あめの日
第一話 雨の日
──冷たい雨の降る日だった。
いつもより早く流れ、白いしぶきをあげている川を雨に濡れながら眺めていた。
ぼくが生まれてからの十八年間。晴れた日は何日くらいあったのだろうか。
人間とは死ぬ直前にくだらないことを考えるものだな、と少し笑ってしまった。
さて、寒くなってきたな……。そろそろ、行くか。
ぼくは川に飛び込んだ。
ぴちょん……ぴちょん……。
水の音で目を覚ます。誰かが話している声が聞こえてくる。
周りを見渡してみるが暗闇が広がっているだけで何も見えない。
ここはどこなのだろう。
天国か……地獄か……はたまた、異世界か何かだろうか。
遠くからかすかに聞こえてくる声にぼくは耳を澄ます。
「───待っててね。ぼくが助ける。君には、ぼくしかいないから……」
直後、ぼくの意識は闇の中に吸い込まれていった。
晴れの日
ピッ、ピッ、という規則的な電子音が聞こえてくる。
目を開くと、まぶしい光がぼくの目を襲った。
あまりのまぶしさに思わず目を閉じたその時、何かが光を遮った。
女の子だ……。誰なんだ……。
知らない顔が急に目の前に現れてぼくは硬直した。
「おはよう」
女の子が放ったそのたった四文字にぼくは不思議と心地よさを覚えた。
───君は誰?
ぼくの問いかけに彼女は少しだけ考えてから答えた。
「ぼくはあめ。きみにとってすごく大切な存在、かな」
あめは、明るい晴れやかな笑顔で言った。
大切な存在。と。
しかし、僕にそんな大切な人がいた記憶はない。
そもそも僕自身の記憶が全くないのだと、その時初めて気が付いた。
曇りの日
あれからずっとあめは記憶を戻す手伝いをしてくれている。
いろいろなところに行ったり、いろんなものを食べた。
すこしでも手掛かりになる何かが見つかればと思って……。
でも、どれだけ探しても手がかりを見つけることはできなかった。
それでもあめと過ごす時間はとても心地が良かった。
一週間ほどたっただろうか。
その日は空に黒い雲が立ち込めていた。
あめはうれしいような、少し寂しいような顔で僕を見つめた。
「今日で君とはお別れかな。でも安心して。きっと記憶は戻るから。」
そう告げると、あめはいなくなってしまった。
「それじゃあ、またね」
最後に告げられたその言葉が、耳の中で何度も何度も響いていた。
あめの日
僕は泣いた。
降っていた雨はいつの間にか止んでいて、明るい太陽がぼくを照らしていた。
それがあめの笑顔のようで、僕はさらに涙が止まらなくなってしまった。
どのくらい泣き続けただろうか。
もうすっかり日も暮れてぼくの涙は渇き、枯れ果てていた。
そして、泣き疲れた赤ん坊のようにいつの間にか眠りについてしまっていた。
─────。ピッ、ピッ、ピッ。
規則的な機械音で目を覚ます。
目を開けた僕をまぶしい光が襲った。
その光はすぐに何かにさえぎられた。
女の子だ……。
「おはよう」
そう言って笑った彼女の笑顔は明るい太陽のようだった。
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、私が完結させるものではありません。
あめの正体。 僕のその後。 最後の女の子の正体とは?
あめが放った「大切な存在」とはどういう意味なのか。
読者の皆さんでいろいろな想像をして、
自分なりのラストを作り上げていただきたいと思います。
それでは、またいつか。