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蛇憑き 序

おしらせ

次回更新分からは、公募用に投稿した統合版「異聞・妖怪百物語」にて行います。




 立花宗太が住む某県は山間の県境に、その村はあった。


 人口も数百名しかいない、小さな過疎村だ。

 鉄道は通っておらず、至る道も細く車一台が通るのがやっとの有様で、見たことも無いような大きな数字の国道番号が割り振られている。

 勿論バスの路線など、ない。

 バスおろかマイクロバスが通れる道幅でない為だ。

 一応村営バスは運営しているがバスとは名ばかり、ワンボックスカーが村内を、時には村外まで運行している。


 付近では何十年か前にダムが建設され、一つの集落がダムの底に沈んだのだが、そこの住民達の移転先として整備されたのがこの村であった。

 なので、村そのものの歴史は浅い。

 コミュニティとして、ダムの底に沈んだ集落の歴史から数えたならば相当古くまで遡れるが、生憎とその歴史を伝える建造物はすべてダムの底である。


 そんな村であるが、良い所がいくつかある。

 まず、人口の割にやたら広大な村の敷地内に、大きな工場が建っていてその税収が莫大である事。

 残念ながら、村の住居が密集するエリアから工場まではかなり遠く、務める者はより近い隣町から通っているので村民が増えたり、数少ない商店が潤うことは無い。

 にもかかわらず、村人達はほぼ例外なく裕福である事。

 皆それぞれに裕福である理由があるが、全体的に村人達は運が異常に良いらしい。


 反対に、この村の悪い所を挙げようと思うならば、村に住んで無くともいくらでも出てくるだろう。

 都市部からかなり離れていて、交通の便が著しく悪い。

 人が少なく、外部から人が移住できるような産業は皆無。

 山間であるからか田畑も少なく、人の手から離れた山林は手入れどころか荒れ放題。

 ネット環境は勿論無く、辛うじて電気・水道・ガス設備が整っている。

 観光資源など無く、暮らしている村人達がどうやって生計を立てているのか、外部からはまったく分からない場所。

 何よりも、とても排他的な村人達。


「あの……、すいません。山野さんのお宅を……」


 車を脇の寄せながら、窓を開けると同時に精一杯の愛想笑いを浮かべ、立花宗太は道を尋ねた。

 対照的に、呼び止められた老婆は憎々しげに睨み、しかし何も言わず足早に去って行く。

 本日、何度目かのやり取りである。

 一様に取り付く島もないその態度に、宗太は握るハンドルに額を打ち付け、深く、深くため息を吐く。

 七月も上旬、S村という過疎村での一幕だ。


 時刻は既に正午をまわり、頭上には夏の太陽が猛然と熱射を放っている。

 集落と囲む山々からは梅雨明けを知らせるニイニイゼミの鳴き声に混じり、気の早いクマゼミのけけたたましい鳴き声が耳に痛い。

 車内は冷房が効いているが、開けたばかりの窓からむわりとする空気が流れ込んできて、速くも宗太の首筋に汗が滲んできた。


「くっそぉ……、なんだよ、この村。無愛想どころじゃねぇぞ。口も訊いてくれんとか、ありえんだろ」


 額をハンドルに押しつけたまま、手探りで窓の上下スイッチを押す。

 駆動音と共に先程開けた窓が閉まっていき、車内は再び涼を取り戻してへこむ宗太に一心地を入れさせたのだった。

 同時に鳴らされる、クラクション。

 宗太はビクリと肩を跳ね上げ、後を振り向く。

 宗像家に借りた、宗像酒店とロゴが入った軽自動車の後部座席の向こうに、大きな白いセダン車の姿が確認出来た。

 どうやら道が狭く追い越せないので早く先に行け、と合図を送ってきたらしい。

 確かに今現在宗太が車を脇に寄せている道は狭く、ガードレールも歩道も無い辛うじて舗装された一車線である。

 にしても、車同士が離合出来ぬ広さでは無い筈なのだが。


「んだよぉ、脇に寄せてるだろ! 追い越せよぉ! ってか、このあたりにゃクソ狭い道しかねぇのになんでそんなデカい車買うんだよ! よくこんなクソ山奥まで乗って来られたな!」


 愚痴というよりも悪態を吐きつつ、宗太は慣れぬ手つきで車のシフトレバーをドライブに入れる。

 その間にも後の車は悪意もありありと、二度クラクションを鳴らして早く退くように促してきた。

 思わずうるせぇ! と声を荒げながらも、裏腹にゆっくりとアクセルを踏み車をスタートさせる宗太。

 運転免許は高校を卒業する直前に取得していたので最近初心者マークを卒業した彼であるが、これまで車を所有していなかったので、運転はそれ程得意では無い。


 細い村の道を、前からも車が来ないようにと願いつつ恐る恐る進む。

 やがて広い道に出たところで、後から煽るように迫って来ていたセダンは乱暴にクラクションを慣らしつつ、宗太の軽自動車を追い越していった。

 追い越しざま、ちらりと見えた運転席には地元の者であろう、帽子を被った老人の姿を睨み、宗太は舌打ちを一つ。


「ああ、もう、イラつく。なんだよ、ここ。性格悪い奴ばっかだろぉ。もうやだぁ」


 と溜まった苛立ちを吐き出すように、もう一度ハンドルに額を打ち付けるのだった。



 ――事の始まりは、その日の早朝。


 宗像家の一室を貸し与えられていた宗太は、いきなり布団を剥ぎ取られるようにして、文字通り蹴り起こされた。

 腹に鈍い衝撃を受け、オグッ?! と嗚咽を漏らしつつ寝ぼけ眼を開くと、そこに木剣を手に胴着姿の宗像瑞紀の姿。

 覚醒しきれぬ思考の隅で、ああ、またかと納得する。


「おはようございます、立花、様!」


 と、いつものように抑揚のない声で、手にした木剣を鋭く振り下ろす、瑞紀。

 斬撃は電光石火、一切の容赦は無い。

 だが寝起きに火照る四肢は力が篭もらずとも、宗太は辛うじて、しかし“いつものように”瑞紀の攻撃を避ける事に成功した。

 木剣の剣先がドズ、と音を立てて畳にめり込む。

 が、安心する間も無く、すぐに返す刃で切っ先が宗太が転がった方へと跳ね上がる。

 容赦無い連撃は、寝込みを襲われた素人には回避する余地などありはしない。

 しかし、宗太は。


「おわっと」


 ギリギリの所をひょいと避けつつ起き上がり、僅かに体を崩した瑞紀に詰めより腕を掴んだ。

 その動きは明らかに素人のそれではない。

 ――このようにして、宗像家での宗太の一日が始まるのが、最近では日常となりつつあった。


「……おはよう、みずきたん。できれば、次こそは蹴りじゃなくて優しい言葉で起こして欲しいもんだな」

「気持ち悪い、やめて下さいって何度もお願いしてるでしょう、その呼び方。気持ち悪い」

「奇遇だな、俺も“こんな”起こし方はやめてくれって何度もお願いしてるんだけどな」

「仕方無いじゃないですか、確実に当たるのは朝のこの時間、最初の一撃だけなんですし。大体、ズルいです。なんで“旦那様”の技術が体に焼き付いてるんですか。まさか、モテモテになりたくて毎日“御贄”使っているのではないでしょうね?」

「使うかバカ! あのすっげぇ強い麻呂の時以来使ってねぇよ。っつーか、何が仕方無いんだよ、何が」


 鼻息も荒く、起き抜けに宗像瑞紀とにらみ合う宗太。

 ちなみに、すっげぇ強い麻呂とは、勿論“黄金の鳶”の事である。

 二人は“神降ろし”の一件以来、(表面上での)宗太の体が癒えるや毎朝このように宗像瑞紀が襲撃を仕掛けて来ては、手荒い朝の挨拶を交わすようになっていた。

 建前としては、宗太の修行の一環としてである。

 もっとも、現在の立花宗太には剣術の修行はまったく必要無いのだが。


 宗像瑞紀が早朝、いきなり襲撃をしかけてくる主な理由は二つ。

 一つは修行という建前の元、宗太が“死人”となった日を境に剣術において、宗像瑞紀が立花宗太に全く敵わなくなったが為の、意趣返しに近い八つ当たりのような体での襲撃。

 もう一つは、宗太が“御贄”に取り込まれ、“死人”化が進んでいないかの確認である。


 宗太自身、有りもしない秘められた才能が覚醒し、強くなったわけではない。

 単に不完全な“御贄”の影響か、術を解いた後も起きている時にかぎり、“旦那様”の剣術や技能が体に残り続け、強大な戦闘能力を発揮し続けているに過ぎなかったからだ。

 一見これは良い結果のように思えるが、あくまで“御贄”は邪法である。

 “御贄”の効果が切れぬ、ということは着実に宗太が“御贄”によって蝕まれ、別の誰か――つまりは“旦那様”に変わりつつある、と言う事でもあるのだ。


 逆に、瑞紀が毎朝襲撃を仕掛けてくる際、宗太が初撃が避けられないのは前述のような理由があった。

 その力を振るえるのは意識が覚醒している時限定であり、寝ている時は純粋に立花宗太としての戦闘能力しか持ち得ないので、避けるどころか気づきもしない。

 つまり、寝ている時限定で瑞紀の攻撃が避けられないのは、“旦那様”化があまり進んでいない証でもある。

 瑞紀曰く、“旦那様”程の使い手であればまず間違いなく、寝込みを襲っても初撃すら入れさせては貰えないだろう、との事。

 なので、避けられない、気付けないということは、“死人”化は進んでいない、というロジックになりうる。


「……どうやら今日も、“死人”化は進んではいないようですね。安心しました」


 そう言って、宗像瑞紀はふっと宗太を睨む視線と体の力を抜いた。

 呼応するように、宗太は掴んでいた瑞紀の腕を放し、暗い部屋の照明を灯す。

 瑞紀は掴まれていた腕をさすりながら、ふっとわざとらしい安堵のため息をはいて、胸をなで下ろした。

 瑞紀ほどの美少女が行うその仕草は、非常に絵になる。


「……俺から言わせて貰えば、そんな下らん確認を取る為に毎朝蹴り込んで来ては安眠妨害をする奴って、頭おかしいんじゃないかな、って思うけど」

「失礼な。私は立花様の身の上を案じてですね」

「嘘つけ。俺が“こう”なって以来、全然勝てなくなったもんでウサ晴らしに一発、寝起きに蹴りを入れに来ているだけだろ」

「まさか。そりゃ、明日からは蹴りでは無く最初から木剣で打ち込むつもりではありましたが」

「その内、鉄刀を持ちだして最初から“赤目”をフルスロットルで使ってきそうだよな、お前」

「流石にそれをやるとシャレになりませんから。と、いうか、正直な所」

「んだよ」

「蹴りにしろ、木剣にしろ、初撃を躱せずに受けてしまう割に、ダメージが通っていなくありませんか?」


 指摘に、宗太は口ごもった。

 思い返すに、そこそこどころか、かなり強い力で無防備な所に蹴りを入れられているにもかかわらず、呻きはするものの、ダメージらしいダメージは感じたことが無い。

 何となくであるが、蹴りが木剣に変わった所で瑞紀の指摘の通り、それ程脅威には感じられない部分がある。


「正直に仰って下さい。今の立花様にとって、毎朝のコレはじゃれ合いでしかないでしょう?」

「……まぁ、な」

「私にとってもじゃれ合いの範疇ではありますが、それ、結構まずい状態だと思われます。以前の立花様であれば、もっと烈火の如くお怒りになり、またもっと強くこの“朝の挨拶”は拒否した筈です。自覚、ありません?」

「う……自覚は……ない、かも」

「鍛えられた剣士というものは、相手の攻撃を避けるだけでなく、被弾した際にも咄嗟に痛覚や感情を制御できると聞き及びます。知らず、立花様の中で“旦那様”が大きくなり、常時あの力が働かずともそういった所から“御贄”に蝕まれているのかもしれません」

「つまり……」

「“御贄”を使用した際の影響の一部であるのか、蝕まれている証なのかはわかりませんが、そういう事、なのでしょう」


 瑞紀はそのように推理し、右の人差し指を曲げながら艶やかな唇に当て、憂うように目を伏せた。

 やはり日頃の彼女を見慣れた宗太にしてみれば相当、わざとらしいポーズではある。

 しかし、完璧に思える程の憂いを帯びた美少女の立ち姿は、宗太以外の者がその姿を見たならば、間違いなく忘我して見とれてしまうだろう。

 だが、宗太はこれまでの瑞紀との付き合いを経て、理解している。

 彼女の負けず嫌いを。

 宗像瑞紀の、毎朝の襲撃の真意を。

 故に、瑞紀の誤魔化しになどひっかかりはしない。


「……で、本音の所は?」

「雑魚以下であった立花様にある日突然、手も足も出なくなった事が腹立だしいので、どうせ効きはしませんし、蹴り起こす位のウサ晴らしは大目にみていただけませんか? じゃれついているようなものですし、これまでも献身的にお仕えしてきたのです、少しくらいは、ね?」

「だと思ったよ、チクショウめ」


 あっさりと本音を吐露する、宗像瑞紀であった。

 彼女にしては珍しく、表情は薄くとも多少わざとらしく、ね? と小首を傾げ誤魔化したのは、彼女なりのジョークであるらしい。

 その様が思いの外愛らしく、見慣れた宗太ですら思わずドキリとさせられてしまう威力があった。

 辛うじて悪態をついたが、裏腹にじゃれついているだけという言葉に悪い気はしないだけに、宗太は戸惑ってしまう。


 そもそも、宗像瑞紀はけっして、照れ隠しやウサを晴らす為だけに暴力に訴え出るような性質ではない。

 少なくとも、距離を取っている相手には、間違ってもそのような事はしないであろう事を、宗太は理解している。

 それは、逆説的にどういう事なのか。

 深く考えかけて、立花宗太は首を振った。

 何となく、後戻り出来ぬ深みのようなものに嵌まって行く気がしたからだ。


 ――と、いうか。

 一連のやり取りは毎朝のように行われており、いい加減立花宗太も宗像瑞紀も、気が付いていた。

 これは、儀式であると。

 先の“神降ろし”の件で、すっかり狂った二人の距離感を再確認する為の儀式、である。

 その為に宗像瑞紀は理不尽な暴力に訴える、わけのわからない痛い少女を演じ。

 立花宗太はそれを非難しつつ、いつものこととして受け入れる友人を演じ。

 不器用な二人は思惑とは裏腹に、近付いてゆく距離から目を背け続けるのだ。


「んで? 今日はやけに早い時間だな」


 何となくいたたまれなくなり、取り繕うように宗太は話題を変えることにした。

 言いながら、先程の騒動で部屋の隅に転がった目覚まし時計を拾いあげ、驚きの声をあげる。


「うお、まだ夜中の三時じゃねぇか! 勘弁しろよ、朝稽古は五時から軽く、って約束しただろ」

「今日の朝稽古は中止ですよ。お仕事を依頼されましたので」

「お仕事?」

「ええ。立花様、『百鬼夜行』経由で初仕事の依頼が来ております」


 『百鬼夜行』からの初仕事と聞いて、宗太は緊張のあまり生唾を飲み込んだ。

 やむにやまれぬ事情から大学を辞め、少しでも“死人”化を遅らせるべく、宗太はここ一月程は様々なツテを頼り“仕事”を探していたのだが、意外な所から芽が出て来たらしい。

 と、いうのも秘密サイト『百鬼夜行』は基本的に、宗太のような危険な怪異に関わる者はメンバーには入れない方針である。

 にもかかわらず、宗太に依頼が舞い込んできたのは、喫緊に命に関わる事案として瑞紀が管理者と交渉し、特別に情報やワケ有りの仕事を探してくれる運びとなっていたからだ。


「……意外だな。そこ、危ない仕事は斡旋しない方針なんだろ?」

「ええ。この前の狐憑きの時は勿論イレギュラーでしたし、本来は調停者の命が危険に晒されるような依頼はサイトに書き込まれません。けれど、今回は事情が事情ですので、非公式ながら危険な怪異の情報収集と斡旋を請け負って頂きました」

「そ、か。悪いな、宗像」

「いえ。それが私の役目ですから」


 先程までとは打って変わって、沈黙が二人の間に横たわる。

 気まずさや信頼、ささやかな親愛とやや大きな負い目がない交ぜに二人を包み込んだ。

 その雰囲気をどう見るのか、生憎と余人が素で向き合う二人を見る機会は訪れてはいない。


「――、とりあえず、仕事の説明を致します」

「お、おう。頼む」

「とは言っても、私も詳しい事は知らないんですけれどね、概要になりますが、詳細は現地で説明を受けて下さい」

「ん、わかった。――って、宗像はついて来ないのか?」

「ええ、今回は……。私もそうそう、学校を放置するわけにもいきませんし……期末テストも近いので」

「……まあ、そうだよな」


 俺、大学まで辞めたんだけどな、という言葉を飲み込み、宗太は納得した。

 宗像瑞紀は頼りにはなるが、まごうことなき女子高生なのである。

 当然学校に通う必要があるし、テストも受けねばならないのだ。

 流石に、宗太の都合で学校を放り出してまで付き合って貰うのは、気が引けた。

 それで無くとも、現状大学生から無職にレベルダウンした宗太を養っているのは、宗像家であるからして、そこのお嬢様に、何から何まで甘えるのは流石に情けない。

 対外的には宗太は宗像家の道場に住み込みで働く書生さん、という体をとっているらしかったが、その実いたいけな少女の家に棲み着いたヒモだと言われても、反論のしようがなかったりする。

 せめて、ニート化だけは避けよう、というのが現在の宗太が社会と向き合うに当たってのスタンスだ。


「で? どんな仕事なんだ?」

「今回は調査です。県北にS村という場所があるのですがご存じですか?」

「いや……聞いた事ないかな」

「ここから車で二時間位の場所にある村です。あ、立花様、車の運転はできますか?」

「いちお、AT限定だけど免許は持ってる。あ、車は持ってないぞ」

「そこはご心配無く。うちの会社で使っている車をお貸し致します」

「会社って……あ、そういや宗像ん家は酒屋なんだっけ?」

「ええ。営業用の車が何台か空いているので、そちらを。これ、鍵と地図です」


 そう言って、瑞紀は何処からか車のキーと二つ折りにした紙を手渡してきた。

 宗太はそれらを受け取り、紙を広げてみるとそこには手書きで、S村までのルートが描かれている。


「今から準備して向かえば、朝までには着くでしょう」

「今から?! まさか、その為にこんな、朝早くに襲撃をしかけてきたのか?」

「はい。先方も少し、急いでいるようでしたので」

「先方って……俺一人じゃないのか」

「『百鬼夜行』のメンバーなんですが、今回はその方の指名なんですよ」

「え? どういう事だ?」

「詳細は私にも……ただ、立花様の事をどこかで聞いたらしくて、是非協力したい、との事らしいです」

「へぇ」

「内容は、蛇憑きにまつわる神威がS村で発生しているそうで、それ程危険では無いとか」

「……それ、毎回そんな危険じゃないって聞くけどさ、その通りだった事、いまんとこ無いよな?」

「……そこは“難行”のせい、って事で」

「まあ、いいけど。それで、いまから準備して向かえば良いのか?」

「はい。あ、地図に先方の名前と携帯の電話番号が書いてありますので、日が昇ったら一度連絡を取ってみて下さい」

「あいよ。えっと……え?」

「? どうしましたか?」


 地図の隅に書かれた名前を見て固まる宗太に、瑞紀は怪訝な表情を向けた。


「あ、いや……知ってる名前だったから、少し驚いた」

「ご存じで? その方、『百鬼夜行』では私に次いで調停をこなしている方ですよ」

「マジかぁ……。世間は狭いな。こいつ、親戚なんだ」

「……あ。そういえば、その方の名字、立花家のご本家と縁が深いお家のものですね」

「うっそ?! 俺、この子と盆か正月の実家の集まりでしか会わなかったけど、そんな家だとか知らなかったぞ」

「立花様は、もう少し真面目に親戚付き合いを考えた方がよろしいかと」

「う……これからはそうするよ。しかし、世間は狭いな。まさか、あの子が怪異なんぞに関わってるなんて、知らなかった」

「あのお家はこの界隈じゃかなり顔が広いですから。私としては、立花様があのお家の名字と立ち位置を知らなかった事の方が驚きですが……そうですか、お知り合いでしたか」

「知り合いってか、ここ数年は会ってなかったけどな。小さい頃、親戚かなんかの集まりの場でよく遊んだっけ」

「と、言いますと、最近はそうでも?」

「ああ。ここ数年は殆ど会ってない。高校を卒業する時、俺が使わなくなったパソコンが欲しいってんで、実家まで取りに来た位だっけか」

「それにしては先方の態度が、その……」

「ん? なんか、問題がありそうなのか?」

「……いえ。問題は無い、筈です。とりあえず、顔見知りならば思ったよりやりやすいかも知れませんね」

「そうだな。でも久々に会う親戚だから、逆に気まずいかも」

「大丈夫でしょう。彼女は荒事には向きませんが、その分神威についての知識なんかはかなりのものですから、頼りになるかと」

「んで、荒事は俺が担当ってわけか」

「一概にはそうとも言えませんが……あり得る話ではあります」

「ま、これも何かの縁だ。多分、俺の事情も実家経由で知って、仕事を分けてくれるつもりなのかも知れん」


 そう結論付け、宗太は地図を折り畳み早速支度を始める事にした。

 地図に書かれている村の名は知らず土地勘は無かったが、おおよその位置は分かっている。

 時刻は午前三時三十分を回った頃、四時に宗像家を出ればペーパードライバーである宗太であっても、六時には目的地にたどり着けるはずだ。


 このようにして宗太は一人、S村に向かう事になる。

 だが車の運転に不慣れな彼は、想像以上に狭い山道に苦戦し、カーナビとスマホの地図アプリを駆使したにもかかわらず幾度も道に迷い、結局村へとたどり着いたのは正午も過ぎた頃。

 そして冒頭の状況に至り、立花宗太が『百鬼夜行』のメンバーと合流出来たのは、それから更に一時間後での事。

 果たして久々に会う親戚の女の子は、非常に不機嫌な様子で待ち合わせ場所に居た。


 天之麻早苗という名の少女は、炎天下、やけに涼しげな巫女服姿であった。





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