七夜七月語り
今の所続く予定はありませんのでご注意ください。
世界の夜は七つ七色の月の光に染まる。
一月紅から始まり二月蒼・三月薄紫・四月橙・五月金・六月緑・そして七月銀で終わり最初の一月に還る。
七つ七色の月はそれぞれ女神の化身。だけど遠い昔にあった悲しい出来事で女神の一人がいなくなってしまいました。
七番目の銀の女神は悲しみのあまり人に災いを与えた。災いは人を苦しめます。
銀の女神をのぞいた六人の女神は力をあわせて銀の女神を封印しましたがその時にはもう災いは世界に根付いてしまっていました。
沢山の人を傷つけ死なせてしまう災いを作ってしまった銀色の女神を人は恐れ、忌み嫌うようになってしまいました。そうして銀の女神と銀の月は災いとされてからとてもとても長い月日が流れた頃、銀の月が夜を照らす晩に一人の女の子が世界に現れました。
その女の子は銀色の長い髪と月のように淡い銀色の目を持っていました。
まるで喪われてしまった月の女神のような幼子は一人世界を夢見て眠り続けています。
御伽噺の始まりでした。
『どうして・・・・・』
やみの中でだれかが泣いている。
『どうして・・・・・』
どうしたの?なんで泣いているの?
ワタシのこえは泣いているだれかにはつたわらない。
『どうして、あの人がいないの・・・』
あの人?あの人ってだれ?あなたはどうして泣いているの?
『寂しい・・・寂しいの・・・』
さみしい・・・・?どうしてさみしいの?だって・・・・だって・・・・あなたの側には……。
とつぜんやみがぎんいろのひかりにくるりと変わった。目をあけていられなくてワタシは両手でかおを隠した。
ひかりのなかからたくさんの声がワタシにむかってしゃべりかけてきた。
『お行きなさい』
『真っ白な魂と心で世界を見てごらんなさい』
『胸の中に銀の光を一筋抱いて』
『世界は貴女を祝福もして拒絶もしましょう』
『だけど忘れないで』
『貴女は幸せになるために世界にいるのだということを』
こえがワタシにかたる。ひかりがどんどんつよくおおきくなってもう目の前にひかりしかみえない。
『さぁ、ここからが貴女の始まり』
光がはじけて、そしてみたことのないせかいがワタシの前にひろがった。
波が打ち寄せる度に浜辺に倒れた少女を濡らす。動きやすそうな淡い色の着物を着た少女の波に濡れた銀色の髪が同じ色の光に照らされてまるで髪自体が光っているかのように見える。
目覚めない少女を起こすように夜風が一際強く吹く。
「うっ・・・・」
薄っすらと開いた瞼から覗くのは髪よりも空に浮ぶ月の色に似ている銀。その銀色の瞳がぼんやりと焦点を定めないまま周囲をみる。
ぼーとしたまま少女が起き上がる。波が座り込んだ少女を濡らしまた去っていった。
静かな夜の海。そらには銀の月。そしてその月を写し込んだような色を纏う少女。酷く幻想的な光景の中で少女はぼんやりと辺りを見渡した。
右を見る。延々と続く浜辺。左を見る。同じく浜辺。後ろを見る。どこまでも続く暗い海。下を見る。砂。
最後に上を見る。そこに浮ぶのは銀色の月。七番目の七月。
「せかい・・・・」
呟いて「はて?」と首を傾げる?自分で自分の言っている意味が分からない。
「せかい・・・?ここはせかいなの?」
考えてみるがわからない。
「ここは・・・・どこ?」
やっぱり分からない。
「なまえ・・・・・・ナナツキ」
これは分かった。ナナツキ。自分のこと。だけどそれ以外のことはどんなに頑張って考えても全然わからない。
ざざーと波がまたナナツキを濡らしていく。海水をすってすっかりと重くなった着物を見てナナツキは立ち上がった。波がまた打ち寄せる。だけどナナツキが立ち上がったからもう濡れなかった。
海を見てそして月を見上げる。ナナツキの小さな月が空の大きな月を見た。
『お行きなさい』
どこかで誰かにそう言われた気がした。
「いくの?」
聞いてみたけど誰かは答えてくれない。
だけど背中を押されたような気がしてナナツキはそっと浜辺を歩き出した。草履の底で砂が鳴るのがとても面白い。
海からも音がする。ざざんって繰り返し繰り返す不思議な音。最初はとても静かだと思ったのに気付くと沢山の音がナナツキを包んでいた。
「きゅきゅざざんざざん。きゅきゅざざんざざん」
なんだか楽しくなって自分も音を出したくて聞こえてくる音を真似ながらナナツキは歩いた。
「きゅきゅざざんざざん。きゅきゅざざんざざん」
ナナツキの周りには音があった。砂を踏む音。波の音。風の音。それらを聞いているとナナツキはとてもとても嬉しくなった。
どれぐらい歩いただろう?ナナツキの足が疲れてしまうぐらいの時間は経った頃。ナナツキの真上からばさりと知らない音が聞こえてきた。
「きゅきゅざざんざざん・・・・ばさばさ?」
知らない音に首を傾げるナナツキの足元が不意に陰る。
「おや、これは珍しい色をもつ童だね」
知らない音がまた一つ増える。それが声だと気付いたナナツキが顔を上げると銀色の月を背に真っ白い服を着て背中に黒いふわふわした大きなものをはやしている男の子が空中で面白そうに笑っているのが見えた。
「あなたはだれ?ワタシはナナツキ」
「ほほう。礼儀をわきまえておる童じゃな」
男の子は不思議な喋り方をした。背中の大きなふわふわが一回大きく動いた。男の子が履いた高下駄が地面に着く。気がつくと男の子がナナツキのすぐ側にいた。
「お主ナナツキと申すのか」
「うん。そうだよ」
「髪と目によおあった名じゃ。だが魂の色は無色じゃな」
男の子はナナツキの頭を撫でながらナナツキにはよく分からないことを言う。
「う~ん」と考えてみるけどやっぱり良く分からない。眉間に皺を寄せて考えているナナツキに男の子が「すまんすまん」と謝ってくれた。
なんで謝るんだろう?やっぱりよく分からない。
「童はどこに行くのだ?」
「どこ・・・・?」
「どこかに行く途中だったのではないのか?」
「どこか・・・・」
『真っ白な魂と心で世界を見てごらんなさい』
「せかいに行くの」
ぽつりと呟いた言葉に男の子が驚いたように目を大きく開く。その目を見ながらもう一度ナナツキは言った。
「ナナツキはせかいがみたいの」
そうナナツキは世界をみたい。そのために多分ここにいるんだ。そう理屈なしに確信できた。
そんなナナツキを男の子はまじまじと興味深そうに見る。そしてにやりと笑うとナナツキに手を伸ばし抱き寄せたかと思うと背中のふわふわを動かして空へと舞った。
「うぁ~~~」
突然の出来事に目を丸くするナナツキに男の子の楽しそうな声が響いた。
「世界をみたいか!そうかそうか!」
よくわからない。だけどふわふわした感覚は決して嫌いではないし空の上からみる海はとても綺麗でナナツキは嬉しくなって笑った。
「うん。せかいにいくの。せかいをみるの」
「世界は広いぞ。人の一生でも見きれないぐらい広く深い」
「そうなの?」
「うむ。そうじゃ。だけど人は世界を初めから知っておる」
「?どうして?ひろくてふかいのにさいしょからしっているの?」
「人もまた世界の一部ゆえに」
「いちぶ」とたどたどしく少年の言葉を繰り返すナナツキ。一部。せかいの一部。
「ナナツキもせかいのいちぶなの?」
「そうだ。だが一部ゆえに人は世界を知りたがる。知っているのに知らないことがたくさんあるそれが世界」
ちんぷんかんぷんだ。頭がぐるぐるする。波の音が遠ざかり風の音が強くなる。
景色が変わりナナツキたちのしたに街が広がる。その街を男の子はナナツキを抱えたまま通り過ぎていく。
「どこにいくの?」
「なぁに心配するな。昔馴染みの所に行くだけじゃ」
遠くに月に照らされた赤い不思議な形の何かが見えてくる。
「あれは何」
「鳥居じゃ」
鳥居を見つけるとばさりと男の子の背中に生えたふわふわが力強く動く。月明かりの中大きなふわふわから零れ落ちた小さなふわふわがナナツキの目の端を掠め、空高く飛んでいった。
手を伸ばしてももう、捕まえられない。
「小さなふわふわとんでいっちゃった」
ぽつりと呟くナナツキ。もうどんなに見ても小さなふわふわはどこにもない。
「降りるぞ。しっかりと捕まっておれ」
男の子の言葉と共に風の抵抗が急激に強くなる。
ぐんぐんと地面が近くなる。怖くてナナツキはぎゅっと男の子に抱きついた。
ぐんと抵抗を感じた。ナナツキたちを包むように大きなふわふわがぱたぱたと動く。ふわりと地面に降りた男の子が丁寧にナナツキを地面に降ろしてくれた。
「ここは・・・・・」
きょろきょろと見渡す。小高い丘の上。後ろを振り向けば先ほどまでいた海が鬱葱とした木々の間から見えた。
鳥居がある小高い岡の上。そこにナナツキと男の子はいた。
「少し歩くぞ」
「うん」
先に歩きだした男の子のあとをてくてくとナナツキがついて行く。
銀色のナナツキと同じ色と名前を持つ月が暗い山道を照らしてくれている。
「ツキ」
「うん?ああ、今晩は七月じゃな」
「ナナツキ。ナナツキとおなじなまえ」
「そうじゃな。お前さんと同じ名前と色をもつ月じゃ。明日は一月に戻るな」
「いちつき?」
不思議そうに首を傾げるナナツキに少年が月を見上げながら教えてくれる。
「世界の夜は七つ七色の月の光に染まるのじゃ。始まりは一月・紅。次に昇るのが二月・蒼」
少年が歌うように月の名前を口にする。
「三月・薄紫・四月は橙・五月は金・六月が緑でそして最後が七月・銀。世界の七つ七色の月」
最後の言葉が月夜に溶けていくのをナナツキは黙ってきていた。
「おつきさまはいろがまいにちかわるんだね」
ナナツキは他の月も見てみたいと思った。
きっとこの月に負けないぐらい綺麗なのだろう。
「はやくつぎのおつきさまのぼらないかな?」
わくわくと空を見上げるナナツキに少年は外見に似合わない酷く老成した苦笑を浮かべた。
「まったく普通に生きておれば夜はおのずとやって来る・・・おっと着いたな」
少年が足を止めたその先には森の中に建っているにしては少々立派なからぶき屋根の一軒屋。
少年は迷うことなく門戸を叩く。中から鋭い男の声が聞こえてくる。
「誰だ」
「わしじゃ」
「帰れ!今すぐ俺の家から消えうせろ!」
速攻でかえってくる罵倒。閉じられた扉越しでも分かるほどの拒絶と大声にナナツキは反射的に耳を塞いだ。
しかし少年はにこにこと男の声を無視して嬉しそうに引き戸に手を掛け一気に開こうとするが中から全力で阻止された。
内と外で力比べが開始された。
か~~~~んとどこからともなく鐘っぽいものが鳴る音が響いた。
少年のたーん。
「いやじゃなぁ~~そんな照れんでもいいじゃないかっ!」
渾身の力を込めて引き戸を引く少年。少女と見間違うほどの華奢な外見に似合わない怪力で半分ほど扉が開いて中から暖かい色の光が零れる。
か~~~ん。
中の人(男性)のたーん。
「消えろ失せろ現れるな!世界のどこに生息してていからそれぐらい我慢するから金輪際俺の前に現れるな消息も知りたくないっ!」
息継ぎもなく罵ると中の人が「のおおおおおっ!」と野太い気合を入れて引き戸を閉める。
開きかけていた引き戸が完全に閉まりかけていく。
か~~~~ん。
少年のたーん
「あははははっ!相変らず照れ屋じゃなぁ!」
がつっ!と閉まりかけた戸に足をねじ込ませる少年。
か~~~~~ん。
中の人のたーん。
「どけろ~~~~~~~!この厄病神!すみやかに回れ右してお空のかなたに飛んでいけ!」
徐々に身体までねじ込み始めた少年を中の人が必死に追い出そうとしている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
それらをただ傍観するしかないナナツキ。
ナナツキは少し考えてテクテクと引き戸に近寄る。
押し問答を続けている少年たちには構わずに引き戸を軽くノックする。
「こんばんは!入っていいですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
男二人が完璧に固まる。ナナツキは大人しく答えを待つ。
「あ~~~~~~~えっと・・・・」
「隙あり!」
「あ、てめぇ!」
中の人が油断した隙をついて少年が引き戸を思いっきり開く。
中には三十代半ばの気難しそうな男がばつの悪そうな顔で立っていた。
「ふっふっふっ!ワシを追い返そうなんて無駄なことを」
思いっきり隙をついたくせに偉そうにふんぞり返る少年。ずかずかと中に入る少年に疲れきった顔の男はもう止めはしなかった。
代わりに戸の外で大人しく立っているナナツキを見る。
ナナツキの銀の髪と瞳をみて少し驚いたが男は少年に対するものとは雲泥の差の態度でナナツキを中に招いてくれた。
「入りな。そこにずっと立っていた寒いだろ」
「うん。ありがとう・・・・あ。ナナツキはナナツキなの!」
「ナナツキ・・・これはまたぴったりというかなんと言うか・・・・・」
「七番目のおつきさまとおなじなまえなの!」
嬉しそうに笑うナナツキに男の顔はどんどん複雑そうなものに変わっていく。
「そんなに嬉しがる名前じゃねぇだろう。人間ならまず嫌がると思うが・・・」
「?なんで?おつきさまはあんなにきれいなの。きれいなおつきさまとおなじだからうれしいよ?」
「七月の女神さんの話を知らんわけじゃないだろ?なんでそんなことを言える」
「はなし?」
不思議そうに首を傾げるナナツキに男は信じられないという顔をした。
「七月の女神さんの話、知らないのか?」
首を横に振る。そんなのは知らない。ナナツキの記憶はほんとうについさっきから始まっていたのだから。
「ナナツキはナナツキの名前しかしらないよ。あの子にあうまでうみで一人きりだったの。めがさめたら波にぬれていたの」
その言葉を聞くなり男はナナツキの手を掴むと怒涛の勢いで家の奥に消えた少年を追って走り出す。
その勢いは凄ましく引っ張られているナナツキは軽く足が浮いていた。
「・・・・・・・・・・・天狗っ!てめぇ、この子になにしやがった!」
迷いなく男が開いた襖の向こうで勝手に用意したらしいお茶を啜っていた少年は突然の難癖にさすがに驚いて茶を吹いた。
「え?なんじゃ!問答無用でワシのせいかい!」
「他に誰がいる!こんな子供が記憶を失くすほど何をした!」
「なんもしとらんわ!珍しかったんで浜辺で一人おったのを拾っただけじゃ!」
「誘拐か!」
断定されて天狗と呼ばれた少年もさすがに顔を引きつらせる。
「違う!保護じゃ!保護!人聞きの悪いことを言うな!」
ぽんぽんとよくもまあ出てくると感心するぐらいの言い争いだ。
ナナツキは口が挟めない。
「お前はこんな聖人仙人なワシがそんなことをするように見えるのか!」
「見えるから疑ってんだろうが!っうか今までの自分の所業を棚に上げてよくもまぁ「聖人」だの「仙人」だのほざけたな!」
「ひどっ!ワシはこんなに慎ましく生きておるのにこの義弟は冷たい!」
「さむっ!嘘泣きは止めろ!気持ち悪すぎて吐く!確かに俺はお前の妹を嫁にもらったがお前のことを義兄とは認めてない!」
「あはははっ!どんなに否定しようが絆はきれんぞ!義弟」
「義弟いうな!」
完全にナナツキ放置。というか両人とも最初の問題点からどんどんずれていっていることに気付いていない。
無駄に内輪ネタないい争いは家の奥にいた男の妻(天狗の妹)が鬼の形相で止めに入るまで続いた。
囲炉裏を囲んでナナツキの横に座るのは天狗・・・・・朱華。正面に座る男はこの屋敷の主であり土地神(よくわからなかったがこの辺りの土地を管理している神らしい)であり本人は全力で嫌がっていたが朱華の義弟である野宮。
そしてその野宮の隣に座った二十歳そこそこに見える朱華と同じ黒いふわふわを生やした女の人が野宮の奥さんで朱華の妹である蒼華。
教えられた名前と関係をナナツキが小さな頭で必死に整理する間に蒼華と野宮の二人は冷たい視線を朱華に送っていた。
「信じられない・・・・・ナナツキちゃんが自分のこと何も分からず海水に濡れていることにも気付かずに連れまわしたの?」
「い、いや・・・・・その、無色透明の魂なんて初めてみて浮かれて・・・・」
「にいさま?」
「す、すまん・・・」
外見上は姉と弟に見える天狗の兄妹の力関係は明らかに妹の方が強い。しおしおとナナツキに頭を下げる朱華にナナツキはなぜ謝れるのかよくわからずぼけっと彼をみていた。
今のナナツキはお風呂に入れられていい匂いのする着物に着替えさせられていた。
気持ちのよい服の肌さわりは新鮮だった。
ナナツキは不思議そうな顔をして野宮の方をみた。
「どうしてしゅかはナナツキにあやまっているの?」
「どうしてって・・・・」
これには天狗兄妹だけでなく野宮も呆れて口を開いた。
名前以外のことを全て忘れた状態だったのにもかかわらず名乗りもせずにいきなり拉致された少女が言っていいせりふではない。
「ナナツキ。お前は天狗を怒っていいんだぞ?思う存分罵って嫌悪して罵倒して罵倒して罵倒してやれ。その権利がお前にはある」
ナナツキの肩を掴んで野宮が怖い顔でそう言い聞かせてくる。それに朱華が口を尖らせて文句を言っていたが誰も取り合わない。
「まぁ、にいさまが馬鹿なのは今更だからいいけど」
「蒼華。さりげに馬鹿の部分を強調してはおらんか?」
「あら、気のせいですわ。にいさま」
にっこり否定する蒼華。
というか馬鹿そのものについて否定はしないのか朱華。
「ワシ、兄なんじゃが」
「私の兄を名乗るなら性格直して身長を越してからにしてください」
にっこりと笑う蒼華。だがその背後に漂う空気は迫力に満ちている。
「ワシ・・・兄なのに・・・・・」
いじけ出した朱華に外見要素を除いても兄の威厳はない。
「で、結局なんでナナツキをうちに連れてきたんだ?」
「え?珍しいからお主らにもナナツキを見せてやろうと・・・・・」
「大馬鹿決定」
「なぬ!ランクアップした!」
ぱぁと何故だか顔を明るくする朱華。背中の翼がばっさばっさと動く。その翼を思い切り顔にぶつけられた野宮が顔を顰める。
「喜ぶな!むしろらんくだうんだ。これは」
外つ国の言葉混じりになにやら訳のわからないことになっている兄と夫を無視して蒼華は今だに着物を珍しそうにあっちこっち引っ張ったり撫でたりしているナナツキに向き直った。
「ナナツキ」
「なに?」
「貴女、この家で私たちと一緒に暮らさない?」
その言葉に野宮と朱華の動きが止まるが反対の声はあがらない。常識的にもナナツキの外見的に考えてもそれが一番いい案だからだ。
自分たちのような土地神や天狗などのアヤカシや神ならナナツキの外見にたいして何も含むものは持たないが人間に見られた場合まず間違いなく迫害されてしまう。
銀の女神に通じる色を持つ少女など人に受け入れられるはずがない。
そんな三人の思いに気付くはずのないナナツキはこてんと首を傾げる。
「くらす・・・?いっしょに?しゅかとそうかとのみやで?」
「天狗は除けて、だ」
「酷いっ!」
「うるさいですわよ!ごほん!見ての通り賑やかを通り越してうるさいぐらいですけ家は広いし遠慮することはないですわよ?」
ぱちくりと大きな瞳が瞬きをする。言われた言葉の意味を考えているようだ。
そんな彼女の銀色の髪を撫でてやりながら蒼華は優しい慈愛に満ちた表情を浮かべた。
「私たちの家族になってくれない?」
「かぞく・・・?かぞくって、なに?」
不思議そうにそう聞き返してくる幼子のようなナナツキに蒼華はもとより野宮も胸を衝かれた。
家族と言う言葉の意味さえもこの子は知らないのだ。
無色透明の魂。
朱華が言っていた意味がようやく分かった。
この世に生きる全ての魂は色を持つ。それは自分で見つけたり他から染められたりするがどの魂も自分だけの色で己の魂を染める。
だがナナツキにはそれがない。
この子が喪ったのは記憶だけではない。
己を染め上げていたであろうその魂の色まで喪失してしまっている。
無色透明。それは何者にも染まっていない魂。言い換えれば何者にも染まりうる不安定さを抱え込んでいるといえる。
蒼華がナナツキを抱き寄せる。腕の中でナナツキが驚いたようにこちらを見上げてきていた。この子が人の世の害意に晒されたことを考えると蒼華は恐ろしくなる。無色透明の魂はその
害意に耐え切れず遠からず破滅へと向かうだろう。
濁りきった魂はそれだけで容易く災いに堕ちていくものだから。
「そうか?どうしたの?くるしいの?」
腕の中の幼子が心配そうに蒼華を見詰めている。
魂の色を失っても少女は優しさは忘れていないようだ。
その小さな身体をしっかりと抱きしめながら蒼華は護ろうと決めた。
この誰よりも不安定な魂が自分の色を見つけるまで側で護り見守ろうと。
ナナツキは野宮と蒼華の娘になった。
「部屋が殺風景すぎるわね。必要なものは明日市に買いにいきましょう。あ、今日からここ
がナナツキの部屋よ」
案内された部屋をナナツキはそっと窺う。普段からちゃんと掃除してあったらしく部屋には
チリ一つ落ちていない。黒い漆塗りの文机と鏡台が一つあるだけで結構殺風景だ。
きょろきょろと物珍しそうに鏡を覗き込んだり文机をまじまじと見るナナツキを布団を引き
終えた蒼華が苦笑しながら引き離す。
襟をつかまれきょとんとするナナツキだったが蒼華から渡された夜着が何なのか分からずに
首を傾げた。
「そうか、この着物なに?」
「なにって・・・夜着よ」
「よぎ?」
「そうよ。寝るときはこの服に着替えて寝るの」
「ふ~ん。そうなんだ。じゃ、きがえる」
慣れない手付きで服を着替えるナナツキ。夜着を着て布団に入ると蒼華が灯を吹き消す。ふ
ぅっと辺りが一瞬暗くなり障子越しに銀色の光が部屋に満ちた。
蒼華は枕元に座るとナナツキの髪を優しくすいてくれる。ナナツキの目が眠そうに瞬いた。
「そうか・・・・」
「なに?」
「ナナツキはせかいをみるの・・・」
「世界を?」
「うん。あのね。だれかがいったの。世界を見てごらんなさいって・・・だからせかいをみればわすれたこともきっとおもいだすよ・・・・」
「そうね。きっと思い出せるわ」
同意するとナナツキは嬉しそうに笑って頷いた。その瞳が閉じられる。
「うん・・・・あのね。そうしたらね・・・・きっと・・・・あえるんだよ・・・ふりむいてくれるんだ・・・・こんどこそ、なかないで、くれ・・・る」
徐々に声が小さくなり最後には寝息に変わった。
最後の方は途切れ途切れでよく聞き取れなかったがナナツキが「世界をみる」ことに拘って
いることは十分伝った。
「眠ったか」
「ええ。ぐっすりと」
虚空から現れた夫はそっと畳に降りると眠る少女を覗き込む。
「本当だな。なんだかんだで疲れていたんだろう」
「ええ」
寄り添いながら少女を見守る夫婦は本当にナナツキの親のように見えた。
朝日が眠るナナツキに降り注ぐ。
「まぶし・・・い」
何がそんなにまぶしいのか分からないままナナツキが目を開ける。窓の障子越しに光が部屋
に差し込んでいてナナツキは驚いた。月の光じゃない。淡い月の光とは違いこの光はとても強
い。
恐る恐る窓を開けて外を見ると風景が一新していた。
闇が消えてる。
まず真っ先に思ったのがそれ。続いて色が違うことに気付いた。部屋の中も外も見える色が
全然違っている。
空を見ると透き通るような青。そして月の代わりに力強く輝くのは・・・・・。
「たいよう?」
その光にいま自分が朝を迎えていることに気付いた。
太陽をみる。月となんて違う輝きなんだろう。
そして同じぐらい綺麗だとナナツキは思った。
「ナナツキ?起きているの?」
「そうか?」
返事をすると襖が開いて蒼華が顔を覗かせる。夜着姿のまま窓を開けて外を見ているナナツ
キに苦笑いを禁止できない。
「まったく・・・起きたら服を着替えなさい。枕元に置いてあったでしょ?」
言われた通り目をやれば確かに丁寧に畳まれた服が置いてある。
「きがえるの?」
「夜着は寝るときだけよ」
「うん。わかったきがえる。あ、忘れてた。そうか」
「なに?」
「おはようございます」
ぺこりと頭を下げて挨拶したナナツキに蒼華はぺしりと自分の額を叩いた。
「おはよう。うっかりしていたわ。ごめんなさい。あいさつし損ねてた」
そう言って蒼華も頭を下げる。誰であろうとも礼儀を通し悪いと思ったら潔く頭を下げるこ
とが出来る。それが蒼華という女だった。
「着替えたら顔を洗って朝ごはんにしましょう」
着物に着替え教えてもらった場所で顔を洗って言われたとおり悪戦苦闘しなんがらどうにか
髪も櫛で整えたナナツキが居間に行くと仏頂面で座り込む野宮とそんな彼に楽しそうにちょっ
かいを掛けている朱華がそれぞれの膳の前で胡坐をかいていた。
「おはよう」
声を掛けると野宮の仏頂面が消えて穏やかに「おはよう」と返してくれる。朱華も手を挙げ
て挨拶してくる。ナナツキは手招きされるまま朱華の隣に用意された膳の前に座る。
膳の上には焼き魚やホウレン草の胡麻和え冷奴などが既に用意されている。
「あ、ナナツキが来たわね。それでは朝ごはんにしましょうか」
割烹着姿の蒼華が手際よく汁椀に味噌汁を盛り付け各自に回った所で朝食になった。
「いただきます」
全員手を合わせて合掌する。
「いただきます」
それを見てナナツキが一拍遅れてそれらを真似る。
赤い箸を手にとってどれから食べようかと真剣に悩む。焼き魚もおいしそう。だけどホウレ
ン草の胡麻和えも捨てがたい。でも、真っ白なごはんも。それをいうなら味噌汁もひややっこ
も。
本来はもっと簡単な言語で悩んでいたが意訳をすると概ねこんな感じ
のことがナナツキの頭の中で討論されていた。
じっと真剣な顔で膳を睨むナナツキに知らず知らずの内に他の三人も食事の手を止めて成り
行きを見守ってしまう。
空中に止まっていた赤い箸がぴくりと動く。
ごくりと生唾をのむ観客。
ナナツキの目が一点に定まる。「いく」と全員が思った。赤い箸が迷いなくホウレン草の胡麻和えを掴みそれがそのままナナツキの口に運ばれる。
ぱくっ、もぐもぐ。ごくん。
「おいしい!」
にぱーと嬉しそうに笑うナナツキに保護者も血の繋がらない叔父(共に一日目)が揃って安
堵の息を洩らした。
「ナナツキ。お代わりはあるから遠慮せずにどんどん食べなさいね」
「うん!ありがとう。そうか。ごはんとってもおいしいよ」
「あらあら、ご飯粒が頬についているわよ」
「ふぇ・・・?」
くすくすと笑いながらあれこれとナナツキの世話をしてやる蒼華の姿はどうみても母親にし
か見えない。
そんな仲むつましい女性陣に対して男性陣は非常に仲がむつましくない空気をかもし出して
いた。
正確には片方が非常に嫌悪感もあらわにした拒絶の姿勢でもう片方はそれを知っていながら
チョッカイを出しているという図だった。
「仲がいいねぇ・・・本当の親子みたいじゃなぁ・・・・・」
「親子だろ?ナナツキは俺らの娘になったんだしな」
「うんうん。ところで野宮気付いておるか?」
「何をだ?」
「お主たちの娘ってことはナナツキはワシのめ・・・」
「お前は俺の家族とは縁と所縁があっても他人だ」
「そんな力一杯わけのわからん断言せんでも」
「うるせぇ!俺が朱華と結婚する時にてめぇがしたこと俺は一生忘れんぞ」
「ああ、「あれ」ね。別に悪気があったわけじゃないから許せ」
「許せるか!しかも悪意はあっただろうが!あれのせいで結婚式が伸びた上に危うく婚約破棄されるところだったぞ!」
一体彼らの過去になにがあったのか・・・それは彼にしかわからない。
「ふぉふぉ!縁と所縁があるなら十分身内じゃ!」
「お前を常に俺はこの世から消し去りたい」
虚ろな顔でそういう野宮。こいつさえいなかったら絶対に絶対に過去に巻き込まれた厄介事
及び心労は激減していたはずなんだ。
だが残念なことにどんなに切望したとしても叶うことはない。
土地神である野宮はそれなりに力のある存在だが北山の大天狗と言われる朱華の方が力が上
なのだ。力も年齢も経験も全て向こうが上。自分が勝っている所なんて性格の良さぐらいだ。
野宮は生まれてまだ五百年ほどなのに対して野宮は齢数千とも言われる大妖。そこらの神よ
りよっぽど強い力を有している。
「ふふん。ワシを目障りだと思うのならワシより強くなるんじゃな」
自慢げに腕組をして野宮を見下す少年(姿だけで中身老人)はとてもじゃないが大妖には見
えない。
「いつか絶対に排除してやる」
「ふふふっ!できるかのう~~?」
男二人が険悪空気の側で
「そうかそうか。みそしるもおいしいよ!」
「そう?ありがとうナナツキ」
女二人楽しそうに盛り上がっていた。