初陣4
作戦の決行は明日。随分と急ではあるが、明日は特に予定はないので好都合だなと、そんなふうに思いつつも、今日もいつも通り、救は授業を受けている。
救は、世間的に言えば普通の学生だ。特段頭の良い高校に通っているわけでもないが、しかし、別に特別頭が悪いという高校に通っているというわけでもない。成績も、高校内じゃ常に真ん中付近をキープし続けている。バイトは特別な事情がない限り禁止とされてしまっているため、救はバイトをしてはいないが、そこを加味してもどこにでもいる普通の学生という評価は覆らないだろう。
救自身も、自分に何か特別な力が備わっているだとか、そんなふうに考えた事はない。
と、救はそんな風にぼんやりとしていると、隣の席から何か紙切れのようなものを手渡された。隣の席に座っているのは救の幼馴染である朝比奈太陽という、笑顔がよく似合う快活な少女だ。普段は元気いっぱいで、その顔に笑みを貼り付け続けているような少女なのだが、今の太陽はどこか焦ったような顔をしていた。
その原因について、少し思案する救だったが、先程渡された紙切れを見てみれば、それはすぐに明らかになった。
紙切れには、『問4の問題分からないから教えて〜(>_<。)』といった具合に、救に教えを請うような内容だった。現在の授業は数学であり、数学の教師は問題を座席順で解かせていく授業形式を採用しているため、順番的に次当てられるだろうと考えた太陽が、問題の答えがわからずに焦って近くの席の救に助けを求めたのだろう。
(問4か……。えーと………。うん、俺もわからん)
残念ながら、救も問4の答えなど知らなかった。別に救は特別頭が悪いというわけではないが、最近は『United Soul Woker』に所属したことで、能力者だとか、有村が何だとか、それ関連の考え事を多くするようになってしまった。結果、授業にもあまり集中できていなかったし、塾にも通っていない救に、予備知識0で問題を解くことはできなかった。
とにかく、わからないものはわからない。救はノートの隅っこに素直に『正直わからん。まあ、がんばれw』と書き込み、太陽にチラリと見せる。太陽はそれを見て絶望したような顔をしつつも、覚悟を決めたのか、テキストと真面目に向き合い出した。
「じゃあ、次の問題、朝比奈」
教師が太陽を指名する。太陽はその場で立ち上がり、真っ直ぐな目で教師を見据えて答えた。
「応仁の乱です!」
「うぇ〜疲れたぁ〜。今時廊下に立たせるなんてひどいよ〜」
「流石に応仁の乱はないっていうか、ボケるにしてももっとあったんじゃないか?」
「うっ、じゃあそういう救はどう答えてたって言うのさ!」
「まあ、素直に分からないって答えると思うよ」
「つまんない男だな〜。そんなんじゃれーちゃんに愛想尽かされるよ?」
れーちゃんというのは、救と同じ高校に通う少女、紫村霊奈のことだ。一応救の彼女、ということになっているが、救も霊奈も、互いに好き同士で付き合い始めたというわけではない。
だが、救にとって霊奈が大切な存在であることには変わりはない。
「確かになぁ……。面白い返しができれば、霊奈も神子も、笑わせられるんだろうけど」
「救はその辺下手くそだよね〜。救のギャグ、大抵滑ってるし」
「応仁の乱で滑ってたやつに言われたくねー………」
救は妹である神子とコミュニケーションを取るためや、恋人の霊奈の笑顔を見るために、しばしばおふざけをかましてやろうとすることがあるのだが、大抵それは空回りしている。妹の神子には無表情で「あははー」と一言だけこぼすという気の使われ方をするし、霊奈は引き攣った笑みで無理矢理合わせてくれようとする、というのが常である。
「だいたいダジャレで笑わせようとするならさ、もっとこう、文脈とかさ」
「文脈って言ってもなぁ……。いやでもアレだ、神子を起こす時に、布団が吹っ飛んだぁって言いながら掛け布団剥がすのは、これは文脈あるくないか?」
「文脈とかじゃないような、というか、寝起きでそれされても感!」
確かに、と救は1人納得する。救としては、今まで神子が表情ひとつ変えずに、寝起きでも「あははー」と一言溢しながら反応はしてくれるので、無意味な行動ではないと思いながら寝起きダジャレをかましていたのだが。
「神子からしたら迷惑だったんじゃ……」
「多分ウザイ兄貴認定だよねー。ま、いるよね。妹好きすぎてちょっかいかける兄とかさ」
「いや……それは………否定はできないな……。神子からしたらかまちょウザ兄貴救君になっている可能性は………」
一瞬否定しようとしたが、よくよく自分の行動を思い返してみれば、確かに太陽の言っている通りの兄になっているんじゃないかと、救はそう考える。
「アホ毛でギャグ滑りまくるウザ絡みかまちょ兄貴って字面最悪だね!」
「うっぐぐ……今後は控えるようにします……」
「そしたら今度はますます個性が消えて、いよいよつまらない男の完成だ!」
「おん? じゃあどうしろと? というか応仁の乱につまらない男認定されるいわれはないぞ」
「ぐっぬぬ……なんで応仁の乱とか言ったんだちょっと前の私ぃ……」
救と太陽はお互いに軽口を叩き合いながら時間を過ごす。2人の間柄は幼馴染だ。2人の間には、男女という区別も存在しないし、昔ながらの仲ゆえに互いに気遣いを一切行わない。家もそこまで遠くはなく、徒歩で行ける距離にあるし、救も太陽も地元を離れるつもりはなく、一人暮らしの予定もないため、今後も交流は続いていくのだろう。
「っと、そうだ。そういえば救って今日放課後空いてる? あきっきーがカラオケでも行かないかって」
太陽は、思い出したと言わんばかりに救にそう問いかける。あきっきーというのは、救の親友である田中秋邦のことだ。
「あー。今日は予定が入ってるんだ。悪いけどパス」
「えー! 帰宅部のくせにー。バイトも塾も行ってないくせにー。暇人が忙しぶるな!! せっかくれーちゃんも来るって言ってるのに」
秋邦のカラオケは、店頭でのカラオケではない。自宅にカラオケセットが置いてあるのだ。なんだそれと思うかもしれない、救も最初は思った。が、秋邦はそういうやつなのだ。つまり、秋邦の家に行けば歌いたい放題なのである。
そして、秋邦の家で歌うということは、当然時間の制限なんてないわけで。
大抵は深夜までぶっ通しで歌うのが常であった。つまり、明日有村の元へ突撃予定の救にとっては不都合極まりないのである。
ちなみに、男女4人でお泊まりなんて……と思うかもしれないが、秋邦の自宅には両親がしっかり健在なので妙な真似はできないし、4人とも体の関係に至ることは想定しておらず、あくまで健全な関係での友達付き合いを想定して交流しているため、万が一にも間違いが起こることはないだろう。
「いや太陽も帰宅部じゃん。暇人じゃん」
「何をー!? 私は華の女子高生だぞ!! 麗しきJKの時間に暇も無駄もない! 全てが華やかなんだ!」
「そのJKブランド、重くないか? おろせよ」
何気ない時間だが、そういう時間も今後減っていくのだろうと思うと、少し寂しい気持ちになるなと、救はそんな風に思考を巡らせる。
「おろしはしない! 私は永遠の16歳! 一生女子高生ブランドと共に生きていくんだー!」
「女子高生ブランドに押し潰されない程度にしとけよー」
何気ない日常を送るためにも、今日はゆっくり休んで、明日に備えようと、救はそう結論を出して、太陽との会話を終わらせるのだった。