96.うーみだー!
バーサクモードに突入したボス相手では消耗も早く、最後だけでスイッチを2回挟んだ。最後に決めたのは第二レイド、イシュカさん率いる後衛部隊にお膳立てされたクレハとジュリアだった。
苦戦しつつもなんとか被害軽微で討伐された大蛸は、例によって若い女性に姿を変えた。名前は先に判明していた通り《水葵》さんという彼女は、海で過ごしている間に汚染されてしまっていたのだとか。
長らく湾を封鎖していた彼女が解放されたことで、幻昼界は久方振りに外海へ出ることができるようになった。各地も汚染されているから交易路はあまり広がっていないが、ひとまず《神鞍》までの航路は再開するそうだ。
物資が不足していたあの街も本来の姿を取り戻しそうだから、そろそろ改めて行きたいところである。
それと、幻昼界で欠乏していた海産物がついに流通を再開する見通しになった。私たちの戦いは《四方浜》の街からも見守られていたようで、それが終わったと見るや港からいくつかの漁船が出ていった。こちらも乞うご期待といったところだろう。
私たちにはボス討伐の経験値やドロップ(変異していたボスの体から元に戻る時に、抜け殻のような形で残るらしい)の他に、解散時に街と王都から報酬が支払われることになった。さすがに難易度に見合った量と質だったから、私たちとしては一安心だ。
そんなこんなで、私たちの期間限定イベントは幕を下ろした。お疲れ様でした。
〔〔LIMITED EVENT cleared!〕〕
〔〔Clear Rank:S〕〕
〔〔全プレイヤーの貢献度算出を開始します:残り3時間18分〕〕
〔〔ボス《深海の大蛸・水葵》攻略参加者全員に限定報酬を付与します〕〕
〔〔ハイライトの作成を開始します。全プレイヤーは出演許可を選択してください〕〕
〔ハイライトへの出演を許可しますか? Y/N〕
〔〔イベントエリアをクローズします。残り6時間18分〕〕
それはいいとして。
「ここからはバカンスの時間です」
〈待ってた〉
〈お嬢もうきうきだ〉
〈楽しんでね〉
〈うちの鯖はまだボス戦中だぜ!〉
〈別鯖ニキはボス戦に集中しろ〉
〈ああ、終わったから別鯖からも見れるようになったのか〉
ボスを倒して憂いを絶ったということは、ここからは当初の通りの時間。つまりビーチ貸切となる。
一部のプレイヤーはイベントエリアを出たようだけど、大半はその場に残っていた。せっかくのお祭りのようなものだから、と考えた人も多かったのだろう。
〈お嬢は水着どうするん?〉
「水着については、皆さんお察しの通りかと思います。こちらの方が作ってくれました」
そう、水着。ここでは海に入れると言われているし、現にどうやらイベントエリア内に位置する《四方浜》の街では水着をはじめとしたちょっとしたレジャー用品も売っているらしい。
私はもう宛をつけていた。刹那、反転するカメラ。そこにいたのは……。
「はーい、ホーネッツでーす」
「イベント概要が公開された五分後に『水着作るから待ってて』とメッセージを飛ばされました。私のDCOでのファッションはいつのまにか彼女のものになっていましたね」
〈やっぱり〉
〈あのホーネッツに押しつけられるの草〉
〈Vの衣装とか外見を作ってくれる人のこと、なんていうか知ってる?〉
「私にホーネッツさんのことをママと呼ばせたがる層、怒らないので自首しましょう?」
だから私はVtuberじゃないんだってば。アバターデザインも現実の姿をベースに自分で設定したから、そちらの界隈のようないわゆる「ママ」は存在しない。
ホーネッツさんは私の服飾に好意で手を出してくれているだけで、私と彼女の間に友人関係以外のものはない。宣伝効果にはなっているようだから、強いていうならあるのは利益の一致。私はただのモデルだ。
確かにVRゲーム配信者とVtuberのやっていることは、彼らがそのままのアバターでVRゲームに手を出したことで似通いつつある。でもその両者の間には、やっぱり明確な違いがあると思うんだ。
端的に表現するのなら、ゲーム主体かキャラクター主体かの差。あくまでプレイヤーである私たち配信者とは違う魅力を、キャラクターとしてのVtuberたちは持っている。
……と、私は思うのだけど。
〈わからんでもない〉
〈まあ確かに〉
〈一理ある〉
「でしょう? だから私はVtuberではないんですよ」
〈それとこれとは話が別〉
〈むしろだからこそお嬢はVでしょ〉
〈ルヴィアというキャラが立ちすぎてるのお気づきでない?〉
なんで??
あれだけ明確にDCOの案内人に専念してきたのに、いつの間に私そのものにキャラクター性が宿ったの? 確かに少しだけキャラを作ってはいるけど、それはあくまで案内役としてのもののはずなのに。
「まあまあ、ルヴィアはそのままでいいんだよ」
「ずっとそのままのルヴィアでいて? いてくれる?」
「普段はちゃんと察しがいいのに、こういう時だけきっちり鈍いんだよねぇ」
〈幼馴染たちに丸め込まれておる〉
〈ルヴィアがこうなったのこいつらのせいでは?〉
〈あのめちゃつよ精霊も結局愛でられる存在なんやなって〉
…………釈然としない。
「というわけでルヴィアちゃん、水着ならここにあるわ」
「いつもありがとうございます。別に見世物でもないですし、ぱぱっと着替えてみますね」
〈ぱぱっとて〉
〈せっかくの水着回なのに〉
〈雰囲気作る気皆無で草〉
〈自分にセクシー要素が一切ないと自己評価する18歳女子〉
仕方ないじゃないか。現にこの体だ。動きやすさ重視でアバターは現実と同じ体格で作ったから、この140センチちょっとしかない背丈も、Aすらあるか怪しい起伏も、未だに中学生並にしか見られない童顔も、全て現実通りである。
こんな体にセクシーを求められても困るし、そういう目で見られたら生理的な部分とは別のところで怖い。
「かわいい」には慣れているし意識もしているけど、あくまでそれは少女としてのもの。現状を鑑みるに今後もそれは変わらないだろうし、「セクシー」とか「フェミニン」とかは大昔に諦めている。
……それに、私自身それでいいと思っているのだ。今も生きていることすら幸運である私が、友達にかわいいと言ってもらえる。それだけで充分、幸せだ。
「はい、こんな感じですね」
「おー、いいじゃない」
「かわいい……ルヴィアかわいい……」
「さすがはトップ裁縫師、いい仕事? じゃない?」
〈かわいいじゃん〉
〈現にかわいいから俺らもそういう感覚ではあるぞ〉
〈そういうところがVっぽいんだけどな〉
〈かわいいが想像を超えてきた〉
〈最初から平然としてるのに慣れてたけど、やっぱかわいいんだなお嬢〉
〈*ケイ:こんな可愛いやつを普通に着こなせるのやっぱ凄いよ〉
〈ルプストは平時になると構文率が上がる、と〉
〈ひらひら可愛い〉
〈*ペトラ:私もホーネッツさんの水着欲しい……〉
〈コメ欄ちらほらお嬢のフレンド混ざってんな〉
多めのフリルで起伏のなさを上手く誤魔化してくれる、ガーリィな緑基調のワンピースだった。さすがというべきか、デザインセンスがいい。
DCOのようなタイトルに身を置いているとイメージカラーは属性と同じになりがちだけど、今の私の属性は幻、つまり無色。むしろ虹色、全色であるという認識すらある。
無色透明で服なんて作れないし、色を使いすぎても下品になる。どうするのだろうかと密かに心配していたんだけど……どうやら《植物魔術》の存在に着目したようだ。風属性の薄緑よりやや濃い緑を中心に据えつつ、喧嘩しないような淡い色を散りばめてあった。
「デザインはエルジュちゃんと一緒に作ったの」
「なるほど、道理で」
全体的な雰囲気は紛れもなくホーネッツさんのものだったけど、細かい箇所のあしらいに違う部分があった。そこには現役女子高生の助っ人がいたらしい。
しかしあの子、本当に16歳なのだろうか。人当たりもよければデザインも上手く、クラフトも丁寧かつ高性能。しかも話したところ頭もよさそうだ。あの輝くような女の子らしさも相まって、彼女が歳下であることを受け入れきれない私がいた。
しばらくホーネッツさんと話していると、背後から声。ちょっと子供めかした、この世界で出逢った友達が私を呼んでいた。
まだ普段の装備が大半の浜辺で、気合いの入った可愛らしい水着ついでにサービスのビーチサンダル。思えば今の私、凄く子供っぽい。
「ほら、遊んできな。こんな機会、若い子は今のうちにはしゃがなきゃ」
「ルヴィアー! 一緒に海行こー!」
「それじゃ、行こっか」
思っていた以上に女性らしいスタイルを活かしたビキニ姿で、ユナが大きく手を振っている。隣には大人っぽいツーピースのイシュカさんもいた。
少し離れてラフな格好のアルさんとジルさん、それにペトラさんも来ている。当たり前だけど、知り合いを中心にトッププレイヤーがやたらと固まっている。
普通なら近づくのも躊躇ってしまうくらい顔の知れた人たちの空間だけど、私にはむしろ居心地がいいくらいだ。いつ買っていたのか私よりもさらに子供っぽい水着に着替えていたミカンと頷きあって、私たちは海へ駆け出した。
すぐにあまり泳ぐ気はなさそうなフリューとルプストがついてきて、人だかりに気づいた他の知り合いも寄ってくる。その中にはブランさんとカナタさん、彼らのパーティの皆さんの姿も。もちろんシルバさんやリュカさん、さらにはケイさんやゲンゴロウさんの姿まである。
そして。
「ルヴィアさん、よければあっちの人たちを紹介してくれないかな? お近づきになりたいんだけど、まだあんまり接点なくて」
「もちろん。ハヤテちゃんは皆と一緒になる機会も今後増えるだろうし、ちょうどいいと思うよ」
今回はベータ組にいたファンの人たちと即席パーティを組んでいた、正式サービス組ではトップ層を走るVtuberのハヤテちゃん。彼女も嬉しそうに合流してきてくれた。
Aサーバーに集まった友人たちと、そのさらに友人のひとと。DCOを通じて繋がった人たちが、一足先に私たちを待っている。
これがMMOだ。これがこうして目に見えるのがVRMMOだ。
残念ながら別のサーバーになってしまった人もいるけれど、ではここにいないから彼らはこの場の戦友たちと違うのかと言われれば、もちろん違う。見える縁も、見えない縁も、私たちの財産なのだろう。
ここにいられてよかった。
私はそう、ここで改めて思った。
海イベ編おわり! ルヴィアは生まれて初めて海水に触れた!
更新ペースは今後も継続しますが、準備ができ次第またキャラ紹介を出します。またキャラ増えてるけどアレ文字数大丈夫か……?
今後も更新を楽しみにしていてくれる方、是非ブックマークと評価を。お待ちしております。