未来予報士
物心ついた頃から僕には不思議な力があった。
僕には未来のことがわかるのだ。
不可思議な力は僕に未来を教えてくれる代わりに僕から「驚く」ということを奪ってしまった。
酷く退屈な人生。
考えても見て欲しい。
何を見ても何をやっても結果が分かるのだ。
テレビドラマも小説も何年何組の誰それが付き合っていたとか誰かの恋が成就したとか春が散ったとかそれら全てが僕にはわかる。
何とつまらない。
自分のテストの結果が分かる・・・どころかテストの内容がテスト前に分かる。
成長するにしたがって多少はコントロールすることができるようにはなっていたけどそれでも見たくもない未来は見える。
「ふぅ・・・暇だなぁ」
ころりと裏庭の日当たりの良い場所に寝転ぶ。
場所は高校。時間は授業中。
だけどあと三十分はここには誰も来ない。
僕はサボりの常習犯だけど捕まったことはない。
そよそよと春の心地よい風が吹いてくる。
僕は風の音を聞きながら目を閉じた。
つまらない人生。
驚きのない人生。
全てが分かって・・・「知らない」楽しみがない。
僕の心は何かに倦んで諦めていた。
ああ、どうして僕はこんな「力」を持っているんだろうか?
「あ、あわ・・・」
うん?
どこからともなく声が聞こえてくる。
幻聴?
目を瞑ったままの僕は少し耳を澄ましたが声はそれっきり聞こえてこない。
やっぱり気のせいかと思いかけたその時頭上から女の子の声が響いた。
「え?人?なんで・・・って・・・きゃ!」
今度こそはっきり聞こえた。
ぱちっと目を開けるとそこには外と校内を隔てる壁によじ登りそのまま僕の上に落ちてくる僕と同じ制服姿の女の子の姿。
「なっ!」
僕は生まれて初めて口をひらいてぽかーんとしたなんとも間抜けな顔を外気に晒した。
予想外過ぎる・・・というかなんで女の子が降って来るの!
そんな疑問を抱くが今はそれよりも女の子を助ける方が先だ。
起き上がり落ちてくる女の子に手を伸ばす。
「っ!」
仰向けになった僕の上に女の子が乗っかっている。
どうやら無事に受け止めれたようだ。
衝撃と重さで息が止まりかけたし身体の節々が痛いけど。
とりあえず女の子には怪我はない。
・・・・僕には打ち身とかありそうだけど・・・そこは考えまい。
「ったたた・・・って・・・あああああああ!すいません!大丈夫ですか!」
状況に気付いたらしい女の子がばっと僕から飛び退くとすごい勢いで頭を下げ始める。
「ごめんなさい!遅刻して・・・それで門が閉まっちゃったんで壁をよじ登って・・・」
なるほどそれで壁をよじ登ってたのか。
何となく事情が見えてきて僕は苦笑いをしながら起き上がり・・・そして・・あることに気付いて・・・愕然とした。
僕がここにいたのは「二十八分と十五秒までは誰も来ない」と知っていたからだ。
未来視の力でここには誰も来ないと「見た」からここでサボっていたのだ。
だけど・・・この子がやってきた。
「あの・・・?」
女の子が不思議そうに首を傾げる。
だが、それに構ってはいられない。
分からなかった。僕は彼女が落ちてくるのを予知できなかった。
足元が崩れるかと思うぐらいの衝撃を受けた。
今まで・・・こんな風に僕が行動を予知できない人物はいなかった。
「だ、大丈夫ですか?どこか怪我でも?」
いつまでも黙っている僕に不安になったのか女の子が恐る恐るそう聞いてくる。
軽くウェーブのついた髪、リボンの色から一年生だろう。
心配そうに覗き込んでくる顔は幼い。
まじまじと女の子を見る。
本当にどこにでもいる普通の女の子なのに・・・彼女の行動は読めないのだ。
試しに彼女の未来を見てみようとしても全然見られない。
今までなかった事態だ。
「君は・・・」
「え、はい?」
「君の名前は?」
「え?」
ゆるゆると事態を飲み込んでいった僕が驚愕の次に感じたのは喜びだった。
生まれて初めて、僕は僕を驚かす人間に出会えたのだ。
これが喜ばずにはいられないであろう。
僕はえ、え、と戸惑う女の子に笑いかけながら最初の一歩を踏み出した。
「僕の名前は糸田 圭一。君の名前は?」
未来を読むことの出来ない人間との出会い。
それをどれほど僕が切望していたのかを僕は出会ってから知った。
困惑したように告げられた名前を僕は生涯忘れることはない。
この日、僕は生まれて初めて「驚き」を体験した。