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ねた的な小説  作者:
11/28

異邦の少女とめんどくさがりな騎士

 物語の舞台は数多の神々が眠る世界。

 剣と不思議が当たり前に存在する場所。


 その世界には魔法にも似た「力」があった。


 特殊な道具を使い、世界に眠る神々の封印に干渉し、その力を一時的に世界に再現するこの術は敵対関係にある魔族の脅威に対して人間が自衛のために編み出したものだった。


 これを封術といい、それを操るものを封術士と呼ぶ。


 しかし、本来人間であれば誰でも使えた封術は「人魔戦争」の終結と人間との徹底抗戦を謳っていた魔族の王が絶対封印されたことからそのあり方を変えていった。


 世界は混迷の時を迎えていた。


 護るために編み出された力は同胞を傷つける道具に堕ちた。


 神の力を借り、人は人を狩り続けた。 


 幾千幾万の屍が大地を埋め尽くし、無為に流された血が大河を紅に染め上げた。

 叫びが怨嗟の声が嘆きが悲しみが憂いが憎しみが怒りが無為に死んでいく者の末期の声が世界を包み込み、それは永遠に続くはずだった神の眠りの一端を綻ばせ、まどろみの中にいた神の一柱が目覚めた。


   その神の名は伝わっていない。


 日の光そのもののような金の髪と鮮やかな銀朱の瞳を持った女神は世界のありようを見て嘆いた。


 「なんと愚かで悲しいこと・・・・」

 

 女神が知っていた美しく穏やかな世界はもう無かった。

 そこに在ったのはまさに生き地獄のような光景。女神は・・・その銀朱の瞳から生まれて初めて涙を零した。

 一つ、二つと零れた涙は大地の屍を清め、血に染まった大河を清らかな水へと戻した。

 女神の純粋なる思いが世界を包んでいた不浄なる気を優しく純化させていった。それらはまさに神の奇跡だった。

 だが、世界を清浄な状態に戻すために女神はその力のほとんどを失った。


 「知らぬこととはいえ世界をここまで荒廃させたのは間違いなく我らの力。この世界に一度生じた力を消すことはわらわには出来ない。だが枷をつけることなら出来よう」


 最期の刻。残った力を使い女神は封術という人には強大過ぎる力に枷をつけた。

 神々の封印への干渉を大幅に制限し、封術という力そのものを弱くした。それと同時にそれまで人間が当たり前のように持っていた第六感とも言うべき不可思議な能力を女神は奪った。

 この時から人間と世界との繋がりが恐ろしく希薄なものとなり、世界に満ちるマナも神秘に触れることも容易には出来なくなってしまった。

 一部を除いて人間は世界を感じる術を失った。



 出会いとは不思議である。

 生まれて二十六年。たったというべきか結構というべきかそれは判らない。だが、リーガの長くはないが短くもない人生の中でとびっきりの忘れようにも忘れられない衝撃的な「出会い」が一つ、ある。

 恐ろしいほどの偶然とほんの一欠けらの必然の間でふってきた出会い。

 その日、その時、その場所にいなければ。あるいはもしくは・・・いくつもの「もし」の上にたった一つの出会いがあると考えるとどんな出会いでも何かしらの縁があったのかと考えてしまう。

 だからリーガは考える。

 もし、あの日、あの時、あの場所を自分が歩いていなかったら、「彼女」と「自分」の運命は一体どんな風になっていたのだろうかと。


 日が落ちてすっかりと暗くなった夜道を一人リーガは歩いていた。

 リーガは薄い金に近い髪を後ろでしっぽのように結び、緑の瞳は面倒そうな光しか浮かべない青年である。

 彼は商家の五男だが家業を手伝う道よりも騎士団に入った変わり種である。

 五男とはいえ彼の場合幼い頃から無駄に発揮していた商才と鑑定眼に家族の方が是非家業を手伝わせ、ゆくゆくは看板を分けて支店を任せたいと考えていたのだが当のリーガがなんの断りも相談も前触れもなく十五歳の誕生日の朝に「誕生日の贈り物は何がいい?」と聞いてきた母親に開口一番。


 「俺、「騎士団」の入団試験に受かったから騎士団に入る許可をくれ」

 

 母親は倒れる、父親は混乱する兄姉妹弟は揃って「頭は大丈夫か?!」と代わる代わるリーガの熱を測っていた。

 家中が大混乱に陥った。

 面白いものでそんな中で当の本人は嵐のような家族の反応をやり過ごしていたが。

 家族の驚きと戸惑いはリーガという人間を知っていれば当然というべきものだった。

 リーガという男は兎に角覇気というものがない。

 泥に釘をさすようにぬるぬるした魚を捕まえるように掴み所がなく、こと流れ主義。

 言われれば大抵のことに標準以上の成果を上げるが大抵のことは言われないとしない。

 どこをどうしてこう育ったのか判らないが自主性というものがこの男には圧倒的に欠けていた。

 そんな男が(思いつく限りで初めて)自主的にやったことが少年達の憧れ、精鋭中の精鋭との誉れも高い「騎士団」への入団だというのだから周囲の人々が信じきれず大混乱に陥るのも無理はない。

 そんな大騒動をしてまで入ったにしては本人がかもし出す雰囲気のせいかそれとも自分の外見に頓着しないせいかぱっと見たところ不良騎士団員にしか見えない。

 どう考えても彼に仕事に対する熱意があるようには思えなかった。

 

 ふらふらと歩く。

 今日は新入団員のための歓迎会だったためリーガも酒が入っていた。

 ほろ酔い気分という奴だ。

 隙だらけのように見えるリーガだったが自分の後ろをつけて来ている気配にはちゃんと気付いていた。


 (ひい・ふう・みい・・・武器を持った奴が五人ってところか・・・)


 冷静に状況を整理してリーガは軽く肩を竦めた。何事にも面倒そうな顔をしているから気付かれないが割りと顔のいいリーガがやるとやけにサマになっていた。

 武器を持った不逞な輩につけられる覚えなどリーガには・・・・残念ながらあった。


 (あ~~~~、多分、飲み屋で口論になったあいつらだろうな。というか他に思いつかんし)


 リーガの脳裏にほんの数刻の前の出来事が思い浮かびかけるが・・・。


 (面倒だな・・・・いいか別に、詳しいことを思い出さなくても)


 そんな事ですら面倒臭がる男、リーガ。

 がしがしと頭を掻く。まぁ、細かいことを思い出さなくても向こうさんは自分を襲う気満々である。

 結果は変わらないのなら面倒なことはしないのがリーガだ。

 リーガは冷静に状況について考えを巡らせる。

平素でも上手く剣が使えないのに酒の入った今の状態で武器もちを五人相手にするのはちと骨だと冷静に判断したリーガはチラリと腰の剣を・・・正確には剣の柄にはめ込まれた銀の玉に視線を走らせた。


 「ふむ・・・・」


 しばし考え込んだあと、そっと腰に下げた剣の鍔に指をかけ、足をとめて振り向く。

 しっぽのように結ばれた髪が月の光をキラリと弾いて宝石のように輝いた。

鮮やかな緑の瞳が心底面倒そうにぞろぞろと出てくる男たちに隠しもしない感情を送る。


 「・・・・はぁ~~~~~~面倒だ・・・面倒なのに更に面倒なことが起きるだろうな・・・考えただけで面倒だ・・・」

 

 武器を手にした自分たちを見ても顔色一つ変えず「面倒」と繰り返すリーガに男たちが戸惑うように顔を見合わせる。


 「面倒・・・面倒だ・・・なんで俺、こんな面倒に巻き込まれているんだろう」


 「そりゃ!てめぇがフザケタことをしたからじゃねぇか!!」


 その場にいるリーガ以外の全員が声を揃えて突っ込む。

 なんの余興だと言いたくなるぐらいそれは綺麗に重なった突っ込みであった。

 男の一人が棍棒を手にワナワナと拳を震わせる。

 リーガを見る目はまるで親の敵を見るそれであった。


 「てめぇ・・忘れたとは言わさねぇぞ」


 「忘れてはいないが・・・思い出すのが面倒で・・・」


 ある意味綺麗サッパリ忘れるより酷いリーガの所業に男たちの殺気が膨れ上がる。それに気付いてリーガは心底嫌そうに眉を潜める。


 「面倒なんだよな・・・」


 ぽつりと呟いたリーガの右手が剣の柄に触れる。


 「「騎士団」にバレた時の小言」


 その言葉に応えるように剣に埋め込まれた銀色の玉―封具が鈍く輝き出す。小さなしかし致命的な変化に怒りに駆られた男達は気付かない。


 「バレたらやれ始末書だの「騎士団」としての規律が云々と副団長が煩いだろうな・・・」


 まぁ、「騎士団」の特殊性と立場を考えればその煩さも納得できなくはないのだがやっぱり自分に降りかかるとなると面倒だと思ってしまう。

 武器を手に一斉に男たちが襲い掛かってくる。その時には封具の光が誰の目にも視覚できるぐらいまで強くなっていた。

 リーガが小さく呟く。


 「・・・我、願うは全てを止める戒め」


 その声は本当に小さな声だったのに不思議とその場にいる全員の耳に届いた。


 ざわり。


 空気が変わる。

 異常な雰囲気が辺りに満ち始めた。男の一人が振り下ろした棍棒がリーガに振り下ろされかけて・・・・突如として消えた。


 「なっ・・・・!」


 リーガは同じように・・・面倒そうな顔のまま立っているだけだ。剣に手をかけてはいるが抜いた形跡はない。

 呆然と手元の棍棒に目を落とし、男は今度こそ声をなくした。

 棍棒がまるで途中から溶けたような断面を見せていたからだ。


 「・・・・一つ、教えてやる。面倒だけどな」


 静かに面倒そうにリーガが口を開く。


 「一応騎士団ってことになっているけど・・・俺ら別に武器で戦うことに特化しているわけじゃない。まぁ・・・大部分が武器での戦闘を得意としているのは事実だけどな・・・中には俺みたいに剣に不得手な人間もいる。さて、そんな人間はどうやって「騎士団」での任務をこなしていると思う?」


 こつこつとリーガが男達に近寄る足音だけが夜の闇に響いていく。

 どういうことだろうか?男達は一切の動きを封じられてしまっていた。

 リーダー格の男の三歩ほど手前でリーガは足を止める。

 それほど近くにリーガがいるというのに男はやはり動くことが出来ずにいた。面倒そうな顔をした男が心底恐ろしかった。

 感じるのはほぼ本能的な恐怖だった。そしてそれ故に制御しずらい。


 「正解はこれだよ」


 腰から外した剣を男の視線の高さまで上げてやる。月の光を反射させ中心に埋め込まれた銀の玉が鈍く輝く。

 その輝きと今、自分たちも身に起こった異変とを結び合わせ男は一つの答えを導き出す。

 乾涸びた声でそれを口にだした。


 「ま・・さか・・封術・・・」


 封術を使うものは畏怖の対象として見られる。

 封術士。数少なくそれ故に最強と言われる者達。

 その一人であろう目の前の男は大して面白くもなさそうに鼻を鳴らした。


 「ご名答。因みに棍棒を溶かしたのもあんたらの動きを止めているのも俺の使った封術。喧嘩には卑怯だがまぁ、見逃せ」


 ぽんと男の肩を叩く。面倒そうに億劫そうな顔でそのまま封術を発動させた。


 「・・・我、望むは深き眠りの吐息」


 くらりと男の体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。残りの男達も同様に地面に倒れ、健やかな寝息を立てていた。

 それらを確認するよりも早くリーガの口から零れたのは・・・。


 「あ~~~~面倒だ」


 この男はどこまでもこんな性格である。

 腰に剣を戻すと周りですよすよと眠る男たちを見て困ったように頭をかいた。


 「こいつらどうするか・・・」


 後先考えず動くもんじゃないと愚痴りながら溜息を零したその時、リーガの頭上に強烈な光が生まれた。


 「なんだ?」


 光の強さに目を細めるリーガの前で光は徐々にその強さを増していく。その様子はさながら小さな太陽のようだった。


 「・・・ちぃ!我、描くは・・・って!!」


 封術を発動させようとしたリーガだったが光の中から突然人が落ちてきたことで強制的に途切れた。

 光があったのは見上げるほどの高さ。そこから落ちれば当然、無事では済まない。

 視界に映るのは見慣れる服を着たまだ若い少女。意識を失っているのかぴくりとも動く様子もなく落ちてくる。


 「おいおいおい!!」


 なにがなんだかサッパリ分からないがとりあえず人命第一とリーガは落ちてくる少女を救うために手を伸ばした。


 「・・・・・間に合えっ」


 ぎりぎりまで伸ばした腕の中にどうにか落ちてくる少女を抱えこむ。が、衝撃を堪えきれずに少女を抱え込んだまま地面を転がる破目になった。


 「・・ってぇ・・・・」


 衝撃と転げた拍子にぶつけた痛みに眉を顰めながらもリーガは腕の中の少女に視線を落とし、彼女がちゃんと息をしているのを確認してほっと息を吐いた。


 「生きているか・・・しかし、なんだこの子の格好は・・・」


 よく見てみると実に奇妙な格好をした少女だ。

 黒いスカートは縦に段の入っており、リーガの常識からすれば考えられないぐらい短い。上に着ているのは薄手白い上衣にスカートと同色の上着。

 胸元には青いリボンをつけている。

 見た事もない型の服だ。使われている布もリーガの知らない手触りである。

 それにこの少女は肌の色も違う。リーガの住むこの西方大陸に多く見られる白い肌ではなく黄色がかった象牙色の肌をしている。頬にかかった髪だってここらでは見ない黒曜石のような黒だ。


 「う・・ん・・・」


 少女が腕の中で小さく寝返りを打つ。艶やかな長い髪のさらりとした感触がリーガの手に伝わる。

 まだ十代だろうか。幼さの残る顔には穏やかな表情が浮んでいてリーガは思わずマジマジとその寝顔を見詰めた。

 光から落ちてきたのはどう見ても普通ではない少女。

 ひしひしと尋常でない事態の気配を感じてリーガはもう一度溜息をついた。

 腕の中ではスヤスヤと眠る少女。

 だが、彼女が普通の少女だとは思えない。

 普通の少女は空から発光体の中より落ちてはこないだろう。

 少女が落ちてきた光はとうに消え去り夜空には淡い月の光のみが灯っていた。


 「俺、何か物凄く面倒なことに巻き込まれそうな気がすごくするんですけど・・・・・・」


 月は何も言ってはくれない。




 ユウリは小さな頃から気が弱かった。引っ込みじあんで自分の意見を言うのが怖く、いつもびくびく小さくなっているような子供だった。

 十八歳になった今でも自分を強く押し出すことが出来ないし、頼まれたら嫌だとは言えない。

 そんな性格のくせになぜだかいつもユウリは面倒事や厄介事に巻き込まれる。

 押し付けられる、の方が正しいのかもしれない。

 周りの人間からしたらどんな用事を押し付けても断れないユウリのような人間は便利に映るのだろう。

 だからいつも通り押し付けられた日直の仕事を片付けていたのに・・・どうして、こんなことに。

 ユウリはどう考えても学校ではない場所の医療室のような場所で目を覚ました。

 服装は目覚める前と同じだったけど後は軒並み記憶と違っていた。


 「え、えっ?」


 シーツを胸まで上げて動揺したように辺りを見渡す。

 古いベットに清潔そうなシーツ。病院にはお決まりのベット周りのカーテン。

 ………やっぱり覚えのない場所であった。


 「わ、私・・・一体・・・」


 オロオロとシーツをキツク握り締める。

 落ち着け。落ち着くのユウリ。考えて状況を整理しましょう。

 深呼吸して心の中で「落ち着け。落ち着け」と繰り返す。と、なんの前触れもなくカーテンが開けられる。


 「きゃ!!」


 思わず悲鳴を上げてベットの端まで逃げるユウリにカーテンを開けた人物は不機嫌そうに眉を潜めた。


 「人の顔見るなり悲鳴を上げるとはお前、失礼な人間だな」


 が、外人?

 入ってきたのは金色の髪に緑の瞳を持つ、二十代前半と思しき外人の男性だった。

 え?なんで?外人さんが?

 訳が分からない。おまけに・・・・。


 (服が変だし・・・腰にぶら下げているのって剣、だよね・・・・じゅ、銃刀法違反?)


 目の前の男性はユウリの感覚からいったらゲームの登場人物を思わせる騎士の格好を少し着崩していた。そして腰には立派な剣。

 な、なに?一体どうして銃刀法違反をした外人のコスプレが?

 ユウリの頭の中がかなりいい具合に混乱中であった。

 そんなユウリを男性は面倒そうな顔をして見ると手短にあった椅子引き寄せなんの許可もなく座る。

 緑の瞳がじっと自分を見ていてユウリはなんだか落ち着かなかった。しかも相手は銃刀法違反者だし。


 「あ、あの・・・」


 「なんだ」


 じろりと緑の瞳を向けられてユウリは思わず委縮してしまう。

 何も言えなくなって縮こまるユウリに男性は「ちっ」と面倒そうに舌打ちをした。

 怒らせた。

 びくりと肩が震える。

 自分の態度が他人を苛立たせることをわかってはいたが自分ではどうすることもできない。

 口を開くこともできずにユウリはただシーツを握り締めているしかなかった。

 そんな彼女に男性が「う~~っ!」と唸り声を上げるなり髪を乱暴に掻き出した。

 不機嫌そうな顔が更に苦いものへと変化する。ぼそぼそと「面倒くさい」と呻いていた。


 「あ~~~。そう怖がるな・・・。怖がらす気はねぇ。っうか泣くなよ?泣かれるとあとで俺が面倒

な目に遭う」


 さっき散々面倒な説教を食らわされてたんだこれ以上面倒はゴメンだ。などとユウリには訳のわからないことをブツブツと呟くと男性は「いいな?」と念を押しをしてくるのでユウリは訳も分からずに頷くしかなかった。


 「は、はい。わかりました」


 「わかったんならいい」


 うんうんと男性が頷く。

 その様子が案外子供っぽくてユウリの口元に思わず笑顔が浮ぶ。それを目ざとく見つけた男性が不機嫌そうに目を細めた。


 「なに笑ってんだよ」


 「あっ・・・ごめんなさい!!」


 ギロリと睨まれすぐに笑うのを止める。再び硬い表情でベットの隅に蹲るユウリに男は「あ~~」とまた唸った。


 「別に怒っちゃいねぇからそう萎縮するな」


 「は、はい・・・すいません・・・」


 「謝るな」


 「す、すいません・・・・・・」


 「だから・・・謝るなって」


 「ご、ごめんなさい・・」


 「言い方変えただけじゃねぇか・・・」


 「す、すいませ・・・ああっ・・えっと・・・」


 謝るなと言われてどう返答したらいいのか分からなくなったユウリがオロオロと視線を辺りに彷徨わせ始める。


 「あ~~~。悪い。俺が悪かった。前言撤回するから落ち着け」


 「は、はい・・・・・」


 しおしおと視線を男性に戻す。男性は不機嫌そうな顔のままユウリを見ていた。

 怖いな・・・とユウリは視線を男性から心もち逸らした。

 元々人の目を見詰めて話すのは苦手である。まして異性の怖そうな男性の目を真っ直ぐに見詰めることなどユウリには土台無理な話であった。


 「えっと・・・名前、聞いていいか?俺はリーガ。あんたは?」


 男性。リーガは不機嫌そうな声のまま自己紹介をしてきた。その目は真っ直ぐにユウリを見ている。まるで尋問でもされるかのような気分になってきてユウリは泣きたくなってきた。

ユウリはその視線にますます俯きながら小さく名前を口にした。


 「日比谷悠里です」


 「ヒビヤユウリ?長い上に変わっていて言いにくいな。本名か?」


 舌を噛みそうだと言う男性にユウリは慌てて補足説明をした。


 「本名です!日比谷は苗字です。名前は悠里。悠里が私の名前です」


 意気込んでそう説明するユウリだったが勢い過ぎてリーガに詰め寄りすぎていた。

 緑色の瞳と至近距離でバッチリ目が合う。そして迂闊なことにリーガが結構な男前なことにもその時初めて気付いた。

 ユウリは男性に免疫がない。というか中学校から女子校だったため年頃の異性と接する機会などないまま今まできていたのだ。こんな至近距離に男性の顔があるということに普通の少女以上の動揺を覚える。


 「~~~~~~~~~~~っ」


 声にならない悲鳴を上げて三度ベットの端に逃げるユウリにリーガがますます眉を潜める。


 「自分から近寄っておいてなんだ、その反応は」


 彼の言い分はもっともだとは思う。自分がかなり失礼な態度を取っているという自覚もある。

 だが・・・・・こっちの動揺も少しは理解して欲しい。


 「す、す、す、す、すいません!!すいません!!すいません!!」

 動揺のまま壊れた蓄音機の如く「すいません」を連呼して頭を下げるユウリにリーガがぎょっとしたように目を見開く。

 

 「お、おい・・・」


 「すいませんすいませんすいません!!」


 「ちょ・・・」


 「すいませんすいませんすいません・・・・・!!」


 ぷちりと何か・・・・聞こえないはずの何かがぶち切れる音をユウリの耳は確かに拾った。


 (・・・え?)


 と思ったときには時、既に遅し。

 がしりと下げていた頭を鷲摑みにされた。


 (え、え、えぇぇぇぇぇぇ?)


 そしてそのまま力を込められる。


 「い、いたたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 「一々、謝るな!卑屈になるな!ビクビクするな!!見ているこっちがイライラする!!」


 ユウリはリーガにアイアンクロウをされているのだと気付いたときにはもう悲鳴を上げるしかなかった。

 と、そんな彼女を哀れに思ったのか天は助けをよこしてくれた。


 「リーガ。何してんの!!」


 白衣を着た医者らしい青年が(やっぱり赤い髪に目で外人ぽっかった)慌ててユウリからリーガを引き離す。


 「なんで事情説明するはずの君がこの子の頭を鷲掴みにしてんだよ」


 女の子になんてことをとぷんぷんと怒る青年は頭を押さえて蹲るユウリに心配そうな視線を送ってくる。

 赤い瞳が心配そうに揺れる。


 「君、大丈夫?ごめんね。こいつ普段はやる気ないのに変なところで武道派なもんだから」


 「全然フォローになってねぇぞ。バスク」


 「あれ?俺、別にリーガのフォローしているつもり、ないけど?」


 「ねぇのかよ・・・・」


 「ないねぇ・・・・」


 「しみじみと言うな!」


 いつの間にやら会話が漫才に突入してしまっている。

 じくじくと痛む頭を押さえつつユウリは2人に口を出すことすらできずにただただ会話を聞いているしか出来ない。


 「大体リーガは女の子の扱いがなってないんだよ。頭鷲つかみにして怒鳴るって一体どういうつもり?」


 「いや、それは・・・だが、こいつが・・・」


 「だが・・じゃないよ。どんな理由があっても女の子を泣かせるような男は駄目駄目だよ」


 「だ、駄目駄目・・・なのか」


 「うん。ものすご~~~~~~~~く駄目駄目だね」


 「駄目駄目・・・・」


 「駄目駄目男・・・嫌な称号だね・・・・」


 ど、どうしよう・・・なんか私のこと忘れられている。

 やっと収まってきた頭の痛みにようやく冷静に物事が見れるようになったと思ったら事態から景気良く蚊帳の外に置かれてしまっていた。

 しかもリーガは駄目駄目男と言われて何故だかものすごくショックを受けているらしく不機嫌疎な顔はそのままで影を背負い込んでしまった。


 「と、まぁ・・・駄目駄目男は放っておいて。君、名前は?」


 「え、あ、はい。日比谷悠里です」


 「ヒビヤユウリ?変わった名前だね。俺はバスク。騎士団の主治医をやっている」


 握手といって外見の華奢さとは裏腹に大きくて骨ばった手がユウリの手を包む。


 「あ、えっと・・・こちらこそ宜しくお願いします・・。それと日比谷は苗字で悠里が名前です」


 「ユウリが名前?へぇ・・・綺麗な音の名前だね」


 なんの照れもなくバスクが名前を誉める。幼さの残るだけどやっぱり整った顔の青年にそんなことを言われて動揺しない女性は少ない。

 ユウリの頬が本人の意思とは関係なく朱色に染まった。

 

 「あ・・・う・・・・・・」


 こんな時どんな風に反応すればいいのかユウリには分からない。そのために意味不明な単語を発した後俯くしかなかった。

 そんなユウリにバスクが不思議そうな顔をする。


 「あれ?どうしたの?」


 「お前、本当に天然だな・・・・」


 呆れたように言うのはそれまで黙っていたリーガだ。どうやら駄目駄目男のダメージからは抜けられたらしくもう元通りの不機嫌顔に戻っていた。


 「まぁ、それはともかく・・・家名を持っているってことはお前、貴族か封術士か?」


 「え・・・・?貴族?封術士?・・・私の家はおじいちゃんの代から飲食店ですけど・・・・そもそも封術士って何かすら分からないし・・・・」


 自分の知らない単語が出てきてちょっと混乱気味のユウリに男2人が顔を見合わせる。


 「封術士を知らない?」


 「家名を持っているのに貴族じゃない?」


 2人に浮ぶ表情は驚愕であった。


 「あ、あの・・・・」


 なにが起きているのだろうか?

 どうして2人が驚くのかが分からないし。封術士がなんなのかどうして自分が貴族と間違われかけたのかが全然わからずユウリは混乱していた。

 思えば目が覚めてから訳のわからないことだらけだ。

 今まで気付かなかった疑問がムクリと沸き起こってくる。


 「あ、あの!!」


 ユウリは再び2人だけの会話を始めたリーガたちに勇気を出して声をかけた。

 リーガとバスクの視線がユウリに集中する。

 「うっ」とその視線の強さに怖気かけるがどうにか気を持たせてユウリは口を開いた。


 「こ、ここはどこですか?私、目が覚める前は学校にいたはずなんです。なのに気付いたら全然知らない場所にいて、正直自分の状況が良く分からないんです」


 どくんどくんと心臓の音が煩い。

 こんな風に人に自分の意見を言ったことが無いから余計に緊張する。


 「・・・・お前、もしかして・・・」


 リーガが何かに気付いたように口元を手で覆い考え込む。


 「リーガ?どうしたんだい?」


 「いや・・・だが、そんなことがありえるのか?」


 「お~~い。リーガ。自己完結しないでくれる?」


 バスクの声も届いていないらしいリーガは不機嫌そうな顔をさらに深刻なもにしながら考え込んでいた。


 「ユウリ」


 「は、はい!!」


 「ここがどこかと聞いたな。ここは大陸の南に位置するエディバル王国の領土の一つソルトバールという街だ。・・・・聞き覚え、あるか?」


 探るようなリーガの目。

 バスクも何かに気付いたのか物問いたげな視線でリーガを見るが口は出さない。

 当然のことながらユウリはリーガの言った地名は何一つ分からなかったから首を振るしかない。


 「えっと・・・ここ、日本じゃないんですか?」


 ユウリの言葉に今度はリーガ達が首を振った。


 「そんな地名は聞いたことがないよ」


 バスクの言葉にユウリは愕然とした。雲の上から地面に向かって叩き落とされたような気分だ。

 青い顔で黙り込むユウリにリーガが止めの一言を放った。


 「すぐには信じられんだろうが・・・多分、この世界はお前の知っている世界とは違うと思う」


 ユウリは目を丸くした。

 すぐには信じられない言葉に耳を疑うことしか出来なかった。


 『多分、この世界はお前の知っている世界とは違うと思う』


 リーガと名乗った仏頂面のコスプレ外人さんが言った衝撃的一言をユウリは最初、信じなかった。

 必死になって否定する材料を挙げる。

 自分達が何を言っても今は逆効果にしかならないと思ったのかリーガとバスクは口を挟まない。


 「だって私、普通に学校に行って・・・授業を受けて・・・それで・・・」


 気を失う直前までの自分の行動を思い返しながら反論していたユウリだったが気を失う直前に近づけば近づくほど言葉が濁っていく。


 「日誌を・・・・書いて・・・」


 廊下に出たら不意に目眩がしたのだ。

 気が遠くなって光で視界が一杯になって・・・・・そして気付いたらここにいた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 違う世界。

 急に実感が湧いてきた。

 理屈でなく感覚で納得がいった。

 自分は今、全然知らない世界にいるのだと。


 「本当に異世界、なんですか?」


 でも否定したい気持ちも強いからついつい一縷の希望に縋り付いてしまう。

 日本じゃないの?携帯を知っていますか?私は日本の東京にある高校に通っていて・・・・・。

 思いつく限りの自分の知っている世界を構築するものを列挙する。

 それはもう藁をもつかむ心境で切々と彼らに語る。

 からかわれているだけ。きっと二人とも冗談だよ。本気にした?と種明かしをしてくれる・・・・。

 そう思っていたのに聞いている彼らの顔に浮ぶのは理解の色ではなくて・・・・。

 その顔を見たらユウリは何も言えなくなってしまった。


 「本当にわからないんですね・・・・・」


 胸が痛い。どうしようもなく痛い。


 「私・・・」


 じわっと涙が浮ぶ。

 自分の状況を正しく理解した途端麻痺していた感情が一気に押し寄せてきた。


 「?!おい・・・・」


 いち早くユウリの涙に気付いたリーガが狼狽したように声をかけてくるがその時にはもう大粒の涙がユウリの手の甲に当たってはじけていた。


 「な、なくなっ・・・・・・」


 この状況で泣くなといわれても無理だ。

 泣いている本人でさえ色々な感情がごちゃ混ぜになってどれが原因で泣いているのか分からない状態なのだから止めようがない。

 嗚咽を堪えるので精一杯なユウリをバスクが極めて自然に抱き寄せる。


 「大丈夫かい?そうだよね。いきなりこんなことに巻き込まれたらそれりゃ泣いちゃうよね」


 いい子いい子と撫でてくれる手は温かくてユウリは余計泣けてきた。


 「我慢しないで思いっきり泣いてもいいよ」


 優しい声にユウリはバスクの服をつかんで胸に顔を埋めた。

 涙が後から後から溢れてしまうのをそうすることで隠したかったのだ。

 極めて自然に抱き合う形になった二人にリーガが突っ込む。


 「っておい!バスクッ!なに自然に抱き寄せているんだよッ!」


 「何怒ってんの?泣いているユウリちゃんを慰めているだけだよ?」


 「だけって・・・お前・・・・・・」


 なにやら絶句したリーガにバスクは泣き続けるユウリの背中を叩いてやりながら意味ありげに笑って見せた。


 「なに?自分が抱き寄せたかったとか?リーガってムッツリタイプ?」


 「断じて違うっ!」


 泣いているユウリを見て泣き止ませてやりたいとは思ったが断じてバスクが言うような邪な思惑はないと断言できる。それにムッツリでもない!


 「・・・・・団長に報告してくる」


 なにやらその場に残るのも居た堪れなくなってきたリーガはユウリが目覚めたこと団長に報告するという仕事を口実にその場から逃げ出そうとした。

 が、ドアに手をかけたところである懸念を思い出しバスクに釘をさす。


 「一応言っておくが・・・・・弱っている女に邪なことはするなよ?」


 「君とは一度じっくりとっくり話し合う必要がありそうだね」


 俺がそんなことする男に見えるのかい?見えるから注意してんだよ。へぇ~~。

 にっこりと笑い合うリーガ達のバックには氷山と吹雪が荒れ狂っているようにみえた。

 部屋の気温が確実に二度は下がっている。


 「まぁ、俺は混乱して泣いている女の子に手を出すほど腐っちゃいないから安心しなよ」


 「本当かよ・・・・」


 「あ、なにそのあからさまな疑いの目は」


 「いや、だってお前って女に手が早そうだし・・・」


 「憶測だよね?それってリーガの憶測だよね?一度だって俺が女の子に手を出したところ確認してないくせに印象だけでそ~いうこと言っているんだよね?」


 「ああ」


 「うぁ、ひどっ!いつもなら面倒とかいうくせにこういう時だけ素直に答えているよこの人!」


 常日頃女性相手に口説き文句と勘違いしかねない言動を取るバスクを見ているとそう思ってしまっても仕方がないのではないだろうか。

 まぁ、騎士団は女性自体が少ない上にその数少ない女性陣が悉く図太い・・・・いや一筋縄では……いやいや非常に自立心旺盛で強い方ばかりが揃っているのでバスクの口説き文句紛いの言動にも惑わされたりはしないがたまに街に出たときなどに店に入ると必ずそこの女性店員の顔を赤くさせる。

 あれで自覚はないのだから天然とはかくも恐ろしい。


 「とにかく過剰な接触と言葉はやめろよ?あとできるなら空気吸うな」


 「さらりと遠まわしに「死ね」と言ってない?ねぇ?」


 「さて、俺は団長のところに行って来る」


 「うぁ~無視だよ。無視したよこいつ」


 最低だよ~と嘆くバスクは無視してリーガはドアを開ける。ドアを閉める直前に部屋の中を見ると泣き続ける少女の小さな背中が見えた。


 (異世界の人間か・・・。昔読んだ本に異世界の住人が迷い込んだことがあるっていう記述はあったが・・・・)


 その本に書かれた事例は今からゆうに三百年は前のことだと記憶している。


 「ふぅ・・・本当に面倒なことになりそうだ」



 「騎士団」と呼ばれる集団がある。

 それは如何なる権力にも属さない完全中立を旨とした集団。

 大陸全土に支部を持つこの「騎士団」は元々魔族や魔獣の被害に対する自衛のために作られた集団であり、魔族が弱体化した現在でも魔獣などの被害の対処、治安維持を目的として活動を続けている。

 

 現在、この「騎士団」を束ねるのはティナ・クロウ。

 華奢な外見とは裏腹に「銀の殲滅姫」の異名を持つ女性騎士団長である。

 騎士団本部にある騎士団長室でリーガはティナと向かい合っていた。

 ティナはリーガの報告を聞くと面白そうに唇の端を上げた。

 

 「異世界からやってきた少女ねぇ・・・それは珍しい。でもあんた面倒事嫌だと公言している割には面倒事拾ってくるわね」


 あからさまな上司の言葉にリーガは沈黙で答える。そんな部下の態度にリーガはあらあらと楽しげに笑う。

 ティナは金の癖の強い髪を持つ外見・自称年齢二十歳の女性だがその瞳は固く閉じられている。

 視界が塞がれているのに関わらず手元の書類にペンを走らせるティナの手は迷いがない。しかも書かれた文字は完璧である。

 風の噂によると彼女は決して盲目という訳ではないらしい。

 「封魔眼」と呼ばれる封具と同じ役割を持つ特殊な力を持っているため普段は瞳を閉じているのだといわれている。

 色々と噂が耐えない人物ではあるが彼女が「騎士団」の長について十八年。その類い稀な指揮能力と戦闘能力で全騎士団員の尊敬と忠誠を勝ち取っていることだけは確かである。


 「・・・少女の名前はヒビヤユウリ。十八歳。本人もなぜこちらに迷い込んだのか分かってない様子で今、バスクが宥めています」


 淡々と報告するリーガの言葉に無言で耳を傾けるティナ。

 リーガの言葉が途切れた時を狙ったかのようにティナの閉じられた目がリーガを見た。


 「報告ご苦労。で、聞きたいのだけどあんたから見たその子はどう思った?」


 「俺から見たユウリ・・・ですか?」


 「ええ、そう。見たまま感想を教えて頂戴」


 てっきりユウリに関する処遇を決めると思っていたのに意外な質問をされてリーガはらしくもなくうろたえる。


 「どうって・・・その、普通の女だと思います・・・。やたら謝るし人の顔みてすぐビクビクするし気も弱そうだけど・・・」


 「ふむ・・・普通の少女か・・・・。一応聞くけど彼女から特別な力を感じたとかはなかったのよね?」


 ティナの言葉にリーガは出会いの場面を思い返してみる。

 どう考えてもあの光の球体以外に特別なものはなかったし、その球体から現れたとはいえ少女からは特別な力など一切感じられなかった。


 「いえ。謎の発光体が出現してはいましたがあいつ自身からは何も感じられませんでした」


 リーガの言葉にティナは「ふ~~む」と考え込む。

 家名もちで有名な封術士の家を実家に持つティナだったがそれらの立場をアッサリと捨てて「騎士団」に入団している。

 そのためか余り堅苦しくなく、よくも悪くも緩い人物であった。


 「・・・まぁ、ここで考えてどうにかなる問題でもないか・・・リーガ。ヒビヤユウリはしばらく「騎士団」の監視下に置きます」


 まぁ、妥当な処置だなと思ったリーガは甘かった。


 「そして貴方には彼女の世話係を命じます」


 「・・・・・・・・は?なんで俺が」


 思わず素が出たリーガにティナはにっこりと笑いかける。


 「なんでってあんたが保護したのだから責任とりなさいよ。それに今、丁度人手不足だし一々他の人間振り分けるの面倒だし」


 「・・・・・・最後のが一番の本音だろ・・・・」


 「なに?団長命令に従えないの?嫌ならいいのよ?副団長にあんたの説得任せるから」


 「引き受けさせて頂きます」


 速攻で返事をしていた。

 副団長の説得なんぞを受けるぐらいなら素直に初めから引受け他方が万倍ましである。


 「あら、素直で私大変に嬉しいわ」


 よく言う・・・・。

 どんよりとした目で睨み付けてもティナは露ほども動揺しない。

 さすが外見上は同年代でも団長就任から十八年まったく変わらない化け物・・・・・。


 「なにか失礼なこと考えてない?」


 「いいえ?別に?」


 内心を綺麗に隠して慇懃無礼な態度を崩さないリーガ。


 「まぁ、いいけど。それじゃ任せたからお願いね?」


 「満面の笑顔で・・・。あんた人に面倒押し付けて楽しいのか?はぁ~第四部隊所属 リーガ。任務確かに承りました」


 びしりと格好だけはつけ、敬礼をしたがリーガの顔はどこまでも面倒そうであった。



 ユウリが泣き止んだ頃、まるで計ったようなタイミングで帰ってきたリーガはちらりとユウリを見るとそのまま決定事項だと前置きした上でとんでもないことを伝えてきた。


 「え」


 「へぇ~」


 リーガが世話役になる。

 そう、聞いた瞬間ユウリは真に正直なことに顔を引きつらせ血の気の引いた青い顔で思わずこんなことを口走っていた。


 「えっ!!嫌です!!」


 しまったと思った時には時既に遅し。

 恐ろしく不機嫌そうな顔で「俺だって嫌だよ」と言葉ではなく表情で雄弁に語るリーガとその後ろで腹を抱えて机をバンバン叩くバスクの姿があった。


 「ゆ、ユウリちゃん・・・君、最高!そういうこと普通は思っていても口には出さないよ・・・・すごい、速攻で拒否した。あ、あはははははははっ!!」


 すこぶるツボに入ったらしいバスクは笑いすぎて息をするのも辛そうである。


 「バスク・・・笑いすぎだ」


 腕組みをしていつも以上に不機嫌そうな顔をしているリーガは八つ当たりのように笑い続けるバスクの頭を叩く。

 だが、バスクは叩かれたことすらも気にならないぐらいに笑いのツボに入ってしまったらしくただひたすらに笑い続けていた。


 「あ・・う・・・」


 顔が上げられない。

 ユウリは自分の失言に深く深く落ち込んでいた。

 しかし、である。ほぼ初対面で怒鳴られ、頭を鷲づかみにされた人間が自分の世話係になったら誰だってユウリのような感想を抱くものである。

 そこら辺の割り切りが出来ないユウリは自分をひたすらに責めて、落ち込んでしまう。

 何かあると他者に責任を求めるのではなく自分の中に見つけてしまうユウリの性質は美徳ではあると同時に一種の卑屈さも持ち合わせていた。


 「す、すいません・・・私・・・・」


 俯いたまま小さくなる。

 このまま消えてしまいたい気分であった。


 「あはははっ!!初対面で怒鳴られて頭鷲摑みにされたらそりゃ嫌いにもなるよね」


 「イエ!!決して嫌いなわけではないです!!好きでもありませんが苦手なだけです!!・・・・あ・・・」


 失言 その二である。

 リーガはますます不機嫌そうな顔をするしバスクはバスクで声が擦れるほど受けているしでユウリはその場で穴掘って埋りたい気分になった。

 バスクがリーガの背をバンバンと勢いよく叩く。


 「よかったね!嫌いじゃないってさ!好きじゃないけど苦手なだけだって!」


 「・・・・・・・うるさい」


 ベシと肩に乗ったバスクの手を払いのけるとリーガは椅子から立ち上がる。


 「ユウリ」


 「は、はい!」


 びくと背筋を伸ばすユウリにリーガは軽く眉を上げるが特にそれには触れずにユウリに外出する旨を伝える。


 「私も・・・一緒に行くんですか?」


 「お前、いつまでもその服装のままでいる訳にはいかんだろ?」


 言われて自分が着替えの一つも持っていないことに初めて気付く。

 いや、着替えだけではなくお金だってない。


 「あ、そうか・・・で、でもお金、持ってない・・」


 オロオロし始めたユウリにバスクが可笑しそうに助言をしてくれる。


 「安心しなよ。騎士団預かりだからもちろん騎士団の方で用立てるよ」


 「で、でも・・・それじゃぁ・・・・」


 一方的にお世話になっているのが心苦しい。

 そう思ったユウリの考えを読んだかのようにリーガが鋭い指摘をする。


 「ここでの常識も貨幣価値もわからん女でしかもお前みたいな子供が変な遠慮なんてしてもいいことないぞ」


 「あ、えっと・・・でも・・・・」


 なおも遠慮しそうなユウリ。

 リーガは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


 「それじぁ・・お前、いま、ここで騎士団を追い出されても生活していける自信、あるのか・・・」


 「それは・・・」


 いくらユウリが世間知らずでもそんなことは出来ないことぐらいわかる。

 ここで放り出されたら野たれ死ぬ嫌な自信がある。


 「ないんなら変な遠慮なんぞしないで大人しく保護されとくんだな」


 「ちょ・・・リーガその言い方はどうかと・・・」


 なにやら抗議しかけたバスクを無視して言いたいことを言ったリーガはさっさと部屋を出て行く。

 その後ろ姿を慌てて追いかけながらユウリはなんだか胸が痛かった。



 相性が悪い。

 リーガは知り合ったばかりの異世界から迷い込んできた少女との今までのやり取りを思い出すとそう結論つけた。

 やたらおどおどした態度もすぐ謝るのも卑屈すぎる思考も見ていて全部がイライラする。

 別に怒っているわけではないのに何故だか話していると相手は俯いていってしまう。

 そしてこっちが悪いことをしたような気分になるのだ。

 ちょっと怒鳴るとすぐに涙目になる。出会って喋ってから数時間、彼女は怖がってまともにリーガの顔も見なくなっていた。

 関係は確実に悪化の一途を辿っていた。そしてそれが確実に分かるのに二人ともどうすれば解決するのか分かっていない。

 なのにそんな2人は今、並んで大通りを歩いていた。

 言わずと知れたユウリの日常雑貨の買出しである。

 無言で歩く。

 バスクはいま、この場にいない。

 仕事があるとかでついては来ないのだとリーガに教えられた。

 重苦しい空気を中和してくれる人材がいないために沈黙が2人の間に暗黒を伴ってとぐろを巻いていた。

 一言で言って気まずい。一言で言わなくても気まずい。

 何か話題を提供するべきだろうか?

 しかし、俺はこいつに怖がられているみたいだし、余計に俯かせるんじゃないのか?

 怖がらせない会話ってどうやるんだ?

 などなど不機嫌そうで面倒そうな表情の下でそんなことをツラツラと考えていたリーガは外見よりずっと困っていた。

 ユウリは「制服」と呼ばれる彼女の世界独特の服装のままで歩いているためやたらと目立つ。

 ちらちらとすれ違う人たちが横目でユウリをみる。中にはわざわざ振り返ってまで確かめる者までいるのでユウリはさっきから一度も顔を上げようとしない。

 その度にリーガは相手に鋭い視線を送りつけ牽制しているのだが肝心のユウリは全く気付いていない。

 ある意味から回っている好意に本人もユウリも気づかない。

 黙って歩く。

 テクテクとユウリが小走りでついてくる。どうやら歩く速さが速いらしいと気付きリーガは歩く速度をユウリにあわせた。

 ユウリが驚いたように見上げてくる。

 見返すと慌てて目を伏せられた。だけどまた小さくこちらを窺う。

 なんなんだ一体・・・。

 相手の行動の意味がわからずおまけにどう扱っていいのかも分からないリーガは本当に困り果てていた。

 ここで口を開いたらまた泣かしてしまいそうで何も言えずにいるリーガにユウリは顔を伏せたまま小さく本当に小さく「ありがとうございます」と呟く。

 聞き違いかと思いユウリを見る。

 相変わらす視線はそらされているがその耳がかすかに赤い。

 それ以上に何か言う気がなくなってリーガは無言で視線を前に戻す。

 微妙に気恥ずかしい。

 再び沈黙。だけどさっきと空気は微妙に違うものになっていることにユウリもリーガも気付いてはいなかった。




 リーガはある大きな店の前で足を止めた。


 「ここは?」


 かなり大きな店だ。ガラス張りから見える店内には多くの品物と少なくはないお客の姿が見える。


 「俺の実家」


 「え?」


 かなり驚いた。

 リーガは「騎士団」にいる。だからてっきり騎士とかの家系だと思ったのだ。

 だがよくよく考えてみれば「騎士団」と言っても特定の国に使えているわけではないようなのでリーガみたいに商人などの一般階級出身の騎士団員が多いのかもしれない。

 ぼんやりとそんなことを考えているとリーガはユウリを置いてさっさと店の中に入ろうとしている。

 慌ててその後を追うユウリ。追いついてきた彼女を横目でちらりとみただけどリーガは無言で扉を押した。

 チリンとドアベルが涼やかな音を風に乗せた。


 「いらっしゃいませ。何かお探しでしょう・・・・・・」


 店員だろうか?ドアベルの音を聞きつけて奥から出てきた青年が定番の文句を言いかけて・・・リーガの顔を見るなり黙り込んだ。


 (あれ?この人・・・なんか、リーガさんに似てる?)


 年はリーガより上のようだが顔の作りや髪の色などがよく似ていた。リーガがもう数年年をとればこうなるであろう容姿をそのまま青年はしていた。


 (兄弟、かな?)


 そう思っても仕方がないぐらいに目の前の2人は似ていた。

 オロオロとユウリが2人を見比べていると店員はしばし呆然とユウリとリーガに視線を行ったりきたりさせていたが急に奥に向かって大声を出した。


 「大変だ!!皆!!リーガが嫁さん連れて帰ってきた!!」


 それこそ外にまで聞こえるのではないかと思えるぐらいの大声でそんなことを叫ばれ、店内全ての視線がユウリとリーガに集まる。


 「なっ・・・・・・・!!」


 「・・・・・・・・・ったく・・・相変らずかよ・・・」


 衝撃で固まるユウリとなにやら諦め気味なリーガの前にがやがやと奥から人が出てくる。

 その数、十人。しかも全員どことなくリーガに似た容姿というか・・・多分、彼の血縁者だと思わせる。

 しかも上と下の年齢がえらく離れているように見えるのだが・・・。


 「え、え、え・・・・?」


 あっという間に囲まれてユウリはどうしたらいいのかわからない。


 「うぁ・・・!!本当だ!!リー兄が女の子連れてきている!!」


 「お嫁さん?あの人リー兄のお嫁さん?」


 「あの朴念仁の面倒がりがついに嫁さんを連れてくるまでになったか・・・・くぅ!!酒だ酒だ!!今日は祝い酒だ!!」


 「というか・・・年、結構離れていないか?」


 「リーガってば年下が好みだったのね」


 「というか年下過ぎだろ。どう見ても十代じゃないか」


 「な、な、俺の言った通りだろ?」


 「リー兄。お帰り。そしておめでとう」


 「ちょっとあんたはなんでそう冷静に・・・みんなも彼女が驚いているでしょ!」


 「だけどよぉ!リーガが女の子を連れてきたんだぞ?冷静になれって方が無理だわ」


 テンでばらばら。好き勝手言いたい放題。こっちの話を聞いてもらえそうにない雰囲気である。

 チラリとリーガの方を見上げると眉間に皺を寄せて頭を手で押さえていた。

 どうやら彼にも事態を収拾することが出来ないらしい。


 「リーガさん・・・」


 「俺だって困っている」


 不機嫌そうにげんなりしたリーガの声。兄弟たちの雰囲気についていけていないようだ。

 なにがどうして自分がリーガの嫁にされなければならないのか・・・。

 リーガの兄弟と思しき人たちは自分を歓迎してくれているのだけは分かるのがその勘違いはどうにかして解かないと。


 「あ、あのっ!!」


 勇気を出して声をかけた途端にその場にいる全員の視線が集まる。


 (・・・うっ!)


 思わず一歩下がってしまう。だが、逃げるわけにはいかない。


 「わ、私・・・リーガさんのお嫁さんではありません!!」


 言えた!


 そう思ったのは甘い考えだと思い知らされるのは一番幼い・・五歳ぐらいの少年の無邪気な一言。

 彼はう~~んと考え込み、なにやら思いついたのかぱっと表情を明るくした。


 「わかった!おねぇちゃんリーガ兄の「こいびと」でしょ!」


 ユウリ、撃沈。


 その隣でリーガがなんでこうなると言わんばかりに天井を睨みつけていた。

 そして五歳児の発言に再び盛り上がる兄弟たち。


 「おお!恋人だったのか!そいつはすまない」


 「まったく早とちりだよ」


 「こら!誰よ。「お嫁さん」なんて言ったのは」


 「ゴメン・・・だってリーガが女の子をうちに連れてくるなんてなかったからついつい・・・そうか

恋人だったのか・・・」


 「恋人にしても年、離れてるよな・・・」


 「・・・あんたは一々細かいことを気にするわね」


 「・・・嫁じゃなく、恋人・・・・お祝いは恋人でも言った方がいい?」


 「いや、嫁だろうが恋人だろうが祝いは言ってやるべきだと思うぞ」


 「うぁ~~い。リー兄が恋人連れてきた。恋人恋人!!」


 「だから!静かにしなさいってば!!」


 なんかもう滅茶苦茶である。


 「・・・・リーガさん・・・・・!」


 「知らん!俺だって立場はお前と同じだ!!」


 リーガが恋人連れてきたと盛り上がる家族に本気で目眩を感じたころパンパンと手を叩く音が聞こえた。

 それまで騒いでいた兄弟たちがピタリと口を閉ざす。


 「まったく・・・なんの騒ぎだ。そろいも揃って店先でなにを騒いでいる。お客様の迷惑だろう」


 奥から姿を現したのは壮年ぐらいの男性。


 (リーガさんの・・・お父さんだ)


 その男性は先ほどの出てきた男性よりももっとずっとリーガに似ていた。

 違いといったら年とリーガの特徴ともいえる不機嫌そうな面倒そうな表情を浮かべていないことぐらいだ。

 リーガの父親と思しき男性は自分の子供達と不機嫌そうに自分を見ているリーガそしてその隣で所在無さ気に立っているユウリをみて大体のところを察したのか呆れたように顎に手を添えた。


 「まったくお前達は何かあると全員で騒ぐ。ホラ、仕事があるものは仕事に戻れ。仕事のないものは

奥に行っていなさい」


 テキパキと指示を出す父親にリーガとユウリを除く全員が素早く動きだす。

 それを横目に男性は他の客に頭を下げている。


 「えっと・・・に、賑やかなご家族ですね」


 「ハッキリ言えよ。粗忽で野次馬の集まりだって」


 「あ、あははは・・・・」


 リーガの言葉にユウリはただ乾いた笑いしか返せなかった。

 そんな会話を交わす2人にお客に対する謝罪を終えた父親が近寄ってくる。


 「やれやれ・・・何かあるたびに見当違いの方向に騒ぐのは一体誰に似たんだか・・・。それよりリーガ。そちらのお嬢さんはどなたかな?」


 子供達の加熱ぶりとは正反対に父親の方はアッサリとした対応であった。


 「あ、私は・・・・」


 「こいつは訳があって騎士団の方で預かっている子供だ。事情があって身の回りのも物を持っていないんだ。服を姉貴とかのお古でいいから譲ってくれ。あと下着や日常品なんかは店で売っているだろ?買うから適当に見繕って欲しい」


 ユウリの紹介もせずに目的だけを言うリーガに父親はさすがに苦笑いを浮かべた。


 「まったく。お前は相変らずだね・・・。いいだろう。用意させる。だけどな・・・リーガ」


 「?なんだよ」


 リーガの鼻を父親が容赦なく摘む。


 「いっつう!」


 「お前、このお嬢さんが自己紹介してくれようとしたのを邪魔しただろ?お前が礼儀を知らないのは私の教育不足だとしても他人の礼儀まで邪魔するのはいただけないな?しかも私もお嬢さんに自己紹介できなかったじゃないか」


 にこにこと極上の笑顔を浮かべつつ父親は息子の鼻を引っ張る。


 「いててっ!引っ張るな!放せ!」


 「はははっ!相変わらず可愛いじゃないか息子よ!!」


 物言いは兎に角空々しい。

 散々リーガに痛い目を見せて納得がいったらしい父親はユウリの方を見据えると打って変わって紳士的な態度で自己紹介をしてくれた。


 「お見苦しいところをお見せしました。私はリーグル。このリーグル商会の主で・・・」


 ここでリーガの耳を引っ張る。


 「この愚息の父でもあります」


 「さっきからイテェって!!」


 「お嬢さんのお名前は?」


 「って!俺は無視か!!」


 にこにこと愛想のよい笑顔を浮かべるリーグル。正直な所リーガと顔が似ているためリーガが愛想のよい笑顔を浮かべているようで戸惑う。


 「わ、私はユウリといいます。今日は急にきて、無理を言ってすいません」


 今までの経験から苗字は言わない。リーガが何も言わないところをみるとこれで正解のようだ。

 ペコリと頭を下げるユウリにリーグルが頬を緩ませ、リーガの肩を叩く。


 「いい娘さんではないか・・・本当に恋人ではないのか?」


 「出会ってまだ一日も経っていないんだが?」


 リーガの額に青筋が浮ぶ。それに気付いているのかいないのかリーグルがどこか遠い瞳で語り出す。


 「ふぅ・・・駄目だな。私なんて母さんを口説き落としたのは出会って三十分後だったぞ」


 「いや・・・親父達基準にされても・・・・」


 普通じゃないからそれ。と呟くリーガに思わず同意しそうになってしまうユウリ。

 そんな2人にリーグルが大げさに目を丸くして見せた。


 「おやおや・・・出逢って間もないという割りには気があっているようだね」


 「「どこが(ですか)」」


 否定の言葉がピッタリ重なってますます気まずい。そんな二人にリーグルは微笑まそうに目を細めた。

 


 「う~~~ん。変わった服ねぇ・・・生地も見たことないものだし・・・」


 ユウリの制服を手に取り、朱金の髪と銀の混じったなんとも神秘的な瞳を持つ女性が感心したように呟いた。


 「えっと・・・私のせか・・・じゃない、故郷独自の服と生地なんですよ。コールファーンさん」


 手渡された服に四苦八苦しながら答えるユウリに部屋の主・・・リーガの一番上の姉であるコールファーンはユウリに手を貸してくれた。


 「コールでいいわ。皆そう呼ぶから。それと裾の長い服は苦手、みたいね・・・」


 どうにか服を着たはいいが裾の長い服に突っ掛かって何度も転びそうになるユウリにコールファーンは悩ましげに頬に手を沿え、首を傾げた。


 「そう転びそうになると日常生活も覚束ないわね・・・」


 さて、どうしましょうかと腕組して考えていたコールファーンだったがやがて何かを思いついたように箪笥を漁り始めた。


 「コ、コールさん?」


 「ちょっと待ってね・・・確か、この辺りに・・・あった!!」


 箪笥の奥の方に収めてあったらしい服を誇らしげにこちらに見せる。

 それは全体的に淡い色の生地でつくられた一組の服であった。

 上はボタンのない頭から被る服で同色の羽織もついている。下はズボンで足首は絞ってあり、更にその上から腰巻を巻くようで鮮やかな布もあった。

 全体的な印象はユウリの世界のアラビアンナイトの世界だが細かい部分はコールファーンが着ているような服に合わしてあり、結果として上手く融合された一品であった。


 「これは・・・」


 「ふふっ・・昔ね。うちにいた他の国出身の従業員が着ていたものなんだけど彼女は結構お洒落さん

でね。こっちでも違和感ないようにでも故郷らしさは失いたくないって試行錯誤のすえ作った服よ。

 彼女がお嫁に行くっていうから記念にもらったの。役に立ちそうでよかったわ」


 さぁ、着てみて頂戴と手渡された服は着てみたらこれまで渡されたどの服よりも動きやすい。

 ぐるりとその場で一回転してみて確かめてみるとうんうんと満足そうにコールファーンが頷く。


 「大きさも丁度良さそうね。確かもう二・三枚はあったと思うし・・・型も残っているから作ろうと思えば作れるわよ」


 「えっと・・あの・・・・服を譲っていただくだけでも申し訳ないのに新しく作ってもらうなんてその・・・」


 「本当に貴女は遠慮がちなのね」


 出逢って一時間弱しかたっていないコールファーンからそう言われユウリはますます肩を萎めてうなだれる。


 「す、すいま・・」


 「はい!謝らない」


 「は、はい!」


 びくっと背筋を伸ばすユウリにコールファーンは柔らかく微笑むと見つけ出した服とそれから一応一般的な女性物の服を袋に詰めてそれを渡す。


 「あ・・・」


 「とりあえずはそれを持っていきなさいな。下着やなんかは妹が見繕って持ってくるから。・・・それと私は貴女を喜ばせたいから色々しているのよ?そんな私に貴女が言うべき言葉は謝罪じゃない。

・ ・・・言えるわよね?」


なにをとは言われないがユウリは照れたように俯く。


 「ありがとう・・・ございます。コールさん」


 「ふふっ。どういたしまして。照れているのはわかるけど今度は笑顔付きで言って欲しいわ。まぁ、それは次に期待して、喉が渇いたでしょ?リーガも呼んでお茶にしましょう」


 ついでにその服もお披露目しちゃいましょうと楽しげに笑う女性にユウリもつられて小さく笑い声を上げた。



 ユウリが一番上の姉に連れて行かれ、リーガはすることもなく実家の自分の部屋にいた。

 いや、正確にいうとわざわざ自室まで押しかけてきた兄弟たちの戯言を右から左へと聞き流していた。


 「なぁなぁあの子本当の本当にお前の嫁さんでも恋人でもないの?」


 「こそっとお兄ちゃんにだけ本当のことを言いなさいって!え、どうぜ言ったら最後、ご近所お得意様に言い触らす気だろうって・・いやだん!お兄ちゃんそんなことしないわよ!!痛っ!叩くこたぁないだろう!」


 「・・・気持ち悪いこと、するから・・・」


 「お前、ちょ~~~っとこっち来なさい。お兄ちゃんが説教してあげるから・・・!!」


 「よかった・・・さすがに二十六歳と十代って犯罪ぽいよな・・」


 「けっきょくあのお姉ちゃんはお嫁さんなの?こいびとさんなの?どっち。ねぇ~~どっち?」


 際限なく騒ぐ兄弟たちの頭の構造がどうなっているのか本気で見てみたい。

 リーガの額に大きな血管が二つ三つは確実に浮んでいた。


 (好き放題言いたいこと言いやがってこいつらは・・・)


 なんで自分が出会って間もない子供・・・しかも相性最悪の少女との仲を疑われなければならないのか・・・。


 (人のことを犯罪者扱いしやがるし・・・女に縁がないみたいに騒ぎ立てるし・・・・・!!)


 普段が不機嫌顔だから誰も気付いてはいながこの時の彼は浮かべる表情と感情が完全に一致していた。本気で不機嫌であったのだ。

 或いは、兄弟たちはそれすらも気付いた上で発言しているのかもしれなかった。

 本当にそうだとしたら俺の身内は腹の黒い奴ばかりだと半ばヤケクソのように考えるリーガ。

 せめてもの反抗でずっと無視しているのだが兄弟たちの戯言は終わる様子を見せない。


 (こいつら・・・いつになったら消えるんだ・・・)


 まだ幼い下の弟(十一歳と五歳)2人についてはまだいいが兄二人とすぐ下の弟(二十二歳)に関してはそれぞれ仕事が・・・それもかなり重要な仕事が任されているはずなのにこんなところ弟をからかっていていいのだろうか?

 まぁ、他の兄2人(比較的まともな長男と三男)が他の三人の分まで仕事を押し付けられているのだろうけど・・・。

 思い浮かぶのは兄弟の中でも常識と忍耐をなまじ持ち合わせてしまったがため著しくそれを欠く兄弟の後始末を嫌でもする破目になってしまった兄2人の眉間に皺を寄せた顔。


 (こんなのに仕事を任せて・・・兄貴たち、胃に穴が空きそうだな)


 家業についてはすっぱり手を引いているリーガだったが能天気な兄達の後始末に回っている二人を思うと不憫になってくる。

 自分も十五まで彼らと同じような役回りを押し付けられていたから余計に。


 「なぁなぁなぁ~~~~!!リーガ無視してないで構ってくれよ!!」


 「・・・構えってあんたそれ、嫁をもらって子供も三人いる男のセリフじゃないぞ・・・」


 「ハッキリ言ってウザイ」


 七男がばっさり切って捨てる。この弟は冷静な顔できついことを平気で言う。少数の常識人・多数のお調子もの非常識人、放任主義者の中でどうしてこんな性格が形成されたのかリーガは不思議でならない。


 「本当にこの弟たちは可愛げのない!!」


 本格的に次兄が切れ、七男を追いかけまわす。

 無表情にしかし素早く逃げる七男。

 それらをあははと笑いながらも止めはしない四男。

 ぶつぶつと何事か思考に耽っている六男。


 「リー兄?結局どっち?」


 リーガの膝によじ登って己のそんなことを聞いてくる末っ子八男にリーガは本気で目眩がしてきた。

 実に実に不本意ながら実家に帰ってきたと実感してしまうやり取りだと思ってしまう自分が哀れだ。


 (そうだ。・・・これがうちの日常だった・・・)


 面倒なことが嫌いで、だけど面倒なことを毎日のように引き起こされた日々が走馬灯のように頭に蘇ってくる。


 「ったく・・・頭が痛くなる・・・・」


 「おまった~~~~!!」


 ノックもなしにドアを開け放った長女にリーガは本気でその場に埋れたくなった。


 「コー姉・・・・」


 「あら?なになに男ドモが集まって何しているのよ。暑苦しい」


 部屋の中に勢ぞろいしている弟たちにコールファーンは軽く鼻で笑うと背後を振り返る。


 「まぁ、いいわ。丁度いいからあんたらにもお披露目よ!」


 「あ、あの・・・その・・・・コールさん・・・・」


 気弱そうな声を無視してコールファーンは背後に隠れている少女を無理矢理部屋の中へと引っ張り込んだ。


 「じゃ~~~~ん!!」


 入ってきたのは見慣れない衣装に身を包んだ少女。

 黒い髪を後ろでみつ編みにし、ターバンを巻いている。

 見た事のない服は一目で異国のものとわかるのに細かいところはリーガの知っている服の特徴を持っていた。


 ぽか~~んとその場にいた男全員の視線が少女に集中する。


 「あ、あの・・・・・」


 彼女の世界の服だという「制服」を着ていないせいか服装の奇抜さが「制服」より緩いせいか純粋に少女の容姿にリーガは初めて意識がいった。

 黒い・・・見た事のないような色を持つ髪も夜をそのまま写しとったような瞳も・・・気弱そうな表情を浮かべるその顔も・・・以前とは全く違う風に見える。

 姉がやったのだろう。ほんのりと化粧まで施されたユウリは人の目を十二分にひきつけるほどの魅力を醸しだしていた。

 おろおろと泣きそうなユウリの肩に手を置きながらコールファーンが誇らしげに弟たちに問いかける。


 「どうよ!」


 姉のその言葉に兄と弟がどっとユウリに駆け寄る。


 「いや~~~!!びっくりしたよ!!すごく良く似合っている!!」


 「えらいべっぴんさんだなぁ!!本当に美人さんだ!!」


 「うんうん!!あ、リーガの恋人じゃないんだよね?俺、恋人に立候補してもいい?」


 「おねぇちゃん!きれい!お姫様みたい!!」


 矢継ぎ早に言われてユウリは目を回したようで「え、え、え?」と言葉が出ないようであった。


 「はいはいはい!そこまで!むさい男が集団で押し寄せてんじゃないわよ!怖がっているでしょうが!」


 しっしと犬を追い払うように手を振るコールファーンに追い払われた方はぶーぶーと文句を垂れる。だがそんなもんで家族内で最強権力保持者の意見を曲げることなどできない。

 ぎろりと一睨みされただけで全員黙らされていく。

 そして何故だかリーガまで睨まれた。・・・・何故、俺までにらまれなければいけない。

 憮然と黙りこくる弟にはぁ~~と溜息を付くとコールファーンは手に持っていた袋をリーガに押し付ける。


 「はい。これこの子の着替え一式と日用品。この子別の場所から来たって聞いたから服の着方とかは一応教えたから」


 「お、おう・・・っう!」


 反射的に受け取るリーガの足を華麗に踏んだコールファーンは低く恫喝する。


 「あんたね・・・女の子が着飾ってるときぐらそのぶっちょう面なんとかしなさいよ!誉め言葉の一つぐらいいいなさい!」


 小さくだけど鋭く怒る姉をリーガは珍獣でもみるかのような思いで見返す。


 「誉めるって・・・なんで俺が・・・っう」


 先ほどとまったく同じ箇所を踏まれ思わずその場に蹲ってしまうリーガをコールファーンが腕を組んで見下ろす。


 「全く・・・うちの男どもときたらウザイかへタレか朴念仁ばかりで嫌になるわ」


 「え、え、え。というかリーガさん!大丈夫ですか!」


 リーガの側に膝をついて覗き込んでくるユウリ。その顔は心配気にこちらを見ているのに気付いてリーガは反射的にそっぽを向いた。

 なぜそんなことをしたのか自分でもわからないがとにかく視線を合わせたくなかったのだ。

 その途端ユウリが「がん」としたような顔をして後悔したがいまさら視線を元に戻すのもしゃくでリーガは視線を外したまま痛みに耐えた。


 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 「だ、大丈夫です、か?痛い・・・・ですよね?」


 「見ればわかることを一々聞くな」


 「・・・・っ!すいません・・・・・」


 「謝るな。鬱陶しい」


 「・・・すいま・・あ・・・えっと・・・・」


 おろおろするユウリにいらっとするリーガは口調がついついキツクなってしまう。

 困らせたいわけではないのに結果的に困らせている現状がいらいらを更に増していく。

 あ~~~~くそっ!

 いらいらする!

 踏まれた足は痛いわイライラは増していくわいいところなしだ。

 最悪だ。そしてそんなリーガの態度にユウリは更に怯えて結果二人の関係は互いに決して嫌いなわけではないのに悪化するという悪循環に陥っていた。

 それらを見ていた外野陣のうち二人の悪循環に気付いた人間若干名は静観。気付かない大多数は好き勝手に囃し立てていたのでリーガは早々に家を出たのであった。


 帰り道は行き以上に重苦しい空気が漂っていた。

 気まずいが大量に闊歩して盛大にパレードをしている。


 (あ~どうしょう。リーガさんさっきから一言も喋らない)


 ユウリは前を歩くリーガの背中を必死に追いかけていた。歩幅が違いすぎて駆け足でないと置いて行かれそうだ。

 おまけに夕方なので人が多い。油断しているとリーガの背中を見失ってしまいそうになる。

 待ってください。少し歩く早さを緩めてください。

 たったこれだけのことが言えない。今のリーガは不機嫌で声がかけずらい。

 だから息を切らせて必死について行く。リーガはユウリを一切振り向かないで一人でさっさと歩いていく。

 人がリーガとユウリの間を容赦なく埋めていく。

 前を歩く青年の背中が人込みに消えそうになる。急がないと。

 走り出したユウリだったが石畳に躓いてしまう。

 傾く視界。


 「あっ・・・・」


 気付いた時には盛大に転んでいた。


 「・・・・・った・・・・」


 顔をあげると前を歩いていた背中は見えない。きょろきょろと慌ててリーガを探すがそれらしい姿もなく走りよってくる人影もない。

 置いて行かれた。

 そう悟った途端息切れした体から力が抜ける。

 なんとなく立ち上がれずにその場に座り込んでしまうユウリ。

 そんなユウリを通行人が迷惑そうに避けて行く。

 大八車の上に籠を乗っけて引くおじさんがユウリの前を通っていく。ユウリの世界ではお目にかかれない光景だ。

 道行く人の着ている服も違う。お金も違う。ついでに常識も少々違うしユウリの世界にはないものがたくさんあるし逆に知らないものも沢山ある。

 見知らぬ世界。ユウリの知らない世界。ユウリを知らない世界。

 ぞっとした。

 これだけ人がいるのに誰一人自分を知る人がいない。

 自分がどんな名前でどんな生活をしていたのか・・・それどころほんの少し前までユウリという存在はこの世界に存在すらしていなかった。


 「・・・・・・いたい・・・・・」


 転んだ時にすりむいた手が痛い。

 世界中からそっぽ向かれたような気分になる。


 「いたい・・・・・・」


 家路を急ぐ人の足音。民家から流れる夕飯の匂い。温かな日常の一こまなのにユウリにはその全てが痛かった。

 どうして・・・どうして私がこんな目に遭うの?

 普通に暮らしていただけなのに知らない世界に来ちゃって帰れるかどうかすらわからなくて・・・・・。

 じわりと涙が滲んでくるのを必死に堪えた。

 泣いたら・・・二度と立ち上がれそうにないと思えたからユウリは必死に耐えていた。

 そんなユウリに影が差す。それと同時に手が差し伸べられた。

 大きな男の人の手。


 「・・・・・・大丈夫か?」


 その声は目が覚めて最初に聞いた声。

 不機嫌以外の感情はないんじゃないかというぐらいいつもいつも同じ不機嫌そうな声。

 ゆるゆると目線をあげると予想通り不機嫌そうな顔でリーガが手を差し伸べている。


 「リーガさん・・・?」


 不機嫌そうな顔が少しだけ怒ったような顔に変わる。


 「お前・・・歩くのが早かったなら文句ぐらい言え」


 問答無用で手をつかまれ立さされた。


 「言わなきゃわからねぇ・・・ってあ~~~違う」


 リーガはなぜだが視線をあらぬ方向に向けつつ早口になる。

 そして意を決したように視線をユウリに戻すと一気に早口で捲くし立ててきた。


 「今回は俺も悪かった。もっと気をつけるべきだった」


 不機嫌そうな顔でそれだけ言うとこの話は終わりだと言わんばかりに歩き出す。手を摑まれたままなのでユウリも当然つられて歩き出すことになる。

 二人無言で歩き出す。手を繋いでいるせいだろうか今度は歩くのに支障はなかった。

 歩きやすい。時々人とぶつかりそうになるのをリーガがさり気無く庇ってくれていた。

 繋いだ手を振り解くことがユウリにはできない。リーガも離さないのでなんとなく手を繋いだまま歩く。


 「すまない」


 「え?」


 早口でしかも小さかったので思わず聞き返してしまった。


 「・・・・・・なんでもねぇ」


 リーガはそっぽを向いて誤魔化す。その表情は見えなかったが耳は少し赤い。夕日のせいかそれとも別の原因か。


 「なんでも、ないんですか」


 「そうだ。なんでもない。お前に謝ってなどない」


 「そ、そうですか・・・・」


 そう言われると強くは追求できずにユウリも黙り込む。


 「・・・・・・・・・・お前、ここは追及しろよ」


 「え!あの・・・」


 肩越しに恨みがましい視線を送られユウリはオロオロしてしまう。

 私またなにか変なことした?

 途端に不安が胸中を埋め尽くす。

 どうしよう・・・また怒らせる!

 うなだれるユウリにリーガは諦めたように空を仰いだ。


 「おろおろすんな・・・怒ってない」


 「そ、そうですか・・」


 うなだれていたユウリの視線が少しだけ上を向く。その少しだけ上がった視線にリーガが満足そうに・・・・少しだけ口の端をあげた。

 それはいつもの不機嫌さなんて感じさせない柔らかな笑顔だったけどユウリがそれを認識するよりはやく。


 「さっさと帰るぞ」


 「は、はい」


 淡く儚く暮れていく夕日に隠れてしまった。



 

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