前口上
落語題材ですが、作者はぜんぜん詳しくないので、「これは化け猫界隈の落語だから……」と目をつむっていただけますようお願いいたします。
『狐七化け 狸八化け』と申します。
日本古来より、『化かし』の二大巨頭といえばという諺でございますが、昔ばなしにおきましては、イタチやかわうそ、そして猫なども『化ける』といいました。
大陸のほうまで手を広げますと、熊も、鹿も、虎も、獅子も、のみならず道端の草花や小石までもが、じつに節操なしに妖力をもって人間社会に紛れ込み、ときにいたずらを、ときに人と恋に落ち、ときに化かして食うという昔ばなしが多数ございまして、これは動物も植物も進化論が唱えられるずうっと以前から、生命あるものには心あるとして受け入れられてきたということなのでしょう。
さて。
今日お話いたしますのは『猫』についてでございます。
九つの命を持つとも、年を経て知恵を得ると、尻尾が二又に裂けるとも。
犬と比べますと、猫という生き物は、賢しいイメージが付きまとうようです。
気まぐれな性質や、高いところから人を見下ろしているようすからして、連想されたものでございましょう。
比較される犬が、主への忠誠心を主だった魅力として上げられることを考えますと、あえて猫を選ぶ人間は、気位が高いその様子を愛しているわけであります。
しかし彼らは、けっして薄情者というわけではございません。
これは一匹の猫が、未来を掴むするまでのお噺でございます。
本町五丁目の料亭『細道』といえば、『七代目 月見亭 鈴生』師匠と弟子たちとの会合で定石でありました。
ここいらを根城といたします噺家鈴生師匠は、前代より七代目を襲名してしばらく。
筆頭の弟子は三名おりまして、尻尾も二又に別たれるかという齢ですので、『さて、次なる八代目は如何に』と三名の弟子は日々をヤキモキ過ごしているのでありました。
一番弟子は『月見亭 細波』と申します。六代目が御健在のころからの弟子で、七代目襲名の折にも師匠を支えた、実質の右腕でございました。
二番弟子を、『月見亭 七星』と申します。弟子の中での紅一点。口元の黒子がなんとも色っぽい。七代目の実のお嬢さんでございました。
三番弟子は、『月見亭 九口』と申します。弟子入り三年目。毛並みつやつや、いちばん若くていちばんチビ助。いちばん物静か。しかし、ひとたび口を開けばいちばん口が回ることから、『九口』などという名前をいただいたのです。天才肌の若者でございました。
さて、これなる会合はいつもならば、芸者を呼んで師匠を弟子が盛り立て実に楽しげなものなのですが、今日は様子が違っておりました。
弟子たちは座敷の下座にずらりと横並び。一様に髭をぴんと立て、両の目の玉を黒々と丸くして師匠を見つめております。
師匠のほうは、恰幅の良い腹を見せつけるように片足を曲げて、一見くつろいだ座り格好ではありましたが、尻尾は左右にゆらゆら揺れ、前脚がせわしなく髭をしごいて、じつのところ気はそぞろと見えます。
紅一点の七星は、帯に挟んだ鼈甲の根付を撫でると、青い瞳に決意を乗せ、ずずイッと前に畳に爪先をそろえました。
それを見た兄弟子と弟弟子もならい、同じように爪先を畳につけます。違うのは、七星の両眼以外は畳の上に伏せたところでしょう。
「オッ師匠さま。約束に違いはありませんでしょうね? 」
語尾を上げて七星は師匠にまっすぐ問いかけました。
「アタイたちの『合作』。その出来如何で、アタイは噺家を続けられる。そうね? 」
「アア、アア、わァっとるサ! 」苦々しげに、鈴生師匠は扇広げて顔を仰ぎました。
「出来が良けりゃア、ナナ、てめぇの結婚話はナシにしてやる! ただし高座で使えなけりゃア、てめぇは嫁入り! そういう約束だ! 」
やけっぱちに叫んだ師匠に、抜け目なく九口の黄色い目が細くなり、そっと、前足が背後にかかります。
「……ってえことで、聴きましたね? みなさん――――」
そう言った細波もまた、灰色の瞳をキラリとさせました。
九口、七星、細波の背後のふすま。そこが九口の前足によりスラリと開きます。師匠はギョッとし、はだけた着流しの裾を慌てて直しながら斜めの体をまっすぐに座りなおしました。
「オイオイ、てめえら! なんてってたって、こんなに――――」
襖の向こうには、ザッと見るところ二十人弱はおりましょうか。新旧お馴染みの芸者衆の中に、ほかの一門の噺家もチラリホラリと。師匠ほどの腕があって顔の知れた同業者はいないとはいえ、中には師匠の尾を握ることができるものも混ざっておりました。
「なんだって、こんなことを! 」
「おっ父さんは女から逃げるのがお得意でございますれば! 」
ぴしゃりと七星が言いましたらば、「そうだそうだいつもそうだ」と観客たちからやんやの野次が投げられます。
「エエイ! 面白がりおって! はよう始めろ! 馬鹿弟子ども! 」
「ヘイ。そのとおりに! 」
甲高い声ですかさず返事をしたのは九口でありました。
細波が、バサリと扇を開きました。
九口、七星も続きまして、三人の弟子は扇を畳に掲げ、狭い額を、今度は観客へ下げました。
細波が三味を手に取り、軽やかに一音、弾きました。
九口の甲高い声が、なめらかに噺し始めます。