クロス×クロス
阿鼻叫喚。ぐだぐだ。地獄絵図。駄目大人の見本市。
出来立てほやほやの料理が盛られた大皿を運ぶアリエルの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
「さけもってこ~~~~~~い!!」
「えぐえぐえぐえぐ。それでね。あのね。うぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「俺の酒がのめねぇってのかぁ~~~~~!!」
宴会会場のあちらこちらから聞こえてくる笑い声泣き声怒鳴り声。
共通項は全員が酒に飲まれまくっていること。
酒に飲まれている駄目大人の集団の全員がそれぞれの世界で「神」と呼ばれる存在であるだなんて信仰している者達には決して見せられない醜態である。
醜態を見せていないのはアリエルのように人間から神に転生した肉体は神、魂と記憶が人間か元々が人間で様々な事情により神の寿命と力を得たもの達ばかりだ。
後はそれぞれの神に仕えるために眷属になった者たち。
酔っ払い駄目大人の集団と化しているのは例外なく生粋の生まれつきの神たちだった。
神の威厳、どこいった。
全体からすれば圧倒的に数の少ない常識人たちは駄目な神の世話にてんやわんやであった。
そしてその中でも料理がすこぶる上手い稀有な人材であるアリエルは宴会料理の一切を取り仕切る羽目になっていた。
(まぁ、慣れたけどね。この他次元合同(ただしご近所さんに限る)神の集会という名の宴会には)
本来の目的は神々の集会。定期的に行われる崇高にして知的な会議の場………というのを隠れ蓑にした神様の憂さ晴らし宴会である。
とある事情で地上での暮らしを余儀なくされていたアリエルだったが無事天界にも復帰しここ最近の集会には参加している。
というかアリエルの料理に胃袋をがっちり掴まれた神々が不参加を認めなかったというのが真実だが。
綺麗に食べつくされ、飾りのパセリすら残っていない大皿と出来立ての料理の載った皿を取り替える。
待ってましたとばかりにあちらこちらから箸やらフォークや手が伸びてきてもう何百回目ともしれない乾杯が行われた。
「うめぇ~~~~アリエルちゃ~~~~ん!我のところにお嫁にきてぇぇぇぇ~~~~」
「嫉妬深い奥さんが怖いのでお断りします」
「そんなつれない………ごめん!奥さん!!違う!浮気じゃない!!え、そんな言い訳聞かない?ちょ、まっ、お皿にそんな利用方法はな………ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ほくほくしておいし~~~~これお芋のグラタン?うちじゃ見ない品種ね」
「あ、それは隣の次元の豊穣の女神と共同で開発した新種なんですよ。よかったら苗をお分けしますよ?」
「本当?やった!うちの世界農耕がいまいち発達しないのよね~~~」
「アリエル~~酒のつまみが足りないぞ~~~~~!」
「美の女神様。飲むのはいいですが脱がないでください。ナイスバディが丸見えで免疫のない若い神が軒並み前屈みになってますから」
「あら。やだ。でもわたくし生まれた時は真っ裸だったからこれぐらいどってことないわ~~~~酒もってこ~~い。ついでに若い神は脱げ~~~きゃははは!!」
料理を運ぶ度にあらゆる世界の神に声をかけられ絡まれるがそれらを上手く捌きながらアリエルは台所と宴会場を行ったり来たりを繰り返していた。
神の眷属である小天使や小悪魔や精霊や式神なんかも忙しく辺りを飛び回る。
「アリエルちゃ~~~~ん。俺、なんか辛いものが食べたい」
「サッパリしたシャーベットお願い。オレンジ味」
「我はタラスパなるものを所望する」
「酒だ酒!!日本酒焼酎ワインにビール全部もってこ~~~~~い!」
駄目大人たちは好き勝手に食べたいものをリクエストしてくる。最終的には眷属たちが小さな羽根を駆使してあちらこちらで注文を書きとめ、厨房に伝えるという一種のレストランのようなやり取りに落ち着いてしまっていた。
「だぁ~~~もう!!人手も足りないのになんで好き放題に食い尽くすかなあの神たちは!!」
とたたたたんとリズムカルな包丁の音を響かせながらアリエルは注文をどんどん捌いていく。
「これ混ぜて。あと君はこれを冷やして。ああ、貴女はタラスパを盛り付けて持っていって」
テキパキ指示を出していくアリエル。宴会は五日間行われ、今日が三日目。あと二日もこの騒動が続くのかと思うといくら料理人とはいえ荷が重く感じてしまう。
神だからこの重労働に耐えられるが普通の人間だったらダウンしていることだろう。
いいか悪いかは別として。
「はい!餃子とたこわさできたよ!!」
たたんと湯気を立てる焼きたて焼き餃子と水餃子山盛りとたこわさの盛られた小鉢数十鉢を並べさて次の依頼はと注文表に目を通したアリエルは少し眉を顰めた。
「ティティル茸の料理ならなんでもって………やばっティティル茸確か………ああ、やっぱり切らしてる」
全世界から取り寄せた食材を保管していた倉庫は宴会開始前はギュウギュウに詰まっていた食材はものの見事に減ってしまっている。ティティル茸はとある世界固有の茸で類似したものすら他の世界にはない非常に貴重な食材である。香りはよく舌触りもいい。味はまろやかで食べたものは皆、美味さのあまりしばし喋ることすらできなくなるといわれている幻の珍味。
採りつくさぬように人間はおろか神の間でさえも協定が結ばれている。そのため今回の宴会でも提供されたのティティル茸はごくわずかであった。しかもずいぶん前にリクエストがあって使ってしまったのだった。
「アリエルさま。どうしますか?」
給仕役の小天使がパタパタと可愛らしい翼を動かしながら聞いてくる。小天使の頭を撫でながらアリエルはさて、どうしたもんかと考える。
神は基本、自分大好きである。自分の要求が通らないと途端に不機嫌になる。
個人の差にもよるがへそを曲げると大抵ろくなことが起きない。
はぁ~~とため息を吐いて、アリエルは一つの決心をした。
「仕方がない。女神様に許可をいただいて少し、取りに行ってみるわ」
『え~~~~~?ティティル茸が欲しい?え~~~~~、今回の宴会に必要な分はちゃんとあげたじゃない?え?追加?ど~~~しようかなぁ~~~~』
大分酒が回っているティティル茸の生息地である世界の女神はホワホワした口調でう~~んう~~んと考え込む。その間にも酒杯は放さない。
『う~~ん。それじゃ~~~量はこれだけでもう追加はなし』
ようやく許可がでてほっとする。それぐらいの条件は当たり前なので飲むつもりだ。
『あと、この『キラメキ★シューティー♪』の第一期シューティーレンの変身衣装を着て、映像を取らせてくれたらいいわよ』
女神が笑顔で出してきた服を見た瞬間、世界が凍りついた音をアリエルは確かに聞いた。