真夏の攻防
これは神から与えられた試練だろうか。
中間考査が始まり、テスト二日目の日だった。
俺の学校には、特別教室以外にはクーラーの設備がなく、額から落ちる汗やらテスト用紙がヨレヨレになりながらも、俺たちはテストを受けている。
俺の席は窓側の後ろから2番目だ。カンニングしやすいとか思うな。後ろだからこそ警戒されて身動きできねぇっつの。
シャーペンの文字を書き綴る音は止みそうにもない。俺は早々に手を止めたので、ぶっちゃけ暇だ。いやなに、決してテストを諦めたわけではない。そうさ、数学なんてお茶の子さいさいってやつさ。……まぁ、つまり「え、数学? なにそれおいしいの?」状態なわけだが。
周りの奴らの目は、暑さのせいでどこを見てるかよくわからないが、俺の目はきっと別の意味で死んだ魚のような目をしていることだろう。
全開にされた窓から、涼しい風が流れ込むが、やはりこの暑さではなんの足しにもならない。
教卓にいるプリン体のおっさん教師を見れば、和風の扇子で優雅に涼しんでいた。猛烈な殺意を抱いた。
とりあえず、校長室忍び込んで、校長が愛してやまないメダカの水槽の中に、ザリガニ入れてよう。そして、その水槽の横におっさんの大事にしてる某電気ネズミがプリントされたハンカチ置いてやる。いい歳したおっさんが、プリティなハンカチつかってんじゃねぇよ。羞恥にまみれて死ね!
あー、駄目だ。イライラする。
俺は無意識に机を指先で何度も叩いていた。コツコツ、と単調なリズムで暑さにうなる生徒の声に音が混じる。ちらりとおっさんがこっちを見たが、咎める気配はない。
俺は小さく、だが隣の奴には聞こえるようわざとらしくため息をついた。少し、隣りの女子がこっちを向いた。カンニング扱いされねぇかなー。無理か。
もうテストこれで終わりだし。開始10分で終わった(諦めた)し。もうよくね? 俺頑張った。ホント頑張った。だから帰ってよくね?
まじ帰りてぇ。ほんっと帰りてぇ。お家が一番だよ。お家が一番。
と、突然。目の前が真っ白になった。ついでに、若干鼻が潰れて息苦しい。あ? なんじゃこりゃ。
俺は窓際。そこに今日一番の強風が吹いた。結果、カーテンが大きく揺れた。つまり、俺の顔に盛大にカーテンがぶつかってきた。
「――――っ」
え、ちょ、すっげぇ邪魔なんだけど。え、何これ。
だが、声を出すわけにもいかず、必死に無言で両手をばたつかせてカーテンをどかそうと試みる。が、このカーテン、なかなか元の位置の収まってくれない。いくら押しやっても、強い風のせいでまた俺の顔にかかってくる。まさに暖簾に腕押し状態。……いや、なんか意味違う気がする。いや、あってんのか?
このやろう、たかが教室のカーテンの分際で俺様にたてつくんじゃね! くらえ、サンライトイエロー・オーバードライブ!! ……ただの両手チョップですがなにか?
ばふん、と良い音を立ててへこむカーテン。ふ、この勝負、俺様の勝ちだ! 一昨日行きやが――――っぼふぅ!?
カーテン再来。
なん……だと? カウンターだって!? 貴様、そんな高等技術、どこで覚えやがった!? (暇すぎてちょっとノッてきた)
俺の鼻先にカーテンがあたる。僅かに収まった風に乗せて、強烈な臭いが俺の鼻を貫いた。
なんという悪臭! まるで真夏に生ごみ出し忘れて、ゴミ収集車来ちゃって5階から走ってギリギリ到着して、やっとこさ階段で家帰ってきたときのおかんの靴の臭いのようだ!! あれはきつかった。そのあと学校行こうとして靴履いた時に匂った異臭といったら! なんで立った状態のままで、臭ってくるんだよ。俺の鼻と靴の間にどれだけの距離があると思ってんだ!
そして、あの忘れられない臭いを醸し出す、カーテン。いったい誰がこんなにまでコイツを腐らせちまったんだ! このカーテン周辺の席の奴か? やべぇ、それ俺だ!
この前の登校中にいきなり大雨降ってきて、びっちょびちょで学校来た時あったんだ。それで濡れた靴下とかワイシャツとかとりあえず、窓にかけてたんだ。その日湿気やばくて渇かなかったんだよな。あの時の靴下の臭いも、おかんを思い出させた。
うん、間違いなく犯人俺だ!
悪かった、謝るからその攻撃をやめてくれ! いい加減手ごたえないのにチョップすんの疲れた。今度ファブリーズ持ってきてやるから! あ、俺ん家リセッシュ派だったわ。
――――っおぶふぅ!!?
勢いよく、比較的固い生地になったカーテンの角っこが俺の顎を直撃した。地味に痛てぇ。
リセッシュは嫌だったか! すまん、マツキヨでファブリーズ買ってやるよ。
あ、ちょっと攻撃が治まった。
ふわりふわりと、元の位置に戻っていく俺様何様カーテン様。ふぅ、やっと終わったか。
まったく、いい汗かいちまったぜ! (ちょっと楽しかった)
未だ鈍く痛む顎を擦り、死んだ魚のような目から復活した俺。
すると、隣から押し殺したような声が聞こえ、横目でちらりと盗み見てみた。
「……っく、……ぶ」
隣の女子が、口元を押さえ、肩を震わしていました。
え、まずい。ウソだろ? 全部、見られた?
「ぶ、くくく……」
とどめとばかりに後ろからも、低い押さえられた忍び笑いが聞こえる。えぇ、そうですとも。僕の後ろに一人男子がいますとも。完全に見られましたとも!!
やっべぇぇぇぇぇぇ。ちょま、はっず! 顔から火が出るとはまさにこのことだったんだな!
俺とカーテンのアレやコレが、脳内で一種のパレードを開いてる感じだ。この2人は、俺が必死にカーテンを食い止めようと、必殺技とか出していたのを見ていた。カーテン相手にニヤニヤしたり、臭い嗅いでたりしていたのを見ていたわけだ。
……俺の学校生活が危ない!?
まずい、非常にまずいぞ。どうしよう、明日になって「あの人ってカーテンだいすきなんでしょー? えー、やだー、きもーい」とか女子が言ってたらどうしよう。あまつさえ、男子にまで「はぁ? まじキモいんですけど。あと足くせぇ」とか言われたら、もう登校拒否しちゃうぜ。
ふと時計を見たら、まだテスト終了まで20分はあった。こいつぁひどいぜ。
これはもう大人しくいるしかない。そして、早々に彼らの笑いが収まることを祈ろう。
と思って俺は寝ようと腕の中に顔をうずめようとした。だが、それは阻まれることとなった。
もちろん、その邪魔をしたのは、この時間で俺の最大の敵、ヤツだ。
今日一番の突風が、カーテンを大きく翻して俺に襲ってきた。
――――来きやがったな! そう何度もやられる俺だと思うな!
その時、俺はかなり輝いていたことだろう。この俺の勇姿をビデオに撮って日ごろ俺への扱いがひどいおかんに見せてやりたいぜ。
襲ってきたカーテンを、俺は咄嗟に仰け反りヤツの先制攻撃をかわした。ふ、ワンパターン戦法は減点の対象だぜ!
俺のターン!
俺の両手がヤツを掴む。これで、もはや貴様は抵抗できまい。しきりにバタバタとカーテンの角が宙を舞っているが、そんなもの無駄無駄ァ!
俺の手はこの夏一番の働きを見せ、すぐさま暴れ狂うヤツの末端をひとまとめにし、さらにそこから手が届く範囲での最上部を掴む。
完全にヤツの動きを封じた俺は、口角を上げ悪役顔負けのイイ笑顔を作った。視界の端で、プリン体がこちらを見て超引いた顔をしたが気にしない。
ダイレクトアタックだ!!
目にも止まらぬ速さで、俺は腕をしきりに動かす。その速さ、まさに神速の域だろう。
――――これで、貴様のライフはゼロだ。俺の完・全・勝・利! ヒーハー!
すっきりした面持ちで、俺はようやく寝る体制に入る。もう、暑さなんて気にならない。ついでに言うと、笑い声がちょっと多くなったのも、俺は聞こえないふりをした。
窓から涼しい風が、俺の髪をなでる。ちなみに、先程からの突風続きで、俺のテストたちはどこかへ消えた。きっと、旅に出たんだろう。いいさ、戻らなくても。むしろ、そのまま俺の前へ二度と現れないでくれ。
俺は腕の隙間から片目だけを出し、大人しくなったヤツを見る。
俺の手で、中心に固い結び目ができた奴は、時折風で揺れるが、結び目の重さで俺の位置までは来ない。
小さな決闘は、俺の勝利で幕を閉じた。
まぁ、安心するがいい。俺は情け深い人間だ。ファブリーズぐらいは、かけといてやるよ……。
勝利の喜びに浸る俺の耳に、テスト終了を告げる鐘が届いた。
「はい終了ー。テスト集めろー」
プリン体が汗を黄色いハンカチで拭いながら告げる。俺は足元に落ちていたテスト用紙と問題用紙を拾い上げた。
隣にテストを回収した生徒が立つ気配を感じ、見上げる。そこには、目を合わせようとしない、おまけに肩を震わせて必死に笑いをこらえようとしている眼鏡男子が。
この眼鏡め……。そんなにアホだったか? そんなに俺とアイツの決闘は滑稽なものだったか?
「……なに笑ってんだよ」
不機嫌そのものの俺の声だったが、眼鏡はさらに笑っている。殴ってやろうかてめぇ。
「いや、別に……ぶ」
眼鏡は笑いをこらえながらもこちらに手を伸ばした。テストを集めるその手を暫くじっと見つめて、俺は用紙を手渡した。
やはり、眼鏡でも他人の回答は気になるようで、手に収まった答案用紙を見た。そして、笑っていた顔が若干引きつった。
「……そんな答案で大丈夫か?」
俺はたっぷりと間をあけ、遠い目で窓の外を見やった。
「…………大丈夫だ、問題ない」
おわり
ネタを詰め込みすぎて、カオスなことに……!!
ちなみに、数学の小テストで実際に起きた僕の実体験です。
いや、さすがに臭くもありませんでしたし攻撃もしませんでしたが。
一番後ろの席で、真顔を保ちつつカーテンからの攻撃に耐える僕は、はたから見たら相当変人だったでしょう。
駄文失礼いたしました!!