告白、暗転
短いので夕方5時半頃投稿します
「あ、私も気になる。あの体育館のお化けはなんで朱莉にビビってたの?」
南も軽いノリで聞く。そん口ぶりからまさか日野が死んでいる存在、とは思っていなのいだろう。
シーンと静まり返る教室。
その疑問は誰しもが持っていた。しかしその質問はしていいのかみんな躊躇っていた。答え次第では日野に対する見方が変わってしまいそうで。そして俺に至っては日野の『死』をまだ受け入れられていない。
そんなアンタッチャブルな質問に日野は口を開いた。
「うん……そうだね。まずは鮮美ちゃんには言わなきゃね。私は死んでるの。ここにいるのは、お化けみたいな存在」
「朱莉……? お化けって何言ってるの?」
動揺を隠しきれない南。
「落ち着いて聞いて……私は二ヶ月前に交通事故で死んでるの……鮮美ちゃんの目の前で。覚えない? 前期中間の帰り道……」
「あ……あぁぁ……」
なんともいえない悲痛な声が南から漏れる。俺も同じ気持ちだ。まだ信じられない。
そうして日野は自分が霊界ラジオを呼び寄せた存在かもしれないこと、敵ではなく味方であること、自分は記憶から作られた存在であること。それらを余すことなく打ち明けた。呆然とする南をよそに日野は説明を続ける。
「多分、あの幽霊たちは私が羨ましくて、自分の境遇に悩んで苦しんで、それでああなったんだと思う」
「羨ましい?」牧野が口を挟む。
「うん。私が幽霊なのに、幽体じゃなくて、実体と自分の意志を持ってるからかな」
「自分の意志か……結局日野はどういう存在なんだ?」
日野は一拍おいて、答えた。
「私は、鮮美ちゃんと来栖君のイマジナリーフレンド。最初に言った通り、魂が結びついたから成仏してないんだと思う。 ここに呼ばれてことで実体を持って二人以外にも認識されるようになった……って感じかな」
ハッキリ言われて、俺と南は言葉を無くした。
「イマジナリー……フレンド……」
その言葉を反芻する。その言葉が虚無感を作り出す。
イマジナリーフレンドなんてフィクションの世界でしか聞いたことのない言葉だ。まさか自分にその事象が起きるとは。しかもよりによって日野が?
南も信じられないと言った表情で震えている。
そんな俺と南の反応に対して、牧野と江原は落ち着いている。まるで予想していたかのようだ。
「来栖、南。そいうことだ。俺たちが今までなんとなく避けていた理由がわかったか?」
俺たち二人は何も言葉を発せずにいた。それを牧野は肯定と受け取り日野に質問する。
「最後に確認だ。日野、保健室に花が置いてあったろ? あれは最初からか?」
そう俺も気になっていた。俺が気になっていた二つの疑問。なぜ幽霊が日野を恐れるのかと、保健室の花のこと。それらを聞いてくれる牧野はありがたい。だが、残酷な答えを想像してしまって俺は質問できないでいた。日野を信じたい、と言いながら、かなりの卑怯者だ。日野は静かに答えた。
「うん。私が保健室にいた頃にはもうあったよ。あとは何い言えば信じてもらえるかなぁ……」
質問に答えるが、泣きそうな声になる日野。その声を聞いた瞬間、さっきまで卑屈になっていた俺の中で何かが弾けた。牧野の詰め寄ろうとしたら、その時には南が牧野の胸ぐらを掴み、怒号を上げていた。
「朱莉は江原さんを助けてくれたろ!? それ以外も助けてくれたはずだし、朱莉がいい奴ってのは知ってんだろ!? なんでそんな裏切り者みたいな扱いすんだよ!?」
いつもの南ならこんな荒い言葉遣いをしない。相当に頭に来ているのだろう。その気持ちは俺も同じである。俺も言ってやりかった。だが負けじと牧野も声を荒げる。
「俺だって信じてないわけないだろ! 信じたいし、生きてここから出たいから質問してんだ! 俺らが目指すべきは死んでしまっている日野を憐れむことじゃなくて、この空間から生きて脱出することだろ!」
牧野の言葉に南は爆発し、「ふざけんな!」と平手打ちをした。教室その音が響くほど強烈な一撃だ。
「殴って解決したか?」
「いい加減に……」
「もうやめて!」
次に声を張り上げたのは日野だった。南の動きが止まる。
「鮮美ちゃん、ありがとう。大丈夫だから……やめて……牧野くんが正しいよ。私も生きてるみんなを助けたい」
静まり返る教室に、「ごめん」と南の謝罪だけが響く。牧野は「俺も言い方がキツかった」と大人な対応。
南に手を差し伸べられ立ち上がった牧野は、改めて日野に質問した。
「日野、嫌な思いさせてごめん。最後に一ついいか?」
「大丈夫だよ。なに?」
「俺たちが生還したら日野はどうなるんだ?」
かなり気になる質問だ。日野のことはちゃんと想っていた。だが、ここから出た後のことは頭になかった。俺は結局自分の独りよがりな思いに酔っていただけかも知れない。
牧野の質問にふるふると首を振る。
「それもわかんない……ちゃんと成仏するかもしれないし、ここで彷徨うかもしれない。ごめんね。分からない事だらけで」
笑顔でごめんねと言う日野。その姿が、笑顔が切なくて、胸が苦しくて、言葉がかけられなかった。南が日野の胸で泣いているのが印象的だった。
「しんみりさせてごめんね! 早速いこ!」
どこに? そう言う前に日野は自ら答えた。
「放送室」
もう日野の顔に迷いも憂も感じなかった。そこにあるのは太陽のように明るい笑顔だけだった。
放送室には難なくたどり着いた。途中の廊下で大量の人魂が浮かんでいたが、対処法は南以外の全員が知っている。渡るのは時間がかかるので、俺たちは列を組んだ。先頭は俺、その後ろに牧野、江原、南、そして最後尾、しんがりを務めるのは日野だ。これは本人の強希望があってのことだ。犠牲になるなら、既に死んでいる私と。
その発言に複雑な表情を浮かべた俺たちだが、そこだけは頑なに譲ろうとしなかったし、先ほど教室で覚悟と決意を見せた日野の意見を否定はしたくなかった。
江原は足を怪我しているので、途中まで牧野がおぶっていた。人魂の所は流石に自力で進んでもらうしかなかったが、そこを抜けたらまた牧野がおぶって進むことになった。
俺は前方や周りの音に注意しながら進んでいく。ここまできて全ておじゃんという事は避けたい。が、そんな事は起こらず、放送室の扉前まで来た。
俺は口に人差し指を立て、静かにと、みんなに伝える。そして扉に耳を当て、中の様子を少しでもと、探る。中からはジー、と空テープを再生するような音が聞こえた。今時の学校では聞こえない音。ここが元凶の場であると俺は確信した。
「じゃあ、開けるぞ」
放送室の鍵を取り出し、開けようとドアに手をかける。すると「待って」と、日野に止められた。
「どうした日野? まさかここになんかやばい気配とか感じるのか?」
「違うの。もし扉を開けて何か出てきたら犠牲になるのは来栖くんになるでしょ? 私は来栖くんを犠牲にしたくない」
日野の覚悟の声が、俺を揺さぶる。俺だって死にたくない。だが、自己犠牲で成り立つ友情や結束を俺は求めていない。俺は対等でありたい。これもエゴだ。それでもそう思うことが俺にとっての恩返しであり、想いの伝え方だった。自分でもクサイ考え方だと思う。あまりに幼稚な考えだ。しかもこのタイミングは無いだろうとも思った。けれど、それを口に出さずにはいられなかった。
「それは俺も同じだ」
「でも」
「好きだ」
日野の言葉を遮り想いを伝える。「えっ」と呆然とする日野。他の三人も呆然としている。
告白のタイミングは最悪。雰囲気も何もあったもんじゃない。それでも俺は満足だった。
呆然とする日野の隙をついて俺は扉の鍵を開ける。数秒遅れて日野が止めようとするも、俺はもう扉を開けていた。
目に映ったのはなんの変哲もない放送室の光景。唯一変わったことがあるとしたら、放送マイクの台に置かれたラジオ。扉越しに聴いた通り、ジーという音を響かせている。
「これは……どうすればいいんだ?」
てっきりここを開けたら光に包まれて生還とか、化け物の親玉的存在が出てきてそいつを倒せば生還とか、そんな事を考えていたから何もないのは予想外すぎた。
みんなも俺が無事であること確認して、ぞろぞろと放送室に足を踏み入れる。だがなんの変哲もなさすぎて、みんなもどうすればいいか分からないようだ。
とりあえず俺は耳障りな音を鳴らすラジオを止める。
グシャ。
やたらとデカい不快な音が耳をつんざいた。
「なんだ今の音!」
振り返ると誰もいなかった。
牧野も、江原も、南もいない。
嫌な予感がして下を見る。
「うわあぁぁぁぁぁ!」
床一面が赤く染まっていた。赤を流しているものはかつて人だった肉塊。瞬間的に理解した。この肉塊は三人だ。
唯一、日野だけがいた。その姿は半透明だ。
「生き残ったんだね。でも鮮美ちゃんが死んじゃったから、結びつきが薄くなって幽体になっちゃった」
死んだ? 死んだ? 俺がラジオを止めたから? は? 訳がわからない。日野も何を言ってるんだ?
もう全部が分からない。
「ねぇ」
地の底から出たような、聞いたことない声で日野から発せられた。俺は金縛りあったように動けなくなった。なぜだろうか。さっき好きと想いの丈をぶつけた相手なのに。守りたいと思った相手なのに。疑いすらかけたくなかった相手なのに。
今は、怖い。
「ドウシテミンナヲコロシタノ」
視界が暗転した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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次回掲載日時は本日の17時30分くらいに掲載予定です。
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