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ねた的な小説  作者:
10/28

約束

 白い部屋。夜だけ格子を外された窓から差し込む月の光を浴びるのは一人の少女。

 死装束を連想させる真っ白な着物を身に纏い、その着物より白き髪に月のような銀の瞳。

 黒髪黒目の人間しか住まぬはずのこの地においてかような外見を持って生まれた少女はその特異な能力と合わさり生まれた時より隔離された生活を強いられていた。

 日中は窓も無い屋敷の奥に篭もり、月夜の晩のみこの部屋へと移り月の光を浴びる。

 陰陽二つ力によって構成されているこの世界において少女の力は陰の力。

 そのため、陽に属する太陽の光は少女にとっては毒に等しい。

少なくとも少女はそう聞かされ育った。だから夜の光景しか知らなかった。

 少女に名はない。ただ、「語り部」とだけ呼ばれていた。


 幼き頃、少女は今よりずっと身体が弱かった。神託を一つ語るだけで倒れ、高熱を出す身体を何度呪っただろうか。

 医者にも薬にも恵まれてはいたがいつも心のどこかに穴が開いたようだった。

 そう、あの日も神託を終え、熱を出してしまった少女は部屋で一人、夢うつつに窓の外を見ていた。

 欠けていく月を見ていると不意に影が差し込んできた。


 「・・・・・誰かいるの?」


 熱で辛い身体を起こして窓に近寄る。外から誰かがこちらをのぞきこんでいる。小さな自分と同じぐらいの大きさ。

 ビクビクしながらそっと外をのぞき込むと青い瞳と目があって、思わず「あっ!」と大きな声を挙げてしまった。慌てて口を押さえるが声はしっかりと部屋の外に控えている侍女に聞こえてしまったらしく訝しげな声が聞こえてきた。


 「・・・・・・語り部さま?どうかされましたか?」


 「な、なんでもない・・・気分転換に外を見ようとしたらちょっとクラクラしただけ」


 「お体が本調子ではないのです。休まれてくださいまし」


 「はい」


 何とか誤魔化せた。再び窓の外に目をやると青い目に金色の髪をした異国の少年がびっくりした顔でこちらを見上げていた。

 窓を開けて少年に手を差し伸べた。


 「こっちにおいでよ。そこは寒いよ?」


 風変わりな格好をした異国の少年はエルクと名乗った。父親と共に世界中を旅して回っているのだという。この地へは旅の途中によって数日後また旅に出るのだそうだ。


 「・・・・どうしてこんな夜更けに外にでたの?ここは普通の人が入っていたら怒られるよ」


 「寝ていたら物音がして・・・・気になったから外に出て探してたらここに迷い込んだんだよ」


 プイッとふて腐れたように顔を逸らす少年に少女はクスクスと笑って彼をここまで導いた「音」の正体を明かした。


 「エルクが聞いた物音は多分精霊だと思うよ。見ない顔だからからかわれたんだよ。きっと」


 ガクッーと肩を落とす少年。からかわれたのが相当ショックだったようでしばらくぶつぶつと精霊に対して文句を言っていた。


 「なんだよ、それ・・・・。勢い込んで剣まで持ってきたのが馬鹿みたいだ・・・・」


 「剣?」


 興味津々で覗き込んでくる少女に少年は「ほら」と見えやすい位置に持ってきてくれた。


 「へぇ・・・。刀とは形が全然違う。それにこの鞘に彫られているのは龍だ」


 「りゅう?ドラゴンのことをお前達はそう呼ぶのか。これは対の剣でこれは「地の剣」。片割れが

「天の剣」と呼ばれるんだ。」


 「触ってもいい?」


 「ああ。但し、剣を鞘から抜くなよ」


 そろりと剣を持ち上げてみるが予想外の重さに思わず取り落としそうになる。


 「重い。儀式のときにもった刀はもっと軽かったよ」


 「おまえ・・・実践用の武器と儀礼用のを一緒にするなよ。第一、刀は剣より軽く作られているんだ

よ。扱い方から違うしな」


 自分とそう年の変わらない少年が訳知り顔ですらすらと講釈をたれたので少女は面白くない。何となく気持ちが萎んだ気がして少女は俯いた。

 クラッと視界が揺れる。「いけない」と思った時には身体が傾いていた。地面に倒れる!と目を瞑り衝撃に備えた少女の身体を少年が何とか抱きとめる。そして腕の中で荒い息をしている少女に気付きハッと顔色を変える。


 「お前・・・熱があるじゃないか!!」


 「平気、いつものことだもん」


 赤い顔で頭を振る少女を少年は問答無用で寝床に戻した。


 「病人は大人しく寝ていろ。この馬鹿!!」


 「ば・・・・馬鹿って何よ!」


 「馬鹿じゃなきゃ戯け者だ。動くのも辛いくせに何起き上がってるんだ」


 「だって・・・・・エルクが帰っちゃうのいやだもん」


 泣きそうな顔で少女の手が少年の服の袂を掴む。


 「私のこと・・・・普通の子と同じように声を掛けてくれたのエルクだけだもの・・・・・。友達に

なって、欲しかったんだもの」


 その言葉に少年は一瞬だけ呆気に取られ、ついで怒ったような顔をして視線を逸らすとドスンとその場に座りなおした。


 「エルク・・・?」


 「お前が寝るまではここにいる。それで、明日も来てやる。・・・友達、だから・・・・遊びにきて

やる」


 チラリと少女の方を見て、すぐに顔を逸らす。少年の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。


 「うん・・・・ありがとう・・・・・」


 あのとき確かに少女は幸せだった。




 「・・・・・・・・・・語り部様・・・・・・・・お時間です」


 扉の外からの侍女の声に少女は物思いから現実へと意識を戻した。


 「わかりました。今、行きます」


 意識して稟とした声で答える。身に纏った着物がやけに重く感じたがそれを少女は無視した。

 立ち上がった拍子に頭の上の髪飾りがジャランと鳴る。

 背筋を伸ばし、真っ直ぐと前を見据える。今宵も迷える者が彼女の前に現れる。他者が彼女に求めるのは神託のみ。

 そして彼女を庇護する者たちが求めるのは彼女の力によって得られる利益。

 なれば、私は演じてみせよう。

 神聖で清廉で従順な語り部を。

 そして今宵も少女は仮面を被り、語り部となる。



 務めを終え、部屋に戻った少女は窓際に座り込み月を見上げていた。

 力を使った後はいつも身体がけんだるい。壁に寄りかかるように身体を預ける少女をただ、十六夜の月が見下ろしていた。

 手足を動かす気にもならない。成長するごとに力を使った後の反動が酷くなっている気がする。

 このまま死んでしまうのだろうか。


 (約束だ。いつか絶対に迎えに来るからその時は一緒に世界を旅してまわるんだ)


 小さな頃の約束を素直に信じるには自分を取り巻く現実が余りにも辛くて。そして自分もまたあのころの真っ直ぐに未来への約束を信じられるほどの強さを失くしてしまった。

 信じたいと・・・・信じ続けていたいと願ってはいても心の奥に根付いたあきらめがそれを打ち砕く。


 「エルク・・・・・・・・」

 あなたは約束を覚えているの?

 小さな子供の時分の約束を。たった一時、ほんの僅かな時を共有した私を覚えている?


 (次に会った時にはお前に名前を付けてやるよ)


 きっと約束は果たされない。

 見上げれば月。名も無き少女は淡い月光に包まれながら絶望を見詰めていた。



 目を瞑り、思い出すのは名前もない少女の白い色。

 まだ彼の父親が生きて一緒に旅をしていた頃に数日だけ滞在した土地で出会った少女は雪のごとく白い髪と今宵の月を思わせるような見事な銀の瞳で自分を見つめていた。

 

 精霊にからかわれ少女の住む、立ち入り禁止区に迷い込んでしまった自分に手を差し伸べた彼女に幼いながらも淡い恋心を抱いた。

 淡い微笑みが自然とこみ上げてくる。

 きっとあの少女は知らない。

 自分が一目で彼の心を永久に奪ってしまったことを。

 たった数日で本当に本気の恋を彼に自覚させてしまったなんて言わなければきっと気付いてはくれない。


 (約束よ。待っているから。絶対に迎えにきてね)


 別れる日に交わした幼い約束。だが、一日だって忘れたことはない。

 少年は腰に差す二振りの剣を触る。


 左には父より譲られた「地の剣」

 右には父の形見である「天の剣」

 

 二振りの対の剣の感触を確かめ、少年は深呼吸をすると天上にかかる月を見上げた。

 この世で最も愛しい少女もこの月を見ていればいい。そう、柄にもないことを考え、少年はそっとその場を後にした。

 約束はもうすぐ、果たされる。


 絶望し、感情を封じた少女と


 約束を果たすため、旅をする少年。


 重なり離れた二つの運命は一つの約束の下で再び交差しようとしていた。

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