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天狗憑き 五




 怨霊と天狗の関係は深い。


 仏教が伝来し、神事を司る筈の皇家にまで浸透した頃。

 それまでは祟り成す怨霊を神として祀り、これを鎮めてきた人々の認識に変化が起きていた。

 祟り神を自然を司る神の一柱として崇めるだけでなく、六道輪廻から外れた外道・天狗道に堕ちた魔王としての側面が、加えられるようになったのである。

 日本史上三大怨霊とされる者の内、菅原道真と平将門は前者。

 そして保元の乱の後、配流先の讃岐国にて「天皇を民に貶め民を天皇にする」と遺し、天下滅亡を願いながら憤死した崇徳上皇は後者であった。


 その憎悪は凄まじく、死後政敵であった後白河天皇の側近らや皇族が相次いで病死し、御所までも燃やした二度の大火を経て崇徳上皇は『崇徳院』と院号を改められ祀られたのだが、以後百年おきに国家を揺るがす動乱や天災を招いているのではないか、と怖れられる程である。

 事実、崇徳院の没百年後には元寇が。

 二百年後には南北朝となり、三百年後には戦国時代の幕開けとなる応仁の乱が起きている。


 一方、伝承によれば崇徳院の大天狗は黄金の炎を纏ったとびの姿であるとされた。

 吐く黄金の炎は都を燃やし尽くし、また毒の息は病を蔓延させ、人々を恐怖で震え上がらせて今日までその恐怖は語り継がれている。

 崇徳院の大天狗とは三大怨霊としてだけでなく、九尾の妖狐・玉藻の前や大江山の酒呑童子と並び、三大妖怪にも列される程の存在であるのだ。

 ――否。

 玉藻の前や酒呑童子のように、人である英傑達の力で撃退できるような生易しい存在でないだけに、黄金の鳶は正しく神の位階に至った存在――即ち、神威の顕現ではないだろうか。

 それも、とびきりの。


「宗太ぁ!」


 幼くも鋭いサツキヒメの叫び声が耳に届くと同時に、横から強い衝撃が加わって立花宗太は浮遊感を覚えた。

 視界一杯に広がっていた黄金の炎は一瞬で景色の端に流れて行く。

 次いで地に叩きつけられたような衝撃が襲い来る。

 痛みに呻く間もなく轟、という音を立てて先程まで宗太が立っていた場所に火柱が上がった。

 が、宗太がそれを見る事はできない。

 黄金の鳶が吐いた火炎から宗太を守る為、彼を胸に抱き止める形で飛びつき、実に八メートル近くも横へ跳躍した瑞紀の胴体が、目と鼻の先にあったからだ。

 生まれて初めて間近に接触する女の子、肌触りのよいジャージの感触、甘い乙女の香り、殆どわからないとはいえ抱き止められた際に頬で感じた双丘の感触が一瞬、宗太を呆けさせる。


「ご無事で?!」

「――、あ、ああ」


 対照的に、宗像瑞紀は自身の腕の中、宗太を地に押し倒すような姿勢のまま見下ろすようにして確認を取ってきた。

 目を赤く強く輝かせ、油断無く着弾した黄金の炎を、次いで上空を旋回する鳶を確認する。

 その様からは、いつものように気持ち悪いだの変態だのと、現状の体勢から宗太を貶める余裕は微塵も感じられない。

 宗太はそこで初めて、あの黄金の鳶が想像以上に危険な代物であり、瑞紀が間一髪の所で自分を救ったのだと理解が及んで、羞恥と恐怖に喘いだのだった。

 同時に、フッと瑞紀の薄い胸が遠のき視界が開ける。

 未だ朝の気配が残る空が広がり、その向こうから悠々と黄金の鳶が降下してきている姿が見えた。


「二手に。そちらに行ったら、逃げに徹する事。こちらに来たのならそのまま山を降りて下さい。行って!」


 手短に指示を出し、異論を挟もうとした宗太を遮るようにこの場を離れるように促す瑞紀。

 事態は既に悪い方へと推移を始めており、思考を重ねる暇など無い。

 宗太は即座に駆け出した。

 弾かれたように体が反応出来たのは、宗太なりに現状が如何に不味いものなのか理解できていたが為。


 果たして二人は場を左右に別ち、走り行く。

 黄金の鳶はピィ、と甲高く鳴くや降下を始めて瑞紀の方へ炎を吐いた。

 しかしその体は宗太の方を向いて、矢のように降りて来る。

 炎は牽制で、まずは弱い個体――即ち立花宗太を仕留めにかかったのだろう。


 「くそ、こっちかよ!」


 流石に背後から炎を浴びせられぬよう、黄金の鳶を確認しながら走っていたので敵がどちらを狙っているのかすぐに理解できた宗太だったのだが、思わず口をついた台詞とは裏腹に安堵が彼の胸中に広がった。

 如何に相手が手も足も出ない恐ろしい神威だとして、自分より年下の女の子を置き去りにこの場を去るという選択肢を、宗太は初めから選ぶつもりなど無かったからだ。

 何より宗像瑞紀は自分の難行に付き合う為に、その命を差し出そうとしているのである。

 望まぬとて、命を賭けて剣を振るう理由にするには十分すぎるし、葛藤や不安を理由に逃げるにはあまりに余裕が無い状況。


「宗太!」


 二度目、サツキヒメの悲鳴のような叫び声。

 意を決した宗太が体を反転させ、“傾国”を腰だめに迎撃の姿勢をとったからだ。

 睨みつける天空からは、猛然と黄金の炎を纏った鳶が突っ込んでくる。


 ――速い。

 こりゃ、あのまま逃げてもすぐ追いつかれてたな。

 迎撃で正解だわ。

 火を吐いてきたら回避、突っ込んできたら、斬る。


 迫り来る金の鳶を前に、宗太は息を吐き刹那にそう考えた。

 幸いにして、鳶は炎を吐いてくる様子は無い。

 ならば、後はタイミングを合わせて斬撃を加えるだけ。

 意識を落下するようにして近付いて来る鳶に集中させる。

 目で追えない程速度が出ているでも無く、また速いといっても野球のボールよりも大きな物体だ。

 集中さえ途切らせなければ、空振ることもないだろう。


 ――今!

 フッと鋭く息を吐き、空に向けて横に一閃。

 斬撃は確かに黄金の鳶を切り裂いた。

 そのまま鳶は消えて行く。

 宗太の手に何の、手応えも遺さずに。


「立花様!」


 刀を振り切った、残心とも呼べぬ体勢のまま声のした方へ視線を向けると、宗像瑞紀が火勢の弱くなった炎の向こうから駆け寄ってくる姿が見える。

 その表情は呆気ない勝利に喜んでいるには程遠く、赤く輝く瞳からは焦りさえ読み取れるほど慌てていた。

 まだ終わってはいない。

 そう考えるのと同時にである。


「がっ!」


 不意に横から胸の辺りに強い衝撃を受け、景色が流れた。

 ゴギンという人体が発するにはあまりに重々しい音が体内から鳴る。

 痛みよりも先に浮遊感を覚えながら、辛うじて意思通りに動かせた視界から確認できたのは、自身に攻撃を加えた者の姿であった。

 それは何時の間にそこに居たのか、さっきまで自分が居た場所に立っている、古めかしい狩衣姿の男の姿。

 状況に理解が追いつかず、ただ自分はあの男に攻撃を加えられたのだと直感した頃、宗太の浮遊感は新たな衝撃へと変わった。

 余程の力で打撃でも加えられたのだろう、相当な距離を飛びお堂の壁にぶつかったらしく、体を引き裂くような強い衝撃と共にベキバキと木材が折れる音が聞こえる。

 否、外からだけでなく内側からも聞こえた所から、あちこちの骨も折れてしまったようだ。


「ひゅ、――ぅ、あ……」


 凄まじい痛みに呼吸もままならず、宗太は声にならぬ呻き声をあげて僅かに悶えた。

 気を失わなかったのはきっと幸いなのであろうが、しかしして、状況を理解する程に絶望が膨らんでゆく。


「あ、あああ、がぁ!」


 それでも立花宗太は強引に上体を起こし、何とか背を壁かなにかに預けることに成功した。

 体中が軋み、ギンと酷い耳鳴りがして、激痛が呼吸を妨げる。

 息を荒げながら周囲を見渡すと、そこはお堂の中であるらしくやや薄暗い。

 本来ならばもっと暗かったであろうが、光は自身が突き破ってきたであろう壁に空いた大穴から差し込んでいて、内部の様子がよく見えた。

 お堂の内部は狭く、宗太が背を預ける壁の脇には木製の簡易な祭壇があり、そこに先程瑞紀が持っていた如意宝珠が鎮座している。

 次いで体の状態を確認しようとした所で、宗太はギョッとした。

 あれ程の衝撃を受けたにもかかわらず、右手にはしっかりと“傾国”が握られていた事も多少驚いたのだが、それよりも――


「マ、ジかよぉ。左腕に関節が増えてんじゃねぇ、か」


 左肘の先で明らかに曲がらぬ筈の方向へ曲がる左手を見て、宗太は場違いな程明るい声でごちた。

 彼が剛胆であるからではない。

 そうせねば、何とか維持している闘志やあれ程悩んで得たこれからの決心が、揺らぎそうであったからだ。

 だが、四肢が変形するような骨折をして平静で居られるほど、立花宗太の精神は強くは無い。

 沸き上がる動揺を抑えつつ、折れた左腕から逃げるように自らが開けた壁の大穴の先へ視線を移すと、宗像瑞紀の細い背が見えた。

 ガン、ギン、ゴ、と立て続けに起こる金属音。

 彼女の向こうにはあの狩衣の男の姿が見え、どうやら宗像瑞紀は宗太が突っ込んだお堂を背に戦っているらしいと伺えた。

 先程から続く耳鳴りは、彼女が鉄刀を振るい何かと打ち合う音であったらしい。


「あの、ばか――っ、痛っ、てぇ……」

「無理をするな、宗太。左腕だけでのうて、体のそこら中の骨が砕けておる故、まともに動ける筈はないぞよ」


 何時の間にそこに居たのか。

 傍らで、宗太の独り言に応えるサツキヒメの姿があった。


「んなこと、言ってられるか、よ――いっ、ぐ……」

「無理じゃ、とゆうとろうに」


 サツキヒメの指摘は事実ではあったが、それでも無理矢理に体を起こそうとして宗太は激痛に呻き、結局元の姿勢に戻ってしまう。

 そんな彼をサツキヒメは童女の貌には似つかわしくない、憐れむような、呆れたような、しかしどこか慈愛を含んだ微笑を浮かべそっと優しくその体に手を添えたのである。

 その、いつもとは違う様子に宗太は戸惑い、一瞬だけ痛みを忘れてしまう。


「サツキヒメ?」

「ここまでじゃ、宗太」

「え?」

「如何に“赤目”とて、“黄金の鳶”を相手にしては殺されるのも時間の問題であろう」

「っ!」


 反射的に宗太は視線を瑞紀の方へと向ける。

 彼女は相も変わらずお堂を背に鉄刀を振るっていたのだったが、狩衣の男は振るわれる鉄塊をすべて素手で受け、いなし、あっさりと躱す。

 それどころか時折振るうその腕は、人外の膂力を発する少女を吹き飛ばし、地に叩きつけ、血反吐を吐かせるほど容赦無く蹂躙している。

 その様は素人目にもわかる程一方的で、時代錯誤も甚だしい狩衣の男が舞うように袖を翻す度に、ジャージ姿の少女は赤い飛沫を撒き散らしていた。


 遠目にもわかる、凄惨な光景である。

 よく見れば彼女のものであろう、瑞紀の足下には多量の血が混じった吐瀉物もあって、その凄まじさをよく物語っていた。

 ――無論、人の姿をとった“黄金の鳶”の攻撃の凄まじさ、ではない。

 文字通り血反吐を吐くほどの攻撃に晒されながらも、抗い続け、その場を動こうとしない宗像瑞紀の意思の凄まじさである。


「くそっ」


 宗太は瑞紀の劣勢を目の当たりにして、思わず立ち上がろうとした。

 しかし体が動かない。

 激痛だけでなく、骨が折れ立ち上がるには物理的に無理である箇所があるようだった。

 だが宗太はそれでも焦りに身を任せ、立ち上がろうとする。


「くそっ、くそっ、くそ!」

「……無駄じゃ、宗太。例え動けたとして、お主に何ができよう?」

「無駄かどうかじゃねぇ! 行かねぇと、宗像が死んじまう!」

「行けた所で、やはり殺されることには変わらぬよ」

「例えそうでも! っ、そうだ! サツキヒメ、“技憑り”をつか――」

「無理じゃ。妾は今“このナリ”の通り、力を十全には発揮出来ぬ。それにアレはそもそも、“難行”を終えぬとまともに使えぬ代物じゃぞ」

「無理でもっ」

「宗太」


 言葉を重ねるごとに焦り激高してゆく宗太の頬を、サツキヒメはその小さな両の手で挟みながら静かに主の名を口にした。

 その眼差し、その表情は先程と同じく静謐に微笑を讃えている。

 痛みと自分を守ろうとする少女の献身に喘ぐ宗太は、ここにきてやっとその表情の意味を理解し、言葉を飲み込んだ。

 どのように足掻いても、力の及ばぬ状況への諦観と、覆せぬ現実を受け入れる無念。

 如何なる地獄が訪れようとも、最後まで矜持を貫く覚悟。

 童女の微笑には、そのような想いが込められていた。


「もはやこれまでじゃ。アレは、崇徳院の大天狗は人の手には負えぬ」

「そん、な」

「せめてもの救いは本人ではなく、神威の一端である事じゃの。アレならば殺されても魂を囚われ、迷う事もあるまい」

「そんなこ、と……」

「心配するな、宗太。せめて宗像共々、妾がその魂を成仏させてやろうぞ。あのような神威にお主の魂までは好きにさせぬよ」

「っ、ぁ、うぁ」


 絶望が、立花宗太の全身から力を奪って行く。

 過去、なんだかんだと言いながらも幾度も要所で助言助力を宗太に与え、助けになってきたサツキヒメでさえどうしようもない状況であると悟った故に。

 言葉も、思考も、全身の骨を折られても萎えなかった闘志さえ砕かれた宗太は、今一度外の方を見る。


 ――宗像瑞紀が、戦っていた。

 先程とは違い地に倒れ伏す事が多くなり、ジャージを泥だらけにしながらも、立ち上がり挑み続けて居た。

 狩衣の男はそんな少女を嬲っているのか、歩は進めてはいない。

 ただ天狗という言葉からは程遠い白い貌に張り付く、赤い唇を半月状に笑み歪め、じわり、じわりと瑞紀の命を削ってゆく。

 そこにあの凛とした美少女の姿は微塵も残ってはいない。

 ただただ、誰かを、立花宗太を守る為、その身を削り続けている姿があった。


「むな、かた……」


 ずぐん、と胸が痛んだ気がして宗太は“傾国”を手放し、右手を胸元に当てる。

 シャツ越しに、いつか彼女に貰った“お守り”の感触があった。

 “難行”による怪異の引き寄せを極力抑える為のものであった筈なのだが、振り返って見れば効果があったのか、疑問に思われる。

 しかし、今の宗太にはそれはどうでも良い事だった。

 宗太が持つお守りの中には、宗像瑞紀の髪が納めされている。

 視線の先で揺れる宗像瑞紀の髪は大分伸びてはいるものの、初めて出逢った時とは比べものにならぬ程短い。

 定期的にショートに切り揃えているのだろう、その瑞紀の短い髪は何があろうと宗太を助ける意思の表れのように思えた。

 ――だから、だからこそ。


「……サツキヒメ」

「なんじゃ、宗太」

「少しでいい。動けるようにならないか?」

「宗太……それは先にゆうた通り」

「ほんの、僅かな間で良い。……いや、言い方が悪かったか」

「宗太?」

「……せめてアイツを、宗像だけでも助けたい。何か方法はないか?」


 強い意志の籠もった声だった。

 サツキヒメは思わず、虚を突かれたように宗太を見つめる。

 その小さな口からは先程のような否定の言葉は紡がれない。

 ――ならば、あるのだろう。

 宗像瑞紀だけでも助かる術が。

 宗太はそう確信して、頼む、と短く口にした。

 つい今し方まで、絶望に呆けていたはずであったのだが、この変わり様はどうした事か。


「なんでもいい。不確かな方法でもなんでも、な。何でもやる」


 そう言いながら、満身創痍の宗太は強くサツキヒメを見上げた。

 何がキッカケとなったのか、この後に及んで立花宗太は自分を取り戻したようで、その目には開き直りでも自棄でも無い、強い意志が燃えている。

 そんな宗太の目を暫時見つめた後、サツキヒメの微笑はすぅと消えてゆく。


「……宗太。お前は妾に何を言っておるのか、理解しておるのかや?」

「知らん。だけど、何をしたいのかは理解している」 

「妾は神霊の類などでは無い。憎悪と祟りを撒き散らす、怨霊の類じゃ」

「だろうな」

「宗太。人には死した後にも在り方というものがある」

「知るか」

「……この場を“手段を選ばず”凌ぐのなら、方法は無くはないが……お前は正気を保てはせぬぞ?」

「じゃあ、それで」

「宗太!」


 たまらず、サツキヒメは声をあげた。


「宗太はまだ若い! 人の憎悪も狂気も、何一つ理解出来しておらぬ! だからこそ、わからぬのじゃ!」

「知るかよ。関係ねぇ、よ」

「ここで死なば、二人とも“それだけ”じゃ。じゃが、宗像を助け、あと数年――あるいは数十年生かす為にお前は狂い、永劫の苦しみを味わう事になるのじゃぞ?!」

「いいから、早くやれよ。宗像が保たん」

「……後戻りはできぬぞ?」

「宗像は助かるんだろ? ならいい」


 そして、二人の間に沈黙が横たわる。

 外からはいまだ、鉄刀を打ち付ける金属音が響いてきていた。

 まるで、宗像瑞紀の生存を知らせる鐘の音のように。


「……“難行”とは、そもそも“コレ”を御する為の儀式であった。“技憑り”などその過程で生まれた出来損ないに過ぎぬ。そして、“難行”を終えた者でさえ、“コレ”を行使するにも生涯に十も届かぬ」

「一度でいいんだ、なんとかなるんだろ? 頼む」


 鐘の音のような、剣戟の音は続く。

 再びの沈黙は、宗太の懇願にサツキヒメが息を飲んだが為。

 しかしそれも長くは続かず、彼女はふっと小さくため息を吐いた。


「……まったく。確かに素直に頼れと言うたが、まさかこれ程とはの」

「なにがだ?」

「宗太。お前は本当に愛いのぅ。ほんに、あの方の面影がこうも濃いと特別扱いしたくもなる。特にその言い方、瓜二つじゃ」


 サツキヒメはいつか聞いた寂しげな声色でそう言って、今度こそいつものような童女には似合わぬ凄艶な笑みを浮かべる。

 立花宗太の願いを聞き届ける為に。


「――妾に捧げよ」


 厳かな、声であった。

 幼いながらも品のある、しかし艶やかでどこまでも底冷えするような、おぞましい声。


「その髪、肉、骨、魂に至るまで永劫に妾のモノとなれ。さすれば妾の神威をその身に宿してやろうぞ」


 恐らくは何かしらの儀式であるのだろう。

 様子が一変したサツキヒメの表情は、恍惚としているものの、どこか恐怖を駆り立てる。


「鬼が打ちし神剣に封じられる妾を呼べ。怨霊刀たる妾の呪詛を宿せ。妾の忌み名は――」


 立花宗太は、いつしかサツキヒメの口上を追って口にしていた。

 そして遂に、本来ならば“難行”を終えてからでないと口にしてはならぬ、怨霊刀のいみなとされるその名を口にしてしまう。


 滝夜叉姫、と。









拍手にて感想をありがとうございます。

ボチボチですが頑張ります

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