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ねた的な小説  作者:
17/28

魔物と魔術師

黒い髪・黒い瞳・地味な黒いローブに無骨で飾り気のない杖。

それがハーツ・レインという少女を表す言葉だった。

色素の薄い人間が殆どのこの大陸でハーツのような黒い髪と瞳は異質だったし顔立ちもどことなく周囲の人間とは違う。

どう見ても異邦人の風貌をしているがハーツ自身、自分がどこから来たのかはわからない。

 

彼女は捨て子だった。


記憶もなくただ冬の海辺で一人泣いていたところを周囲の住民に保護されたのだ。

その時彼女を見つけてくれた老人は好々爺と言われる外見に似合わない力強さで彼女を抱き上げてこう言ってくれた。

 

『お前さんいく所がないのならワシらの家族にならんか?』

 

うっかりと頷いたら家に連れて行かれてわらわらと出てくる人間の数にハーツは物凄く驚いた。

好々爺・・・おじいが捨てられたり行く当ての無い人間を放っておけないために家族が増えていったのだということを後から聞いてハーツはあきれたものであった。


不意に浮んだ仲間の顔にハーツは泣きたくなった。


かつんと彼女が歩く音が回廊に響く。

今、ハーツがいるのは大陸中から魔術の才を持つ子供達が集められる育成機関。

 

「魔術学校」

 

そのものずばりの学校名だが今のハーツにはこの世のなによりも恨めしく憎らしい名前だった。

この大陸では魔術が盛んである。王家に保護され魔術師の育成に力を入れている。そのため魔術の才がある子供は「拒否権」なくその才能を伸ばすために魔術学校へと入れられる。

ハーツも魔術の才を認められて連れてこられた子供の一人だ。

大抵の人間なら魔術学校に入れると言われると喜ぶ。魔術師はこの大陸では花形の職種であり一生安泰だからだ。

だが、そう思わない人間も居るわけで。

殆ど無理矢理家から連れてこられたハーツとしては「魔術師」なんてなる気はない。それどころかさっさと見切りを付けられて家に帰りたいとすら思っていた。

魔術学校は才能を重視する。そして魔術師は王宮に仕えることも要職につくこともある。そのために容赦のない振るい落としがなされ、才能のないものはどんどんと学校から姿を消していくのだ。

 

「かえりたい・・・・」

 

ぎゅっと杖を握り締めて唇を噛締めた。

十三歳のハーツにとって他人との共同生活も他者から向けられる外見への好奇の視線も苦しいものだった。

故郷ならそんな目で見られることはない。田舎で人の心もあったかくて皆ハーツを奇異な目で見たりなんてしなかった。

そう思った途端、堪えきれないぐらいの寂しさがこみ上げてきてハーツは足を止めて俯いた。

 

「うっ・・・・」

 

必死に嗚咽を堪える。熱い涙がぽろぽろと頬を零れていくのを感じて慌てて手で拭った。

 

帰りたい。帰りたい。

 

次の授業があるのは分かってはいたがもう耐えられなかった。

ハーツは向かうべき方向に背を向けてがむしゃらに走り出した。

自分がどこに向かっているのかなにをしようとしているのかわからない。分からないままハーツは走り続けた。

走って走って気が付くと校舎の裏手に広がる森にいた。

暗く鬱葱とした森は静かでそれだけに不気味だった。

鳥の声もなにもしない。ただ風に揺れる梢の音だけがハーツの耳に入ってきた。

 

「森・・・」

 

不意に教師が言っていた言葉が脳裏に蘇る。

曰く、森には近寄るな。森には「魔物」がいるから。

ぞっと氷の棒を背中に突き刺された気がした。

 

「な、んで・・・」

 

がくがくと震える体を必死に奮い立たせながらハーツは教師の言葉を思い出す。

 たしか、森には魔物がいる。下級生の自分たちでは自衛できないぐらいの魔物が。だけど人避けの結界が張ってあって入ることはできないはずだ。近寄るなというのは万が一を考えてのことであったはずなのに・・・・今、ハーツは森の中にいる。

 

「どう、して・・・・」

 

ぎゅうと縋るように杖を抱える。

どうしようどうしようとそればかりが頭に浮んだ。

 

「帰らないと・・・」

 

兎に角このままここにいるのは危険すぎるとようやく悟りぎくしゃくと動き出したハーツをあざ笑うように事態は動いた。

 

「帰るのか?」

 

闇を凝縮したような声が絡むようにハーツの足を止めた。その声を聞いた途端にハーツは完全に固まった。

振り向かなくても分かる。いま、自分の後ろには魔物が立っている。

しかも未熟者の自分でも分かるぐらいの強い力の気配を感じさせる魔物が。

 

「あ・・・うぁ・・・・」

 

与えられる圧迫感が凄さまし過ぎて体の自由はおろか悲鳴さえも上げられない。

 

「お前、魔術師の卵か?あの結界をすり抜けるとは大した才能だな」

 

くくっと喉の奥で笑う魔物が楽しそうに近寄ってくるのが分かって体がますます強張る。恐ろしくて目を閉じた。

 

「最近の人間は黒い髪なのか?俺の知っているのは薄い色のやつが多かったぞ。肌の色も少し違うな・・・・」

 

目を閉じたせいで余計に相手の気配に敏感になる。今、前に回りこまれて向けられた視線を感じた。

ひんやりとした手がまるで確かめるようにハーツの降ろしっぱなしの髪を撫で頬に触れる。

冷たい温度を感じさせない手が頬をなぞり瞼に触れ唇をなぞる。

怖くて目が開けられない。

ただ触れられるたびに心の奥底にまで触れられているような気がした。

冷たい指先が再び髪に戻りゆっくりと撫でた。

 

「黒い髪か・・・長い間生きてきたがここまで真っ黒な人間は初めてみたな。さわり心地がいい」

 

魔物が手を動かすたびに彼の手から髪が零れ落ちていくのがわかる。魔物はよほど彼女の髪が気に入ったのか飽きもせずに零れた髪を掬う。

 

殺される。

 

きっと髪だけ残して自分は殺されるのだとそう、ハーツが確信しかけた時、唇に温かい吐息を感じて思わず彼女は目を開けた。

初めに飛び込んできたのは紅。

血のような炎のような鮮やかな紅が吐息さえ感じられるほど近くでじっと自分を見ていた。

目が逸らせない。その瞳に吸い寄せられる。

宝石のような紅のその奥にまで吸い込まれそうな気がした。

何かを自分に刻み込まれそうで恐怖した。なのに逸らせない。

 

「お前は・・・・」

 

声を聞いて初めてこの紅の瞳をもつ人が魔物だと気付いた。

魔物は紺色の髪に紅の瞳をもつ美貌の青年の姿をしている。

人の形をとれる魔物は上位。しかもここまで美しい姿をとれるのならかなりの力の持ち主だとハーツでもわかった。

 

「おもしろい」

 

にやりと魔物は笑った。

その笑みに何か恐ろしいものを感じて反射的に離れようとしたハーツの腕を易々と捕まえると無理矢理抱き寄せる。

 

「いやっ!」

 

抗うハーツを簡単に押さえ込みながら魔物がハーツの無防備にさらされた首元に顔を埋めた。

今まで感じたことのない感触にハーツの全身に鳥肌が立つ。死に物狂いで暴れようとしても彼女を捕らえる魔物の腕は振り払えない。

 

「こわい・・・・いや・・・・!」

 

触れ合った所から何かが注ぎ込まれていく。それはハーツに刻まれ束縛してく。

目の前が真っ赤になる。注ぎ込まれた何かはあまりにも強大で異質でハーツの全身がそれを拒絶をしていた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

注がれるものに対してハーツのもつ受け皿はあまりにも小さすぎた。

意識が遠のいていく。真っ赤な瞳を刹那捕らえそしてハーツの意識は闇に沈んでいった。

 

次に目覚めた時、少女は知る。己に刻まれた見えない証を。

 

誰にも気付かれてはいない。だけどはっきりとわかる。自分はあの魔物のものだという印を身体と魂に刻み込まれたのだと。


 

森の中をハーツは五年前のように一人歩いていた。

 

腰まであった髪をばっさり肩の辺りで切りそろえ、顔つきも大分大人びてきていた。三年の月日が子供だった彼女を大人へと変えていた。

あの日、森に迷い込み魔物と出会った時。彼女は意識を失い気が付くと寮の近くで倒れているのを人に発見された。

そして巧妙に隠された自身の変化に気付かされた。

魔物は自分の気に入ったものや人に己のものだという所有の印をつける。それは決して目には見えないが魔物同士にはわかるらしくつけた者より力のあるものでないかぎりちょっかいを出せない代物だ。


あの魔物はハーツを自身の物と定めた。


ぎゅうといつの間にか手に馴染んでいた杖を握り締める。

三年かかった。

必死に知識を吸収し技を磨いてきた。

この所有印を解かせる為に。

あの日以来近寄りもしなかった場所にやってきたハーツはゆっくりと森の奥を目指す。

確信があった。

今日、自分はあの魔物と再び合間見える。

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