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ねた的な小説  作者:
27/28

眠り姫に微笑みを

 人生って奴を振り返ると必ず俺の側には妹がいた。

 俺が十九、妹が十三の時、両親は事故でなくなりそれからは二人で生きていた。

 妹の叶は口が達者で家事のエキスパート。だけど実はホラーが大の苦手で涙脆い。

 可愛い俺のたった一人の家族。


 だけど、叶が俺に笑いかけることはない。喋ることも怒ることも、小言を言うこともない。叶は眠り続けている。登校中に突然倒れて以来、意識は戻らない。

 原因は不明。どんな治療も叶を目覚めさせることはなかった。

 病院のベットでただ静かに眠る叶を見るとそのまま消えてしまいそうで怖かった。

 父も母も亡くし、叶までいなくなったらと思うと気が狂いそうだった。


 置いていくな。頼むから目を覚ましてくれ。

 縋るように叶の痩せ細った手を握りしめたまま眠り込んでしまった俺は不可思議な夢を見た。



 深い森の中に制服姿の叶がいた。困惑した様子で辺りを見渡す顔はどこか不安そうだった。


「叶!!」


 久しぶりに見た動く叶の姿に思わず声を上げるが叶は全くこちらに気づかない。くそ、なんでだ?駆け寄り妹に手を伸ばす。

 だが、俺の手はまるで空気のように叶の身体をすり抜けてしまった。


「え?なんで?」


 何度やっても結果は同じ。叶に触れることはおろか声すら届けることは出来ない。そしてどういうわけだか向こうの声や音も俺には聞こえなかった。まるで無声無音の映画を見ているようだ。


「叶!!叶!!くそっ!!なんだよこれ!なんで………なんでだよ………」


 夢かとも思ったけど本能的なところで違うと思った。

 違う。これは現実に起こっている。

 理屈もなにもなくただ、そう、感じた。

 俺が何一つ干渉できない中で叶は森をさ迷う。足場の悪い中何度も転び、細かい傷を負っていく。俺はそれを助け起こすことも泥をぬぐうこともできないままただ、見守ることしかできない。


 くやしい………どうして俺はただ、見ていることしか出来ない?


 泣きそうなぐらい悔しかった。

 ふっと何かに気づいたように叶が顔を上げる。釣られて俺も叶の視線の先に目をやり、息を飲んだ。


 化け物。


 そうとしか言い表せない見たこともない生き物がそこにはいた。


 腐ってところどころ骨の見える身体。光を失い濁った眼球は青ざめる叶を映し、そして半開きになった口から覗く牙の間から零れていくのよだれ。

 目の前の化け物は確かに叶を見て、食欲を刺激されていた。それを感じ取ってしまい俺の背筋に悪寒が走った。


「叶!!逃げろ!!」


 俺の声が聞こえたわけではないだろうが叶が走り出すのと俺が怒鳴るように叫んだのとはほぼ同時だった。


「叶!!」


大声で妹の名を叫びながら俺は……。



目を覚ました。


眠り続ける叶の手を繋いだまま。勢い余ってガクンと倒れそうになって慌てて体勢を整える。


「え、あ、あれ?」


生々しい夢と当たり前の現実。その落差に頭が混乱する。叶が化け物に襲われて、でも叶はずっと起きてなくて……。


いまのは……夢、か?


自分の中に浮かんだ疑問に自分で頷く。夢の中で感じていた現実感が凄い勢いで薄れている。


視線の先には目を覚まさない妹。これが現実。現実なんだ。

まぁ化け物に叶が襲われるだなんて夢が現実にあってたまるかだけど。


「疲れてんのかな……俺」


乾いた笑いがこぼれる。我ながら覇気のない笑い声が病室に響く。


「なぁ、叶、起きてくれよ」


こんな情けない顔してたら 妹が元気だったら盛大に怒られている。目を三角にして鬼の顔で叱り飛ばす叶の姿が簡単に思い浮かぶ。


「兄ちゃんは淋しいぞ」


自分に連なる者が全ていなくなる。この広い世界でたった独り遺されて平気でいられるほど俺は強くない。


「淋しいんだ」


呟いても虚しいぐらい現実は変わらなかった。



それからも俺の現実は変わらなかった……と言いたいが変化が一つだけあった。

叶の夢を頻繁に見るようになった。しかも過去を懐かしむようなものではなく最初に見たあの変な化け物に襲われた後の叶の姿が定期的に夢に出てくるのだ。


どうやら舞台はゲームのように魔法が存在する世界。俺から見たら想像上にしかあり得ない生き物や現象が普通に存在している。

どうやら無事に化け物から逃げ切ったらしい叶だったが受難は続いていた。


「お前!!俺の妹に何しやがる!!!!」


今日も俺は怒り心頭で罵倒を放つ。


受難すぎだ。どんな厄を俺の妹は背負わされているんだ。


化け物からどうにか逃げ出したら行き倒れ、気づくと奴隷商人に捕まって劣悪な環境に置かれ奴隷売買の会場へと……だあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!


気が狂う気が狂う。怒りと憤りと殺意で叶たちに干渉出来ない俺は気が狂いそうなほど荒ぶっていた。

今ならこの場にいる腐れ野郎どもを躊躇なくブチ殺せそうだ。


黄色人種は珍しいのか商人達にしてみれは叶は「目玉商品」のようで暴力はふるわれてはいないが人の尊厳は一切考慮されてはいない。叶の首には鎖をつけた首輪。足枷も嵌められ、叶の顔が屈辱に歪む。叶だけじゃない。男女関係なく同じ扱いを受けている人々がいた。年齢は様々だが皆一様に絶望と諦めの表情を浮かべている。


人間が人間を……物のように売り買いしている。当たり前に笑顔さえうかべながら。


人間を醜悪だと心底軽蔑したのも自分がそいつらと同じ人間であることを顔から火が出そうなほど恥じたのも存在自体許せない程の怒りに駆られたのも生まれて初めての経験だった。


夢だと思う自分はいなかった。許せるはずのない光景なのだ。断じて許容すべきでないのだこんな事は!!


「てめえら!!!!なんてことをしてやがんだよ!!」


拳を握りしめて商人や客を殴っても叶や他の人達を助けようとあらゆる手段を試しても俺は何一つ目の前の光景を変えることができない。出来なかったんだ。


「なんで……」


膝から崩れ落ちる。石畳に触れているのに何も感じない。視覚以外なにも感じる事のない世界にぽつりぽつりと涙が零れる。おかしな事に自分の涙は感じることが出来た。


「なんで何もできないんだ……俺は!!」


堪えきれない激情に涙がさらに零れた。二十歳を超えたいい大人なのに嗚咽が堪えられない。

誰でもいい誰か、助けてくれよ!


「頼むから!!」


叫びに応えるかのように事態は激変する。


会場に突如としてなだれ込む騎士達。なにが起きているのか音の聞こえない俺には把握しきれないがとにかく叶の側にと逃げる人混みをすり抜けながら探す。


「叶!!」


音のない光景でも場に満ちる混乱は嫌というほど感じ取れる。そんな中叶はステージの中央で一人の騎士と対峙していた。

何事か言っている叶の顔が悲しげに歪む。そんな叶に手を伸ばし……。


夢が終わった。何時もながら突然の覚醒に頭が上手く働かない。目を向ければ眠り続ける叶。変わらない現実。良くもなければ悪くもない、医者にはすぐに容態が変わることはないと言われていた。だけど……。


少しづつ叶から何かが抜けて行っているような、手の届かない場所に連れて行かれているような不安が俺の胸に広がる。



夢は続く。夢の中で叶は騎士に保護され何がどうなったのか戦いに参加していた。何か強い決意を秘めた叶。お前、一体何を背負っているんだ。


夢の中で叶は成長していく現実ではまだ子供なのに夢の中では二十歳ぐらいにまで成長している。


戦いとつかの間の平穏の中で叶は泣いて怒って沢山の経験をして叶は成長していく。


「叶」


届かない言葉。それでも俺は側にいた。泣いている時も苦しんでいる時も触れることのできない手で抱き締めて届かない声でただ名前を呼ぶことしか出来なかった。


沢山の苦しみ、悲しみを抱えてそれでも真っ直ぐ走り抜けた叶。


それはその世界に小さくはない変化をもたらした。勿論、一人でやったことではない。沢山の……本当に沢山の人の力が合わさったからこそ成したこと。


俺は夢の終わりを感じ取っていた。


叶に跪き真っ直ぐに見上げる騎士。顔をあり得ないほど赤くさせながら手をわたわたさせる妹。

音は聴こえずともバッチリくっきり何をわかってしまうこの光景は!!


「ちょっ!てめぇ叶を掻っ攫うつもりなら俺を倒していけ!!」


嫁になどまだ早い!!


があーと吼える俺の前で叶が……叶がぁ!

頷いてしまった。


あうっ!


真っ赤な顔でポカスカと騎士を叩く叶、そんな叶が愛おしくて堪らないと笑う騎士。


仕方ない。叶が幸せなら仕方ない、か。


「叶!幸せになれよ!!」


夢の終わりは叶の笑顔とちょっとの淋しさ、そして騎士に対する形容しがたいどろどろな感情。

この夢が何なのかわからない。だけどきっと現実ではもう見ることができない妹の姿を俺に見せてくれた。



この日を境に俺はこの不思議な夢を見ることはなくなり、数日後静かに妹の最期を看取った。



今はまだ喪失を実感出来てない。あの夢の意味もやっぱりよく分からない。だけど立ち上がり歩き出して……俺にまた家族なんてものが持てたら話してみようか。この不思議とも妄想ともつかない妹と俺の話を。


笑われる、かな。








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