―9.響と翔、最大のピンチー
翌日、翔はいつものように早朝のランニングを終えて帰ってきた
いつもならばこの後にゆりかごには帰らずに近くの空き地へ移動するのだが、今日はその必要がなかった…気配で分かる。今日瑠莉は来ていない
それでも翔は無意識に空き地の入り口に目をやっていた
(それも仕方のないことだな)
おそらく自分の力では勝利することはできないと悟ったのだろう。すでに瑠莉本人から謝罪をされたことからも今日は来ないだろうとは思っていた
(それはわかってるんだけど…)
しかしすぐにゆりかごへ帰らず訓練用の双剣を持って空き地に移動した
どうやら初めは厄介だと思っていた襲撃だが、いつしかそれはランニングと同じくらいに日課となっていたらしい
それからしばらく素振りした後でゆりかごへと帰ったが、やはりなにか物足りなさを感じていた
浴室で汗を流してから自室へ帰ってくると、翔の携帯電話が光っていた
その光の色からメールではなく着信があったことを意味している。こんな時間に珍しいと首をかしげながら履歴を見るとそこには「桐堂 響」と表示されていた
時間もそんなに前でもないためこちらから電話をかけた
「もしもし。翔か!?」
「おはよう響。こんな早くにどうした?」
「た、頼む!今すぐに学校に来てくれ!!このままじゃまず…い…」
「お、おい!どうしたんだ!?響、響!!」
「………ツー、ツー、ツー……」
翔の必死の呼びかけも空しく、耳元からは通話が切れたことを意味する機械音が流れた
切れる前の響の声から察するに事態は一刻の猶予もない、そう判断したときにはすでに身体が動いていた。一瞬で制服を身に纏って準備を整えると、電光石火の速さで学校へと向かった
通常20分ほどかかる距離をものの数分というアスリートも真っ青な速度で校門に到着すると学校全体からいつもとは違う異様な雰囲気に包まれていた
警戒していた翔がそれを敏感に感じるとすぐに茂みへと身を潜めた。ひとまず意識を集中しつつ学校の外から様子を探ることにした
しばらく徘徊するとある建物の前で足を止めた。そこからは校門から感じていたものが最も強く感じられる…その場所は中央ドームである
感づかれないように近寄るとその周囲を探った。カーテンが閉められているので中の様子を見ることができないがその気配から中に人が集まってることは確かである。おそらくここに響もいるのだろう
(人数は数十人、いや百人以上か…多いな)
自分が予想していたよりもはるかに多い…それに中央ドームというのが厄介である
中央ドームは集会などで利用される以外にも強固な防護施設である
以前の悪魔襲撃事件でも生徒達を収容し、攻撃の被弾を受けてもびくともせず被害を最小限に抑えることでできた
その理由もあってか基本的に入場できる場所が限られている。一般の生徒は正門からの入場しか認められていない。そればかりか他の入り口は公開すらされていないのだ
あの響が捕まっていることから相手は相当な実力を持っているのだろう
「…面倒だけどやるしかないか」
翔は腹を括り、姿を隠さずに堂々と中央ドームに歩いていき勢いよく扉を開けた
中央ドームに入るとそこには予想通り百人はいるだろうか多くの人が密集していた。驚いたことにそこに集まった全員が翔と同じ制服を着ていたのだ
周囲は扉の音に驚いたのかざわめいたのだが、翔の姿が見えると一斉に静かになり憎悪に似た視線を向けてきた。しかし一斉に襲い掛かってくるなどの行為はなかった
(…どうやら以前の改革の恨みとかではなさそうだな)
翔が狙われる理由として1年前に翔が行った改革が初めに思い浮かんだが、どうやら違うようだ。それにしては遅すぎるし、響を狙うのはリスクが高すぎる
(では一体なにが理由だんだ…?)
周囲を警戒しつつ窺っていると、最奥にあるステージとなっている場所にパイプ椅子に縄で拘束されている響を発見した
「響!」
翔は大声で叫ぶと自分の手をクロスさせ生命の宝玉を白く発光させると一足飛びで響の下へ向かった。その飛距離は常人をはるかに超え、一回の跳躍で数十メートルあった響との距離を埋めた
翔は着地するとすぐに響を拘束している縄をほどこうと近づこうとしたが翔はあることに気づくと縄を解くどころか響から一定の距離をとった
翔は警戒を緩めて「はぁ~」とおおきくため息をつくと、ジト目で響を見つめた
「…いい加減、演技やめたら?」
あきれながら響を指差しながらいうと、やれやれといった表情で響は床にするすると拘束されていたはずの縄を落としながら立ち上がった
「やっぱり…バレちゃった?」
「バレちゃった?…じゃねぇ!」
響の冗談に付き合っていられないとばかりに翔は少し強めに声を出ると、響はごまかすように後ろへ目線を向けた。翔もそれにつられて視線の先をみるとそこからゆっくりと3人の男達が出てきた
一人はさわやかな感じがする男である。部活動でもやっているのかほんのりと日に焼けており活発でもてそうなイメージをうける
もう一人は眼鏡をつけ利発そうな男である。その涼しげな様子から見て、いつも冷静さを忘れないクールそうなイメージをうける
最後の一人は落ち着いている雰囲気を持つ男である。清潔感がある姿、丁寧な立ち振る舞いから英国の執事のようなイメージをうける
「…ってこちらのお三方は響の知り合いか?」
翔が響にそう尋ねると周囲からどよめきが起こった。その騒動に意味が分からない翔はどうすればいいかわからずその場で固まってしまった
「「「静かに」」」
その瞬間に先程の三人が一斉に声をかけると、どよめきは一瞬にして収まった。どうやらこの三人はこの集まりの主催者といったところだろう
「うちの同胞が騒がしくしてしまい申し訳ない」
初めに落ち着いている男が一礼を詫びた…とりあえず名前が分からないので「執事くん」とでも名づけておくことにした
「ちょっと興奮しているんだよ。すまないね」
「ははは。まあ仕方ないんだけどね」
続けて眼鏡の男と、さわやかそうな男が語りかける…こっちは「眼鏡くん」と「運動くん」とでも名づけた
「それはいいんですが、いったいこれは何の集まりですか?」
とりあえず一番話が通じそうな執事くんに疑問を投げかけることにした
「おっとすまない。今日は弓野くんに聞きたいことがあってこうして同胞を集めたのだよ」
「…同胞ですか?」
「そうです。っと、このままでは話が進まないと思うので単刀直入にお聞きします」
「…どうぞ」
「では…」
そういうと緊張しているのか、執事くんはなかなか質問の言葉を発することができない
すると周囲から「がんばれ!」「お願いします!」「応援してます会長!」などの声があがり、終いにはそこにいる人全員から「会ー長!」「会ー長!!」と「会長コール」まで飛び交う始末になった
(…会長?なんだかめんどそうな気がする…)
そのコールを聞いて翔はどんどん嫌な予感がしてならない…翔が感じる嫌な予感はたいてい外れないのだ
そして執事くんが手を掲げコールを止めると、意を決したのか翔に向かって言葉を発した
「弓野くん…君は一体誰が本命なんだ?」
「…はぁ?本命??」
その言葉の真意が分からずに翔は執事くんに質問を返した。すると執事くんではなく運動くんが翔の前に立つと大きな声を上げる
「エントリーNO.1、美しい髪!その透き通る肌!そして整った顔立ち!さらに成績優秀であるにもかかわらず誰にでも優しく接するその心。まさに女神!!我らが「女神信仰会」の絶対神、鶴田夕実様!彼女のためなら俺達は甲子園でも国立競技場でもどこにでもつれてってみせるぜ!!」
そう言いながら運動くんが制服を脱ぐとそのシャツには「女神愛」と書かれていた
それと同時にステージから見て右方向から大声量で「女神」コールが鳴り響いた
「女神、って…」
それを呆然としてみている前に今度は眼鏡くんが前に出た
「エントリーNO.2、トレードマークのポニーテールはもはや芸術!その可愛らしい容姿の彼女がひとたび笑えばみんなも笑う。私達にとってまさに太陽のような存在!その小動物のような姿に頭を撫でたいと願った人は数知れず!私達「妹至上主義」の理想の妹、弓野知美さん!!彼女の笑顔のためならお兄ちゃん達はどんなことでも可能にしますよ!」
そう言いながら眼鏡くんは特注の羽織りを身に着けた。背中には「妹のためなら死ねる!」と書かれていた
それと同時にステージから見て中央から大声量で「妹」コールが轟いた
「今度は、妹…ですか」
それを唖然としてみている翔の前に予想通り執事くんが前に出た
「エントリーNO.3、その青空のような透明感のある青がこれほど似合う御方はお嬢様しかおりません。顔色ひとつ変えずにたたずむそのお姿はまさに一輪の美しい花。冷静な表情とは裏腹に運動は苦手でおろおろなさるお姿は庇護欲をくすぐります。時折見せる微笑みはわたくしたちの至福の一時、心のオアシスです。わたくしたち「令嬢守護会」の理想郷、伊藤瑠莉お嬢様!お嬢様のためならわたくしたちはどこまでもおつかえいたします!」
そう言いながら執事くんは燕尾服を差し出した。内側には「お嬢様の仰せのままに!」と書かれていた
それと同時にステージから見て左側から大声量で「お嬢様」コールが降り注いだ
「お嬢様、まで…おい、響これって…」
内容からほとんど察した翔はそっと響に近づくと小声で響に投げかけた
「お察しのとおりファンクラブの面々だよ。そしてそこの3人がそれぞれの会長なんだと」
「だろうなぁ…にしてもうわさには聞いていたが…すごい人だな」
コールが鳴り止まない間に周囲を見渡していた。男子生徒でいったらおそらく1/3以上がどこかに所属しているだろう。これが会員数なのだから恐ろしい
「あれだけ可愛いんだから仕方ない。まったくうらやましい限りだ」
「どうだか…そういえばなんで響はこれに協力したんだ」
「ああ、なんとなく面白そうなのもあったんだけど、実際おまえって誰が好きなのか気になってな」
「「「そのとおり」」」
「うわっ!」
気がつくとコールは鳴り止み、いつしか翔と響は三人(と他多数)に囲まれていた
だれもがその目が本気で、正直に言うとかなり怖かった
「質問に、答えて、もらおうか!」
「わ、わかったよ…」
圧倒的なプレッシャーの前に翔は観念して質問にこたえるはめになった
※各会長と翔の質疑応答は、Q&A方式でお答えしています
Q運動くん「鶴田夕実様は好きですか!?」
A翔 「夕実とは幼馴染だしな。とうぜん好きだよ」
Q眼鏡くん「弓野知美さんとは!?」
A翔 「知美は妹だしな。もちろん好きだよ」
Q執事くん「伊藤瑠莉様とは!?」
A翔 「瑠莉は友達だしな。そりゃ好きだよ」
Q全 「じゃあこの中で一番好きなのは!?!?」
A翔 「え、3人とも好きって言ったよね?」
Q全(怒) 「そうじゃねぇよ!恋人にしたいのは誰?」
A翔(真剣)「ん~特には…」
Q全(激怒)「…ではそういう気もなく仲良くしていると?」
A翔(笑顔)「はい。おかげで楽しく過ごせています」
Q全(憤慨)「即・天・誅!!」
A翔(逃走)「タタタッ………」
※解答者逃亡につきQ&A方式を終了いたします
翔がその場から逃げ出すと、中央ドームに居合わせた全員が怒りの表情をして追いかけていった。その面子からは殺意しか感じられなかった
その様子を響はステージ裏に隠れてやり過ごしていた
「あ~…こりゃ全部のファンクラブのブラックリストTOP確定だな。ご愁傷様」
出口に向かって両手を合わせて親友の無事を祈りつつもその顔からは堪えきれず笑みがあふれていた
「まさか昨日伊藤と翔が一緒に帰ってたって情報だけでまさかこんな面白いことしてくるなんて…翔には気の毒だが俺的には大満足だぜ!」
響は自己満足をしてドームを後にしようとすると、不意に携帯電話が鳴った
確認するとそこに一通のメールが届いていた…その内容はこう書かれている
「あとで色々と落とし前つけさせてもらうからな。情報屋の響くん」
「あ~…全部バレたのね…」
これを読んだ途端、先程まで笑っていた表情が一変し冷や汗がだらだらと流れてきた
…その後、ファンクラブの猛追を振り切った親友からなにをされたかは本人の名誉のためにいわないでおくがそれ以降、響は翔をだますような行為は二度としなかった
すいません、ほんとすいません
こういうの一度やりたかったんです
…でも後悔はしていませんw