十三歩先のあなた
公爵家の長男である僕と結婚しても、あまり文句が出ないような身分の人を紹介して欲しい。
「......確かにそうは言ったけど、これは流石に予想外だよダニエル」
「? ダニエル兄様がどうかされましたか?」
「......ソフィア殿下とこのようにお話しする機会をいただけて、思わずダニエル殿下への感謝の言葉が漏れ出てしまったのです。失礼致しました」
「うふふ、ダニエル兄様とラルフ様は本当に仲が良いのですね。ダニエル兄様が羨ましいですわ」
僕の学友であるダニエル・フォーサーはこの国の第一王子、つまり王太子だ。そして、目の前にいるのがダニエルの十三歳下の妹である第一王女のソフィア殿下だ。
その歳、わずか五歳である。
「ラルフ様は、十三も離れた私と婚約するのを嫌だとは思わないのですか?」
随分と大人びた少女だと思っていたが、どうやら年相応に不安げな顔を見せてはくれるようだ。
「私は決して嫌などとは思いませんよ」
「っ、本当ですか?」
「ええ、本当です」
「それならば良かったです!!」
心から嬉しそうに笑うソフィア殿下の顔を見ると、卑劣な読み合いに疲れた僕の心がみるみる癒されていく。
「ソフィア殿下の方こそ、十三歳も上の私と婚約するのは嫌ではありませんか? ソフィア殿下はまだお若いのですから、これから素敵な出会いがあるやもしれませんし」
「そんなことはありません!!」
ソフィア殿下は机をガシャンと鳴らせるほどの勢いで立ち上がり、僕の言葉を強く否定した。
「っ、すいません!! はしたないまねを!!」
咄嗟にしてしまった自分の行動を恥じるように顔を赤らめながら、ソフィア殿下は佇まいを直す。
そして、僕が予想もしていなかった言葉を口に出した。
「......実は、私は前々からラルフ様の事を気になっていたのです。そのことに気づいたダニエル兄様が、気を利かせてこのような場を設けてくれたのです」
「......そうだったのですか」
なるほど。堅実的なダニエルにしては奇抜なことをするなとは思ったが、まさかそんな理由があったとは。
しかし。
「大変ありがたいことなのですが、私がソフィア様の気を引いた理由に心当たりがないのですが」
「そ、それも言わなければいけないでしょうか。ラルフ様本人に言うのはとても恥ずかしいのですが」
しまった。
「大変失礼しました、不躾なお願いでしたね。忘れてください」
「いえ。私とラルフ様の間にあまり交流がなかったのも事実ですし、お気になさるのも当然だと思います」
ソフィア殿下は覚悟を決めたように、僕の顔をまっすぐに見つめた。
その姿に圧倒された僕は、殿下のサファイア色の目に引き込まれてしまった。
「一目惚れ、なのです」
そう言い切った後、みるみるうちにソフィア殿下の顔が真っ赤に染まっていった。
「あまり、私の顔を見ないでください!! とても、とても恥ずかしいです!!」
「す、すみません!!」
僕とソフィア殿下には十三年という越えられない時の壁がある。だが、彼女とならばうまくやっていけるだろう。
そう思えるほどに、僕は彼女に絆されてしまったようだ。