呪いをかけられた王女様?
むか~~~しむかし。あるところに小さな国がありました。
その国は小さく、住んでいる人も少なかったですが大らかで民の声をよく聞く王様と優しくしっかりした王妃様の治世の下、平和に暮らしていました。
穏やかな日々の中、王妃様に赤ちゃんが出来て、そして薄紅色の花が舞い散る頃に元気な赤ちゃんの産声がお城に響き渡るとお城に勤める人々は皆歓声を上げ、その歓声をきたお城の外の人たちもお世継ぎの誕生を知り国中が歓声を上げていました。
そんな中、王様は王妃様と生まれたばかりのわが子の元へたどり着きました。
「王妃よ!」
「あなた………無事に生まれました。わたくしたちの子供です」
疲れた顔の中にも隠し切れない喜びを滲ませながら王妃様は自分の傍らで元気よく泣いている赤ちゃんを王様に見せました。
王様は震える手で赤ちゃんを抱き上げます。
「おお。お前によく似た美しい娘だ………ありがとう。よくかんばってくれた」
そう言って王妃様の頬にキスをしました。
よしよしと赤ちゃんをあやす王様の顔が緩んでいます。
くすくすと王妃様が笑い、産婆もおかしそうに肩を揺らしておりました。
「む?どうしたのだ?何がそんなにおかしいのだ?」
「ふふふっ………ほんとうにあなたは仕事以外では慌ん坊ですわね」
どういうことだ?と王様が聞き返すよりも早く。
ぐらぐらと突然地面が揺れ始めました。王様はわが子と王妃様を腕に抱きしめます。
しかし地震は酷くなり、それどころかもくもくと黒い靄のようなものが辺りに充満してくるではありませんか。
「な、なんだこれは!」
「これは………王様、どうか王妃さまとお子さまを連れてお逃げくださいませ!尋常ではない気配が………っう!」
産婆がとても年寄りとは思えないような強い声で王様に逃げるよう指示しますがそれはとき、すでに遅かったのです。
「はははは………もう遅いわ!」
男の声が聞こえたかと思うと靄があっというまに一箇所に集まり人の形を成していきます。
黒いマントに逞しい四肢。そして人にはない頭部から生えた羊のような二本の禍々しい。
現れたのは人によく似ていて………だけど人ではない禍々しい異形の姿をした男でした。
男の指がすっと王様の腕の中にいる赤ん坊を指差します。王様が慌てて隠そうとしますが間に合わず、一際高い赤ん坊の泣き声が響きました。
「ああ………!!」
「はははははははぁ!その姫には呪いをかけた。十六になったその時には私の伴侶とならなければ死んでしまうだろうさ!」
そういい残すと男の姿は幻のように消え去ってしまいました。
呪いをかけられたお姫様。物語はここから始まります。
そして時は流れてもうすぐ十六年目を迎えようとしていました。
「お~~い。北の魔族」
………。
「北の魔族(笑)」
…………。
「へちゃれ」
………………。
「ぶっちゃれ」
……………………。
ぶちりっ!。
「どやかましいぃわぁぁぁぁぁぁ!」
北にある鬱蒼としたお山。その山頂にある明らかにオドロオドロシイお城に怒声が響く。
意外なほど掃除がいき届き、外見を裏切る心地の良い内装をした一室からわきゃ~~~と小さな人のような形をした者達が沢山笑いながら転げ出てくる。
「ぶっちゃれってなんだ!へっちゃれって何だ!ってか何だ(笑)って馬鹿にしてんのかぁ!そして何よりも!!」
部屋の中にいた怒声の主の手にした箒を構えつつ叫ぶ。
「あたしを北の魔族と呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
小さな体躯で吼えているのは髪と同じ色の三角形の耳と怒りのあまり毛が立っているふさふさの尻尾を持つ人によく似た人ではない女の子です。
ぷんぷんと怒っている様子は怖くはありません。可愛いです。むしろ微笑ましく癒されてしまいます。
「北の魔族は死んじゃった親父の名前!あたしはツェルっていうお母様からもらったリッパな名前があるんだからそっちで呼んでよ」
「ツェル?」
「すべる?」
「ぶちゃれ?」
「へっちゃれ?」
「「「へっちゃれ!」」」
「よしよくわかった。あんたらわざとあたしのこと怒らせてるんでしょ!」
ぐぁ~~と吼えるツェルの口にはこれまた少女には似つかわしくない立派な二本の牙。
それらにきゃ~~と喜びの悲鳴を上げながら城の管理を任されている小人達が逃げ出します。
彼女の名前はツェル。今年十八歳になったばかりで三年ほど前に亡くなった悪名高き父親の後始末のためにこの地へとやってきていました。
「全く!顔も名前も知らない親父が死んだと突然聞かされて攫われるように城にやってきてみれば生前に行った悪行の精算をしろだなんて酷すぎるわよね!」
しかも悪行が人間にだけではなく同族やその他の種族にまで及んでいたためツェルの心労と労力は並大抵のものではありませんでした。
獣族だった母親に外見も中身をそっくりな娘は一度たりともあったことのない父親の後始末を文句を言いつつも引き受けました。血のつながりがある以上子である自分が始末をつけるべきだと考えたからです。
そして三年かけてようやくあらかたの事例に一応の解決が見えてきたところなのです。
「えっとこちらの方は城の修繕と保障で………修繕のための人員を送って、と。こちらが奪われた宝玉の返却………手配と謝罪の手紙と慰謝料はうん大丈夫。う~~~ん!どうにか大口は片付いたかな?それにしても馬鹿親父がお金を溜め込んでいてよかったよ」
父親が残した遺産はそれこそ天文学的な金額でこれらの遺産があったからこそスムーズに話が進んだ件がいくつもあります。
おまけに父親の配下には優秀な人材が多く、呪いをかけられた姿を変えられたなどの場合も彼らに任せれば上手く解呪することができたためツェルの悩みは格段に減りました。
不思議なのはそんな優秀で強い彼らが主の子供というだけでツェルに手を貸してくれたことですが急がしかったツェルは深く考えることはありませんでした。
ひふみぃと手元の書類を数えるツェルの手からひらりと一枚の書類が机の下に落ちてしまいます。
「おっと」
それを追いかけてしゃがんだツェルの目に床に落ちる二枚の書類。あれ?と思いつつ拾い上げて見覚えのないほうの書類にざっと目を通してみます。
「……………」
そしてそのまま長い間動きませんでした。
「うっそぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」
その書類には十六年前、父親が自分の嫁にならなければ死ぬという呪いをとある国の王女にかけてしまったという内容が書かれていました。
タイムリミットは、あと数時間後に迫っていました。
ツェルの行動は早かったです。一番腕利きの部下を捕まえてこれまた一番移動術の得意な部下に呪いがかけられたお姫様の国へと急ぎます。
時間がありません。とにかくありません。奇跡的にいままで死人が出ていなかったのにここにきて死者がでるかもしれないのです。とにかくツェルは気が気ではありませんでした。
だから、形式もなにもかもすっ飛ばして直接お姫様の下へと乗り込んでいったのです。
「きゃ!」
突然部屋に現れた獣耳の少女に部屋の主であるお姫様は小さな驚きの声を上げました。どういうわけだか部下達の姿は見えません。
「あたたたっ………勢いがつきすぎた……ってあいつらいないし!」
軽く目を回していたツェルでしたがお姫様の視線に気づき姿勢を正します。彼女の緊張を表すかのようにふさふさな尻尾と耳はぴんと立っていました。
間違いありません。この少女こそが父親に呪われたお姫様です。父親の魔力だけは感じ取ることができるツェルには美しいこのお姫様の周りに黒い靄のように呪いが纏わり付いているのが見えます。
「あ、あのっ!あたし、いや、私はその………お姫様の呪いを解きにきたんです!」
「え?」
「ああああっの!し、信じてもらえないと思うんだけど………じゃなかったですけど!でもあの信じて欲しいんだ……です!」
「呪い、解いてくれるの?」
可憐な容貌に少しだけ低い声でお姫様が首を傾げます。それにツェルは大きく頷きます。
「はい!あ、あたしは力が弱いから出来る奴を連れてきたんだけど………一体どこに……」
「へぇ、この呪い解いてくれるんだ………言質はとったよ。”二代目北の魔族さん”」
低い低い声でした。まるで男の子のような…………。
獣の本能でしょうかとっさに逃げようとしたツェルでしたが気づけばお姫様に圧し掛かられています。
手は頭の上で一つに掴まれ、身体は乗りかかられているので全く動かせません。
外見は華奢なお姫様なのに獣族であるツェルが全く叶わないのです。
「なっ!」
それに至近距離からツェルを見下ろすお姫様の顔。その顔はとてもじゃないですがお姫様のいえ、女の子が浮かべるものではありません。
「っうか親子揃って人を女だと勘違いして失礼な親子だな。父親の方はともかくどうして今の俺を見たあんたが女だってかんちがいする」
お姫様の言葉にはっと相手の服装を確かめます。それはこの国の騎士がきる制服です。もちろんドレスではなくズボン。おまけに胸はありません。平べったいです。腕を拘束する手も男性特有の固さを感じますしなによりも触れ合った身体は確かに鍛えている男性のものでした。
かかかっ!とツェルの頬に赤みが差します。
「え、え、え?親父って男色………だったの?」
「お前ばかだろ?勘違いしたんだよ。お前の親父は生まれたばかりの俺を女だって」
間
「確かめろよ!親父!」
状況を忘れてツェルは思わず吼えました。
うっかり過ぎます。男を嫁にもらってどうする!とツェルは言いたいです。
「で、だ。タイムリミットまであと三時間だが」
「あ、そうだ呪いを解かないと!」
しかし解ける部下はいません。あたふたとなるツェルを面白そうに見下ろしながらお姫様改め王子様が
空いたほうの手でするりとツェルの頬を撫でます。
「時間がないから正攻法でいかせてもらうぞ」
「は?正攻法?」
「つまり、俺が北の魔族の伴侶になればいい」
再び間
「え、でも親父死んだよ?」
「でも娘のお前がいる。お前は父親の後をついで色々やっていたからな、周囲からはお前が二代目だと認識されているぞ」
「え、うそ!」
「で、だ。そんなお前が俺の伴侶になれば俺の呪いは解けるとおもわないか?」
「え?え?え?」
「そのまま混乱してろ」
気づけば有り得ないぐらい近くに王子様の顔があって、唇に柔らかな感触をツェルは感じました。
「!?」
突然の口付けに完全に思考が停止してしまったツェルはするりと己の左腕にキラキラ光る契約の腕輪をはめられたことに気づきませんでした。
契約の腕輪。互いを唯一人の伴侶だと誓うもので、精霊によって造られる腕輪は本人の死を持ってしか外れることはないのです。
酸欠状態で朦朧としたツェルの腕を捕らえる王子様の腕にもツェルと同じ細工の美しい契約の腕輪。
そしてその瞬間、王子は十六歳を迎え、呪いは見事解かれたのでした。
そしてこれは裏話。裏事情を知る二人の人物の会話。
「………あ~~あ、嬢さん捕まった~~」
「お嬢様もまさか我らが真の主がかのお方だとは思いもしなかったのだろう。当然の結果だ」
「かかかぁ!人間のくせに前の主が死んでからすぐに俺らの所に来て部下丸ごと全部支配下に置きやがったんだもんな!前代未聞だぜ!」
「どこで見初めたのやら市井で暮らしていたお嬢様に一目ぼれして、調べたら自分を呪った相手の娘でさらに都合がいいことにその相手がうっかり老衰で死んでしまったと………ご都合主義な現実だな」
「どんだけ強運だよって話だよな!呪いなんてあれだけ力があれば自力で解けただろにわざと残して嬢さん捕まえる口実にしたんだからなぁ!」
「………お嬢様もお可愛そうに」
「確かに。だがまぁ、王子の手ごまの俺達の言う台詞じゃなねぇけどな!」
「そうですね」