第1話:転生!嘆きの森で、目指せ自炊生活!
鈍器で頭を殴られたような衝撃が全身を貫き、意識がフワリと浮上する。目を開くと、そこは病院の白い天井でも、見慣れたアパートの天井でもなかった。視界いっぱいに広がるのは、鬱蒼と茂る木々の葉と、そこから漏れ落ちる柔らかな木漏れ日。どこからか、鳥とも獣ともつかない、不気味な鳴き声が遠くで響き渡る。体中がギシギシと音を立てるように痛み、全身の筋肉がまるで鉛のように重かった。
「うーん……ん?」
寝ぼけたような声が漏れる。ユウキはゆっくりと体を起こした。アスファルトに叩きつけられたような衝撃を最後に、意識が途絶えたはずだ。信号待ちでボーッと突っ立っていた俺の視界の隅に、猛スピードで突っ込んでくるトラックの巨体が映ったのが、最後の記憶だった。
「あれ? 俺、確か……トラックに……」
混乱が脳内を駆け巡る。なぜ、こんな森の中に? そして、この体は……。ゴツい手足や分厚い胸板、盛り上がった大腿四頭筋は、紛れもない元ラガーマンのユウキ自身の肉体だ。だが、何かが違う。前世でラグビーで鍛え上げた鋼のような体だったはずなのに、今はまるで中身だけがスカスカになったような、妙な軽さを感じた。疲労感はないが、途方もない違和感が全身を支配していた。
耳鳴りのように、脳の奥底から直接、声が響いた。それは、まるで大聖堂にいるかのような厳かで響く声でありながら、どこか機械的で事務的な響きを持つ、**天の声**だった。ユウキの脳内に、無機質な文字が浮かび上がる。
『――地球より来たりし者よ。貴殿は魂の輪廻の際、些かの手違いにより、この世界へと招かれました。これにより、貴殿の魂は、この世界の肉体へと定着いたしました』
「はあ? なんだ、それ……。手違いって……俺、死んだのか?」
ユウキの口から漏れた言葉に、天の声は動じることなく続けた。
『つきましては、お詫びと感謝の印として、いくつか特典を付与します。まず、第一に、貴殿の肉体と精神の基盤を強化し、過酷な環境下においても病に侵されず、健康に長らえる能力、すなわち**『健康に長生きできる』**ボーナスを付与します』
なるほど、それでこの体の軽さか。病気にならない、というのはサバイバルにおいてはとてつもないアドバンテージだ。ユウキは無意識にゴツい腕を組み、考え込む。前世では練習や試合で怪我はつきものだったし、風邪を引けばしんどかった。そんな心配がいらないというのは、この不穏な森で生き抜く上で、何よりの支えになるだろう。何より、精神的な負担が格段に軽減される。病の不安がないというのは、この未知の環境において、大きな心の柱となるはずだ。
『第二に、この世界に存在する素材を組み合わせ、新たな道具や物品を創造する能力、**『クラフト』**スキルを付与します』
「クラフト? なんだそりゃ? 物作りってことか? それは、ちょっと得意分野かもな」
前世では、現役引退後に始めたキャンプやアウトドア料理に没頭し、休日は友人と一緒にウッドデッキを作ったり、燻製器を自作したりと、何かを「創る」ことに喜びを感じるようになっていた。設計図を頭の中で組み立て、素材を選び、自分の手で形にしていく過程は、まるでラグビーでトライを決めるのと同じくらい、いや、それ以上に充実感を与えてくれた。もし本当に物作りができるのなら、この異世界でも、何か面白いことができそうな気がする。
『『クラフト』スキルは、貴殿の魔力と連動します。ただし、貴殿の場合、**料理関連の物品に限定され、一日一種類のアイテムしかクラフトできません**』
「え、料理関連だけ? そりゃまたピンポイントだな。俺、料理は好きだけどさ……あと、一日一種類って、結構縛りがきつくね?」
ピンポイントすぎる制約に、ユウキは思わず苦笑いを浮かべた。自作のダッチオーブンでキャンプ料理を作っていたりした過去はあるが、まさか異世界でまで「料理専門」のスキルを授かるとは。しかも、一日一種類しか作れないとは、これはかなりの縛りだ。優先順位をしっかり考えないと、生活が立ち行かなくなるだろう。だが、考えようによっては、料理に特化することで、この異世界で唯一無二の存在になれるかもしれない。腹が減っては戦はできぬ、とはよく言ったものだが、それは異世界でも変わらないだろう。生きる上で「食」は絶対だ。それならば、このスキルは案外、最強なのかもしれない。
『そして、クラフトされた物品は、貴殿の魔力に強く紐づけられるため、**貴殿以外は使用できません**。以上が特典となります。それでは、良き異世界ライフを』
一方的に告げると、天の声はぷっつりと途切れた。まるでバッテリーが切れた家電製品のように、何の余韻もなく。
「ちょ、待てよ! 説明が少なすぎだろ! 俺しか使えないって、それはちょっと寂しいな! 人にも使わせてくれよ!」
森に向かって叫んでみたが、返ってくるのは風の音と、不気味な獣の鳴き声だけ。天の声が戻る気配は一切ない。
はぁ、と、深く、しかしどこか諦めにも似たため息をつく。もう戻れないことは直感的に理解できた。まさか、ラグビー引退して、これから悠々自適のセカンドライフを送ろうとしてたのに、異世界転生とは。しかも、料理関連のクラフトスキルか。まあ、料理は大好きだし、自分で作ったもので腹を満たせるなら、意外とやっていけるかもしれない。いや、むしろ、俺にしか作れない料理道具で、美味いものを貪欲に追求していく、これもまた一つの生き様じゃないか。
ユウキはゆっくりと周囲を見渡した。空を覆う木々の葉は濃く、昼間だというのに森全体がどこか薄暗い。太く、ねじれたような幹を持つ木々が空高くそびえ、その葉は陽の光をほとんど通さない。地面は湿り気を帯び、踏みしめるたびに枯葉がザクリと音を立てる。腐葉土の湿った匂いと、どこか獣臭い独特の香りが鼻腔をくすぐった。遠くで聞こえる獣の鳴き声も、地球の動物とは明らかに違う、禍々しく、どこか不気味な響きがする。まるで、この森そのものが深い悲しみを湛えているかのようだ。空気も重く、肌にピリピリと張り付くような冷たさがある。ここは、まさに物騒な名を持つ「**嘆きの森**」という言葉がぴったりな雰囲気だ。一歩足を踏み出すたびに、底なし沼に吸い込まれるような錯覚に陥る。
「まずは……水だな」
喉の渇きが限界に達している。乾いた唇を舐め、ゴツい体に鞭打つ。水がなければ、どれだけ「健康に長生きできる」ボーナスがあろうと、数日で終わってしまう。体を引きずるようにして、音のする方へ注意深く向かう。獣の気配に警戒しながら、枯れた枝を踏み鳴らさないよう、ゴツい体躯にしては珍しく器用に足を進めた。森の中は足場が悪く、根がむき出しになった場所や、滑りやすい苔の生えた岩が多い。何度かバランスを崩しかけながらも、ユウキは諦めずに音のする方を目指した。希望を見つけた者のように、足取りは徐々に力強さを増していく。
しばらく歩くと、ザーザーというはっきりとした水音が耳に届いた。そして視界が開け、そこには澄んだ水が音を立てて流れる小川が横たわっていた。水は驚くほど透明で、川底の小石までくっきりと見える。水辺には、前世で見たことのないような、鮮やかな色のコケや水草が群生している。
「はぁ……助かった」
小川にひざまずき、両手で水をすくって口に運ぶ。ひんやりと冷たい水が、乾ききった喉を潤していく。まるで体が芯から生き返るような感覚に、安堵のため息が漏れた。水は澄んでいて、変な匂いも味もしない。これなら、当面の水には困らないだろう。生き延びるための、最初のピースが手に入った瞬間だった。
「よし、ここを今日の拠点にしよう」
ユウキは、小川のほとりにある、少し開けた場所を今日の拠点と決めた。周囲には背の高い木々が生い茂り、外からの視線を遮ってくれる。地面も比較的平坦で、焚き火をするにはちょうどいい。小川の水は飲めるし、もしかしたら魚もいるかもしれない。水が手に入ったことで、ユウキの頭は一気にポジティブな思考へと切り替わった。ラガーマン時代に培った、どんな逆境もポジティブに捉え、前向きに進む精神力が、今、この異世界で最大限に発揮されようとしていた。
「健康に長生きできるなら、どこでも生きられる! 生きてりゃ、美味いもんは食えるんだ! よーし、まずは火だ! 火がなきゃ始まらねぇ!」
森で生き抜く基本中の基本。火は暖を取るだけでなく、魔物避けにもなり、何よりも食事を作るには不可欠だ。
ユウキは立ち上がり、周囲を見渡した。どこかに、火をおこせるような道具は……いや、クラフトスキルがあるのだ。道具を自分で作ればいい。頭の中で、火を起こすための道具の構造が明確にイメージされる。シンプルながらも、確実に火花を散らせる、頑丈なもの。
まずは素材探しだ。焚き火の場所を決め、周辺を物色する。やがて、手のひらに収まるサイズの、ひときわ硬そうな**黒い石**を見つけた。表面は滑らかだが、叩くと鋭利な破片が飛び散る。これは、火打石に使えるかもしれない。前世の知識では、火打石に適した石は限られているが、この石ならいけそうだ。さらに、近くに落ちていた、手のひらに馴染む湾曲した**硬質な木片**を見つけた。表面はツルツルとしていて、まるで金属のようにも見える。これを加工すれば、火打ち金として使えるだろう。強度と、火花を出すための硬度を兼ね備えているように見えた。
ユウキは焚き火にする場所の中央に小石で囲いを作り、着火剤となる枯葉や細く乾燥した小枝を丁寧に集める。地面に膝をつき、集めた素材を掌に載せる。よし、準備は整った。
「クラフト:**特殊合金製火打石と鋼製火打ち金**」
そう念じると、ユウキのゴツい掌の中で、集めた石と木片が微かに光を放ち、熱を帯び始めた。まるで粘土をこねるように、素材がユウキの意思に応えるように形を変えていく。カチン、という金属が生成されるような小さな音と、微かに硫黄のような、それでいてどこか清涼感のある独特の匂いが鼻をかすめる。光が収まると、そこには無骨だが機能的な、手のひらサイズの**特殊合金製の火打石**と、それに対応する**鋼製の火打ち金**が生成されていた。見た目は何の変哲もないが、どこか手に吸い付くような感覚と、ずっしりとした重みがある。これが、俺のクラフトスキルで生まれた最初の道具だ。
「すごいな……本当にできたぞ……!」
感嘆の声を漏らし、ユウキは火打石と火打ち金を構えた。
パチ! パチ! パチィッ!
集中して火打石を打ち付ける。最初はなかなか火花が散らなかったが、何度も繰り返すうちにコツを掴み、力強い火花が枯れた葉に勢いよく飛び散った。
煙が上がり、やがて小さな炎がゆらゆらと揺らめき始める。ユウキは慌てて小枝や枯れ葉をくべ、火を大きく育てていく。ぱちぱちと音を立てながら、炎が勢いを増していく。その熱が、冷え切っていた体を芯から温めてくれた。森の暗闇の中に、焚き火の温かい光が、ユウキの小さな拠点を浮かび上がらせる。
「よっしゃあああ! 火だ! 火ができたぞー!」
思わず嘆きの森に響き渡る大声をあげる。焚き火の温かい光が、薄暗い森に小さな、しかし確かな拠点を生み出した。その炎を見つめていると、凍えていた心に、じんわりと温かさが広がっていくのを感じた。
「ふぅ……。まずは一安心。これさえあれば、なんとかなる!」
これからどんな魔物が出てくるのか、どんな困難が待ち受けているのか。不安がないわけではない。だが、この火を見ていると、不思議と勇気が湧いてくる。俺にはこのスキルと、何より「食」への情熱がある。この森で、美味いものを自作して、生きてやる。
「よーし、明日も美味い飯食うぞ!」
満面の笑みでそう呟くと、ユウキはパチパチと音を立てる焚き火を見つめ、明日のクラフトに思いを馳せるのだった。温かい炎に照らされ、ユウキのゴツい顔が、どこか満足げに映っていた。