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狐持ち 上



 立花宗太は、生まれてこの方デートというものには縁が無かった。


 中学・高校と人並みに恋はすれど恋人ができなかったのもあるが、どちらかと言えば奥手である事が第一の原因と言えよう。

 そんな彼が、ひょんな事からすれ違う者の殆どが振り返るような美少女と数日間、行動を共にする事となっていた。

 切っ掛けは、とある週末。

 コタツに下半身を埋めて湯豆腐をつつきながら、TVに映るあれやこれやに対して向けられるサツキヒメの質問を宗太があしらっていた時。

 突如ノックも無しに玄関のドアが開いて、ガッ、ゴッと音を立て家に上がり込んで来た人物の来訪からである。


「ごきげんよう、立花様」

「……やぁ、みずきたん」

「その呼び方、やめてくださいませんか? 気持ち悪いので……」

「お前がせめて靴を脱いでくれたらな」

「嫌ですよ、靴下が汚れてしまうじゃないですか」

「逆だ。俺の部屋が汚されてるんだよ、お前の靴でな!」

「まぁ。こんな、お酒の空き缶や空き瓶がそこかしこに転がるゴミ溜めみたいな部屋が、これ以上汚れるんですか?」


 言って、部屋の中を見渡す宗像瑞紀。

 夕刻、学校からの帰りであるのか彼女は制服姿で大きなバッグを抱え、やや短めのスカートから伸びる足が寒々と白い。

 指摘され思わず自分の部屋の惨状を確認する宗太であったが成る程、彼女の言う通り部屋のそこかしこには空になった酒類の器が散乱している。

 さながら豚小屋、狸の巣と年配の方には表現されてしまいそうであるが、基本的には豚小屋や野生動物の巣はこういった部屋よりも(人間にとって衛生的であるかはさておき)、遥かに綺麗であると注記しておく。


「俺じゃねぇ。サツキヒメの仕業だよ」

「嘘ですね。隣人として観察しておりましたが、この部屋に出入りしているのは立花様だけです」

「“居る”んだよ、ここに。お前にゃ、見えねぇかもしれないけどな」

「見えますよ? “赤目”を顕現させれば、ですけど。紅い着物の綺麗な女性の姿ではないですか?」

「うお! マジか! ……今も見えるの?」

「だから、“赤目”が顕現すればの話です。しかも余程注意しないと……。残念ながら今は見えませんね」

「なんだ」

「あるいは強い衝撃が加わらなければ見えないのかも。たとえば技憑り(ワザガカリ)という秘技を使い、か弱い女の子に全力で木刀を打ち付け、アバラ骨を二、三ヘシ折る位の」

「……謝らねーからな。俺も手の甲にヒビ入れられたんだ、おあいこだろ。それにアレはお前が言い出しっぺなんだし」

「割に合いません。今からでも埋め合わせして欲しい位です。……そうだ。一本で良いですから、頸椎をヘシ折らせてもらえませんか?」

「一本でも死ぬだろ、それ」

「死ねって事ですよ」

「……お前、少しは本音を隠そうと思わねぇの?」

「立花様に嘘偽りなど、恐れ多い。あ、お前っていうのはやめていただけませんか? 気持ち悪いし、他人にそのような気安い仲であると誤解を受けたくないし、気持ち悪いので」

「わかったよ、みずきたん」

「私もわかりました。私は今すぐに引っ越しの用意をすべきですね。立花様はこのまま“難行”の果てに死んで下さい」


 しかし言葉とは裏腹に、宗像瑞紀は土足のままではあるが歩を進め、コタツの中に膝を差し込むようにして座り込んだ。

 あまりと言えばあまりな宗像瑞紀の言動であるが、言葉尻に含まれる敵意や嫌悪が初対面の時程強くは無い為、暴言の数々はもしかしたら彼女なりの冗談、なのかもしれない。

 ――果てしなくその確立は低いであろうが。

 そうでなくとも、瑞紀の綺麗な顔立ちであるがキリリと上がる眉と大きな目は凛として、宗太としては初対面の時の事もあり、敵意を持ち睨まれているという印象がかなり強い。

 故にたとえ瑞紀の暴言が冗談だとして、宗太にそれを読み取る事などできようはずは無かった。

 果たして宗像瑞紀は徐に傍らの大きなバッグがら小型のノートパソコンを取り出し、開いて電源を入れ、慣れた手つきで幾つかの操作を行ってから画面を宗太に見せたのである。


「これを読んでもらえますか?」

「なにこれ? ……『百鬼夜行』?」


 画面に映し出されていたのは、どこかのインターネットサイトらしい。

 上部には大きなフォントで『会員制オカルト情報サイト・百鬼夜行』と書かれている。


「それはタイトルです。開いているトピックスを読んで下さいと言ったつもりなのですが」

「あいあい、えっと……初めましてこんにちは。今回、依頼したいのは……」

「……音読はしなくてもいいんですけれど……あっ、そうしないと読めないなら我慢します」

「う、うるせ。みずきたんが読めって言うから音読しただけだし」


 微妙な行き違いと厳しいツッコミに、宗太はしどろもどろになりつつも目で文字を追った。

 みずきたん、という呼称を続けて居るのは宗太なりのささやかなウサ晴らしである。

 宗太が持ち得る言葉の中で、それだけが宗像瑞紀の明確な嫌悪を引き出せるからだ。

 閑話休題。

 提示されている内容はというと、どうやら苦労して捕まえたナニカが逃げ出してしまい、ソレの捕獲を依頼したい旨と連絡先が書き込まれている。


「……なんだこれ? 何が逃げ出したかとか書いてねぇし」

「書けない理由があるのでしょう」

「ふぅん?」

「では行きましょうか」

「は?」

「聞こえませんでしたか? 行きますよ、と言ったんです」

「どこへ?」

「この依頼主の所へです。会話の流れでわかりませんか?」

「わかるか! って、なんで俺が行かなきゃならねぇんだよ! 今依頼文を読んだばかりだぞ!」


 宗太の抗議は当然のものであろう。

 だが、宗像瑞紀にしてみればそうでは無いらしい。

 はぁ、とため息をついた彼女は煩わしそうな表情を作り、首を振って見せるのであった。


「仕方ありませんね。今からE県の某村に向かいます。多分山狩りになりますから暖かい格好を用意するように。あ、“傾国”も一応持っていきますので、用意しといて下さい」

「そんな事聞いて無い!」

「……なるべく無難な“難行”をこちらで選んだ、と言えば察して貰えますか」

「選んだって……」

「選ばなければその内、別の怪異に巻き込まれるでしょう。逆に、こちらから挑めば内容もわかれば対策も取れます。……分の悪い賭けがお好きならキャンセルしますけど?」

「そう、じゃないけど……それで良いのか?」

「良いから、こうして何も知らない立花様の代わりに段取りをしてきたのですが。ああ、時間が惜しい。後は道中、追々説明して差し上げます。私、月曜日は期末試験なんですよ。この土日でなんとかしたいので、早く準備に取りかかって下さい」

「お、おう。悪いな? みずきたん」

「口は動かさなくて良いです。あとその呼び方、虫酸が走りますのでやめてください」

「お前がもっとマシな態度で俺に接してくれたらな」

「……善処しましょう。では三十分後、外で。あ、“傾国”の入れ物とかはこちらで用意しますから、そのままで良いですので。それではごきげんよう」


 言い残し宗像瑞紀はすくと立ち上がり、やはりガッ、ゴッと靴音を立てながら素っ気なく外へ出て行ってしまうのだった。

 何から何まで色々と酷いやり取りであった気がする宗太であったが、ここでコタツに半身を埋めこれまで黙っていたサツキヒメが口を開いたのである。


『すまんのぅ、宗太。妾は“難行”について、あまり詳しく口にする事は憚られるでな』

「じゃ、みずきたんの言ってる事は?」

『まあ、間違いでは無い。要は妾の主となるに、怪異を収める力量を示す必要があるという事だしのぅ。“お守り”で呼び寄せる怪異を弱めておるとはいえ、起きる怪異の質によっては十分死に至るわけじゃし』

「そう……なのか……」

『うむ。それよりも問題は……』


 言葉を切り、ゴソゴソとコタツの中へ更に身を沈めるサツキヒメ。

 その深刻そうな声色に宗太は内心、どのような問題があるのかと身構えてしまうのだが。


『この寒い時に山狩りか。おぉ、ふぅ、寒いのはじゃのぅ』


 言葉は既にコタツの中。

 篭もって聞こえる声は、宗太を甚だ脱力させた。

 とうとうコタツと完全に同化してしまった自身の憑きものなどは置いといて、宗太は少し考えた後、とりあえずは状況を受け入れる事にしたのである。

 宗像瑞紀の挑発的な態度はさておき、事実だけを見れば“お守り”の維持のために引っ越しをし、少しでも“難行”による怪異に挑みやすいよう自発的に手配を行ってくれているのだ。

 風当たりは非常に強いが、しきたりがそうさせるのか、或いは宗太との勝負に負けて義理を果たしているだけなのか、宗太の為に動いているのは間違いは無い。


 そのように考えて納得した宗太は、やがて荷物をまとめ始め押し入れから“傾国”を取り出したのだった。





 E県は宗太らが住む某県からかなり離れており、移動は新幹線をつかってのものとなった。


 とはいえ、宗太が住む某市には新幹線の駅があろうはずはなく、電車でまずは新幹線停車駅へと移動しそれから新幹線に乗って目的地を目指す運びとなったのである。

 宗像瑞紀が手配した座席は二人旅にもかかわらず、対面式に回転して使用する為、贅沢にもボックスシートである四つの席を購入したらしい。

 席は宗太が窓側、瑞紀は通路側に対面して座り、また瑞紀が用意したサツキヒメの本体(?)である“傾国”を収める、大きく長いジュラルミンケースは宗太の正面の席に立てかけられていた。

 目的地であるE県の新幹線停車駅までは約一時間。

 幸い目低地の某村はE県の停車駅から程近い場所であるらしく、タクシーを使えば一時間程度でたどり着けるのだとか。

 故に既に日が暮れたこの日は停車駅に近いホテルで一泊し、明朝早くに某村へ向かう旅程であると宗像瑞紀は宗太に説明したのだった。


『おお! 宗太宗太、見てみよ。流れて行く家の光が美しいぞ。宗太、宗太? そぉたそぉた、そーた?』

「やかましい! 静かにしてろよ」

『無理じゃ。妾はこのような乗物、初めてじゃし。ほほ、いつでも初物はよいものよな。よもやこの歳でかような経験をするとは思ってもみなかった』

「わかったから、黙って感動してくれ。こういう乗物に乗る時はな、騒がないのがマナーだ」

『ほほ、妾の声は宗太にしか聞こえぬ故心配すな』

「……俺の迷惑は無視か」

「しかし立花様の声は周りに聞こえますので、正確には一人ブツブツと五月蠅い立花様こそ周囲の迷惑でしょうね」


 宗像瑞紀は冷ややかに宗太の正面、目を落とした参考書から視線を逸らさずポツリと呟いた。

 本来彼女にはサツキヒメの声や姿を認知する事は無い筈である、のだが。

 席を四つ、指定ボックスシートをすべて購入した上で前のシートを対面形式に回転させてあった為であろう。

 先程サツキヒメが売り子から酒を買った際、“憑きもの筋”故に一般人は気取る事の無いサツキヒメの行動を“見て”しまう。

 つまり、ビールの缶とスモークチキンが目の前を浮遊してゆく光景にギョッとした一幕があって、以来“赤目”を僅かに顕現させて動向を把握するようにしているようだ。

 因みに、わざわざ対面式の席を確保するため四つも指定席を購入したのは、宗太の側を離れられない立場と隣りに座りたく無い私情の結果であるのは、言うまでも無い。


『なんじゃ、小五月蠅い娘じゃのぅ』

「黙ってて下さい。勉強中です」

『おまけに可愛げもない、と来たか。こりゃ宗太、しっかり教育せんか』

「なんで俺が?」

めかけにするのだから同然であろ?』


 ブッ、と何かを吹くような音が二つ。

 宗太はともかく、流石の宗像瑞紀もサツキヒメの言葉を聞き捨てる事はできなかったようだ。


「んなわけあるか」

「気持ち悪い。何を言い出すんですか、気持ち悪い」

「……お前もそれ、二度も言う必要があんのか?」

『何をって、昔からそうじゃが? 宗像は影仕えだしの。“赤目”を側に置くのに、妾にするのが一番自然じゃろ』

「今はそんな時代じゃ無い!」

「それ以前にありえませんし」

『そうか? ほほ、ならば仕方無い。大目にみてやろうぞ』

「……どうも」


 素っ気なくも何を想像したか、頬を紅く染めたまま参考書に目を戻す瑞紀。

 宗太も宗太で妾という言葉がやけに生々しく思えて、途端眼前の席で俯く瑞紀を意識してしまい、これ以上この話題に触れぬよう黙り込んでしまうのだった。

 それから暫くは気まずい沈黙が続いたが、瑞紀とは違い解くにやる事も無かった宗太は居たたまれなくなったらしい。

 止せば良いのに、宗太は誤魔化すように口を開いたのである。


「……大体、妾にするって男だったらどうするんだよ」

『男? 何をゆーとる。“赤目”は女にしか出ぬわ』

「へ? そうなの?」

「……はい。正確には、男では“先祖返り”ができないだけですけれど」

「へぇ。“先祖返り”ってあの時の目が光るやつだよな?」

「ええ、まぁ。血脈そのものは男女共に“赤目”なので、他の憑きもの筋の家と同じく、一般人との婚姻は慎重にならざるをえないのは同様です」

「あ、そういやお前が当主って言ってたな。もしかして女の“赤目”だからなのか?」

「そうですよ。実務の大半はお父様にしていただいているので、今は勉学と家業に専念していますけれど」

「家業? お前んち、何やってんだ?」


 宗太の問いに宗像瑞紀はパタン、と手にしていた参考書を閉じた。

 どうやら無事話題は逸れたが、瑞紀にしてみれば試験勉強の邪魔をされた格好となってしまったようだ。

 彼女は良い姿勢を更に伸ばし、やや不機嫌な表情を浮かべて宗太の顔をじっと見る。

 ――それは今、話す必要があるのですか?

 ――勉強の邪魔をしないでいただけないでしょうか?

 ――気持ち悪い。立花様、女性に根掘り葉掘り聞くのはマナー違反です。気持ち悪い。

 瞬間、脳裏に何通りかの反応がありありと聞こえてくる宗太である。

 しかし瑞紀は意外にも、徐に自身と宗像の家について語り始めたのであった。


「ウチは表向きには地酒の卸販売業を営んでおりますが、憑きもの筋としましては……そうですね、怪異の調停を行っております」

「調停?」

「……まぁ、良い機会ですので宗像について改めて説明しましょう。どうせ、憑きもの筋の意味すらわからないのでしょう?」

「そ、それくらいはわかるぞ。一応、調べたし。家や家系に代々キツネなんかが取り憑いて、かつソレを使役する一族の事だろ?」

「合っています」

「あ、結婚なんかは他の一般的な家とは無理。その家に憑きものを“とり憑かせる”ことになるから。だから、憑きもの筋は同じ憑きもの筋としか婚姻出来ない」

「正解です」

「あとは……」

「江戸期以前はそうでも無かった記録はありますが、基本的に近代から現代に至るまで“憑きもの筋”は社会から忌避されています。また使役するのはキツネやイヌ、ヘビといった動物霊が多いですが、そうでない憑きもの筋もありますね」

「そうそう、ってなんでお前が答えるんだよ」

「立花様がすらすらと答えさせてしまうのも、なんだか癪だったもので」

「なんだよ、それ」

「さぁ? 私としましても、こんな黒い感情は初めてで持てあます時があります」

「……元からだろ」

「何か?」

「……いや。それより、話の続きをしてくれ。宗像の事を知りたいし」


 何気なく言った宗太の言葉は瑞紀にとって、先程の“憑きもの筋”についての知識を披露した時よりも遥かに衝撃的だったらしい。

 宗像瑞紀はやや赤くした目を大きく開いて、“宗像の事を知りたい”と言った宗太に彼女にしては珍しく驚きの表情を見せたのだった。

 それは無意識であったのか、すぐに今の自身の顔がはしたなく、だらしないものだと気付いて、慌てて視線を逸らし耳まで赤くしながら下を向く瑞紀。

 そんな、年頃の娘相応の仕草を宗太はどう受け取ったのか。


「ち、ちがう! そういう意味じゃない!」

「――、はい?」

「宗像の事を知りたいって、アレだ、宗像の家の事を知りたいって意味だ!」

「えっと……はい?」

「だっ、だから、お前の事じゃ――じゃなくて、お前の事も含んだ宗像の事をだな、えっと」


 何故か宗太までも顔を赤くしながら、しどろもどろな言葉。

 はじめは瑞紀も戸惑いつつ宗太の言葉をただ反芻していたが、やがてそれが宗像の事を知りたい、と言われた自分が赤くなり恥じらっているのだと勘違いしている事に気付いて、もう一度、頬を赤くする事になった。


「ち……がいます。コレはそうでなくて」

「そっ、そうか! そうなら、いいんだけど」

「つまらない勘違いはやめてください。気持ち……不快です」

「だな、お前がそんな風に受け取るわけないもんな、すまん」


 ――気持ち悪いといいかけて、なぜか宗太の勘違いに強く罵倒する気になれなかった瑞紀だが。

 宗太の最後の一言が理由も無く癪に障り、先程と同じくムっとした表情を浮かべてしまうのである。


「……話を戻しましょう」

「お、う」

「憑きもの筋は理解して貰えているようなので、調停について説明しましょうか」

「ああ、頼む」

「先程立花様のアパートでお見せしたサイト、覚えてますか?」

「『百鬼夜行』ってやつか?」

「はい。アレは会員制のサイトでして、実はごく限られたメンバーしか閲覧出来ません」

「ふぅん?」

「サイトは複数の人間によって運営され、基本的にサイト運営者によって直接閲覧・書き込み資格を付与された者しかメンバーになれないのです」

「良くある秘密サイトってやつだな」

「それも、怪異に関わる者達だけの。宗像家も運営側のメンバーで、主に怪異によるトラブル解決の為にメンバーと会い、実行する役目を任されています」

「それが調停?」


 宗太の問いにコクリと頷く瑞紀。


「はい。他にも調停役はいますけれど、ね」

「成る程。メンバーが怪異に悩まされている場合、あそこに書き込んで調停役が返信、実際に会ってなんとかするって流れか」

「そんな所です。いわば怪異に関わる者達の相互扶助会のようなものですね。立花様の“難行”もここから拾い出し、怪異に立ち向かって貰う予定です」

「そんな事しなくても、俺もメンバーに入れて貰って誰かに解決して貰った方がよくないか?」

「無理ですね」

「は?」

「自覚は無いのかも知れませんが……立花様レベルで危険な怪異は、運営・メンバー共に安全確保の為、誘ってはならないルールがありますので」

「マジかよ……」

「特に調停側の人材はかなり少ないですし」

「でも、でもさ。中には居るんだろ? すっげぇ強い人とかさ」

「――、運営メンバーの中には千年以上も人を祟るモノを祓ったり、神の眷属や神をも殺したと言われるような方もいらっしゃいますが……その方は基本的に調停作業はしませんね」

「なんでだよ、勿体ない」

「好きこのんで命を賭けて怪異と向き合いたいわけではない、のだそうです」


 世の中は上手く行かないようできているらしい。

 人間には色々と事情というものがあるのだが、この時ばかりは自分の為、そこを曲げて協力して貰えないかと真面目に考えた宗太であった。

 ――いや。

 諦めるのはまだはやい、か。

 一番の人が神を殺せる程強いなら、二番の人であれば神とは行かなくとも酒好きで寒がりの刀の憑きものを祓う位造作も無いのではなかろうか。

 そのように考えて宗太は、しかし一抹の寂しさを覚えてしまった。

 相も変わらず隣りの窓側の席ではしゃぐサツキヒメを視界に捉え、彼女が力尽くで居なくなる光景は見たくない気持ちがあるのを認識してしまったからだ。

 美しさに惹かれ、惑わされているのではない。

 高慢な態度ではあるが、彼女は常に自身を気に掛けてくれていたのは事実だ。

 そんな彼女に知らず心を開き、無碍に扱いたくなくなっていても、それは悪い事では無いのではなかろうか。

 宗太は柄に無くサツキヒメの事を真剣に考えて、とりあえずは“難行”をどうにかできる人物であれば、と思い直し質問を瑞紀に投げたのである。


「じゃ、その次に強い人でもいいからさ、連絡とれないかな?」

「それが私です」

「……は?」

「私が、メンバーの中では二番目、です。当然、調停者の中では一番実績を上げている事になりますね」

「マジか……」

「過去立花家の方に力を抑えていただいたとは言え、未だ“赤目憑き”はかなり強い部類の怪異ですからね。荒事になっても他の怪異を相手取り、そうそうには遅れはとりません」

「お前、そんなモンの力をこの前俺にぶつけてたのか……」

「その私を先日、“傾国”の力の一端で瞬殺したのはどなたでしたか?」

「あれは……そうでもしなきゃ死んでたと思ったし」

「何を言いますか。凌ぎきれなかったとはいえ、見事先祖返りをした“赤目憑き”の初撃を防いだじゃありませんか」

「偶然だよ、あれ」

「偶然もまた人の実力です。とにかく、本来ならばあの時、勝負は決しておりました。立花様は意識を失っておりませんでしたし、私の一撃はまがりなりにも防がれましたから」


 思いがけず褒められたようで、居心地が悪い宗太。

 意外にも宗像瑞紀は、先日の勝負の結果立花宗太に一定の評価を与えているらしい。

 その割に宗太へ向けられる態度が手厳しい物であるが、そこは評価と感情を別けて処理しているからなのだろう。

 彼女の宗太――否、立花家への悪感情は身をもって知っている宗太だったが、先日の一件からどちらかと言えば自身の感情を優先させるタイプだという印象を抱いていただけに、理性的な瑞紀の物言いは宗太を大いに驚かせたのである。


「そ、そうだったのか」

「にもかかわらず、です」

「お、おう?」

「よりにもよって、“技憑り”を使うなんて……私が“赤目”だったからいいものの、下手すれば立花様は人を殺していましたよ?」

「知らなかったんだよ! アレがそんな大層なモノだったとか……」

「知らなかった、では無いでしょう。“技憑り”は“傾国”に憑いた怨霊刀に寿命を喰わせ、過去の所有者の力を得る外法。本来は“難行”を終え正式な所有者となった者しか使えない大技中の大技なのに、偶然使えただなんて納得できますか」

「本当だって。やり方をサツキヒメに教えて貰っただけで、アレがどんなもんか知りもしなかったんだから」

「……宗像に伝わる文献ではそんな事、無理である筈なんですけれど」

「“難行”中も使えるって、伝わってなかっただけだろ」

「む……そう、なんでしょうか」


 指摘に、宗像瑞紀は黙り込んでしまった。

 立花家のように特殊な例でなくとも、剣技の伝承などは確かに門外不出であることが多い。

 故に宗太の指摘は最もな事であるのだが、しかし瑞紀にはまだ何かひっかかる所があるようだった。

 その時、である。

 新幹線内にアナウンスが響いて、目的地に近い事を知らせた。


「次で降ります」

「わかった」

「ああ、そうそう。先程お見せした依頼は覚えてます?」

「ん。ナニカが逃げ出したんで探して欲しいって内容だったっけ」

「はい。で、出発前に直接本人にコンタクトを取りましたが、逃げ出したのはイタチらしいです」

「イタチ?」

「はい。依頼主は“狐持ち”のようですね」

「そか」


 何気ない会話。

 少なくとも、宗太にとっては。

 だが、宗像瑞紀にとってはどのような意味を持つのか、彼女はいつもと変わらぬ態度のままそれを口にした。

 今回の“難行”について、何か予感めいたものを感じ取っての言動であったのかもしれない。


「立花様」

「なに?」

「頑張りましょう」


 しかし立花宗太を困惑させるには十分で、不覚にも言葉を呑むほど胸を高鳴らせてしまうのだ。

 その、初めてかけられた気安い言葉と彼女の微笑に。







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ゆるゆるとですが、更新したいと思います。

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