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ねた的な小説  作者:
13/28

花は誰がために咲き誇る?

彼にとって世界は退屈なものだった。

世界を変えることも容易い甚大な力を持ちながらも彼は飽いていた。

胸に巣くう虚無感を埋めるものはなくただ彼は無為に時を過ごしていた。

ほんの一時だけ彼の虚無感を埋めるものを見つけたがそれらも長いときの中に埋れてしまった。

だから自分を召喚しようとする気配に気づいた時、とても彼を呼び出せるほどの力量の持ち主ではなかったのだが気紛れを起こしてそれに応じた。


「なにを望む?そして何を代価に支払う?」


なんでもよかった。

ただ、この倦んだ心を紛らわしてくれるものならなんでも。

彼を呼び出した人間は最初、呆然としていたが徐々に事態を飲み込んだらしく毅然とした態度で彼と向き合った。

豪奢なドレスに傲慢な空気を隠すことなく纏った豪奢な美女だが異形である悪魔と対峙している緊張感は隠しきれていない。

恐怖に揺れる瞳にだけど飽くなき権力への執着心が見え隠れしているのが分かって彼は内心溜息をついた。

 

「我が子に王座を」

 

お決まりの権力争いか。彼は嘲るように哂った。


そういえば大陸のどこかの国が王位争いしていたなと思い出しどうでもいいとすぐに忘れた。

追い詰められた人間が取る行動など大体決まってくる。

 

人外の存在・・・・・つまりは自分に取引を持ちかけて己が望む未来を引き寄せようとする。

 

彼はフワリと浮かび上がり女の顔を覗きこんだ。

女はごくりと息を飲み込むと手に持つ手鏡を彼に見せた。


「そして代償は・・・・この娘を」

 

女の手に持つ古い手鏡。その鏡は魔力を持っているのか軽く光っている。

そして揺らぐ鏡面に一人の娘が映し出された。

見慣れぬ服を纏ったまだ年若い娘だ。

楽しそうに笑う。

娘を見ていると不意に花の香りが彼の鼻先に香った。


「異界に住む娘。甚大ではない魔力を持つ。偶然にあっちとこっちがこの鏡で繋がったことで見つけた。この鏡があればお前なら時空を渡りこの娘を連れてくることすら容易かろう」

 

呼び出した人間がなにやら言っていたが彼は余り聞いていなかった。

目は鏡に写る少女に釘付けになっている。

甘く香る花のような魔力。無尽蔵とも思える魔力も確かに魅力的だ。手に入れて喰らえばどれだけこの身に力が満ちることか。だがそんなことよりも目を惹くのは、彼の心を捉えるのは。

耳に蘇るのは時に埋れてしまった人の子の言葉。


『いつか・・・貴方の心の虚を埋める人が現れるよう祈っています』


儚げな笑みの中にだけど確かな強さを秘めた顔と何の邪気の無い娘の楽しそうな少女の笑顔が重なった。

不思議なほどその笑顔に惹きつけられる。

 

「いいよ」

 

娘から目を離さずに彼は呟いた。

 

「契約を了承する。願いを叶える代わりに彼女を僕に」

 

この日、悪魔が一つの花に酔った。

そして花は己が花であることも知らず固い蕾のまま日々を過ごしていた。


遠い遠い時空すら超えて花は咲き誇る時を待つ。




うちは一人見知らぬ森を走っていた。一体どのぐらい走り続けたのだろうか制服はあっちこっち破れ、何度も転んだせいで泥だらけだ。

 「

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

息が上がってくる。いくら剣道で鍛えているとはいえ無尽蔵に体力あるわけじゃない。

心臓の音がうるさい。

身体中から悲鳴をあげている。うちに足を止めろ。休めと繰り返し訴えてくる。

だけどうちは足を止められない。


逃げないと!


それだけを考えてうちは暗く道のない森を一人走っていた。

背後に気配を感じてうちはびくりと身体を振るわせる。

 

「やぁ・・・逃げるのはお終い?」

 

艶のある青年の声がすぐ側で聞こえてきてうちは恐怖のあまり気を失いたかった。

 

「終わりなら・・・ねぇ、分かっているよね?」

 

ぞわぞわと背筋に悪寒が走る。

 

逃げろ。逃げないと。

 

捕まったら、もう、逃げられない。

 

視界の端に腕が見える。ゆっくりと焦らすようにうちを抱きしめようとする手。

立ち止まったことで身体中の疲労が一気に襲い掛かって来る。

駄目だ。指を動かすのさえ辛い。

 

「きみは僕のものだよ?」

 

ああ。駄目だ。

 

きつく目を閉じる。

首筋に刻まれた「印」がぽぉっと熱を帯びて熱い。

恐怖と諦めがうちの中に満ちる。


捕まる。

 

そう思った途端、うちはその場に蹲ってあいつの腕をかわした。

伸ばされた腕が宙を抱く。

 

「おや?」


とぼけた声にうちは地面に手をついてそれを軸に相手の足に足払いをかけた。

視界の端で男の纏う衣服がはためくのが見えた。

考えるよりも早く身体の方が先に動いていた。


敵は動かなくしろ!

 

脳裏に点滅するその言葉に従って体勢を崩した男に強烈なドロップキックを喰らわせるとうちは脱兎の如く逃げ出した。

 

もう駄目だと思った。だけど・・・・・だけど・・・・・。

 

「負けてなるものかぁぁぁぁぁぁ!!」


喉が張り裂けんばかりの怒号をうちの口が発していた。

生まれ持った性格。家族友人知人にあまねく認識されたうちの最大の長所にして短所が極限の状態において発揮された。

 

『空前絶後の負けず嫌い』


そう、負けたくない。その一心だけでうちは限界だった体を再び走らせることに成功していた。

 

どうしてうちがこんな追いかけっこをする破目に陥っているのかそれを語るには少し、時間を戻す必要があった。

 

村田奏(むらたかなで)。性格は他に類を見ない負けず嫌い。そして希に見るおばか」


親友よ。容赦の無いコメントありがとう。お礼にいじけてやる。


あっちこっちに擦り傷やら引っかき傷をつけながら反省文に向かううちを親友は入学してからゆうに学内外年齢性別問わず五十人以上の人間から告白された美貌を大判振る舞いして貶してくる。こいつのファンなら悶絶もんだろうがうちはうれしくねぇ~。

 

「普通、するかね。年頃の、女が。取っ組み合いの喧嘩を」

 

ううっ!そんな心底呆れたような口調で言わなくてもいいじゃないか。

大体原因はお前だぞ!竜崎(たつざき) (その)!怖いから口には出さないけどね!


「うん?なにかな?その「お前が原因だ」と言わんばかりの恨めしげな瞳は?」

 

しまった!顔に出た!

 

ニコヤカな顔で人の頭を拳骨でぐりぐりするなぁ!本気で痛いって!

苑は顔も頭もよくて家も大病院を経営するお金持ちのおぼっちゃんだけど残念なことに性格だけはよろしくない。

普段は猫を被って隠しているけどこいつの性格は非常に宜しくない。親友でこいつの悪事を見ていた(え、片棒をかづいていたんじゃないのかって?いやいやそんな馬鹿な)うちが言うのだから間違いない。


「だって!苑がうちばかりに構うから苑のファンの敵意が全部こっちに来たんだよ!」

 

そうなのだ。うちが反省文を書く原因となった暴力事件を起こした原因は苑につれなくされたファンの怒りの矛先が向いたからだなんだ。

うちは悪くない。正当防衛だ。というか五人がかりで囲まれたら取りあえず反撃するよね?

 

「お前の場合は過剰防衛だろう・・・・。五人全員を泣かせたのはどこの誰だ」

 

だってあれぐらいで泣き出すとは思わなかったんだと言い訳してみるが視線が泳ぐ。

 

「お前は普通の基準から大きく外れているから自分を基準に考えるな」

 

どういう意味だ!それは!

 

「そのままの意味」

 

むきぃ~~!

 

「まぁ、相手にも非があったということと俺の口添えがあったおかげで反省文で済んでいるだ。よかったじゃないか」

 

「苑。さり気無く恩着せがましい言い方だよ。それ」

 

カリカリと反省文を書きながら思わず突っ込むとにこやかに頭を叩かれ、その衝撃でシャーペンがシャと反省文の上に一直線に線を引いた。ううっ!容赦がないぞ!

苑とは中学の頃からの付き合いだがこいつに懐かれた(玩具にされているとは思いたくない)うちのスクールライフは滅茶苦茶だ。

女子からは敵視されるか苑に近づくためにワザと仲良くしようとするかの二極化だし。

男子はどんな理由かうちを避けるし。

おかげで苑以外とはろくな交流がない。

あ、考えれば考えるほどこいつがいなければうち、結構幸せだったんじゃない?

 

「え、なんだい。「苑に出会えてうち幸せ」といわんばかりの顔は」

 

ど阿呆!誰がそんな顔しとるか!

 

頬を引っ張られてじたばた暴れるうちに生暖かい視線を向けてくる苑。

 

「痛い!」

 

「ぷっ・・・!変な顔!」

 

「あんたが変にしたんでしょうがっ!」

 

こいつはこいつはこいつはぁぁぁぁぁ!

 

ムカムカが頂点に達するよ。本当に。

苑がうちの頬から手を離すと女のように白くてキレイな指で机の上の反省文をこつこつ叩く。

早く終わらせろってことかい。というか誰も待ってくれなんて言ってないのに・・・・。

 

「奏?」

 

またしてもうちの顔から考えていることを読んだらしく麗しいだけど盛大に何かドス黒いものを含んだ笑顔を向けてくださった。

 

こえぇ!

 

苑殿下の機嫌を損ねてはいけないと曖昧な笑顔を浮かべ猛スピードで反省文に向かう。

悲しいかな苑と出会ってからこの手の文章はイヤというほど書かされたので悩むことはなく文章は思い浮かぶ。

暮れていく夕日の中でうちの動かすシャーペンの音だけが教室に響いていく。

 

「奏」

 

「?なに?反省文ならもう少しでかきおわ・・・」

 

「お前さ誰かと付き合わないのか?」

 

「・・・・・嫌味ですか?」

 

顔、十人並みですよ?性格・感性ほぼ男に近いうちですよ?

自慢じゃありませんがあんたと違ってうちには出会いも縁もありません。ええ、ありませんとも!

一人僻むうちに苑がにやりと笑ってうちの頬を指で軽くついた。

 

「その様子じゃ相手がいねぇな」

 

心底人の不幸を楽しむな!

 

ぷにぷにとつく指をうちは容赦なく跳ね除けた。

 

「わかるなら言うな!虚しくなる」

 

ああ~~やたら滅多に顔のいい親友を持つと変なところで凹む。

うちの嘆きに気付いているのかいないのか苑は優雅に足を組み直すと(そうこの男教室で優雅に足組んでやがった!誰もいないからだけど)じっとうちを見た。

 

「な、なに?」

 

心持ち身を引いたうちに苑は無表情に口を開いた。

 

「お前さ・・・・・」

 

苑の声のトーンが変わった。うちの姿を写す切れ長の綺麗な瞳が切なげに揺らめいたのはうちの気のせいだろうか?

妙な空気に心臓がどきどきする。

切なげな瞳のまま苑は一言。

 

「むかつく」

 

場の空気、凍りつきましたよ?主にうちを中心にして。

あはははっ!うちの無駄に脈打った心臓に謝れ!

なんだ。何?いきなりむかつくって何よ!

 

「ちょっ!苑!いきなり喧嘩売ってる・・・・・」

 

売るんだったら買うぞ?と苑をにらみ付けて、ふと背後から吹き付けてきた風にうちの髪がなびく。

って・・・風?

どうして風が吹く?教室の窓は全部閉まっているのに?

不思議に思って振り向こうとしたうちを背後から誰かが抱きすくめた。

 

「へっ?」

 

間抜けな声が口から出た?

うちをしっかりと抱えるように白い服をきた手が腰に回って・・・・

って!誰!?なに?何事!?

痴漢!痴漢なのか!変質者!嘘!うちに?人生初なんですけど!どう対処したら!

頭が混乱も混乱。大混乱中のうちの耳に腰も抜けそうなほどの美声がうっとりと囁く。

 

「・・・みつけた」

 

ぞわっ!

 

背筋を何か薄ら寒いものが駆け抜けたよ!

やばい。なんかわかんないけどこのままじゃ、やばい。

わけの分からない警報がうちの頭の中で木霊していたけど身体は何故だか全く動かない。

凍りついたように腕の中に閉じ込められていた。

背後にいる変質者(?)は動かないうちをいい事に首に・・首に!

 

「のぁっ!」

 

まことうちは女らしくない悲鳴を上げてしまった。

だって!だって首、首にこいつが!

キスしやがった!

首に触れられた生々しい感触に完全に硬直してしまったうちをまるでいたぶるように変質者はゆっくりとした動作で口を離す。

 

「っつ!」

 

一瞬首に痛みが走りうちは小さく叫んだ。

手で思わず押さえてしまううちの耳元で変質者が満足そうに微笑むのが分かった。

 

「これで、きみは僕のものだよ」

 

うぁ、最悪。本物のあれだよ。

 

硬直しつつも内心失礼なことをぼやくうちの耳元をぶんと何かが掠める。


「おっと」

 

男がうちごと移動して避けたのはナイフのように投げ付けられたシャーペン。

 

「・・・奏から離れろ」

 

怒り心頭の苑殿下。あんたうちに当たったどうする気だ!

憤慨した目線で睨んだら食い殺さんばかりの目で睨まれた。


ひぃ!美形が怒ったら怖いよ!

 

変質者に囚われたままうちは意識を飛ばしたかった。

っうか飛ばしていい?

うちが恐怖で半ば気絶しかかっている間に男二人は睨みあいに突入していた。

 

「ふふっ。いいねその顔。焦り、怒り、嫉妬。僕の好む感情だ」

 

苑を見ながら本当にうっとりとした声でそんなことを囁く変質者。

うぁ・・・気持ち悪いよ。

そんな変質者に馬鹿にされたと思ったのか苑の顔がますます険しくなっていく。

ああ、あれは怒っている。全身全霊をかけて観測史上最大の怒りだよ。

苑殿下の怒りにうちが魂を飛ばしている間に男たちのバトルは白の一途を辿っていた。

 

「もう一度言う。そいつに触れるな!」

 

「断るよ。だって彼女は僕に捧げられた「贄」だからね。それに印もつけた。誰が何を言おうと事実は変えられない」

 

くすくすと笑いながら変質者が訳のわからないことを言う。

 

にえ?

 

聞きなれない言葉が飛び出したぞ?

呆然としているうちに男がうちを抱えたままとんと床を蹴る。

フワリとその身体が浮いた。

 

「うぁ!嘘!」

 

何のマジックだ!うちと変質者は天井近くまで浮んでいるではないか!

 

「なっ!」

 

うちは思わず声を失った。

それだけでも驚きなのに更にうちらの背後にブラックホールみたいな穴が空中に突如として開いていたんだ。

何なのこの事態は!常識を綺麗サッパリ無視し過ぎだよ!

 

「奏!」

 

「苑!?」

 

伸ばされた手に反射的に右腕を伸ばす。

ギリギリまで伸ばされた手の先が微かに触れた。そう思った時、衝撃がうちを襲う。

身体の中をぐちゃぐちゃにされるような細胞の一つ一つを無理矢理作りかえられているような気持ち悪さを感じる。耐え切れずうちは思わずうめいてしまう。

 

「くぁ・・」

 

気持ち悪い。

意識が保てない。

手の先に感じた温もりがもう、感じられない。

 

「奏!」

 

意識を失う寸前、うちに覆いかぶさってくるブラックホールもどきと悲痛な顔でうちを見る苑を確かにみた。


熱い。首がぽぉっと熱を持っている。

まどろみの中にいるせいか頭が上手く働いてくれない。無意識のうちにシーツを掻き寄せて胎児のように手足を縮める。

熱い。何かとても熱い。

何これ?うちどうしたの?

確か、教室で苑にいじめられつつも反省文を書いていてそれで・・・変質者に・・・・。

 

「~~~~~っ!そうだ!」

 

全てを思い出しがばっと起き上がったうちは自分が寝かされていた部屋に驚かされた。

 

な、な、なによ。この豪華絢爛なお部屋は。

 

いつだったかテレビで見た西洋のお姫様のお部屋みたいだよ。

大きな天蓋つきのベットに見るからに高そうな家具。

寝ていた私に掛けてあった毛布だってすごく手触りよくて高そうなんですけど・・・・。

 

「え?なに?一体何がどうなって?」

 

落ち着け。落ち着けと深呼吸していたうちを背後から誰かが抱きしめる。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


フラッシュバック。意識を失う前の光景が脳裏に蘇りうちは力の限り叫んだ。

 

「うぁ!驚いた」


背後から物凄く聞き覚えのある腰砕けになりそうなほどのいい声が聞こえた。

ぎくしゃくと後ろを振り向く。

 

「うん?」

 

真っ先に目に付いたのは赤い目。血のように赤くはっと目を惹かれるほど色合いをもった目。

うちは息を飲んだ。

年は二十歳前後。黒い髪を無雑作にたらし古い物語に出てくる神官が着るような白い装飾性のない服を身につけているため一見性別を匂わせないがうちを抱きしめる腕は確かに男性のものだった。

うちの人生で一番の美形は悔しいことに苑だったがこの男の容貌はそれ以上だった。

人とはとても思えない。

恐ろしいぐらいの美というものをうちは初めて見た。

 

「カナデ?」

 

慣れた手付きで男がうちの髪を梳きながら口を寄せてきた。

うちを抱き寄せると軽くつむじに口付けを落とす。満足気に指先が髪から頬に下りた。

 

「どうした?」

 

「こ、ここは・・・・」

 

「うん?」

 

「ここは、どこ?」

 

混乱の最中にその質問が出来た自分を誉めてやりたい。

 

「ここ?ここは僕の家」

 

逃げ腰になっていたうちを問答無用で抱きしめる男。うぁ~~~~!

真っ赤になってじたばたするしかないうち。

 

「そ、そ、それじゃわからない!地名、地名をプリーズ!」

 

くすくすと笑い声が耳に届く。男はうちの髪を一房持ち上げるとそのまま唇で触れて見せた。

途端、羞恥心でうちの顔が真っ赤になる。

その顔に男がにやりとまた笑う。

お、面白がられている!絶対に面白がられている!

きっと睨み付けるが相手に笑い返されてとっさに視線を斜めに流す。ううっ!美形はずるい!

 

「わ、笑うなら!笑うといいさ!」

 

自棄だ。こうなったら自棄!と叫ぶうちを男が更に強くぎゅっと抱きしめる。

 

うぎゃ~~~~!

 

「可愛いな~~~カナデは~~~~」

 

すりすりとうちに擦り寄りながら男はそんな赤面もののセリフを言ってくる。

 

は、恥ずかしい。

 

行動も言葉も恥ずかしすぎるぞ。この男!

 

「嫁入り前の娘にむやみやたらに抱きつくな!耳元で囁くな!心臓がもたない!!」

 

じたばた暴れてもくそ、外見は優男のくせしてビクりともしやがらない。

 

「アリバドール」

 

「へ?」

 

「場所の名前。知りたかったんでしょ?ここはアリバドールっていうんだよ」

 

「アリバドール?」

 

鸚鵡返しに呟いてみるが聞き覚えの無い名前だ。

どうやら考えていることが顔に出ていたのだろう。男が酷く面白そうに目を細めるとうちの顔を覗きこんできた。

ただでさえ近かった距離が一気に縮まる。いまはもうキスしても可笑しくないほどの距離だ。

至近距離でみた男の顔はやっぱり人間離れした美貌だった。

普通人の顔って近くでみればみるほどしみやらなにやら見つかると思うのだけどこいつの場合近くでみても欠点が見つからない。

白い陶磁のような肌にはしみなんてないし赤い瞳は宝石のように美しい。

本当に美しいものっていうのは性別をあまり感じさせないのだとうちは初めて知った。

だけど見惚れているばかりにも行かないのでうちは思いついた疑問を相手にぶつけてみる。

 

「アリバドールって・・・国の名前?」

 

どう見ても周囲の空気が日本って感じがしないので恐る恐るそんな言葉をうちは口にしていた。

 

もしかしてうち国外に拉致された?

 

だけどきょとんとした男の顔にうちは自分が結構的はずれなことを言ったのだと悟り自分の早とちりを恥じた。 

な、なんだ。ここ日本か。あはは。うちなにを変なこと・・

 

「いや?世界の名前。この世界カナデからすれば異世界ってことかな?異世界 アリバドール」

 

へ?異世界?

 

な、なにやらいきなりファンタジーな香りが漂ってきましたよ?

よほどうちは呆けた顔をしたのだろう。男はぶほっと噴出してそのままベットに腹を抱えて転げた。


し、失礼な!

 

「なに笑っているのよ!失礼な!」

 

笑い転げている男にうちは思わず顔を真っ赤にして怒鳴ってしまうが男は一向に笑いを引っ込めようとはしない。

 

くっそ~~~!何か悔しいぞ!

 

「わ、笑うな!」

 

じたばたと暴れるうちをようやく笑いが少し治まったらしい男が起き上がって抱き寄せる。

優男の癖にうちを抱き寄せる腕は問答無用で抵抗すらできずにうちは男の腕の中にいた。

ぽんぽんとまるで子供をあやすように頭を撫でられよけいうちの逆鱗が逆撫でられた。

 

「むきぃ~~~~~!子ども扱いするなぁ!っうか何がどうなってるのかきっちり説明しなさいよぉ~~~~~~~!」

 

「はいはい。カナデが落ち着いたらね」

 

「誰が落ち着かなくさせるのよ!」

 

うちが怒鳴っても怒っても男はくすくすと楽しそうに笑う。

ぎゅうっとうちを大切に抱きしめている。

異性に抱きしめられているっていうのにうちは何でだかあまり警戒心が湧かない。

どうしてだろう?

見知らぬ男。しかもうちを拉致した疑い大の男にどうしてもうちは大した警戒心を抱けない。

まぁ、怒りやら怒りやらは盛大に抱けるんだけどね。

 

「あんたさ・・・・」

 

開きかけた口を男が指で押さえられてうちは目を見開いて固まった。

ひっ!本当にやる奴いたんだこれ!

しかし普通の男がやったら寒いだけの行為が人外美貌の持ち主がすると物凄く様になる。などと変なところで感心してしまったうちの唇から指を外すと男が少し怒ったようにうちのオデコを弾いた。

 

「っう!」

 

「あんたなんて他人行儀。ルフェって呼んで欲しいな」

 

痛い!今のはものすごく痛かった!

涙目で睨んだがどこ吹く風と無視された。

こ、こいつ苑並に性格悪いな!

って・・・そうだ苑は!

 

「苑!苑はどうなったの!」

 

襟首引っ掴んで詰め寄るうちに男・・・・じゃなかったルフェが心底嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 

「知らないよ。あんな君を独り占めしていた男のことなんて」

 

し、知らないって・・・そんな・・・・

 

「無責任なっ!」

 

苑どうなっちゃったのよ!うちの記憶は変なブラックホールモドキに飲み込まれるところまでしかないんだからしっかりその後の展開を教えてよ!

 

「ルフェ!」

 

強く名前を呼ぶと心底渋々といった様子ではあったがルフェは教えてくれた。

 

「僕の転移の術に巻き込まれていたからこの世界にはいるはずだよ」

 

心底どうでも良さそうなルフェの答えにうちは目眩を感じずにはいられなかった。

それって・・・・今現在苑は事情も分からずに異世界を彷徨っているってことだよねぇ!

やばいじゃん。

 

「苑をここに連れてきてよ!」

 

「いや」

 

咄嗟にでた言葉は即答で断られた。

 

「なんで!」


「反対に聞きたいね。どうして僕があいつを助けてやらなきゃいけないんだ?」

 

迷いのない口調に本気でルフェがそう思っていることが伝わってくる。

どうでもいい存在だと・・・苑が・・・うちの親友が・・・このまま傷ついたり苦しんだり・・・場合によっては死んでしまうかもしれないのにそれら全てをルフェは一笑の元で叩き切ってみせた。

 

「苑はうちの親友だよ」

 

腹は黒くて迷惑かけられっぱなしだけど。

ルフェは何も言わない。ただただふて腐れた子供のようにそっぽを向いていた。

それに構わずうちは続けた。

悔しいけどこの訳のわからない状況で頼れるのはこいつしかいない。限り無くこいつが元凶っぽいけどいまはこいつの力に縋るしかないのだ。

 

「苑を助けてよ・・・」

 

正直にいうとうちは状況をあまり理解していなかった。

常識外の出来事に自分で思うよりもずっとずっと頭が混乱して精神的に非常に不安定だったのだ。

異世界に連れてこられたというのも実は半信半疑。

ルフェがなんか普通じゃないのだけは薄々感じてはいたんだけど・・・。

 

「助けて、か。ねぇ、カナデ?どうしてあいつのことでそんなに必死になるの?」

 

ぐらりと視界が傾いていく。

あれ?と思ったときには背中にふんわりとしたベットの感触。

そして仰向けに倒れたうちにのしかかるようにルフェが腕を掴んで覗き込んできた。

さっきまでふて腐れていた顔が今は冷たい表情を浮かべてうちを見下ろしている。

状態にかその表情にかうちの心臓の鼓動が早まった。

 

「君は僕の「贄」なのにどうして他の奴を気に掛けるの?」

 

ルフェがうちの頬を撫でながらそんなことを囁く。

その声は甘い。まるで恋人にでも愛を囁いているのか言いたくなるぐらい甘いのにどうしてだろう、うちは恐怖以外感じない。

 

「ルフェ?」

 

名前を呼ぶと彼は不意に口の端を上げて酷薄な笑みを刻む。

 

「ねぇ、カナデ・・・どうして僕が君をこの世界に連れてきたのかその理由を知りたくはない?」

 

秘密を囁くようなルフェの言葉にうちは目を丸くする。その様子にルフェは満足したようにくすくすと笑った。

 

「君は・・・僕に捧げられた贄・・・なんだよ」

 

「にえ・・・?」

 

「そう、贄・・・生贄。君を僕という悪魔に差し出す代わりに自分の子を王様にするための力を貸して欲しい愚かな母親の欲が君を悪魔に差し出した」

 

くすくすとうちの耳元でそれだけ囁くとルフェは身を離してうちの喉に指を這わす。

 

「契約は果たされた。悪魔は・・・僕は力を貸した。だから今度は僕の番。カナデを貰ったんだ。ちゃんと僕のものだという印もつけてね」

 

綺麗に出たねと満足そうなルフェにうちは初めて自分の身体に異変が起きていることに気付いた。

脳裏に浮んだのは首筋に落とされたキスとその後の痛みや熱さ。

 

「ルフェ。・・・うちの首に何をしたの?」

 

「印・・・花の痣ができている。安心してとっても綺麗だし害はないよ」

 

頭が再び混乱してきた。

なにやらうちの知らない間に首にでっかい花の痣が出来取るらしい。

しかもうちがルフェに拉致られた原因はどうやら赤の他人に勝手に生贄指名されちゃったかららしい。それになにやらさらりとこいつは自分のことを「悪魔」とか言わなかった?え、何?本当にここは異世界?それにその話を全面的に信じるなら苑って本当の本当に巻き込まれただけ?無関係じゃん。あいつ。

 

ぷち~~~~~~~~~~ん!

 

そこまで考えて頭の中で盛大に何かがぶち切れた。

今まで感じていた混乱やら恐怖やら困惑やらは全部ひっくるめて怒りに転換された。

 

「ふっ・・・・・・・・・・ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

怒りは怒号となってうちの口から発せられた。

 

「うぁ!」

 

ルフェが驚いた拍子に腕の拘束が緩んだ。即座にうちはルフェから逃れるとベットから飛び降りて彼から距離を取る。

 

「カナデ」

 

「うちは・・・うちたちは誰かの都合のいいコマじゃない!」


頭の中が真っ赤。胸の中では怒りやら情けなさやら心細さやらが渦巻いてどうにもならない状況だった。

ぽろぽろと涙まで出てくる始末。かなりみっともない醜態を晒していたが怒りが全てを陵駕しているうちはさして気にならなかった。

 

「贄?悪魔?契約?そんなことうちには関係ない。うちはうちのものだ。誰かの勝手で振り回されてたまるか!ばかっ!」

 

感情的になって喚きたてるうちにルフェが呆然としている。

だけどうちは怒っているんだ!心底怒っているんだ!絶対にやめてやらない!

 

「大体うちだけならともかく苑まで巻き込むな!無関係だろうがあいつは!」

 

うちはびしりとルフェに指を突きつけてこう宣言する。

 

「うちはうちだけのものだ!他人の勝手な思惑に振り回されると思わないでよ!」

 

指を突きつけられていたルフェはしばらく唖然とした表情を浮かべていたが徐々にその顔に浮んできたのは・・・・笑い、だった。

 

「は、はははははっ!」

 

心底、心の底から可笑しそうに笑っていた。

な、なんで?一連のやり取りのどこに爆笑を誘う要素があったのよ?

ルフェは本当に楽しそうに笑っている。なんだか段々、馬鹿にされている気がしてきたぞ・・・。

むすっーと唇を尖らせるうちにルフェが目元に溜まった涙を拭いながら近寄ってくる。

むむっ!それ以上近寄るな!

がううっ!と威嚇するとぴたりと立ち止まる。むっ!立ち止まったのはいいけどなんか顔が笑っているよこいつ。

 

「カナデ」

 

「なによ!」

 

「カナデは俺の贄だよ。印もつけたし」

 

「そんなのうちが知ったことじゃない!」

 

熱を持つ痣を手で押さえながらうちはそう言ってやった。そうだうちは贄なんかじゃない。

険しい顔で睨んでやっているのにルフェは怯えもせずに逆にとっても楽しそうだ。

 

「カナデ。ゲームをしないか?」

 

楽しげに提案するルフェの顔は子供のように無邪気だ。そしてその無邪気さが逆に怖い気がする。

 

「ゲームって・・・なにする気よ」

 

うちの言葉にルフェの笑みがますます深くなる。

 

「おにごっこ」

 

「はぁ?」

 

異世界にも鬼ごっこってあるんだ~~~。じゃなくて!

 

「なぜに鬼ごっこ?」

 

「単純に勝負が決するから、かな。ねぇカナデ。僕と賭けをしょうよ。僕が君を捕まえたら君は僕のもの。君が逃げ切れば君は自由。さぁ、どうする?」

 

突然ルフェがそんなことを言い出した真意をまず疑う。

だけど・・・・無視しきれない魅力がその申し出にあるのもまた事実だ。

 

「うちが勝ったら苑と会わせてくれる?」

 

「いいよ」

 

「うちらを元の世界にも還してくれる?」

 

「逃げ切れたら、ね」

 

ううっ・・・勝った場合のご褒美がよ過ぎだよ・・・。これは迷う。

だけどこいつ自分のこと悪魔だとか言っていたし、なんか人外の力を使われてあっさりと捕まりそうだ・・・・。


「鬼ごっこにうちから何個か条件を出してもいいなら、賭けに乗る」

 

「条件?」

 

ルフェは楽しそうに腕組をして壁に背を預けていた。

 

うちの様子を心底楽しんでいるな。こいつ・・・。

ルフェは放っておいてうちはなんとか頭を働かせて条件を連ねる。

 

「まず第一に時間を決めよう。・・・・一日はきついから・・・半日はどう?」

 

「僕は特に異論はないよ」

 

「じゃぁ、決定で。次の条件は鬼が自分の足以外使わないこと」

 

「?どういうこと」

 

「えっと・・・うちを捕まえるのに魔法みたいな力は使用禁止。自分の足でうちを追いかけること!」

 

「・・・・・ふ~ん。面白そうだね。いいよ」

 

「次は・・・・・・」

 

「次は?」

 

「せかすな!えっと・・・えっと・・・・」

 

あ~~~~!何かありそうだけどうちじゃ思いつかない!

なにか大きな落とし穴がありそうな気がするけどどうもあとの条件が思いつかなかったうちは「ない」って言ってしまったんだよね・・・。

 

「うん?それだけでいいの?だったら賭けは成立ってことでいいね」

 

にやりと笑うルフェに否が応でも不安が湧いてくる。

なに。なにかうちとんでもない選択をしてしまった!

 

「だったら勝負を始めようか。制限時間は日が落ちきるまで」

 

ゲームスタート。

 

こうしてうちは文字通り人生(本人に了承は取れなかったが苑のも)を掛けた一世一代の大勝負に打って出ることになった。



そして話は冒頭へと戻る。

 

(危なかった危なかった危なかった~~~~~~!)

 

全力疾走しながら先ほどの危機に心底肝を冷やしてしまったうちは内心でこの言葉を繰り返していた。

実は先ほどのような危機は初めではない。何度か追いつかれその度に反撃をして突っ走って逃げているという具合なのだ。

というかあいつの体力と勘のよさはなんだ。どんなに引き離してもすぐにこっちの居場所を突き止めてくる。

魔法は使ってない・・・・・はずだよね?

心に湧いた一欠けらの疑惑のせいで断言できない辺り相手のことを信用できてないな・・・。

しかしこの森、一体どこまで続いているんだろう。走っても走っても果てが見えない森にうちはいささか薄気味悪いものを感じていた。

 

「はぁ・・はぁ・・・・きつ・・・・」

 

ほとんど立ち止まることなく走り続けてきたうちだったけど身体の方が持たない。大きな木に背中を預けるとそのままずるずると座り込んでしまう。

心臓はばくばくするし酸欠で息が上がってしまっている。

 

「日没までは・・・まだ、時間がある・・・」

 

鬱葱とした木々の合間から見える太陽はまだ高い位置にあった。

 

(自信はないけど・・・・三時から四時ぐらいの間かな?)

 

単純計算で日没まであと二時間はある。

ずっとここで休んでいたいけどあまり長いこと一箇所に留まっていたらあっという間に見つけられそうだ。

 

「よい、しょ・・・」


疲労が残る体に鞭打ちながら立ち上がると再び森を彷徨う。

ずたぼろの姿だ。こんな格好苑にでも見られた日には指さされて笑われるね。

 

「はは・・・その前にちゃんと再会できるかな・・・・」

 

逃げ切ればうちの勝ち。だけど負けてしまったら苑を助けられないばかりかうちの自由さえなくなる。

諦めるつもりなんてないけど・・・疲労でつい思考が悪い方へと向かうのをとめられない。

 

「生贄っていってたけど・・・うちやっぱり殺されるのかな?」

 

ルフェはどうみても人間にみたいに見えたけど本人曰く悪魔らしいし・・・。本やゲームなどで半端に齧った知識で生贄=死みたいなイメージがあるためかどうにもいい気分にならない。

でも、ルフェの態度からすると殺す・・・っていうのはなさそうだなぁ・・・。

のろのろと歩きながら他愛のないことに意識を飛ばす。そうでもしないと疲労で動けなくなりそうだ。

 

「ルフェはうちをどうするつもりなんだろう・・・・」

 

出会ってからのルフェの態度を思い返す・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

まさか・・・・。え、そんなことは・・・。

 

思いついた考えは自分の容姿とか性格とかを考えると絶対にありえないものなのでうちは笑って誤魔化した。

 

「あははは。ないないそんなこと」

 

あはは・・・と乾いた笑いもすぐに途切れてしまう。

 

「ない、よね?」

 

ルフェがうちをその・・・・ねぇ?

 

「恋人とか妻とかもしくは愛人とか?あははははっ!似合わねぇ!ないない十人並みの顔にあんな美形の食指が動くはずないって」

 

うん。ない!絶対にない!

無理矢理自分に言い聞かせていると水音が聞こえてきた。

うん?近くに川でもあるのかな?

そういえば走りっぱなしで喉がからからだ。

うちは水音を頼りに歩き出した。

 

「川だ・・・・!」

 

茂みの向こうに流れる川を見つけてうちは思わず感嘆の声を上げてしまった。

思えばこのへんてこな事態に巻き込まれてから殆ど飲食してなかったようち。

川に駆け寄って手で水を掬いとる。水は綺麗だし魚も泳いでいるから身体に害はない・・・はず。

そっと水を口に含む。今まで飲んだどんな飲み物よりもおいしかった。


「ふぁ!生き返る!」

 

麦酒を飲んだ世の男性の気持ちがよ~~~く分かる!

あ~~ペットポトルか何かあれば水を持ち歩けたのに・・残念。

ついでに顔とかも洗おうとして水面に写る自分の首筋が目に入る。

 

「これ・・・・」

 

 

『印・・・花の痣ができている。安心してとっても綺麗だし害はないよ』


うちの首筋には鮮やかな花の形をした痣が刻み込まれていた。

首の左側一杯にあるから相当目立つ。

痣はうちの見たことのない花の形をしていた。

悔しいことにルフェの言った通り綺麗だとうちも感じてしまう。

 

「これが・・・印?」

 

刺青とは違う。これは痣だ。ルフェがうちにつけた・・・。

 

「って。ちょっと待て。これはあいつがうちにキスしたときについたのか?」

 

そいえばあの時、軽い痛みのようなものを感じた。

 

「うぁ~~~~。本気で所有印だ~~~」

 

正直、イヤだ。

 

これが自分にさえついてなければもっと素直に綺麗だなって思えるんだろうけど今はうちを縛り付ける厄介なものとしか思えない。

うちは苛立ちのまま水面に乱暴に手をつける。

水面に写っていた全てが揺らいだ。

そのまま全部揺らいでなかったことになればいいのに。

揺らぐ水面を見ながらそんな有り得ないことをついうちは考えてしまった。



夕日が沈もうとしている。

その最後のそしてもっとも強い夕焼けの紅の中でうちはルフェと対峙していた。

荒い息をつきながらもじっと睨み付けるうちにルフェは余裕の表情でうちに近づいてくる。

馬鹿にしているのか一歩ずつゆっくりと。

 

「・・・・・っ!」

 

近寄ってくるルフェから必死に逃げようとするが疲れきった体は言うことを聞いてくれず自分でも舌打ちしたくなるぐらい緩慢な動きしかできない。

 

「来るな!」

 

叫ぶしかできないうちをルフェはひどく嬉しそうな顔で距離を詰めてくる。

あれだよ。獲物を追い詰める猛獣の目だよ。今にも舌なめりしそうだよ!

どんとうちの背中に大木の幹が当たる。

日が沈む。最後の夕焼けの光さえも闇に消えていこうとしている。

ルフェの手がうちの頬に伸ばされる。

抗おうとするのに手も足も鉛のように重くてただうちはその場に座り込むしかなかった。

 

「カナデ・・・」

 

勝利を確信しきった顔でルフェがうちに触れようとしている。

捕まれば賭けはうちの負けだ。


もう、駄目なの?足掻くことすらできないの?

 

体力はとっくに尽きて気力もそこをついた。

動かない体に涙が出そうなぐらい悔しかった。


うちは・・・・・・・・・!

 

かっ!と身体中が熱くなる。

 

「うちは・・・・諦めない!」

 

体力気力が尽きたら次は根性だ!

 

夕日が沈んでいく。闇が忍び寄る。だけど・・・うちは足掻くんだ!

きつい眼差しで睨みつけるうちの目には何か水がたまっている気がしたけど気のせい。

荒い息でうちに伸ばされた手から逃れようとするが限界をとうに超えた身体は緩慢にしか動かない。

日が最後の光が消えていく。

細い橙色の光が最後とばかりに辺りを染ていく。


いやだ。いやだいやだいやだいやだ!!


わけの分からないことばかりで自分の意思なんて全部全部ないがしろにされて親友とも引き離され、知らない世界で生きることなんて受け入れられない!!


「いやだぁ!!」


感情が暴走した。それと同時に身体の奥の奥。私も知らない何かが囁く。


『抗うのなら全てを………』


かぁっと灼熱の熱さが体中をめぐる。耐え切れなくなって崩れ落ちる私の視界が白に覆われる。


『………っ!!………デっ!』


驚愕の表情を浮かべたルフェの姿が脳裏に焼きついたまま私は一瞬の浮遊感と共にその場から消え去った。




空には満天の星。風は穏やかに吹き潮風を人に届ける。果ての見えぬ大海原を行く一艘の船の上で一人の男が空を見ていた。

年の頃は二十歳前後。黒い髪と瞳。そして象牙色の肌をした一目でこの辺りの人間ではないとわかる風貌をしていた。

だがなによりも目をひくのは彼の容姿。

性別を間違えそうになるほどの美貌の持ち主は首の辺りで結んだ黒髪を潮風になびかせながら切なげに溜息をついた。

 

「どこにいるんだあの馬鹿は・・・・」

 

忌々しそうに呟かれた声には焦燥と辛さが隠しきれていない。

彼の瞳を見れば浮かべる表情を見れば探している人物がどれほど彼の心を占めているのか間違えようがない。

潮風が青年の頬を撫でる。

 

五年前、彼は大切な少女と離れ離れになった。

 

あの時、自分はどうして伸ばされた手を掴めながったのだろうか。

喪えないと分かっていたのに。

異郷に迷い込み生死すら不明の少女を彼は探し続けていた。

幸いにも彼自身は医学の心得があったことと生来の頭の回転の良さに加えて運も味方して居場所を確保し探し人の探索を続けることができている。

だが、この五年全くと言っていいほど手がかりがない。

 

「・・・・どこに、いる・・・・」

 

自尊心が強く弱みなど作りたくはない自分のたった一つの弱点。

側にいないことがこんなにも辛い。

五年前まで当たり前のように側にあった笑顔が見れない。

あの憎まれ口が聞けない。

心底、参る。

離れて初めて実感した。

自分の人生はあの少女がいないと途端に色を失くすのだと。

 

 名前を呼んで欲しい。抱きしめたい。そばに、居て欲しい。


「どこに、いるんだ・・・・・奏!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!」

 

青年に答えるかのように少女の悲鳴が夜の海に木霊した。

反射的に顔を上げた青年が見たのは空から降ってくるこの世界では珍しい。だけど彼にとっては懐かし過ぎる服を纏った少女。

というか顔に見覚えがありすぎた。

 

「か、奏っ!」

 

すっとんきょんな声を上げた青年の目の前で空から降ってきた少女が甲板に積んであった荷物に激突した。

がっちゃんという盛大な音が夜の静寂に響き渡る。

慌てて近寄るとやはり想像通りの顔が目を回して気絶していた。

見慣れた制服。短い黒髪。気の強そうな十人並みと本人信じきっている顔。

五年前と全く変わらぬ姿をした十五歳の村田奏との突然の再会に五年ほど年月を重ねた竜崎苑はとりあえず諸々の疑問は全て置き去りにして力の限り探し続けた少女を腕に抱きしめた。


 

地面が揺れている。

まどろみの中でうちは「地震」?と首を傾げた。

ああ、逃げないと・・・・でも緩やかで気持ちがいい・・・・・。

まどろみから抜けず再び惰眠を貪ろうとするうちを引き戻すかのように頭の上から不機嫌そうな美声が降ってきた。

 

「おいこら。起きろ」

 

「む~~~~~」

 

「む~じゃない!起きろ。相変らず寝汚い女だな!」

 

頭から被っていた毛布をひっぺかされそうになるのをうちは全力で阻止する。すると苛立った声で毛布を引っ張る力がさらに強くなった。

 

「奏!」

 

「うっさい!もうちょっと寝かせてよ!苑の馬鹿!」

 

折角人が気持ちよく睡眠をとっているというのに全く苑は・・・・って・・・・この声、このやり取りまさかっ!

 

「苑!」

 

がばっと布団を跳ね除けて飛び起きたうちの目に見慣れた少年・・・・ではなくその面影を残した青年の姿が写った。

マジマジと青年を上から下へと観察してついでに首を傾げてそして再び視線を青年に合わせたうちは息を吸い込んで・・・・・。

 

「苑が老けたっ!」

 

頭に浮んだ一言が口をついて出た途端にぴきりっと苑の笑顔に青筋が浮んだ。

あ、やばいと逃げ出そうとした時には苑が動いていた。

 

「五年ぶりの再会の挨拶がそれか?いい度胸だな」

 

「いひゃいいひゃい~~~~~~~~~!!」

 

言葉を選び損ねたらしく感動の再会がすぐさまお仕置きタイムに取って代わってしまう。

苑の優雅な指が容赦なくうちの頬の肉を伸ばしていく。

 

「おお、相変わらず伸びる伸びる」


縦横斜めと思う存分に伸ばした苑はご満悦。対するうちはひりひりと痛む頬を涙目で擦っていた。

 

「っていうか・・・・なんで苑、ふけ・・・げふん!大人になってんの?」

 

ニコヤカに危険な笑みを向けられたので慌てて言い直す。やばいやばい何だか分からないけど苑外見が成長した分厄介度も上がっているような気がするよ・・・。

うちは苑を見る。うちの記憶にあるよりも背が随分と伸びているし顔立ちからも子供っぽさが消え去ってなんというかうちの知っている苑よりも色気もアップしているような気が・・・。

明らかに今の苑の姿はうちと同い年には見えない。大人の男性だ。

苑がベットに腰を下ろしてうちの頬に触れる。もう一回伸ばすつもりかと思ったが今度はそっと触れるだけだった。

 

「苑?」

 

「お前、今、何歳?」

 

「は?なにを・・・・・はい答えます十五です」

 

頬にあった手が危険な動きを見せたので素直に答えると苑がやっぱりと大きく溜息をついた。

 

「俺、二十歳」

 

「え?」

 

「俺がこの世界に来て、お前と再会するまで五年かかった」

 

「はぁ!」

 

目を丸くするうちに苑がはぁ・・・と再度溜息をついた。

 

「その分じゃお前の方は自覚がないんだな。なんかややこしいことになっているような気がするぞ」

 

苑の言葉通りのややこしいことが起きていたのだった。




いきなり異世界に飛ばされて悪魔の生贄(?)にされかけて訳が分からないうちに別の所に飛ばされた先で再会した親友は自分より年上になっていた・・・・・一つでも有り得ないのにコンボできたよ。

 

「うううっ・・・・頭が痛い」


「ああ、大丈夫か?お前、馬鹿だから考えると知恵熱でるんだよね」

 

笑顔で酷いこと言ったよこの人!

 

「ひどっ!」

 

再会した苑は外見だけでなく性格の悪さまで磨きをかけていた。

 

ううっ・・・そこは丸くなろうよ。いい大人なんだからさ・・・・。


などと思っても苑は苑。うちがこいつに勝てる日なんて来るはずがないのは分かっているのよ。でも無駄でも足掻きたいのよ!分かってこの乙女(?)心!

 

「無駄無駄。お前の頭の回転で俺に勝てるわけがない」

 

ぽんぽんと子供を宥めるように頭を撫でる姿は慈愛に満ちているが言っていることやっていること性格悪いんだよ!

真実だけど苑に言われると凄く腹が立つのはどうしてだろうね。

にこりと怒りの笑みを向けたらにこりと余裕で流された。

ちくしょう!同い年だったのに年上の余裕なんぞ身に付けやがって!

 

「さて、アホなことをやっている奏は放っておいて・・・・」

 

「アホとはなによアホって!」

 

さらりと馬鹿にしているだろ!


「状況整理をするか。お前はまったく疑問に思ってないらしいが俺としては結構気になるんでね」

 

にっこりと笑う顔はうちの知っている苑そのままの笑顔でうちは反射的に背筋を伸ばした。

 

こ、この顔は・・・獲物を前にして舌なめりしている猛獣そっくりの笑顔には非常に見覚えがある。

 

(苑が外道な仕打ちをするときの顔だぁぁぁぁぁぁ)

 

がしりと肩をつかまれ間近でそんな顔を見せ付けられたうちは半泣きであった。

 

「俺と別れて再会するまで何があった?なんでお前は年とってない?っうかあの変態はどうした?というかどこにいやがる?」

 

「ち、ち、ちょっと一遍にききす・・・・」

 

というか顔が・・・顔が怖い!笑顔が怖いって思ったことは多々あるけどうちが知る限り顔最高の怖さだよ!この笑顔!

 

「そして何もされてないか?」

 

「へっ?・・・・何かって・・・・?」

 

きょとんとして見返すと苑がじっとうちを見る。奥底まで見透かそうとするような瞳に何故だか居心地が悪くなる。

 

「そ、苑?」

 

「もし、お前に不埒な真似をしているのなら・・・・」

 

ぐっと肩を掴まれた腕に力が篭もる。

痛いぐらい真剣な瞳がうちを射抜いた。

 

「絶対に許さない」

 

「苑・・・」

 

そんなにもうちのことを心配してくれ・・・・・・。

 

「だいたい俺の目の前で俺の玩具に手を出した時点で万死に値する」

 

どっきぱりと何を言っちゃってるかなこいつは!しかも恐ろしいほどの迫力を滲ませないで!

慄くうちを笑顔で脅しつける苑を宥めながらうちは一連の状況を苑に説明した。

 

 説明中・・・・・・・・・・・。


「馬鹿か」

 

にこやかにそう言い放しうちの頬を引っ張る苑殿下。

 

「ってことは何か?お前は勝手に人の人生と自分を賭けの対象にした挙げ句負けかけていたと?」

 

そこ?一番気になったのはそこなの?

 

「負けたらお前、その悪魔のものになるなんて馬鹿な賭けをほいほいと受けたのか?この頭に詰まっているのはなんだ?おかくずか?藁か?」

 

がしりとアイアンクローをかまされた。

左手は頬を伸ばし右手は頭をアイアンクロー。

そしてそのまま力をじわじわと入れられて頭と頬に痛みが走った。

 

「いひゃゃゃゃゃゃゃひ!」

 

「ほぉ~~~~痛いか。痛いのか。痛くしているから痛がってくれないとな」

 

Sだ。Sがここにいる!

 

「ったく。なんか分からないが俺ん所に来てくれてよかった」

 

手が離れたと思うとうちの肩に重みがかかった。

 

「・・・・苑・・・・?」

 

すぐ側に苑の黒髪が揺れている。なぜだか少し消毒液と薬のにおいがした。

 

「奏」

 

「なに?」

 

「お前がいない五年、俺はストレス溜めまくった」

 

もしもし?それはうちがストレス発散要員と言いたいのか?

憤然とするうちに頭を預けながら苑が誰にともなく続けた。

 

「お前がいないとひどくつまらない」

 

その言葉はうちに聞かせているというよりかは独白に近かった。うちは黙って苑の柔らかな黒髪に触れた。苑はただされるがままにうちに触れさせたまま言葉を続けた。

 

「色が見えない。空も海も大地もただの灰色だった。俺の世界はお前と別れてから色がない味気ないもんだった」

 

うちはどれほどの苦痛を彼に与えてしまったのだろうか。

自分を知っている人間のいない全く別の世界で五年も苑は日々を過ごしていた。

きっとうちを探してくれていた。

五年間、ずっと。

胸が痛くてうちは目を伏せた。

申し訳なくて悲しくて胸が痛い。

 

「苑・・・・ごめん」

 

「・・・ん・・・」

 

苑がうちに寄り添う。まるで子供ように甘えてくる苑をうちはそっと抱きしめた。覚えているよりもずっと逞しくなった体は否が応でもうちらの間に流れた時間を感じさせた。

 

「逢えたから、チャラにしてやる」

 

彼らしい「許す」にうちは思わず小さな笑みを浮かべてしまった。

 

「うん。ありがとう」

 

しんと沈黙が訪れる。だけど言葉がなくても触れ合った所から互いの鼓動が聞こえてきているようで静かだとは思わなかった。

 

「奏」

 

「何?」

 

「・・・・・お前、この痣は?」

 

苑の視線がうちの首元にあった。

そういえばこの痣の説明はしてなかったような。

 

「こんな痣、なかったよな。どうしたんだ?」

 

「えっと・・・・うちを拉致した悪魔に生贄の証だとか何とかで付けられたみたい。ほら、首筋にキスされた時に・・・・」

 

うちの説明に何故だか一瞬、苑が固まった。 

 

「そ、苑?」

 

すぅと息を吸い込むと怒涛の勢いで苑が叫んだ。

 

「しっかり不埒な真似をされてんじゃねぇか!」

 

「え、え、え?」

 

秀麗な顔に珍しく焦りを浮ばせながら苑は親の敵でも見るかのようにうちの首筋の痣を見ていた。

 

「これ見よがしに痣なんぞ付けられて・・・・これは何だ?奏は自分のものだとでも主張したいのか?」

 

セリフの半分はうちではなく痣をつけた張本人に向けられているようだったがその本人がいない今、八つ当たり対象は当然うちしかいない。

状況の不味さにだらだら背中に冷や汗が流れた。

えらく荒んだ目で苑がうちを見ていますよ?これは絶体絶命の危機!

 

誰か助けて!

うちの懇願が天に通じたのか苑がうちに八つ当たりする前にコンコンと扉をノックする音が響いた。

涙目で苑を見ると奴はふうと憑物が落ちたように溜息をつくと「はい」と扉に向かった。

 

「ソノ、イイデスカ?」

 

入ってきたのは三十代ぐらいの黒髪に飴色の肌をした女の人。

緩く癖のある髪を後ろで縛ってターバンを巻いている。着ている服は男物なんだけど身体の曲線とか豊かな胸元とかがあるせいで逆に色っぽさを感じさせていた。

女の人は苑を見て何か言おうとして・・・・ベットにいたうちに気付き顔を綻ばせた。

 

うぁ~~~綺麗。

 

外見は色っぽいのに彼女の笑顔は無邪気さの方が強かった。

 

「おい・・・・」

 

苑が何故だか不機嫌そうに女の人と止めようとしたが女の人はそんな苑をあっさりと押しのけてうちの顔を覗きこんできた。

 

ふんわりと甘い香りがした。

 

「私、エリシャデス。貴女ノオ名前ハ?」

 

「え、あ、奏です。ご丁寧にどうも」

 

思わずその場で正座して頭を下げるうちにエリシャさんも同じように頭を下げた。そして顔を上げるとずいっと再び顔を近寄らせた。

 

「ソノト同ジ象牙色ノ肌ニ黒髪ニ黒イ瞳。ダケド印象ガ違ウ」

 

物凄く至近距離でうちを観察してくるエリシャさんにうちは若干引きぎみだったんだけど彼女はお構い無しにうちの短い髪に指を通す。

 

「ソノハ全テヲ拒絶スル硬質ナ美シサ。貴女ハ柔ラカナ全テヲ受ケ入レル美シサ」

 

「は?」

 

ウツクシイって・・・・誰が?

聞き返そうとしたんだけどその前にエリシャさんがふわりと笑ったので言葉が出てこなかった。

ふわりと頬に柔らかいものが触れた。

気がつくとエリシャさんの柔らかな手がうちの頬を挟んでいた。

 

「祈リガ貴女ノ中ニアル。悲シミト慈シミモ」

 

こつんと女の人がうちを額を合わせる。まるで祈るように母親が我が子にするように酷く優しく笑う。

 

「幼キ花。ダケド凛ト空ヲ向ク貴女ハトテモ美シイ」

 

「えっと・・・花って・・・この首の痣のこと?」

 

それ以外にうちが花なんて例えられる原因が見つからなくて指さしてみたけどエリシャさんは不思議そうに首を振った。

 

「違ウ。ソレハ綺麗ダケド私ノ言ウ花ハ貴女自身ノコト」

 

「え~~~っと?」

 

助けを求めるように苑を見ると彼は溜息をつきながらエリシャさんを止めてくれた。

 

「エリシャ。お前の言い方は一般人には理解不能だ」

 

「?私ハ真実シカ言ッテイナイ。何故、理解不能?」

 

エリシャさんが不思議そうに首を傾げた。自分の言い方が他者に与える印象というものについてあまり把握していないのかもしれない。

外見は色気があり過ぎるぐらいあるオネェサマなのに言動はどこか幼稚な印象を受けた。

子供のような無邪気さがこの人にはあった。

 

「エリシャ。何の用だ」

 

あ、苑があからさまに話題変換をした。いつもだったらもっと上手くやるのに今回のは明らか過ぎる。

だけどエリシャさんは気付いていないようでにこりと笑う。

 

「船長ノ伝言届ケニ来マシタ。オ客サンガ目ヲ覚マシタラ一緒ニ船長室ニ来イダソウデス」

 

「・・・・ちっ!あの昼行灯め・・・・・」

 

嫌そうに舌打ちする苑にエリシャさんはにこにこと笑った。本当に悪意とか縁のなさそうな人だなぁ・・・普通ここまでドス黒いオーラ発生させている人間の側でそんな無邪気な笑み浮かべられないよ。っとそれよりも今の会話で着になる単語があった。

 

「船長?」

 

その言葉に初めてうちは自分がいる場所が船の上だと気がついた。

 

「ハイ。船長デス」

 

エリシャさんが頷く。腕を組んで壁に背を預けていた苑がにやりと人の悪い笑みを浮かべて付け加えた。

 

「海賊船の、だけどな」

 

「は!」

 

突拍子のない発言にうちは固まった。そんなうちが心底面白くって仕方がない苑とにこにこと笑うエリシャさん。

嘘ではないと直感で分かってしまった。

知らない五年間の間に親友は海賊になっていたのだ。


うちとはぐれ異世界へと迷い込んだ苑が最初にたどり着いた・・・というか落ちたのが海、だったそうだ。

 

海。大海原。そしてそこに何の準備も心構えもなく制服姿で叩き落されたとしたら……。

 

想像通り苑は溺れた。

 

だけどたまたま通りかかった海賊船「蒼華」に助けられて取りあえずの危機は脱した。

 

海賊船「蒼華」。

 

女を嫌う船乗りの常識を無視して女性も乗っている海賊からの略奪を専門とする海賊。

普通の海賊などに拾われていたら悲惨な末路だっただろうからまっとうに世話してくれた「蒼華」が苑を見つけたことはかなりの幸運だった。

そして拾われた苑はそこで二つ目の幸運に恵まれた。

ここがどこなのか自分に何が起きたのか全く把握できなかった苑だったが一人の老婆がそれらを解決してくれた。

苑と同じ「日本」からこちらの世界へと迷い込んだ先達ともいえる存在が苑の疑問を解きほぐしてくれた。

そして医者の息子でその手の知識もあった苑はそのまま「蒼華」に残って船医だった老婆・・・梅バアの助手になってうちを探していたのだそうだ。


 

そんなことを簡単に聞かされ後、うちは強制的に海賊船の船長と対面させられることになった。

 

「そ、苑・・・・」

 

海賊の親分に会うなんて人生なにが起こるかわからないわね。あはははっと現実逃避しようとするが身体は正直で苑の腕を掴んで離さない。

つかまれた苑はうんざりと顔で書いた表情だったけど気にしない!

 

「奏・・・・」

 

「な、なにっ!」

 

緊張のあまり声が引っくり返った。

 

「誰もとって食やしないから落ち着け」

 

「で、でも・・・・」

 

落ち着けって・・・だけど海賊の親分だよ?なんか緊張感がこう、ひしひしと・・・・・。

 

「奏。大丈夫。船長怖クナイ」 

 

あのエリシャさん。子供みたいにいい子いい子と頭を撫でられると十五歳のプライドが傷つくのですが?

とかなんとか思っているうちに苑が容赦なく扉をノックした。

 

うぁ~~~いつの間に目的地の着いたのよ!っていうか心の準備が!

 

あわあわするうちの腕を掴んで苑が扉をくぐった。

ひぇぇぇぇぇぇ!

 

「おや。来たね」


うちらを出迎えたのは筋肉ムキムキのアイパッチをつけた海の男ではなく・・・動き易い服装をした人の良さそうな小柄なオジサンだった。

本当にどこにでも居そうな優しいお父さんて風情のオジサンにうちは思わず部屋を見渡してしまう。

落ち着いた家具で統一された部屋は沢山の本と海図があってますます海賊船の船長の部屋には思えない。

 

あれ?海賊船の船長さんはどこ?

 

「目の前のおっさんがそうだよ」

 

すっと苑が指差す先には先ほどの人の良さそうなオジサン。目があったのでにへらと笑うと向こうもほにゃりと笑った。

なんか縁側でのほほんと日本茶を啜って欲しい。見ているこっちが癒されるよきっと。

ほのぼのとした空気が漂った。もう、苑は意地悪だなぁ。こんなオジサンが海賊船の船長な訳がないじゃないか。


「現実逃避をするな。信じられんだろうが目の前の人畜無害そうなおっさんがこの「蒼華」の船長だ」

 

「またまた~。苑うちを騙そうったってそうはいかない・・・」

 

よと言い切るよりもおじさんが困ったように頭をかくのが目に入った。

 

「え~~っと期待を裏切るようで悪いのだけど・・・私がこの蒼華の船長だよ」

 

タレ目を更にタレながらオジサンもとい船長さんは自己紹介をしてくれた。

 

「改めまして。海賊船「蒼華」三代目船長 ドヴァーグです」

 

まじですか?

 

きっちり四十五度で頭を下げるオジサンのとんでもない素性にうちはしばし凍結を余儀なくされた。

 

うちの長い長い怒涛の異世界での日々はこんな風に幕を開けたのであった。

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