第3話:石の出刃包丁と、モフモフのねだり顔
翌朝。焚き火のそばで目を覚ますと、すでにルークがチョコンと座って、キラキラした青い目でこちらを見上げていた。その尻尾は期待に満ちてフリフリと揺れている。どうやら俺の寝起きを待っていたらしい。
「ん? ルーク、お前、もう腹減ったのか? 相変わらず食いしん坊だな!」
そう言いながら頭を撫でてやると、ルークは「クゥン!」と甘えたような鳴き声を上げた。昨日、黒曜石のフライパンで焼いたキノコと木の実がよほど気に入ったらしい。その小さな体で、ユウキの巨体にすり寄ってくる仕草が、たまらなく愛らしい。
「よしよし。じゃあ、今日の飯のために、まずは森の恵みを探しに行くか!」
今日一日でクラフトできるものは一つだけ。だからこそ、その日のクラフトと、それに見合った食材を見つけることが重要だ。昨日は黒曜石のフライパンを作って焼くことはできるようになったが、食材を細かく切ったり、下処理をする道具がないと、まだまだ不便だ。例えば、小川で魚が見つかったとしても、素手で捌くのは難しいだろう。もっと効率的に、そして衛生的に調理を進める道具が必要だ。
「よし、今日のクラフトは**『石の出刃包丁』**に決めた!」
これで魚も捌けるし、肉も骨ごと叩き切れる、まさに万能包丁だ。前世のキャンプでも、出刃包丁は重宝した。食材の調理が格段に楽になるはずだ。肉や魚を効率よく解体できれば、採取できる食料の種類も増えるだろう。
嘆きの森は、相変わらず薄暗く、不気味な気配が漂っている。木々の間から差し込む光はわずかで、地面には湿った腐葉土が敷き詰められている。だが、ルークが一緒だと、不思議と心強い。ユウキの巨体では入れないような小さな茂みにも、ルークならすいすいと入り込んでくれる。ルークは鼻をヒクヒクさせながら、ユウキの前をちょこまかと歩き、時折立ち止まっては「こっちだ」とでも言うように、特定の方向をじっと見つめる。そのたびにユウキは、ルークが発見したものがないか、周囲を注意深く確認する。
「お? ルーク、何か見つけたのか?」
ユウキが声をかけると、ルークは期待に満ちた目でユウキを見上げ、しっぽをぶんぶん振った。ルークが示した方向へ進むと、そこには見慣れない実のなる低木があった。前世の知識では見たことのない植物だが、ルークが興奮した様子で鼻を押し付けている。まるで「これ、食べられるよ!」と教えてくれているかのようだ。
試しに一つ、注意深く匂いを嗅ぎ、かじってみる。甘酸っぱくて、どこか爽やかな風味が口いっぱいに広がった。これは美味い! 生で食べても全く問題ない。ジュワリと広がる果汁が、乾き気味の喉を潤してくれる。
「ルーク、お前、すごいな! こりゃ大当たりだ!」
そう褒めてやると、ルークは嬉しそうに全身で喜びを表現した。尻尾をさらに激しく振り、ユウキの足元をぐるぐると走り回る。どうやらルークは、この森の食材を見つけるのが得意らしい。その嗅覚と好奇心は、食いしん坊のユウキにとって、まさに最高の相棒だ。
その後もルークの案内で、食べられそうな野草や、小動物が掘ったばかりの新鮮な芋らしきもの、さらには小川の浅瀬に潜む、手のひらサイズの小さな魚まで見つけることができた。魚は前世では見たことのない種類だったが、動きが鈍く、簡単に捕まえることができた。
拠点に戻り、早速今日のクラフトに取り掛かる。採取してきた食材を焚き火のそばに広げ、今日の獲物である石の素材を吟味する。出刃包丁にふさわしい、鋭利で硬質な**特殊な石**を選び出す。手で持った感触で、これがどの程度の硬度を持ち、どのように加工できるかを想像する。そして、柄にするための丈夫で手に馴染む木材を見つけ出す。今日のクラフトに集中するユウキの横で、ルークは静かに座り込み、その様子をじっと見つめている。
脳内で「クラフト:**石の出刃包丁**」の文字が浮かび上がる。ユウキのゴツい手の中で、集めた石と木材が微かに光を放ち、熱を帯び始めた。石が加工される独特の擦れるような音と、木が形を変える音が混じり合う。やがて、光が収まると、ずっしりと重く、切れ味鋭い**石製の出刃包丁**が形を成した。刃先はまるでガラスのように滑らかに研ぎ澄まされ、柄は手に吸い付くようにフィットする。
「よし、これで下ごしらえはバッチリだ!」
ユウキは満足げに包丁を構え、その切れ味を確かめるように、小枝をサッと切ってみる。スパッと何の抵抗もなく切断された小枝を見て、その性能に納得した。
早速、採れたてのキノコや野草、そして小魚を地面に広げる。まずは小魚だ。出刃包丁でエラを取り、内臓を素早く処理する。トントンと、リズミカルな音を立てて、骨から身を切り離していく。手でちぎっていた昨日とは雲泥の差だ。魚の身は透明感があり、新鮮そのもの。続いてキノコや野草も、まな板代わりの大きな平らな石の上で、トントンと小気味良い音を立てながら刻んでいく。
その様子を、ルークがキラキラした瞳でじっと見つめている。ユウキの手元、そして刻まれていく食材の匂いをクンクンと嗅ぎつけ、期待に満ちた目でユウキを見上げた。
「ワフッ!」
と、可愛らしい鳴き声と共に、小さく「お座り」のポーズ。そのまま上目遣いで、プルプル震える鼻先を向けてくる。これには、どんな屈強なラガーマンもデレデレになってしまう。
「ハハッ、ルーク。そんな可愛い顔で見られても、これはまだ下ごしらえ中だぞ?」
そう言いながらも、その愛らしいねだり顔に、ユウキの顔はすっかり緩んでしまう。これはもう、立派な家族の一員だな。
刻んだ食材を黒曜石のフライパンに投入し、焚き火の火力を調整して丁寧に焼いていく。魚の香ばしい匂いと、野草の爽やかな香りが混じり合い、食欲をそそる。今日は、クラフトした出刃包丁のおかげで、昨日よりも格段に料理がしやすかった。
「これで、さらに美味いもんが作れるな!」
嘆きの森での生活は、まだ始まったばかりだ。しかし、一歩ずつ、確実に豊かになっていくことを確信した一日だった。新しい道具、新しい食材、そして大切な相棒。これらがあれば、この森での日々も、きっと楽しいものになるだろう。
一日の終わりに、パチパチと音を立てる焚き火の炎を見つめながら、ルークの頭を撫でる。明日は、もっと食事を快適にするための、あれを作ろう。料理は見た目も大事だからな!
「よし、明日はあれを作るぞ!」
次なるクラフトに期待を膨らませ、ユウキは静かに目を閉じた。