初夜放置
その人はうわさに違わず、とても冷徹な瞳をしていた。
サファイアを閉じ込めたような瞳には、一切の情も感じられない。
「僕は、君を……」
その先に続く言葉が何なのか。
この様子を見るに、愛することはない、でしょうね。
そもそも、これ、政略結婚だし。
私は、その言葉を最後まで聞くことなく微笑んだ。
「旦那様のおっしゃいたいことが、わかります。かしこまりました。私のことは、どうぞご心配なく」
精一杯、美しく見えるといいと思う。今日の為だけに仕立て上げれられたナイトドレスも、たくさんの薬草から抽出した香油も、私の味方だ。だから、まだ。まだ、我慢しなくっちゃ。
震える手を隠すように握り込む。
そんな私の様子に気づいたのか、そうでないのか。相変わらず、感情の読み取れない瞳で旦那様は、
「この部屋は、君の好きに使うといい」
といって、去っていった。
足音が遠ざかるのをしっかりと確認して、一人では広すぎるベッドに横たわり、枕とシーツに顔を埋める。
この部屋は、防音対策バッチリだと、侍女のメヴィーが言っていた。
つまり、もう、我慢しなくてもいい。
「やったー! やったわ! 旦那様のお顔がかっこいい!! お貴族様との婚姻だなんて、最悪だと思っていたけれど、あんなに美しい人と結婚できるなんて超絶ラッキー!」
ようやく叫ぶことが出来た。
はぁ、スッキリ。
私を愛することはない?
関係ないわ!
なぜなら、私は極度の面食いだから。
お顔さえ美しければ、誰でも愛せる。
結婚式の時から思っていたけれど、旦那様ってば、めちゃくちゃかっこいい。私のイケメンランキング歴代2位に入る美しさだわ。
今日から、私のハッピーな新婚生活が始まるのだ。
◇ ◇ ◇
さて。
ふかふかのベッドでぐっすり休んだ初夜が明け、朝日が部屋に差し込んできた。
「ん、んん……」
ふわぁあ、と大きな欠伸を一つして、起き上がるとそっとカーテンが開かれた。
「おはようございます」
気遣わしそうな目をしてはいるものの、憂いを帯びたそのお顔も綺麗だ。昨日も思ったけれど、貴族様のお屋敷って美形ぞろいなのね! 最高だわ。
「おはよう、メヴィーさ……、メヴィー」
使用人には、敬称をつけないこと。一番最初の花嫁修業で習ったことをつい、忘れそうになり、慌てて言い直す。
「あの、奥様……」
メヴィーの言葉にはっとする。奥様、かぁ。奥様、といっても、私はこのお屋敷の女主人の役割を担わない。なぜなら、この婚姻は政略の元結ばれたものだから。
「どうしたの?」
「どうか、気を、落とされずに」
何のことかしら。今日の私はとても幸福なんだけれどな。そう思いかけて、気づいた。
初夜放置だものね。普通なら、ショックを受けてもおかしくない。
……というか、この結婚の目的上、初夜に放置するだなんてどうなのかしら、と思わなくもない。
私が貴族の血が一滴も入っていない元平民だから、抱きたくなかったのだろうけれど。
それでも、貴族に私の血を――というか、力を入れるための結婚なのにな。
それとも、まさか行為なしで子供ができるというあの魔法を――……。
「奥様」
考え込んでしまった私を、心配するようにメヴィーが呼んだ。
「ごめんなさい、少し考え事をしていたの。心配してくれてありがとう、メヴィー。全然平気よ」
私は、にっこりと微笑んで親指を立てる。
「お、奥様! お気を確かに」
私の意識はすこぶるはっきりしている。むしろ、私よりもよほどメヴィーのほうが錯乱していると思うけれど。
「メヴィー、大丈夫。私は、とっても幸せよ」
だって、旦那様ってばこの世で2番目にかっこいいもの! と心の中で付け足して。
「に、2番目!?」
「……あ」
いけないわ、心の中で言うつもりが、ついぽろっとでちゃった!
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