第7話:洞窟の恵みと、味の決め手
翌朝。ユウキは、ひんやりとした洞窟の空気の中で目を覚ました。昨日のうちに、小川沿いにあった最小限の荷物を洞窟の入り口付近に運び込んだものの、まだ正式な「拠点」と呼ぶには程遠い。それでも、外の不穏な気配や冷たい風から遮られているだけで、体も心も格段に休まった気がした。ユウキの胸元では、ルークが丸まって、穏やかな寝息を立てている。
「よしよし、ルーク。おはよ。ここが俺たちの新しい家だぞ」
優しく頭を撫でてやると、ルークは「クゥン」と小さく鳴いて、ユウキの指に鼻先をすり寄せた。まだ薄暗い洞窟の奥から、昨日の水源の澄んだ水の音が聞こえてくる。安全な住処と清らかな水は手に入れた。黒曜石のフライパンや石の出刃包丁といった基本的な調理器具もある。しかし、ユウキの頭の中には、**この異世界の食材を「もっと美味しく」食べるための、決定的な「何か」が欠けている**という思いがあった。
前世では当たり前のように使っていた、料理の味を決定づける、最も基本的な調味料。それがなければ、どんなに新鮮な食材も、どこか物足りない。そして、昨日の洞窟探索で、水源の近くで見つけた**白い結晶を帯びた岩肌**を思い出す。触ってみた時のザラザラとした感触と、舌に乗せた時のまろやかな塩味。あれは間違いなく、料理の要となる**「塩」**だ。この洞窟という新たな環境での生活を始めるにあたり、何よりも先に手に入れるべきは、この「味の決め手」だろう。
「よし、今日のクラフトは……**『万能調味料(塩)』**に決めた!」
これで、どんな食材も美味しく調理できる。まさに料理の要だ。同時に、この洞窟でしか手に入らない特別な水と組み合わせることで、より高品質な塩が作れるはずだ。
早速、携帯用ランタンを灯し、ルークと共に洞窟の奥にある水源へと向かう。水源のほとりには、ランタンの光に照らされてキラキラと輝く白い結晶が、岩肌にびっしりと付着している。透明度の高い水面は、まるで宝石を散りばめたかのようだ。ルークも珍しそうに、鼻をヒクヒクさせながら結晶の匂いを嗅いでいる。
「これ、全部塩だぞ、ルーク。すげぇだろ?」
ユウキは興奮しながら、慎重に、そして大量に白い結晶を採取する。結晶は思ったよりも脆く、簡単に岩から剥がすことができた。そして、その不思議な水源の水を、大きな葉でできた簡易容器にたっぷりと汲む。この水は、塩の精製にも、そして料理にも使える、まさに洞窟の恵みだ。
拠点となる洞窟の入り口付近に戻り、早速クラフトに取り掛かる。採取した白い結晶を、黒曜石のフライパンに入れ、焚き火の弱火でゆっくりと加熱する。水分を飛ばし、不純物を取り除く。洞窟の湿った空気の中で加熱することで、ゆっくりと水分が蒸発していく。そして、洞窟の水を少しずつ加え、丁寧に結晶を洗い、さらに精製を繰り返す。ユウキのゴツい手で、結晶が少しずつ、より純粋な白い粉へと変化していく。その作業は、まるで錬金術のようだ。
脳内で「クラフト:**万能調味料(塩)**」の文字が浮かび上がり、ユウキの魔力が素材に流れ込んでいく。結晶が細かく砕け、均一な粒子へと変化する。まるで魔法のように、純粋な白い粉が掌に現れる。やがて、光が収まると、サラサラとした手触りの、純白の**万能調味料(塩)**が形を成した。見た目は何の変哲もないが、舐めてみると、まろやかで深みのある塩味が口いっぱいに広がる。
「うむ、完璧だ! これは美味い! この塩があれば、どんな料理も美味くなるぞ!」
ユウキは満足げに塩を指でつまみ、その味を確かめた。この洞窟で手に入れた素材だけで、これほどの品質の塩が作れるとは、まさに奇跡だ。
早速、今日の食材を調理する。洞窟周辺で採取した野草や、小川で捕まえた小魚をまな板の上で丁寧に下処理し、黒曜石のフライパンで焼き始める。そして、そこに新しくクラフトした塩をパラパラと振りかける。ジュージューと、食欲をそそる音が、薄暗い洞窟の中に響き渡る。塩が加わることで、食材の香りが一層引き立ち、これまでとは比べ物にならないほど、芳醇な香りが立ち込める。
その香りに誘われたのか、ルークがユウキの足元にチョコンと座り込み、キラキラした青い目でフライパンの中を覗き込んでいる。立ち上る湯気と香ばしい匂いに、期待に満ちた表情を浮かべている。
「ルーク、お前にも分けてやるぞ! 今日は特別だ!」
出来上がった料理を木の皿に盛り付け、ルークの分も用意してやる。ルークは、皿に盛られた料理を前に、鼻をヒクヒクさせ、これまで以上に興奮した様子を見せる。そして、一口食べると、その青い目が大きく見開かれた。
「ワフッ! ワフフッ!」
と、喜びの声を上げ、尻尾をブンブンと振りながら、あっという間に平らげてしまった。その食べっぷりは、まるでこの世で一番美味いものを食べているかのようだ。塩が加わったことで、食材本来の旨味が引き出され、ルークもその違いをはっきりと感じ取ったのだろう。
「ハハッ、そんなに美味いか! よかったよかった!」
ルークの満面の笑顔を見て、ユウキも心から満足した。この洞窟という新たな拠点での生活の第一歩が、こんなにも美味しい「食」で始められるとは。自分の手で作り出した調味料で、こんなにも喜んでくれる存在がいる。それだけで、この過酷な異世界での生活も、報われる気がした。
食後、ユウキはルークを抱き上げ、優しく撫でた。ルークはユウキの腕の中で、ゴロゴロと喉を鳴らし、安心しきったように体を預けてくる。一人きりだった異世界での生活に、確かな温かさと賑やかさが加わった。
一日の終わりに、焚き火の炎を見つめながら、次は何をクラフトしようかと考える。塩が手に入ったことで、料理の幅は無限に広がった。しかし、フライパンや鍋だけでは、作れる料理にも限界がある。**もっと多様な調理法を試したい、そして一度に大量の食材を調理して保存食も作りたい**という欲求が、ユウキの中に芽生えていた。
「よし、明日は、この洞窟を本格的な調理場にするための、あれを作るぞ!」
輝くランタンの灯りの下、ユウキは次なるクラフトへの期待を膨らませ、静かに目を閉じた。
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### 連載スケジュールについて
**本日(7月26日)と明日(7月27日)で、初回として各日10話ずつ、一挙に公開いたします!**
その後は、**平日(月~金)は朝と晩に1話ずつ**、そして**週末(土~日)は朝・昼・晩に1話ずつ**公開していく予定です。
読者の皆さんのニーズや反響があれば、公開ペースを増やすことも検討してまいりますので、応援よろしくお願いします!
おっさん・ユウキとルークの異世界開拓記、ぜひお楽しみください!
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