御社(あなた)が第一志望です。
恋愛ってもっと自然に始まるものだと思ってた。
就職と同時に、一人暮らしを始めた。県外に出たから、引っ越し先に友達はいない。
仕事は黙々とパソコンに向かう作業で、会社で声を発するのは昼休みに同期とご飯を食べる時くらい。家に帰っても当然誰もいない。独り言を言うタイプでもないので、寝る前に「あれ、今日まだしゃべってないかも」と思う日すらある。
やりたかった仕事も、実際にやってみると案外つまらなかった。刺激もないし、人との繋がりもほとんどない。このまま今の仕事を続けていいのだろうかと、通勤時間に転職サイトを見る毎日だった。
なんとか生活はできている。でも、生活しかしていなかった。
だから、マッチングアプリを始めた。
恋人がほしいのも当然あった。でもそれ以上に、日常に少し彩りがほしかったのだと思う。
やり取りが続いた人とは、カフェで会う約束をする。
「休みの日って何してるんですか?」
「仕事は楽しいですか?」
最初は当たり障りのない話で空気を温める。そして会話の終盤になると、大体みんな同じことを聞く。
「他に何人くらい会いました?」
最初は正直に答えていた。でも会ってみると、「なんか違うな」で終わることが多い。二回目に繋がらないまま、初対面の人だけが増えていく。
そのうち、自分でも何人会ったかわからなくなった。
「三、四人ですかね」
気づけば、ちょうどいい具合の嘘をつくようになっていた。本当はもっと会っているのに。
その瞬間、頭の中に浮かんだ言葉があった。
「現在の選考状況を教えてください」
あ、これ、面接だ。
就職活動はいくつもの会社を同時に進める。同じように、マッチングアプリも何人ともメッセージのやりとりをする。だから「今いい感じの人、他にもいるのかな」と気になって、みんなそんなことを聞くのだ。
ラフに雑談しているようで、お互いしっかり相手を見ている。お箸の持ち方。言葉遣い。店員さんへの態度。会話を楽しみながらも、「この人はありか、なしか」を判断している。カフェでコーヒーを飲みながら話しているだけなのに、カジュアル面談みたいだ。
待ち合わせ前にプロフィールを見返すのもそうだ。趣味、好きな食べ物、休日の過ごし方。どんなメッセージをしていたか遡る。まるで面接前の企業研究みたいだな、と思った。
本命っぽい相手ができると、その意思を伝えるために「他に連絡取ってる人はいないよ」と言ったりする。
これはほとんど、「御社が第一志望です」と言っているようなものだ。
恋人という内定をもらうために、感じよく振る舞う。マッチングアプリは恋愛をしているというより、選考を進めている感覚に近かった。
ただ、二つの間に決定的に違うところがある。それは続ける理由に、「好き」が必要かそうでないかだ。
仕事は、好きじゃなくても続ける理由がある。お金とか、生活とか、安定とか。条件が良ければ、不満があっても続けていける。仕事探しのときも、「好き」より先に、給料や年間の休日数、通いやすさを気にする。
でも恋愛は、そうじゃない。どれだけ条件が良くても、好きになれないことがある。身長とか、年収とか、年齢とか。条件だけ見れば理想に近いのに、「なんか違う」で終わる人がいる。付き合っていても、好きじゃなくなれば付き合う意味を失う。なんでこの人のために、が枕詞になって、関係が悪くなる。
恋愛はもっと偶然始まるものだと思っていた。
大人になると、恋愛もずいぶん計画的になる。会ったことのない人と、会う約束をして。何回か会えたら付き合う。でも仕事みたいに、条件だけでは続かない。この条件を満たしていれば好きになる、ということはない。
結局、恋愛だけは「好き」がないと始まらないし、続いてもいかないのだ。




