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ねた的な小説  作者:
8/28

白き華

 生れ落ちたその瞬間からわたしの運命はわたしでない誰かによって定められていた。

 

       生贄


 その言葉の意味を理解しないうちからわたしは生贄になるために生かされた。


 五歳の時にはより霊的存在に近づけるようにと左目を抉られた。

 痛みのあまり泣き叫ぶこともできないわたしを回りの大人たちは冷めた瞳で見詰め続ける。

 冷めた瞳。その瞳に宿る感情の意味をその時のわたしは知ることはなかった。

 

 生贄。それがわたしを示す全てで生きている意味。・・・存在理由。


 生贄だから泣くことは許されず。


 生贄だから笑うことは許されない。


 生贄だから怒ることはしてはならず。


 生贄だから悲しむことはできない。


 全ての感情を捨てて。心を消す。


 どのようなものにも染まることのない。


 無垢で白きもの。


 そうあるべき存在。


 白無はくむ。白きもの。なにものでもない者。


 それがわたし。そう教えられた。


 五年前まで、そうだった。


 わたしが生贄に捧げられるはずだった鬼が一族を滅ぼすその時まで。


 「・・・・すまない」


 恐ろしくも寂しい目をした鬼と出会うまで確かにわたしは「白無」だったのだ。



 時雨は頭を掻き毟ってパソコンの画面を睨みつけていた。

 画面には文字が書き連ねてありところどころ「勇者」だとか「魔王」なんていう文字が躍っている。

 

 「ったく・・・思い浮かばないのよ。ってもうこんな時間か」

 

 時計を見ると七時を少し回っている。

 年齢不詳の美女は手にしていたタバコを灰皿に勢いよく押し付けると文章を保存してパソコンの電源を落とす。

 編集部からは今日中に原稿を送れと矢のような催促をされていたが知ったこったない。出来ないもの出来ないのだし可愛い姪っ子との朝ごはんタイムを犠牲にしてまで仕事をする気は時雨にはない。

 担当編集者が絶対に聞きたくない暴言を考えながら時雨は自室のふすまをあけて台所へ向かう。古き良き日本家屋は長年使い込まれた家独特の安定感を感じさせる。五年前、知人のツデを頼って購入した一軒屋だが時雨は気に入っていた。

 生まれ育ったのが同じく日本家屋だったせいか酷く落ち着くのだ。

 ぎじぎじと鳴る廊下をしばらく歩くと時雨の鼻に魚の焼けるいい香りが届き始める。それと同時にトントンという規則正しい包丁の音。

 どうやら彼女は今日も生真面目に早起きして朝食を用意してくれているようだ。

 

 (やれやれ・・・子供らしくたまには寝坊とかしてくれてもいいんだけどね・・・)

 

 暖簾を分けて覗き込んだ台所には近所の高校の制服姿の少女が一人黙々と葱を切っていた。

 調理の邪魔になる長い黒髪を一つに潜り、白いエプロン姿の少女は無表情に黙々と葱を切る。その手元は一切の迷いもなく動き、とう間隔に切られた葱が山盛りになっていた。

 葱丸々一本を切り終わると今度はそれをコンロの上にある鍋に投入。多少どころでなく多すぎる。

 ついつい口が出てしまう。

 

 「・・・白無。いくらなんでもそれはいれずぎ」

 

 「時雨」

 

 包丁で今度はかまぼこを大量に切っていた少女が手を止めて振り返った。

 彼女の名は白無。時雨の姪で現在彼女の被保護者でもある少女である。

 容貌的にはどこにでもいるような少女である。叔母である時雨が華やかな感じの美女なだけに彼女の平凡さは余計に際立っている。

 だが、彼女を初めて見た人間は彼女の容貌よりも先に目が行く場所がある。

 彼女の左目を覆い隠す眼帯。

 年頃の少女がするには余りにも無骨すぎるそれが彼女の印象の殆どを担っていた。

 白無は能面のような顔で時雨を認めると軽く頭を下げて感情の篭もらない声で

 

 「おはよう」

 

 「・・・・おはよう。白無。あ、味噌汁にかまぼこや葱は普通そんなに入れないから」

 

 挨拶を返して、ついでにそう言ってやると白無は葱がてんこ盛りになった鍋とかまぼこが零れんばかりに溢れているまな板とはみやり、黙ってタッパーを出してかまぼこを入れ始めた。

 どうやら葱の方はどうにもならないと判断したらしい。

 

 「さて、と。今日は鮭?味噌汁が出来たらご飯にしようか?」

 

 白無が無言で頷く。その拍子に長めの前髪が軽く左目を隠すように揺れた。

 時雨はふと白無の左目の眼帯の白さが目に入った。

 今はもうない、狂った一族の最後の生贄だった少女。

 生まれた時から理不尽に命を絶たれることを運命付けられた少女はその運命を外れ、今、目の前で生きている。

 だが、それまでに彼女が奪われたものは余りにも多すぎた。


 左目、家族、そして・・・感情。


 時雨が白無を保護してから五年。

 少女は十五になった。

 本来なら鬼に捧げられる年齢へと成長した。

 

 鬼はもう、いない。


 彼女を生贄にしようとした一族も滅びた。


 なのに時雨の胸は時折ひどく騒ぐのだ。

 運命から解き放たれたはずの少女がいまだにその運命の輪から抜け出ていないような気がしてしまって不安が心の隙間に入り込んでくる。

 不安が顔に出ていたのか白無が心配そうに覗き込んできていた。


 「・・・時雨?」


 「あっ・・・」


 気がつくと白無がこちらを見ていた。

 他人が見れば無表情だと思う顔にほんの少しだけ心配そうな表情を浮かべて。

 昔に比べたら格段に感情を出すようになった姪の頭を無言でぽんぽん叩いてやる。


 「?・・・・??」


 訳がわからず軽く頭を押さえる白無を笑いながら時雨は食器をだして食事の準備を始めた。


 


 「いたたきます!!」


 「いただきます」


 温度差の違う二つの声が手を合わせそれぞれ食事を開始する。

 本日の献立はホウレン草と白ゴマの和え物に鮭の塩焼き。(葱が大量に投入された)味噌汁に甘い味付けの玉子焼きに炊き立てのご飯とノリ。

 それらを食べながら時雨は白無に向かって一人喋る。

 極端に無口な姪は軽く頷くだけで言葉を発することは滅多にないがちゃんと話は聞いているらしく意見を求めれば素直に返してくれる。

 なんてことはない普通の朝食風景。

 だけど五年前まではどう足掻いても手に入れることできなかった光景だ。

 時雨は自分が「普通」ではない自覚はある。本来なら白無とこんな風に食卓を共にする資格がないことも知っていた。

自分が心を滅茶苦茶にされた白無をどこまで護ってやれるのか・・・幸せを教えてやれるのかわからない。

だけど・・・幸せになってもらいたい。


 「白無・・今日は卵焼き上手いね」


 口に入れた玉子焼きは程よく甘く、焼き加減も丁度良い。見た目も綺麗でよく出来ていた。

 白無は一度箸を止め、ぎくしゃくとご飯を口に運ぶ。

 非常にわかりずらいがどうやら照れているらしい。

 くすりと時雨は笑ってしまった。

 軽く俯いて表情はわからないが髪の間からのぞく耳は微かに赤かった。


 食事を終えて、後片付けをしようとする白無を無理矢理居間にとどめて自分が片付けをし始めた時雨の耳に能天気な・・・ここ五年ほど聞かない日はないほど馴染んだ声が届いた。

 

 「おっはよございます!!」

 

 「おや。今日は一段と元気がいいね。晶」


 玄関まで出てきた時雨にお隣さんである晶少年は「へへっ」と人懐っこい笑顔で笑うと鞄を持って出てきた白無に手を振る。

白無は一瞬立ち止まるとやはり無表情のまま深々と頭を下げ挨拶する。


 「おはよう。晶」


 「おはよ!!白無!」


 彼に尻尾があれば千切れんばかりに振っている。


 (犬、だな)


 しかし、外見通りの小型犬ではない。獰猛で認めた主以外には決して懐かない大型犬だ。

 晶という人間をよく知っている時雨はそんな評価を下す。

 はたから見たら分かりやすいぐらい分かりやすい晶の好意にやや苦笑いを浮かべて見守る時雨を他所に晶は早く早くと白無の手を取る。

 靴を履きかけていた白無は焦ったのかわたわたとスピードをアップさせる。


 「あ・・・ごめんなさ・・・」


 皆まで言わさず時雨が怖い顔で晶を叱り付けた。


 「こ~~ら。晶。うちの姪を焦らすな」


 「あ、ごめん・・・・」


 晶がしゅんとうなだれる。見えない尻尾と耳が揃って垂れているような気がして時雨は内心爆笑していた。


 (わ、分かりや過ぎる!?)


 バンバンと辺り構わず叩きまくりたい衝動に駆られるがグッと我慢する。

 用意が出来たらしい白無がこちらを向いて小さく頭を下げる。


 「時雨。いってきます」


 「はい。いってらっしゃい」


 軽く手を振ると白無もぎこちなく手を振り返す。

 それが彼女らの日常。

 五年かけて作り上げてきたかけがえのない日々。

登校していく若人の姿が見えなくなるまで見送ってから時雨は家の中へと帰っていった。


 ゆっくりと隣を歩く白無に歩調を合わせる。彼女と出会ってから五年の間にすっかり身についた歩調に晶はちょっと誇らしい気持ちになる。

 ちらりと隣を歩く白無に視線を走らせる。無表情で何を考えているのかわからないと言われる彼女だが晶には案外考えていることはわかりやすい。

 例えば今はきっと今朝やらかした失敗の原因について延々と考えているに違いないし・・・そうでなければ安いスーパーのチラシ情報の吟味なんかをしていると思う。

 白無の無事な方の目が微かに揺れる。目ざとくその変化に気付いた晶が彼女の名を呼ぶ。


 「・・・白無?」


 晶の声に一拍置いて白無がぎゅっと晶の制服の袖を掴む。

 彼女のその行動と自身の感覚から彼女が何を感じ取ったのかを晶も遅まきながら気付いて目を細めた。


 「ついてないね。交通事故かなにかあったのか」


 晶が目を細める先には真新しい花が供えられた交差点。そしてそこに薄らと見える半透明の血塗れの女性の姿。

 晶と白無は人には見えないはずのものが見える「目」を持っていた。

 幽霊・アヤカシ・妖怪など普通の人間には見えない存在が見える二人はその分それらの影響もまた受けやすい体質でもあった。

 特に事故現場などはこのように被害者が「いる」ことが多いので晶は暗雲たる気分に陥った。


 「大丈夫だよ。白無」


 安心させるように彼女の手を握る。ちょっと慣れなれすぎたかなと想ったが彼女は振り払ったり嫌がったりはせずじっと晶をみて。


 「・・・」


 黙って白無が頷く。だが、その視線は女の幽体を見詰めていた。彼女が何を感じているのかはその横顔からは読み取ることができない。


 「白無?」


 「(ふるふる)」


 なんでもないと頭を振る白無。長い黒髪がそれにあわせて尻尾のように揺れた。


 「大丈夫?別の道にする?」


 「・・・大丈夫・・行こう」


 白無が歩き出す。前を行く少女と繋いだ手が微かに震えているのに気付き晶は自分より小さく華奢な手をしっかりと繋ぎなおす。

 突然ずんずんと前に進みだした晶に引きずられるような形になった白無が目を白黒させる。

 2人が幽霊の側を通り過ぎるその瞬間。

 

 『・・・・・・どうして私が死ぬの?どうしてどうしてどうしてどうしてどうして・・・・・・・・』


 とめどなく呟かれる怨嗟の声に引きずられないように足早に通り過ぎる。

 肌を突き刺すような冷気と不気味さに息が止まりそうな錯覚を起こす。


 「ふぅ・・・。ここまでくれば大丈夫か」


 幽霊の姿が見えない位置に来た2人は安堵の溜息をついた。


 「晶・・・手・・・・」


 「うん?手って・・・・・」


 視線の先にはしっかりと繋がれた自分たちの手。


 「うぁ!!ご、ごめん!!」


 ぱっと手を離す。晶の顔は真っ赤だ。

 白無は少しだけ不思議そうな顔をしたが深くは追求しなかった。

 ただ、繋いでいた手をじっと見ていたのが晶には気になった。


 「白無・・・嫌、だった・・」


 ここで嫌だったと言われたら大ダメージだ。再起不能になるかもしれない。

 だが、幸いなことに白無は間髪入れずに首を横にふってくれた。


 「ううん。違うの・・・晶の手は温かいなって・・・思った・・・」


 人ってこんなにも温かいんだねと言う白無に彼女一体今までどんな人生を歩んできたのかその断片を見たような気がした。

 ゆっくりと歩き出した白無に付き添うように晶もまた歩き出す。


 「いこう」


 静かに白無が頷いた。

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