初陣3
救は早速、有村についての情報を調べる手掛かりを得るため、『United Soul Worker』の所有する建物へとやってきていた。といっても、今の救には、有村が能力者かもしれないという情報を共有することくらいしかできないわけだが…。
「あら、もしかして君が噂の新人君? こんにちはー!」
救が建物内へ入ると同時。受付カウンターの方向から、明るそうな雰囲気の女性が救に挨拶をしてきていた。彼女も『United Soul Worker』の人間なのだろう。ただ、能力者かどうかは不明だ。実際、この組織には能力を持たない一般人が数多く所属しており、むしろ能力持ちの方がマイノリティなのだ。
「こんにちは。初めまして、須狩 救です」
「初めましてー。私は笛尾馬 獲って言います。基本ここで受付してるから、何かあったらなんでも気軽に話してね」
挨拶は軽く済まし、救は会釈だけして建物内へ入っていく。救はまだ組織に所属して浅い。ここでの知り合いといえば、みゃ〜こに相沢、そして刃くらいだろう。ただ、刃に関しては基本的に組織内で遭遇することはなさそうだ。
というのも、『United Soul Worker』は、実際に現場に向かい事件解決を行う4人で一括りの班がA〜Fあり、実力が高い人間はA班やB班で、実践経験に乏しい人間はE班やF班で行動することとなっている。その中でも刃はA班で働いているらしく、実力がある分、複数の事件解決に動くことになっているらしい。そのせいか、刃は基本的にどこかへ出かけていることが多く、そもそも組織の建物内で出会う機会が少ないのだ。
みゃ〜こに関しても、現状は基本救とのペア行動をすることになっているため、わざわざ救側から向かわなくとも会う機会はいくらでもある。そもそも、有村の情報に関してはある程度彼女と共有しているので、会う必要はないだろう。
そのため、救が相談する相手は、自然と決まってくる。
救は組織の建物内を進んでいき、とある扉の前に立ち、コンコンとノックをする。
暫くすると、中から青色の髪の男性が顔を出してきた。相沢だ。
「須狩か。何かようか?」
ちなみに、救が『United Soul Worker』に所属してから、相沢は救のことを須狩と呼ぶようになった。みゃ〜このことも片桐と呼んでいるし、相沢は人を名字で呼ぶ傾向があるらしい。
「みゃ〜こから、能力者の疑いがあるかもしれないって奴の情報が手に入ったんで、相沢さんに共有しとこうかなって」
「ああ、有村のことか」
「既に知ってたんですね」
おそらく、みゃ〜こから聞いていたのだろう。それにしても、みゃ〜この働きぶりはまだ組織に所属して間もないとは思えないほどだ。情報の共有の速度もそうだし、救がひったくり犯を追っていた時の対処だって、まるで先輩のような頼もしさすら感じたくらいだ。いや、実際に先輩ではあるんだが、歴としては救とそこまで変わらないはずなのだ。一体彼女は何者なんだろうか……。
相沢は資料を取り出す。どうやら、有村についての情報は保管していたらしい。
「そうだな。もうこっちでも話は進んでいて、既に有村のアジトに攻め込む作戦も立てている」
そこまで話が進んでいるということは、有村はやはり能力者だったんだろう。みゃ〜この見立て通りだったというわけだ。しかし、だからといっていきなり攻め込む作戦を立てるのは流石に急ぎすぎなんじゃないだろうかと救は思う。みゃ〜こも相沢も行動が早すぎる。もしかして、自分がとろいのだろうか、救はそう錯覚さえしそうになる。
「攻め込むっていっても、勝手にそんなことして…」
「今のところは、須狩とみゃ〜この2人で攻め込むことになっている。ああ、安心しろ。助っ人は1人呼んである」
「へ?聞いてな」
相沢は話を終え、そのままバタンと扉を閉めてしまう。いくら何でも急すぎる。みゃ〜この報告のはやさも、作戦の進み具合も。もしかしたらこれは、時間を早める能力者の仕業なんじゃないか?なんて、救はそこまで頭を働かせるが、仮にそうだったとしても、何のためにそれを行っているのかが全くもって意味不明だし、救だけに能力を使う意味もないわけだから、まああり得ないケースだろう。だからこれは、単純に救の知らないところで話が進んでいたというだけの話であって……。
「まあ、助っ人もいるみたいだし、まだマシな方か」
これでも救は、割と適応能力の高い方だと自負している。日常的に妹の不穏な未来予知に触れる機会が多くあったため、リスク管理能力が自然と身についていった。不測の事態(といっても、未来予知で事前に知った上なので予測自体はできているのだが)というものには慣れっこだ。そのため、今回の作戦にも、渋々ながらも遂行することにしたのだ。
それに、相沢だって忙しいのだろう。彼は貴重な能力者。それも、『記憶操作』とかなり使い勝手の良いものとなっている。仕事が山積みで、救にいちいち構っている暇などないのかもしれない。
そんな風に頭を働かせながら、救は出口の方へ向かう。すると、先程挨拶を交わした受付の女性、笛尾馬 獲に話しかけられた。
「もう用事終わったんですか?」
「あ、はい。もう話は済んでたみたいなので」
「最近皆仕事はやいなぁ……。私のろまだからなぁ……」
救に話しかけつつも、何故か勝手に自己嫌悪に陥り出した獲。救としては、もう既にここに用事はないので、帰ってしまっても良いのだが、話しかけられてしまった都合上、彼女を無視するわけにもいかなかった。
「相沢さんしっかりしてそうだし、仕事できる人って感じなので、そういう人と比べても仕方ないんじゃないですか」
「相沢君もそうなんだけどさ。相沢君以外も滅茶苦茶仕事はやいんだよぉ〜。そりゃ、私って受付でヘラヘラしてるだけだし? ぶっちゃけ私ってぱぱっと終わらせなきゃいけない仕事があるわけじゃないんだけどさぁ……ってごめん。こんな話されても困るよね。んー、いいや! 仕事がんばろ! ごめんね、愚痴に付き合ってもらっちゃって」
「まぁ、色々ありますよねぇ……」
きっと色々と思うところもあるんだろうなぁと、そんな風にぼんやりと思いつつ、適当に返事を済ませてから、救はその場を後にする。
別に、人助けをするのは嫌いじゃないが、あれはただの愚痴。聞いてもらえるだけで、ある程度すっきりするものだろうと、救はそう考えながらも歩く。
「まあ確かに明らかに仕事はやかったしなぁ……」
それはそれとして、相沢達の仕事が異様にはやかったのもまた事実だ。あるいは、警察などの公的機関よりも自由に動け、フットワークが軽いからこそ、すぐに調査に乗り出せるということなのかもしれないが。
にしても、本当に攻め込んで大丈夫なんだろうか?
まだ有村が何かしたというわけでもないだろうし、そもそもこちらに有村のアジトを攻めていい正当な理由なんてあるのか。
疑問に思う点はまだ多い。
かといって、その疑問に答えてくれるような相手はいない。救にできるのは、ただ与えられた任務をこなすだけだ。
「なんで俺、協力するなんて言ったんだろ」
ふと、不安に駆られてしまう。実際、『United Soul Worker』に所属することになったのも、自発的ではなく、成り行きでそうなってしまっただけであるため、そう思うのも無理はないのかもしれない。
自分に何ができるかもわからない。唐突に、知らない世界に放り込まれて、いきなりやれと言われて…。
でも………。
「そうだよな。俺のやりたいことは……。なら、きっと……」