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三島由紀夫論  作者: 加祷成蹊
本文
9/13

金閣寺

 溝口の急進的な理解によれば、彼の持たでもの《独自性こそは、生の象徴性を、つまり彼の人生が他の何ものかの比喩でありうるような象徴性を奪い、したがって生のひろがりと連帯感を奪い、どこまでもつきまとう孤独を生むにいたる本源なのである。》

 生の象徴性とは、換言すれば、表現の対象でそのものがあることである。しかし彼にとって《人に理解されないということが唯一の矜り》であり、したがって表現されないということが彼の存在理由なのである。となると、当然《かれらの言葉で私が理解されるのは耐えがたい。私の言葉はそれとは別なのである》と考えざるをえない。だから、溝口自身は描写されない。彼自身にとって彼は描写されえないものでなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 これをきいて、人は何かを思い出さないだろうか。そうだ。作者が書いた小説にかならず一人はこういう一向に描写されない人物がいることを、思い出さずにはいないだろう。


 かつて溝口は死を導入し、美の優位性のもといである静的な背景をかきみだすことで、その不必要性を強調した。死を背景に、もろい肉体をもつ美と彼とは撰びがなかった。ところが平時に復するや、美は上昇に転じて自らの生を止揚し、おしなべて生あるものに自らの美の幾分かを分有せしめて、いたるところに個別具体的に顕現し、遍在して、彼をその照会する的皪(てきれき)たる光りで灼いて無力化した。彼の限りある生のなかで、美は不死鳥のごとく再現されるのだ。……

 と、溝口がそこに自明に立っていた位相に俄かに変化が訪れる。彼の一度きりの人生のなかで、美は日にけに変化の妙をあらわして、どこにあるともしれない――しかし今は目の前にある――大本はもはや不滅とさえ思われた。ところが、一度きりの人生と思われたのは彼の《別誂えの》人生だけで、その他の凡庸な人生は死を死んでも死にきれないかのように――あたかも死後もくりかえされる無意味な脊髄の反射のように――次から次へとよみがってきて、絶えせぬ草の根のようなこの主題は、美が不滅であることよりももっとしぶとく、彼が思い描くところの滅びの斜陽に曝露されようと翌る日にはまた生え代っているであろう、彼が想像をもってしても滅ぼすことに絶望せねばならないほどの、ほんとうの永遠性がそこにこそあることに思い至ってしまう。いかなる兵器の火でもってしてもけっして絶やせぬもののがわにある永遠性。

 死ぬことによってよみがえり、滅ぶことによって不滅である。このまことの永遠性のわきに美をおいてみると、美は一度きりの死を死ぬことができるように見える。限りある生のなかでくりかえし蘇るかにみえた美は、一世一代をまたぐや否や、かえって厳密な一回性によるもろさをばほの見せてくるように思われる。

 たちどころに草のように生え代る反復可能なものの死は死ではない。そこで彼は、()()()()()()()()()()()()()、と考える。また、観念的に可能な殺害行為は、厳密に一回的な生に対してのみ可能だという風に考える。すなわちどこにあるともしれないがたえず自分を脅かしてきた美に対して、もっとも無効だと思われていた行為が、その大本を目の前に同定した今、唯一可能な行為であることが知れたのである。あらゆる殺害の企図のなかで唯一実現可能だったのが、美を殺害することだったのである。たぐいまれなものだけがこれを殺しうる。《美そのものをさえそれは殺害(あや)め得るのである。》(「中世における一殺人常習者」)

 美の殺害者にはさらに次の目的が付け加わる。《彼の魂はあてどなくすすり泣き、世界にあってこよなくたおやかなもののために、()()()()()()()()()()()()()()()()、彼はふたたび己が兇器に手をかける。》美にかわって唯一厳密に一回的なものたらんがため、すなわち美の座の簒奪をくわだてる。

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