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ねた的な小説  作者:
4/28

果て無き旅路の旅人


 魂が廻る。死したのちあるべき場所へと還りそして全ての記憶を忘れ再び世界に生まれる。

 それが定め。

 だけど 幾度となく「私」は生まれる。

 記憶も人格も外見すらも同じ「私」として世界に生まれ落ちる。

 私の魂に寄生する一振りの刀が忘却と本当の意味での死を許さない。

 

 「寄魂刀」


 そう名づけたのは幾度前の「私」だっただろうか。


 人の身体ではなく魂に取り憑いた妖刀は私を縛り放さない。


 瞳を開ける。ここは魂の集う場所。闇でも光でもない柔らかな虚無に満たされた原初。

 私の目の前で一つ、また一つと魂が集い、何処かへと消えていく。

 それらの光景を見ながら私は瞳を再び閉じた。


 「私」はしばし眠ろう。


 新たに世界に生まれるほんのひと時。

 

 再び苦悩と苦痛の日々に戻るその刹那の休息に今は意識を委ねる。


 『でも・・・何度何回繰り返そうとも同じ人生はひとつとしてない。感じる悲しみ痛み喜び笑顔全てその時だけのもの。

 貴女は知らない。

 何故、繰り返すのか。

 何故、変わらないのか。

 何故、魂に異質を抱えるのか。

 その理由を貴女はまだ、知らない』



 今より十八年前。

 雪がちらつく夜半産声が上がった。

 それと同時に常人には分からない強烈な力が世界に走った。

 

 『生まれた・・・』

 『再び生まれてきた』

 『あの女が刀を抱いて』

 

 恐怖、畏怖で世界はざわめいた。


 そしてそれを感じた者の中で少数の者は別の感情を抱いていた。

 ある者はその気配に笑みを浮かべ。

 ある者は複雑な思いでその気配を感じ。

 そしてある者は―――。

 千者万別の思いを胸に一人の赤子の生誕を世界は受け入れた。


 そして十八年後。

 物語は幕を開けた。


 「――――――」

 心地の良い日差し降り注ぐ午後。すっかりと春めいた気候の中、木陰に旅人が一人寝そべっていた。

 年のころは十代後半。艶のある長い黒髪を後ろで結んでいる。動き易い男物の旅装を身につけているが整った顔立ちや体つきは明らかに女性であることを強調していた。

 すぅーと規則正しい寝息を立てる旅人に警戒心はない。

 ちちっと遠くで鳥が囀っている。

 のどかな放歌的とさえいえる光景の中アラズは息を殺して旅人に近寄った。

 起きるな。起きるなよ・・・・。

 心の中で祈りながらそろそろと旅人に近寄りそして旅人の側に置かれた荷物に手を伸ばした。

 (よしっ!)

 思わずそう思った時を見計らったようにアラズの手首が別の手が捕まれた。

 「・・・・・・え?」

 それが誰の手なのか考えるより早くアラズの腕が引かれ視界が回転した。

 「あれ?」

 気付いたら背中には大地の感触。そして空は見えない。

 代わりに恐ろしいほど整った顔の女が自分を見下ろしている。

 「えっ?あれ?」

 アラズは女に押し倒された状態のまま間抜けな声を上げてしまった。

 「・・・・・なんで?」

 「―――――――」

 女は答えない。ただどこか焦点の合わない瞳でアラズを見ている。

 「えっと・・・・」

 捕まった!

 と理解した途端にアラズは猛然と暴れた。ここで捕まって役人にでも引き渡された死活問題だ。役人に与えられる罰も勿論のことあいつにどんな目に遭わされるか。

 暗い未来を思い浮かべ全力で暴れるが押さえ込まれた手はびくりとも動かない。女の方が十四歳のアラズより四・五歳上にみえるが華奢な外見から暴れればすぐに逃げ出せると思ったアラズは見事に裏切られることになる。

 女はそんなに力を入れているように見えないのに全くというほど束縛から逃げ出せないのだ。

 「おい!離せ!離せって!」

 ぎゃんぎゃんと騒ぐが女は全く動かない。ただぼんやりと黒曜石のような瞳でボンヤリ暴れるアラズを見ているだけである。

 「おい・・・おい?」

 ここでアラズはようやく相手の様子の奇妙さに気付き暴れるのを止めた。

 「ちょい・・・大丈夫か?」

 「―――――――――」

 女は無言。ただボンヤリとした顔を下から見上げながらアラズは相手がかなりの美人だということに気付き、更にその相手に今まさに押し倒されている状態だということに改めて認識しそして・・・・。

 「のぁ!」

 先程よりも鬼気迫った様子で暴れ始めた。

 ちょっと待て!待ってくれ!この状態はいかん!色々やばい!

 こそ泥はしても女に無理矢理手をだすようなことはしねぇ!! 

 動揺のあまり考えていることが滅茶苦茶だが本人は気づく余裕がない。

 じたばたと暴れるアラズを見て、女が瞳を閉じる。

 それを見たアラズがぎょっとする。

 「ちょ!ちょっと待て!!俺はただ財布の中身が欲しかっただけでそういう展開を望んでいるわけじゃ・・・・・・・・・・・・」

 ちょっと考えて

 「ないぞ!」

 振り払うように怒鳴る。心の端っこで「美人だし・・・」と考えた分だけ間が開いてしまった。

 その間にも女の顔がアラズに近寄り・・・・・思わずアラズは目を瞑った。フワリといい匂いが鼻腔を擽り不覚にも心臓が馬鹿みたいに早くなる。

 (うぁ~~!なるようになれ!男だろ!)

覚悟を決めたアラズだったが・・・いつまでたっても予想した感触はない。

 「あれ?」

 聞こえてくるのは健やかな寝息。

 ぱちりと目を開けて横を見るとアラズに覆いかぶさるようにして眠っている女の姿。

 もしや・・・・・・・寝ぼけていただけ?

 気付いた途端に体中から力が抜けた。

 「な、なんだよ・・・・驚かせやがって・・・・」

 改めてしっかりと荷物を摑むとアラズは女の下から抜け出そうとして・・・・・そして。

 がっちりと背中に回された手によって阻まれた。

 「のぁ!な、なんだ!」

 こちらの動揺なんぞ気付かない女はぎゅっと抱きついてくる。

 「ちょっ!待て!女が気安く男に抱きつくな!恥じらいを持て!恥じらいを!」

 真っ赤な顔で説教するアラズだったが相手は寝ているためまったくと言っていいほど無駄な労力である。

 それに密着されてリアルに感じられる体の感触やふんわりとしたいい匂いがアラズの動揺をますます酷くする。

 「頼む!謝るから財布とらないから!離してくれ~~~~~~~!」

 どんな拷問もこれよりはマシだと思える時間は実に一時間も続いた。


 蒼華は旅人だ。

 十三で故郷を飛び出し以来一人で旅をしている。

 女でしかも子供一人旅など親が反対するだろうし危険も多い。

 蒼華は家庭に不満があったわけではない。両親は優しく家は裕福だった。不満はない恵まれた幸せな生活だった。

 だけど、蒼華は旅にでなければいけなかった。

 十三の時、母が身ごもったのを契機に蒼華は家を出る決心をした。

 ある理由により蒼華は二十歳になるまでに家を出なければならなかった。その理由を両親は知らない。周りの誰も知らない蒼華だけの「理由」だ。

 二十歳を過ぎてしまうと彼女が抱える「異常」が浮き彫りになってしまう。それを誰に教えられる訳でなく蒼華は悟っていた。

 本来ならぎりぎりまで両親の側にいようと考えていたが母が身ごもったのを契機に考えを変えた。

 いつか自分は居なくなる。だけど・・・新に生まれてくる弟か妹が両親を支え、癒してくれる。

 新たな命。自分と血を分けた兄弟。

 彼だか彼女だかに勝手だと分かってはいたが後を託し、蒼華は旅にでた。

 旅に出ることへの不安はなかった。

 旅に必要な知識も護身術も危険への対処のしかたも一人で生きていくことに必要なことは全て「知って」いたからだ。

 以来五年。蒼華は当ての無い旅を続けていた。

 「うにゅ?」

 寝ぼけ眼で蒼花は側にあった暖かいものを抱き寄せる。それは暖かくて柔らかい。最初はちょっと暴れられたがぎゅうっと抱きしめると大人しくなった。

 遠くから「く、くるし・・」という声が聞こえた気がしたが寝ぼけている蒼華は気にせずにその暖かいものに擦り寄る。

 柔らかい暖かく抱きしめるのに丁度良い大きさ。

 (バロンみたい・・・)

 幼い頃いつも一緒いた飼い犬を思い出しふふっと笑った。

 日差しが気持ちよくて風が心地よくて腕の中の暖かい物が懐かしい飼い犬を思い出させて蒼華は幸せだった。

 「このっ・・・いい加減起きやがれ!」

 (・・・・・・え?)

 ぱちりと目を開けると真っ赤な顔でこちらを睨んでいる少年の顔が有り得ないぐらい近くにあった。

 「あら」

 蒼華が目を丸くする。

 随分と勝気そうな少年だが顔立ちは女の子のように可愛らしい。栗色の髪に緑色の瞳。もう少し大きくなったら随分と女の子が騒ぎそうだ。

 マジマジと少年を見る。何がどうなったのかわからないが自分が暖かいものだと思っていたのはどうやらこの少年のようだった。

 「起きたか?起きたなら離してくれ!」

 「え、あら?ごめんなさい」

 素直に手を離し起き上がる。少年は起き上がるなりばっと蒼華から距離を取る。

 じりじりと後ずさりするとぱっと身を翻し走りだした。

 そして十分に距離を取ると一度立ち止まり蒼華に向かって叫んだ。

 「お前!ちったぁ危機感とか恥じらいを持て!」

 言うだけ言って再び走り出した少年の言葉の意味がわからない蒼華は小さく首を傾げるしかなかった。


 「ふぅ~~。心臓にわりぃ・・・」

 全力で走ったせいか息が上がってしまったアラズは近くの噴水の縁に腰を下ろして息を整えていた。

 「ったく。変な奴に当たっちまったぜ」

 思い出すのは先ほどまで彼を捕まえて眠っていた旅人の姿。

 狼狽して怒って怒鳴ってそして結局は何も盗らずに逃げ出してしまった。

 おかげで今日の収穫はなしである。

 「あ~あ。今日は家に帰れねぇな」

 家のことを思い出しアラズの瞳が翳る。

 「・・・・・・・・ふん」

 自分の境遇が幸福とは思わない。だけど不幸だとも思わない。

 自分で足掻く機会があるだけましだとアラズは考えていた。

 足掻けるチャンスはある。だから足掻き、生きるのだ。

 「さってと明日またカモを探すとして今日はどうするかな・・」

 家には帰れないため早々に寝床を探さないといけない。

 幸いこの街は大きいため空き家などがおおい。寒い季節でもないので一日ぐらい野外で過ごしても大丈夫だろう。

 頭の中で野宿に適した場所を挙げながらアラズは歩き出した。

 思い出したのは少し前に見つけた町外れの古い洋館。昔から魔物が出ると噂された曰く付きの建物だが浮浪者やアラズのように家を追い出された子供にとっては格好の泊まり場所であった。

 「うん。決めた」

 今日の寝床を決めたアラズはぶらぶらと通りを歩く。と、目の前で走っていた子供がコケた。

 「大丈夫か?」

 目の前でコケられては無視することもできず手を差し伸べたアラズに五歳ぐらいの少年はびっくりしたように目を丸くすると見る見る目に涙を溜める。

 「ふえ・・・・」

 「ああ。泣くな・・・ほら、痛くねぇ。男だろ?これくらいで泣くな」

 立ち上がらせぱんぱんと砂を叩いてやる。それでもぐずる子供にアラズはしゃがんで目線を合わせる。

 「ほれ。大丈夫。にって笑ってみろ」

 「にっ」と手本を見せてやると子供もぎこちなく「にっ」とする。

 「よ~~し。笑えればもう大丈夫だ。気をつけて帰んな」

 ぽんぽんと頭を撫でてやると子供は「うん。ありがとうお兄ちゃん」と笑顔で走り出す。

 手を振りながら見送るとアラズは再び歩き出した。


 ほぇ~~~と蒼華は夕暮れの中に佇む廃墟を見上げていた。

 ぼろぼろに朽ちた外壁に蔦が張り、窓ガラスは一つ残らす割れ、屋根の一部にも穴が空いていた。

 「あ~~~、見事に「廃墟!」って感じだぁ~~~」

 夕暮れという状況も合わさって見事なまでに何か出そうである。

 「ふ~~む。確かに「何か」が出てもおかしくはないかな~~」

 蒼華の様子は感心しているのか呆れているのか分からない。ただのほほんと蒼華はしばし廃墟を見上げると次に辺りを歩いて回る。

 しゃがんで何かを見てフムフムと頷いたと思うと窓から中を覗きこむ。しばらくそうやっていると何か納得したのか最初にいた場所に戻り再び廃墟を見上げた。

 ちりっと火の粉に触れたような熱さが右手に走り蒼華はそっと右手を摑む。

 「まだよ」

 ふわりとした笑顔は変わらない。なのに受ける印象は恐ろしいほど違う。

 「あなたの出番はまだ」

 唇が言葉を紡ぎ出す。

 沈みいく夕日に照らされたその顔は酷く魅惑的であると同時に恐ろしさを内包していた。

 訴えかけるような熱さに蒼華は痛いぐらいの力で右手を摑む。

 夕日が沈む。最後の光が山の向こうへと消え、辺りが闇に包まれた。

 光が生まれる。蒼華の用意したカンテラの光が淡く辺りを照らした。

 右手の熱さは大分治まった。ふぅと息を吐いた蒼華はもういつも通りの彼女であった。

 「さて、と」

 カンテラの光に浮き上がった廃墟は恐ろしさが倍増しであったが蒼華は躊躇せずに入り口の前に立つ。

 無言で手を伸ばす。白い手が朽ちかけた扉に手を触れた。

 きぃーと耳障りな音を立てながら扉が開く。こつこつと石畳に蒼華の足音だけが響き渡る。ホールの中ほどで蒼華は足を止めた。

 きょろきょろと首をめぐらせそしてにっこりと笑った。

 「逃げられたら追いたくなるのが人の性。出てこないなら出てくるようにするまで」

 にこにこと笑う蒼華。だが背後に黒いオーラが渦巻いていた。

 

 「やべぇ・・・日が暮れる」

 沈んでいく夕日を見詰めながらアラズは走っていた。目的地は街はずれの小高い丘の上に建っている。なだらかな坂道を駆け上がっているとちらりと光が動いたように見えてアラズは首を傾げた。

 (だれか・・・あの廃墟にいるのか?)

 アラズのような訳アリの人間かそれとも浮浪者か。だがここ最近流れた噂のせいであの場所には人が寄りつかなくなっていたはずだが。

 駆け上がり、上がりきり足を止める。月明かりに照らされた廃墟はひどく薄気味悪い。何回か寝泊りしたがどうにも居心地の悪い場所であるのは間違いない。

 しかもここ数ヶ月の内に廃墟に寝泊りしていたらしい浮浪者や子供が続けて三人惨殺された事件があった。見つかった場所自体は廃墟の中ではないのだがいずれも廃墟から近い森の中やら丘の入り口やらで見つかっておりしかも遺体には喰われたような後があったため街の住人はすっかり怯えてしまっているのだ。

 (だからこんな時間に誰かが来るとは思えねぇんだよな)

 アラズのような噂を信じない人間かそれとも肝試しでもしている暇人か・・・・そんなことを考えながらアラズはそろりと入り口に近寄った。

 開いていた扉にやはり誰か入ったのだと悟ったアラズは息を潜めてそろりと扉の内側に入り込む。

 入ると淡いカンテラの光が辺りを照らしていた。

 (あ・・・)

 光の中に一人の女が蹲っていた。長い黒髪を結い上げ動きやすそうな男物の旅装。後姿だが見覚えがあった。

 女は足元にカンテラを置いて地面に何か描いていた。

 なんだ?一体なに、しているんだ?

 余程集中しているのか近寄るアラズにも気付かず女は手にしたチョークを止めると満足げに「よし」と頷きそしてようやくアラズに気付いた。

 「あら?君は・・・・」

 黒い瞳がアラズの姿を映し出す。驚きはあるがやましさのない態度にアラズはますます首を傾げる破目になる。

 そんな彼の手を摑むと女は申し訳なそうに抱き寄せてきた。

 「なっ!」

 突然の密着に出会いの光景が蘇る。

 「なっなっなっ!」

 「申し訳ありませんが・・・・・間が悪いですね」

 「なっ!って間?」

 「丁度、怒らせてしまった所で・・・・もうすぐ出てこられますよ?劇的に効く嫌がらせ、しましたから」

 嫌がらせといって女が指差したのはチョークで描かれた複雑な幾何学模様。カンテラの光に浮ぶそれはアラズにはサッパリ意味がわからない代物だった。

 人畜無害な顔で言い放つ言葉に一瞬聞き流しかけ「うん?」と考え直す。

 「怒らせたって・・・・何を?」

 見上げるように問いただすアラズに女は申し訳なさそうにそれこそ出した料理の味付けを間違えたときような口調で

 「ここに住み着いて人を三人喰らった魔物を、です」

 さらりと答えた。

 アラズは「ふ~~ん」と聞き流しかけて・・・今度こそ聞き流さずに女の服をつかんで詰め寄る。

 「って!ちょっと待てい!!」

 なんだなんったこいつ!

 「魔物って・・・・え、居るのか?それになんで怒らすんだ?どうやって?」

 混乱状態のアラズの背をあやすように叩くと女は一つ一つ丁寧に答えてくれる。

 「はい。居ます。怒らすのは私の気配に怯えて出てきてくれないからです。怒らす方法はこの魔方陣です。闇に属する魔物の住みかに光属性の魔方陣を描いたらそりゃ怒りますよ。人間にしてみたら家の周りで延々騒音を立てられているようなものですから」

 アッサリキッパリ何の含みもなく女は喋る。呆気に取られている間に周囲の空気が一変する。禍々しさが膨れ上がり空気すら凍りついたようだ。

 背筋を悪寒が駆け上がる。本能的な恐怖にアラズは女にしがみ付いてしまう。そんな彼をしっかりと抱きしめる女の態度は恐ろしいことに出会った当初から全く変わらない。

 のほほんと虚空を見詰める。

 足元のカンテラの火が風も無いのに揺れる。それにあわせてアラズたちの影も揺れた。

 恐ろしいほどの威圧感。感じたことの無い恐怖にアラズは目を逸らすことすら忘れていた。

 「来ます」

 女の声とカンテラの火が消えるのはほぼ同時だった。

 ずっずっと何かを引きずるような音と共に闇から這い出てきた「それ」にアラズは堪えきれず小さく呻き声をあげてしまった。

 

 がうぁぁあっぁぁぁぁうぁあっぁぁぁ。


 外見は狼に似ている。だがあげる唸り声は動物のものではない。いや生き物の声であるはずがない。

 あれは・・・まるで亡者の声だ・・・。

 この世のものとは思えない声に耳を塞ぎたくなる。

 びちゃりと「それ」が一歩前に出る。影のような身体から肉に一部が腐り落ち石畳を腐らせる。

 耳を塞ぎたいのに目を閉じたいのにアラズの身体は凍りついたように何一つ動かない。

 「あっ・・・あっ・・・・・」

 「大丈夫ですか?」

 「!」

 いきなり至近距離に現れた女の顔にアラズは思わずのげぞる。

 どういう神経をしているのか女は特に怯えた風もなく「それ」から目を逸らしアラズを覗き込んでいた。

 「顔が青いですね・・・。まぁ、魔物を見たら大抵そうなりますけどね・・・・・・」

 のほほんとした口調の女の肩越しにこちらに向かってくる「それ」が見えてアラズはぎょっと目を剥く。

 「あぶな・・・・!」

 アラズが警告を発するより早く。

 「あら?案外素早い」

 女が感心したように「それ」の動きを誉めながらアラズを抱えてその場を離れる。

 ふわりととても人一人抱えているとは思えない動きで音も無く着地した女は少し困ったように「それ」を見る。

 「案外素早いですね・・・やっぱり三人も食べちゃったから力つけちゃっていますか・・・」

 襲い掛かって来る「それ」をアラズを抱えたままヒョイヒョイと軽やかに避けながら女は腕の中のアラズに視線を落とす。

 「走れますか?走れないならこのまま連れて行きますけど?」

 その言葉にお姫様抱っこされる自分の姿が思い浮かび瞬間的に打ち消した。

 「走れる!」

 「わかりました。逃げます。付いてきてください」

 「おうよ!」

 勢い良く返事を返してきたアラズに走りかけていた女は少し目を丸くする。アラズが「なんか文句あっか」と言わんばかりに睨むとふわりと微笑んだ。

 

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