冥府の王と王妃
ギリシャ神話のパロディですがかなりあっちこっちいじり、神様達に関してはもう威厳もなにもありません。それでもよければどうぞ。
春、それは地上に暮す全ての生き物達のとって長い長い冬を堪えた先にある恵の季節。
誰もが喜び、春に感謝するこの季節にどんよりと葬式のような空気に包まれている場所が一つだけ、あった。
「うっうっうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!ペルセポネ~~~~~~~!!」
地上で死んだ全ての魂が向かう死の国………冥界。そこの主たるハデスは己の執務室の隅で膝を抱えて丸くなっていた。
普段は寡黙だが情に厚く威風堂々とした王なのだが………春が訪れるこの時期だけは駄目男と化す。
「ハデス様。奥方様が次の冬まで地上のお母上様の元で過ごされるのはご納得のうえでしょうが。お仕事、してください」
冥府の神である側近がてきぱきと書類を振り分けながら主を働かせるべく動く。基本、まじめな主は職務放棄ができないのでおとなしく仕事を始めてくれた。
しくしくと泣きながらも仕事をはじめた主にほっとしつつも側近は遠い昔に起こったハデスの結婚に関する騒動と冬が生まれた経緯を思い出してた。
このハデス。珍しく地上に出てきたときに妻に一目ぼれした挙句、求婚の言葉もなしに冥界に連れ去り、妻にしたという経歴の持ち主である。
兄弟であり、神々の長でもあるゼウスの女関係の派手さとは対照的に彼はとても一途でありあまりにも女慣れしていなかった。
普段、冥界で仕事ばかりしていたことも悪かったのだろう。一目ぼれした彼はどうしたらいいのか分からずに遠くからペルセポネを眺めてははぁ~とため息をつくばかり。
仕事も手に付かなくなりそうな主に側近がそっと「誰かにご相談してみたらいかがでしょうか?」と進言した。
根が素直で他者の言葉もよく聞くハデスはその言葉に頷き、相談に行った。
………誰も、予想だにしていなかったのだ。まさか女性大好き、浮気をしては妻であるヘラに折檻され夫婦そろって各方面に多大なる被害をもたらしているゼウスに恋愛相談を持ちかけるだなんて。
兄の初めての恋愛相談におもしろ………いやいや、興味をもったゼウスは「なら、任せとけ!ペルセポネの母親から結婚の許可をもぎ取ってやるぜ!」と太鼓判を押した。
そこに他の神々がいたのならこう言うだろう。
「やめとけ!自分の女関係すらろく収束できない奴に自分の恋愛を任せるな!」と。
だが、生憎とその場には誰もいなかったためゼウスの暴走は止められることなく実行に移された。
ペルセポネの母親の名はデメテルといい。地上の豊穣を司る女神だった。地上の命のためにせっせと働くデメテルにゼウスは単刀直入に切り出した。
「よぉ~~デメテル!お前の娘、冥府に連れて行ってもいい?」
最悪です。出だしからして最悪です。まるで本題が伝わらない。
「………なんですって?」
デメテルから物凄い怒気が放たれた。
「わたくしの可愛い可愛い娘を冥府に連れていくと聞こえたのですけど?」
あの子はまだ生きているのですけど?
ごごごごごぉと怒れる母の後ろには噴火間近の火山の幻が見えた。
「いや、ごめん。なんでもない」
そしてゼウス、あっさりと白旗をあげて逃げ出してしまった。
さてさて困ったゼウス。どうやらデメテルを怒らせてしまったようでこれでは娘をハデスの嫁にしたいのだがと言っても聞く耳もってくれそうにない。。
だからと言って自分のことを信じきった目で見送ったハデスに「わるい。駄目だったわ!」とはさすがに伝えられない。
う~~う~~~と悩んだゼウス。悩んで出した答えが………。
「ハデス!許可は取れたぞ!ペルセポネを迎えにいけ!」
大嘘をついてペルセポネを冥府に攫わせて既成事実を作らせる。そうすればデメテルだって認めざるを得ないだろうとゼウスは考えたのだった。
はっきり言って最悪の一手である。
「本当かゼウス!………ありがとう!感謝してもしきれない!」
感涙の涙を流しながら手を握ってくる兄に心の疚しさから目を合わせることがどうしてもゼウスにはできなかった。
ハデスは愛馬にまたがり唯ひたすら地上を目指した。彼は頭からゼウスを信じていたのでまさか求婚の話はまったく通っておらず、自分がこれからやろうとしていることが誘拐だとうことにもまるで気づいていなかった。
ただただ、愛しいペルセポネをこの腕の中に閉じ込めたくて彼はひたすらに馬を駆けさせた。
そして、その結果。
妻(だとハデスは思っていた)であるペルセポネに泣かれ、嫌われ、デメテルはこの所業に激怒し職務放棄&娘を探しに地上におりてそのまま行方不明。その影響で地上は荒れ果て、死する者が増加しハデスは馬車馬のように働く羽目になった。
「なぜだ………どうしてペルセポネは私を嫌うんだろう………やはり冥府の王が夫だなんて嫌なのか?ここには太陽もないし死者ばかりだし………ケルベロスはやはり怖いのか?でもあれはあれで可愛いところもあるんだが………」
そう呟く間にも書類はばさばさと積み上げられていく。
「………しかも最近は仕事が倍増しておるし………何故、こんなにも死者が多いのだ?戦争でも起きておるのか?」
「それに関しては地上に調べを………おや、丁度報告書が………」
虚空から現れた数枚の書類に側近が目を通す。
………。
………………。
………………………。
側近は眼鏡をはずし、眉間をほぐし、再び書類を熟読。
………。
………………。
……………………。
「ハデス様………大変、不躾なことをお聞きしますがよろしいですか?」
「ん?なんだ?申してみよ」
「はっ!求婚のお言葉はなんでしたか?」
「ぐはっ!突然なにを言い出すのだ!」
「大切なことです。お答えください」
「うっ………べ、別に、その、言うてはおらぬ」
「は?それでどうやってご結婚を?」
「~~~~~だからっ!ゼウスに相談したらデメテルに話を通してくれたのだ!それで私はペルセポネを迎えにいって冥府に連れてきたのだ!………それはまぁ、彼女あまりにも塞ぎこんでしまったから正式な夫婦というわけではないが………母御殿にはちゃんと求婚の意思は伝えてあるはずだ!」
「…………では、これは一体どういう状況なのでしょうか?」
ことの次第を把握しつつある側近は神々の主人に呪詛をはきまくりながら己の主に報告書を差し出す。
ハデスの目が右に左に動きそして…………。
ものすごい勢いで執務室を飛び出していった。
遠くから「すまなかった!!許してくれ!ペルセポネ~~~~~~~~~~~~~!!」と涙まじりの謝罪が響いてきた。
それからのハデスの動きは早かった。土下座でペルセポネに謝罪をした彼は速やかに彼女を地上へと帰す手配を整え、老婆の姿で地上をさまよっていたデメテルを見つけ出し再会した母娘の前で再び土下座をして謝罪を繰り返したのだった。
ただひたすらに自分の不徳の致す所だったと言い訳一つせずに顔を地面にこすり付けるハデス。
お前が諸悪の根源かとこの世のありとあらゆる暴言を浴びせかけていたデメテルだったが後から追いつた側近が見せた報告書によって怒りの矛先が一気にゼウスへと向けられた。
それはそうだ。どこをどう見ても悪いのはゼウスだ。
ハデスは浮かれすぎてそして嫌われていると思ってからは気をつかってペルセポネとの接触を避けていたため事実に気づくのが遅れた。ただそれだけだ。
ハデスがペルセポネに一切無体なことはしておらず、彼女の気持ちを優先的に考えていたと娘本人がハデスを庇ったことも大きかった。
怒れる母はその勢いのまま天界へと乗り込み、ゼウスにその怒りをぶつけにぶつけたのだった。
後日談としては合わせる顔がないとますます冥府に引きこもるようになってしまったハデスだが、ペルセポネのことをどうしても忘れられず、手紙だけは細々と送り続けた。
彼の誠実な人柄に徐々に惹かれていき、彼女が冥府の王妃になり、冬の間は冥府で夫を支えそれ以外は地上で野に咲く花々を咲かせる仕事をするようになるには長い年月が必要であった。
ちなみにハデスが一番しちゃいけなかったことはゼウスに相談することだったと思います。