と言いますんで。兄さん、これからもよろしく!」

「は? 何言ってんだ、こいつ」

「恩返しですよぅ、恩返し。ほらほらぁ、昔話でよくあるじゃないですか、ねぇ? 姐さん」

「だったら宗像の所に行け。俺は何もしていないし、このアパートはペット禁止だぞ」

「いりませんよ、こんな口の軽いモノと一緒に暮らすなんて、私には耐えられません」

「ってな事でぇ、兄さんよろしくお願いします」

「俺もゴメンだ!」

「お願いです! お願いです! 行くところがないんですよ! 何でもします、何でもしますから!」


 突如、タヌ吉は余裕のある態度を翻し、宗太の下半身に必死で縋り付きはじめる。

 何の事は無い、行く宛てが何処にもなくて単に宗太の所へ転がり込んできたのが真実であるようだ。


「お願いします、お願いします。このまま野放しになると、いつ何処で霊能者とかに祓われてしまうか、わかんねーんです!」

「……宗像?」

「嫌ですよ。聞けば、立花様がコレを助ける事にしたのでしょう? ならば、最後まで責任を果たすべきです」

「だって、さあ」

「ちなみに、私は祓う方ですから。この成り行き次第で、どうするか決めます」

「ひぃ?! おっ、お願いします! 何でもします! 何でもします! これ、このとおり!」


 ぽわん、と煙が上がる。

 するとそこに、立花宗太の下半身に縋り付く宗像瑞紀の姿が現れた。

 ――本人よりも三周りほど胸が大きいのは、変化をミスしたワケではないようである。

 その証拠に。


「どうです?! なんでも、なんでもデきますよ! おいら、変化だけは得意なんです! あ、このチチ、こっちの方がいいと思って……」

「……」

「おい! やめろ、タヌ吉! まずい! 本人の目の前はまずい!」

「立花様。本人の目の前で無いならば、よいと?」

「い、いや――」

「お願いします、お願いします! 咥えますか! 脱ぎますか! ひっぱたきますか! 何でもします、何でもします!」

「よせ宗像! 鉄刀をしまえ! な?! 何もしないから!」

「何もしない?! ではおいらがシます! 兄さんはそこで寝転がっていてください! だから、お願いします、ここに置いて下さい!」

「ええい、サツキヒメ! 起きろ! コイツを喰っちまえ!」

「ひぃ?!」


 収拾がつかなくなった宗太は、最後の頼みの綱とばかりにサツキヒメの名を今一度呼んだ。

 果たして、緋い着物を着た童女は姿を現し、むくれたような表情のままジロリと宗太を睨み上げてきたのである。


「ひぃいい?! たっ、お助けッ!」

「ふん。宗太は妾なんぞ、どうでもよいのだろ」

「頼むサツキヒメ! このままだと宗像に殺される!」

「自業自得じゃ」

「やめろ宗像! 目を光らせるな! いま解決するから!」

「兄さん! 後生です、助けて下さい!」

「ええい、お前は黙ってろ! いまサツキヒメと大事な話をしてんだから!」

「なぬ? 妾が大事、とな? うふ、宗太。早う、いわんかそれを」

「だからな? な?」

「じゃが、今はその狸は食う気になれん。雄はまずいしの、丁度良いでは無いか。下僕として使いや」

「いや、今はだな――」

「舐めますか! 挟みますか! いっそここで排泄して見せても――」


 ガコッ。

 宗像瑞紀の鉄刀が、変化したタヌ吉の頭に落ちる。

 たまらずタヌ吉はトサリと音を立て、そのまま倒れ込んでしまった。

 拍子に宗像瑞紀とおなじ丈のスカートがめくれてしまい、一瞬だけそこに目をやってしまう宗太。

 男の性であったが、宗像瑞紀にしてみればそれは辱め以外何物でも無い。


「立花、様?」


 ゆらり、と鉄刀を構え宗太の方に向き直る瑞紀。

 機嫌が多少直ったようであるが、意趣返しのつもりなのだろう。

 サツキヒメはそれを止めようともしない。

 足下には宗像瑞紀の姿のまま、タヌ吉が目を回し倒れている。

 ――なんだこれは。

 自問に応える者はいない。

 結局その日、宗太は手酷く宗像瑞紀に絞られて、開放されたのは深夜となった。

 タヌ吉は変化の術を邪な事に使わぬ事を条件に、宗太の部屋に出入りする事が許される運びとなる。

 この場合は恩返しであるのだが、宗太にしてみれば新たな憑きものが増えたとしか思えなかった。


 宗太が初めて単身で“難行”に挑んだ一日は、そのようにして終わったのである。




 

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